桜と真琴さん。びっくり写真2.

April 03 [Sat], 2010, 22:47


眼が笑っています。

全然進歩なし。

次は?

大阪梅田芸術劇場のデートリッヒ始まりました。

April 03 [Sat], 2010, 20:15
先日の打ち上げの時に

花總さんに色々ブログなど拝見していて

こんなに食糧事情が良い公演は余り無いですね。

と申し上げたら、貴ちゃんは差し入れのお弁当ばっかり考えているんです。

好きみたいなんですよ。とおっしゃっていました。

今日も夫々大阪の美味しいお店に、行くんでしょうか?

それとも。。。。。

贅沢に慣れるといけませんね。

季節物ですからもう一つ桜ネタ。

April 03 [Sat], 2010, 19:58
今日も真琴さんはTV番組の収録。

結構お宝映像ですが

それは後日。

立会いに出ようとしたら

真琴さんから連絡。

桜をバックの写真を

今後の為に撮りたいけれど

今日の私服は冬仕様。

何か春らしい洋服を届けてと。

私は小使いかい!!と毒ずきながら

いそいそ出発。

番組の収録も愉快に終わって

花の道へドライブ。

ベストポイントを見つけて

撮影していたら、見つかっちゃった!

自撮りをキャノンのイオスでしょうとした真琴さん。

大きいカメラで思うようにならず

こんな事に。

3枚を時間をおいてご披露します。

真琴さんの御用で一口坂に行きました。

April 03 [Sat], 2010, 12:55

土手の桜が満開で

まるで包装紙か屏風絵かというほどの

みっしりこんもり感。

風にそよいで風情もありました。


キャニオン一口坂時代が懐かしい。

レコードを出す度に

営業の方やプロモーション舞台の方への

ご挨拶、打ち合わせで良く足を運びました。

レコーディングも一口坂スタジオが多くて

コメント収録なんかもしましたね。

懐かしかったです。
曲直瀬道枝プロフィール
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  • アイコン画像 ニックネーム:曲直瀬道枝
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1943年5月4日 神奈川県横浜市生まれ
都立九段高校卒
青山学院大学第二文学部英米文科卒
神奈川県横浜市出身、宮城県登米郡登米町に疎開。自然と親しむ。
両親の仕事の関係で上京。母親の死去後1973年六本木ゴトウ花店に入社。
2年間の修行後、Kフローリストでアルバイト経験を経て、1976年潟tルールはなはなを千駄ヶ谷で開店。池袋サンシャインアルタ店、麻布十番店そして、渇「花として西武百貨店・渋谷店ロフト館(現在の(株)ロフト渋谷店)に出店。千駄ヶ谷店を神宮前に移転後池袋店、麻布十番店を閉店。再び千駄ヶ谷に本店を移転。現在に至る。

潟}ナセプロダクション
 父正雄と母花子が1948年に設立し、四女信子と共に水原弘・山下敬二郎・ダニー飯田とパラダイスキング・ジェリー藤尾・坂本九・森山加代子・九重佑三子等を輩出した。又バトントワラーを日本で始めて育成。
正雄が病を得、事業を続けることが困難と当時所属の坂本九よりの要請で、花屋経営のかたわら1982年社長就任。
 1985年8月、日航機事故により、坂本九死去。以降、坂本九の日本で唯一ゴールデンレコードをいただいた歌手としての功績とその人柄を後世に伝える事を目標の一つとして家業を続ける。
 1985年9月、西田ひかるに出会い、マナセプロダクションを再建。
現在は、坂本九・西田ひかる他、系列会社潟Gフ・スピリットで真琴つばさ他のマネージメントと各々新人育成を手がけている。
 亡き先代社長の口ぐせであった「Simple,Light,Clean」を社訓として、事業及びタレント・アーティストの高品位、高品質を目標に業界のみにとどまらず、より高きをめざして、精進していくつもりです。