コメントを戴きました。

January 04 [Wed], 2012, 20:08
初めてメールいたします。
(どちらにお送りしたらいいのか分からなかったので。)

庭のブログに、我が出身社の新年始め式の写真でも・・・
と思い画像を探しネットをさまよっていたら、辿りつきました。
「出身校 九段高校」の文字!!

私、17期卒業生です。
今や、九段も中高一貫モデル校となり千代田区に移管されました。
建物も新しくなり、鴬張りの廊下もなくなったそうです。

何だかとても懐かしくなりメールしました。
突然のメールで、お許しください。


お答えします。


そう九段高校も変わってしまっているんですね。
菊友会総会はみえていますか?
この頃参加しているんです。
参加者が少ないと
会の存続が。。とか言われて
結果結構楽しんでいます。
私は14回ですので3歳違いですね。どんなお仕事ですか?
マスコミの仕事でなくても
マスコミに興味があるとか、宣伝のお仕事とかの方は
マスコミ菊友会というのが有って
電通の元社長とか偉い方も。
偉い方でなくてもお話が面白いので
とても楽しいです。
九段の輪を広げましょうよ!
ちなみに主人も九段高校です。
アクセス有難うございました。

曲直瀬道枝プロフィール
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  • アイコン画像 ニックネーム:曲直瀬道枝
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1943年5月4日 神奈川県横浜市生まれ
都立九段高校卒
青山学院大学第二文学部英米文科卒
神奈川県横浜市出身、宮城県登米郡登米町に疎開。自然と親しむ。
両親の仕事の関係で上京。母親の死去後1973年六本木ゴトウ花店に入社。
2年間の修行後、Kフローリストでアルバイト経験を経て、1976年潟tルールはなはなを千駄ヶ谷で開店。池袋サンシャインアルタ店、麻布十番店そして、渇「花として西武百貨店・渋谷店ロフト館(現在の(株)ロフト渋谷店)に出店。千駄ヶ谷店を神宮前に移転後池袋店、麻布十番店を閉店。再び千駄ヶ谷に本店を移転。現在に至る。

潟}ナセプロダクション
 父正雄と母花子が1948年に設立し、四女信子と共に水原弘・山下敬二郎・ダニー飯田とパラダイスキング・ジェリー藤尾・坂本九・森山加代子・九重佑三子等を輩出した。又バトントワラーを日本で始めて育成。
正雄が病を得、事業を続けることが困難と当時所属の坂本九よりの要請で、花屋経営のかたわら1982年社長就任。
 1985年8月、日航機事故により、坂本九死去。以降、坂本九の日本で唯一ゴールデンレコードをいただいた歌手としての功績とその人柄を後世に伝える事を目標の一つとして家業を続ける。
 1985年9月、西田ひかるに出会い、マナセプロダクションを再建。
現在は、坂本九・西田ひかる他、系列会社潟Gフ・スピリットで真琴つばさ他のマネージメントと各々新人育成を手がけている。
 亡き先代社長の口ぐせであった「Simple,Light,Clean」を社訓として、事業及びタレント・アーティストの高品位、高品質を目標に業界のみにとどまらず、より高きをめざして、精進していくつもりです。