数年前に札幌プリンスホテルのタワーのオープニングで

November 24 [Mon], 2008, 23:50
真琴さんと北島三郎さんがディナーショウをしました。

その時に真琴さんをお連れして

やっぱり美味しいと喜んでくれたんです。



今日のイベントが成功のうちに終わり、

又5時台の便しかないとの事で、

途中でラーメンを食べたいとひかるの希望で

ハウス食品の札幌のスタッフに伺いました。

札幌ドームの手前にある『玄咲』と言う店を

紹介され寄ってみると、

有機野菜を使った、今回のイベントの趣旨に

ピッタリのお店でした。

楊枝入れの仕掛けが面白くて

ヘアメイクの佐藤ともこさんに一生懸命説明していました。

遊び心たっぷりのひかるです。

『すし善』の御鮨が大好きなひかる。円山町の本店に。

November 24 [Mon], 2008, 23:37
元はと言えば倉本聡さんに連れて行っていただいたのがきっかけ。

とても細かい所に気遣っていらっしゃる名店です。

最近『現代の名工』という職人気質の方にとっては

どんな勲章より価値があるといわれる賞をいただいた

というので、お店にはお祝いのお花が一杯でした。

最初に伺った時のには無かったお店が並んで、

繁盛振りを証明していました。

幸運な事にご主人がいらして趣向を凝らしてくださり、

恥ずかしいほど戴いてしまいました。

TBSの長寿番組の新幸楽の親父を演じていらっしゃる

角野さんもいらしていて、楽しいお話を伺いました。

事前打ち合わせもあるので23日に札幌入り。

November 24 [Mon], 2008, 22:57
関西から札幌への直行便はJAL,ANAとも2便しかなくって、

夕方の便だと遅すぎるというのでなんと9時羽田発の便で

千歳に11時前に着きました。

明日のイベント用に買わなければいけない物が有って、

三越でかいもの。真琴さんの誕生祝のちっちゃい

プレゼントも買いました。

夕方5時から打ち合わせ。毎回いらっしゃるお客様が

違うので,摺り合せ が必要なのです。    こんな雪景色。

今回はお子様が多いと言うのでクイズ形式に。

他の街とは違う取り組みです。

和やかなうちに打ち合わせが終了。

ひかるの念願のおすし屋さんへ。

プリンスホテルのブレックファーストに付いたヨーグルト。
ここでもフルーティーです。

行って来ました。札幌。ハウス食品とシジーシーとご一緒のイベント。

November 24 [Mon], 2008, 22:44
今回も沢山のマスコミの皆さんがいらしてくださいました。

そして小学生のお子さんとお母さんのペアー、50組。

とてもお行儀の良い子供たち。

クイズあり、トークあり、抽選あり、そして今回も

札幌プリンスホテルのシェフが考えて丹精を込めた

ランチのコース。とても美味しかった!!
曲直瀬道枝プロフィール
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1943年5月4日 神奈川県横浜市生まれ
都立九段高校卒
青山学院大学第二文学部英米文科卒
神奈川県横浜市出身、宮城県登米郡登米町に疎開。自然と親しむ。
両親の仕事の関係で上京。母親の死去後1973年六本木ゴトウ花店に入社。
2年間の修行後、Kフローリストでアルバイト経験を経て、1976年潟tルールはなはなを千駄ヶ谷で開店。池袋サンシャインアルタ店、麻布十番店そして、渇「花として西武百貨店・渋谷店ロフト館(現在の(株)ロフト渋谷店)に出店。千駄ヶ谷店を神宮前に移転後池袋店、麻布十番店を閉店。再び千駄ヶ谷に本店を移転。現在に至る。

潟}ナセプロダクション
 父正雄と母花子が1948年に設立し、四女信子と共に水原弘・山下敬二郎・ダニー飯田とパラダイスキング・ジェリー藤尾・坂本九・森山加代子・九重佑三子等を輩出した。又バトントワラーを日本で始めて育成。
正雄が病を得、事業を続けることが困難と当時所属の坂本九よりの要請で、花屋経営のかたわら1982年社長就任。
 1985年8月、日航機事故により、坂本九死去。以降、坂本九の日本で唯一ゴールデンレコードをいただいた歌手としての功績とその人柄を後世に伝える事を目標の一つとして家業を続ける。
 1985年9月、西田ひかるに出会い、マナセプロダクションを再建。
現在は、坂本九・西田ひかる他、系列会社潟Gフ・スピリットで真琴つばさ他のマネージメントと各々新人育成を手がけている。
 亡き先代社長の口ぐせであった「Simple,Light,Clean」を社訓として、事業及びタレント・アーティストの高品位、高品質を目標に業界のみにとどまらず、より高きをめざして、精進していくつもりです。