明日は又久し振りにひかるに逢えます。

November 04 [Tue], 2008, 23:15
おっとりユックリしたひかるに逢うのは私の精神衛生上

とても良いのです。

しっかりしたご主人と実家の御両親、

婚家先のご両親に恵まれているひかるの事は、

余りきっちり考えるとお互い窮屈なので、

緩やかにでも手を抜かずに仕事をするという

気心も知れていてある種楽な関係です。

今日はハウス食品のk元社長とk元役員

November 04 [Tue], 2008, 22:32
そしてF現執行役員、kSPスタッフとシャトー飯店オーナーと

ご一緒にお食事しました。懐かしいお話ばかり。

あの日航機事故の時元社長のご遺体は14日には東京に

お帰りになっていたとの事。

私達と同じように何処に墜落したか分らず、

藤岡に到着なさるまでは二転三転なさったとのこと。

でも藤岡に着いたのと間もなくご遺体が発見されたとの事。

スター千一夜の司会を受けた時に

ハウスのハンバーグのCMをしていた事。

旭化成が食品会社もしていてバッティングするので

ハウスのコマーシャルを降りるのが条件だったとの事。

九ちゃんのためにと前社長の英断でCMを下ろしてくださったとの事。

うろ覚えだった色々の歴史を教えて戴きました。

父がハウスのオーナーを褒めちぎっていた理由がよく分りました。

あの藤岡の体育館で名前を呼ばれるのを

九ちゃんの兄弟と待っていた日々。

遺体を捜し続けながらの虚しい日々。

騒がしいマスコミから奥様を護らなければと

ファンハウスレコードのスタッフと知恵を絞りました。

九ちゃんの遺体が発見されて、でもマネージャーの小宮さんの

遺体は見つからず、小宮さんの奥様と藤岡に残りました。

一歩下がっていた小宮さんらしく一日遅れでした。

社長の私が通夜には居られなくて、告別式だけの葬儀委員長を

勤めました。父の労いと配慮でした。

喪服も用意出来なくて、当時から親しくさせて頂いていた

田中健さん夫婦がサイズの合いそうなワンピースを

差し入れしてくれました。

告別式の翌日一杯迄子ども達の所には帰れない

責任ある一週間でした。

今だから言葉に出来る。。そんな壮絶な日々でした。

中心にしていた大事な人を亡くした同志の様に

ハウス食品とのその後のお付き合いも続きました。

今日の番組収録は?またまた真琴さんネタです。

November 04 [Tue], 2008, 15:14
現場に行かないと分らない。どんな番組?

真琴さんにとってという意味ですけど。

こんな風に勢いつけて。。             
ジャンプしていた真琴さんが。。
7年たって是からも引っ張っていくぞ!!
と決意表明していた真琴さんが。。
疲れ果てていなければ良いけど

同じ写真を入れてしまいましたね。
中山眞美とピンボケですが
ヂュエットのひと時。一杯一杯のはずなのに
妙に堂々としている小眞美です。楽しそうな真琴さんと。
曲直瀬道枝プロフィール
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  • アイコン画像 ニックネーム:曲直瀬道枝
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1943年5月4日 神奈川県横浜市生まれ
都立九段高校卒
青山学院大学第二文学部英米文科卒
神奈川県横浜市出身、宮城県登米郡登米町に疎開。自然と親しむ。
両親の仕事の関係で上京。母親の死去後1973年六本木ゴトウ花店に入社。
2年間の修行後、Kフローリストでアルバイト経験を経て、1976年潟tルールはなはなを千駄ヶ谷で開店。池袋サンシャインアルタ店、麻布十番店そして、渇「花として西武百貨店・渋谷店ロフト館(現在の(株)ロフト渋谷店)に出店。千駄ヶ谷店を神宮前に移転後池袋店、麻布十番店を閉店。再び千駄ヶ谷に本店を移転。現在に至る。

潟}ナセプロダクション
 父正雄と母花子が1948年に設立し、四女信子と共に水原弘・山下敬二郎・ダニー飯田とパラダイスキング・ジェリー藤尾・坂本九・森山加代子・九重佑三子等を輩出した。又バトントワラーを日本で始めて育成。
正雄が病を得、事業を続けることが困難と当時所属の坂本九よりの要請で、花屋経営のかたわら1982年社長就任。
 1985年8月、日航機事故により、坂本九死去。以降、坂本九の日本で唯一ゴールデンレコードをいただいた歌手としての功績とその人柄を後世に伝える事を目標の一つとして家業を続ける。
 1985年9月、西田ひかるに出会い、マナセプロダクションを再建。
現在は、坂本九・西田ひかる他、系列会社潟Gフ・スピリットで真琴つばさ他のマネージメントと各々新人育成を手がけている。
 亡き先代社長の口ぐせであった「Simple,Light,Clean」を社訓として、事業及びタレント・アーティストの高品位、高品質を目標に業界のみにとどまらず、より高きをめざして、精進していくつもりです。