『グッドナイト スリイプタイト』観にいきたいよー!!

November 22 [Sat], 2008, 22:20
だーい好きな戸田恵子さんと中井貴一さんの

危機を迎えた夫婦の話。三谷幸喜作の二人芝居。

戸田さんのマダムバターフライ?を観にいって、

三谷さんの作劇と作品に命がけでぶつかって行っているように

見える戸田さんの抜群の演技が今も忘れられない。

この作品もきっとそういう思い出に残るものになるはず。

そう思うと、観劇の余裕も無いのに観にいきたくなる。

時間よとまれ!パルコに行かせてくれ!!

いや!何が何でもいくぞ!!

もう1つ見たいのがメタルマクベスのゲキ×シネ。

どんどん遠くに行っちゃっているの。

真琴さんの公演DVDもシアター公開して

大きな画面で見れたら良いわね。

真琴さんはディナーショウのバンドリハ

November 22 [Sat], 2008, 21:49
今日の真琴さんは昼はスーザン、
夜はディナーショウのバンドリハーサルです。随分休まったのか?
のびやかな声で乗りのりでした。
ギターの音色などにも注文を付け、エレキギターとアコースティックギターを   
持ち替えてとか、かなり音楽的には面白くなりそうです。

昨日の高松のイベントに参加してらしたP=STAFFのご夫婦は

November 22 [Sat], 2008, 12:35
西田ひかるを少しでも身近に応援したいと

違う地域に住んでいて二人が懸命に活動して

それが縁で結婚まで至ったのでした。おくさ

もう15ねん位前のこと。

披露宴に特別にお祝いのメッセージを送った

ファンの一組でした。

奥様は妊娠されていて、

記念撮影のときにひかるがおめでとう!!と声を掛けたら

とても嬉しそうにしていらっしゃいました。

沢山のお客様に混じっての再会だったので

特別の会話も出来ず、

私も後で聞いたので、直接話しもできず、

残念でした。

地方局にリクエストをしたり、

事務所に集まってチャリティーイベントの手伝いをして貰ったり

活発に集まっていましたね。

多分親衛隊じゃなくてそんな活動を一緒にしていた

珍しいタレントだったのだと思います。

懐かしい思い出です。

12月4日『ススめる!ぴあ』に『スーザンを探して

November 22 [Sat], 2008, 0:56
の記事が載ります。まず『今週のハーフタイム』と言う特集ページに

保坂知寿さん、香寿たつきさんと、馬場徹さんの

インタビューが載るそうです。お楽しみに!!







曲直瀬道枝プロフィール
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  • アイコン画像 ニックネーム:曲直瀬道枝
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1943年5月4日 神奈川県横浜市生まれ
都立九段高校卒
青山学院大学第二文学部英米文科卒
神奈川県横浜市出身、宮城県登米郡登米町に疎開。自然と親しむ。
両親の仕事の関係で上京。母親の死去後1973年六本木ゴトウ花店に入社。
2年間の修行後、Kフローリストでアルバイト経験を経て、1976年潟tルールはなはなを千駄ヶ谷で開店。池袋サンシャインアルタ店、麻布十番店そして、渇「花として西武百貨店・渋谷店ロフト館(現在の(株)ロフト渋谷店)に出店。千駄ヶ谷店を神宮前に移転後池袋店、麻布十番店を閉店。再び千駄ヶ谷に本店を移転。現在に至る。

潟}ナセプロダクション
 父正雄と母花子が1948年に設立し、四女信子と共に水原弘・山下敬二郎・ダニー飯田とパラダイスキング・ジェリー藤尾・坂本九・森山加代子・九重佑三子等を輩出した。又バトントワラーを日本で始めて育成。
正雄が病を得、事業を続けることが困難と当時所属の坂本九よりの要請で、花屋経営のかたわら1982年社長就任。
 1985年8月、日航機事故により、坂本九死去。以降、坂本九の日本で唯一ゴールデンレコードをいただいた歌手としての功績とその人柄を後世に伝える事を目標の一つとして家業を続ける。
 1985年9月、西田ひかるに出会い、マナセプロダクションを再建。
現在は、坂本九・西田ひかる他、系列会社潟Gフ・スピリットで真琴つばさ他のマネージメントと各々新人育成を手がけている。
 亡き先代社長の口ぐせであった「Simple,Light,Clean」を社訓として、事業及びタレント・アーティストの高品位、高品質を目標に業界のみにとどまらず、より高きをめざして、精進していくつもりです。