11月4日発売の『歌劇』を見て!!

November 01 [Sat], 2008, 22:54
真琴さんの在団中にファンだった方、

ファンクラブに入ってないけど真琴さん興味を持ってくれている方

そしてファンクラブの方に25周年に向かって

進んでいく姿勢が掲載されています。

宝塚出身で、宝塚を愛している真琴つばさがそこからたち上がる姿です。

宝塚知らずで、それ程好きでなかった私を

宝塚シンパにしてしまった彼女を私達スタッフは応援していきます。

テレビ東京21時は『あどマチック天国』真琴さんの出演です。

November 01 [Sat], 2008, 20:54
なんで西丹沢?って思いながらスタジオに入って

立ち会っていたら面白い。

こんなに東京に近い所に風光明媚で温泉もある

素敵な所があるなんて。。。。

真琴さんの楽しそうなリアクションに注目。

『我が歌ブギウギ』の演出家小野田正さんからрり。

November 01 [Sat], 2008, 19:21
こちらの御詫びの留守電に応えてくださって。。

御詫びなのに手数をかけて申し訳なかったなー!

小野田正さんは原作を書かれた、小野田勇さんの息子さんで、

芸術座とかの作演出をしていらした方。

お父様の遺作を息子さんが演出なさり、

服部良一さんの作品をお孫さんの服部隆之さんがアレンジなさり、

今思っても贅沢な作品をやらせていただきました。

許諾関係で行き違いがあったりしたのですが

今やそんな事も含めて良い思い出です。

小野田先生も懐かしがって又逢いましょうと言い合いながら

電話を終りました。

北品川の焼肉やさん『オムニ』での朝まで続いた打ち上げを思い出します。

山田ジルソンのブログを見たら、

November 01 [Sat], 2008, 14:37
お父さんへの思いを

勢一杯の言葉で語っていた。

二人息子はいるけれど、中々こんな言葉をかけてはくれない。

壊れた時計と一緒に私の心を良い意味で砕いてしまった。

笠置シヅコさんのお嬢さんとは私が花屋を始めて10年くらい経った頃、

November 01 [Sat], 2008, 13:10
花が需要と供給のバランスが悪くて、仕入れが高い時は

何の為に商いをしているか分らない状況でした。

先ず母の日が其の筆頭。

アメリカの生産農家にお知り合いがいらしたE子さんが

花を輸入してみないか?と言って、二人で組んで努力してみました。

未だ花の輸入は当たり前には行われていなくて、

シンガポール、オランダ、タイくらいだったとおもいます。

通関で植物検査を通るの保証が無くて、

まだクール便とかが整備されていなかったのlで、

鮮度を保つのが大変でした。クロネコのオーナーと親しくしていらしたE 子さんが

流通の情報も下さって、私は花屋の仲間に分けるためのグループ作りをして。

誰もしていない事をするのですから大変でした。

労多くして、益少なし(苦労の割りにと言う意味ですが)

という事で半年ほどで解散。

『我が歌ブギウギ』の時はそれ以来久し振りにじっくりお目にかかったのです。

懐かしかったし、ご縁を感じました。

家庭的で、お料理上手。
でもとても男らしい太っ腹な所もあるいい友達です。

9時から『我が歌ブギウギ笠置シヅコ物語』再放送の

November 01 [Sat], 2008, 10:32
が始まっています。

対談後初めての女優としての仕事。

色々苦労した事を思い出します。

真琴さんが歌手で女優だった偉大な笠置シヅコさんを演じる責任で

痩せて痩せて頬もこけて、見た目も大事だしと私達周りのものも

はらはらしたものでした。



あんな事こんな事と思い出した途端に関係者の皆様に

ご連絡が漏れていることに気が付きました!!

再放送の編成は中々早くから分らないものですが、

今回お知らせいただいていたのに、恥ずかしい。

早速今日は土曜日なので休み明けに御詫びを。もう遅いのですが。。。

瀬戸カトリーヌの『温泉へGO!!』ももう数日でアップです。

November 01 [Sat], 2008, 9:16
熱ーい戦友が出来て、『楽しいー!きついけどたのしい!

今週は見せ場が多いです』とかリポートしながら,

ドラマが大好きなカトリーヌが過去の同僚との気持ちのすれ違いを

しっかり演じています。

一寸憎まれ役なのですが、アテンダントらしいサラッとした、

知的な女をやりきりました。

まだまだ放送は続きます。是非ご覧下さい。

『瀬戸カトリーヌのつぶやきブログ』もどうぞ覗いてみてくださいな。

あー!!もう11月1日もう2ヶ月も残っていない。

November 01 [Sat], 2008, 2:10
なんか一年がとても早くなったような。。。

恐ろしい!!どれだけ内容のある一年を過ごしただろう。

自分のしている事が少しでも、人様の役に立っていますように。。

WOWOWでは『SEX & THE CITY』が放送されている。

アメリカらしい御馬鹿でSEXYな物語。 ああ!
曲直瀬道枝プロフィール
  • プロフィール画像
  • アイコン画像 ニックネーム:曲直瀬道枝
読者になる
1943年5月4日 神奈川県横浜市生まれ
都立九段高校卒
青山学院大学第二文学部英米文科卒
神奈川県横浜市出身、宮城県登米郡登米町に疎開。自然と親しむ。
両親の仕事の関係で上京。母親の死去後1973年六本木ゴトウ花店に入社。
2年間の修行後、Kフローリストでアルバイト経験を経て、1976年潟tルールはなはなを千駄ヶ谷で開店。池袋サンシャインアルタ店、麻布十番店そして、渇「花として西武百貨店・渋谷店ロフト館(現在の(株)ロフト渋谷店)に出店。千駄ヶ谷店を神宮前に移転後池袋店、麻布十番店を閉店。再び千駄ヶ谷に本店を移転。現在に至る。

潟}ナセプロダクション
 父正雄と母花子が1948年に設立し、四女信子と共に水原弘・山下敬二郎・ダニー飯田とパラダイスキング・ジェリー藤尾・坂本九・森山加代子・九重佑三子等を輩出した。又バトントワラーを日本で始めて育成。
正雄が病を得、事業を続けることが困難と当時所属の坂本九よりの要請で、花屋経営のかたわら1982年社長就任。
 1985年8月、日航機事故により、坂本九死去。以降、坂本九の日本で唯一ゴールデンレコードをいただいた歌手としての功績とその人柄を後世に伝える事を目標の一つとして家業を続ける。
 1985年9月、西田ひかるに出会い、マナセプロダクションを再建。
現在は、坂本九・西田ひかる他、系列会社潟Gフ・スピリットで真琴つばさ他のマネージメントと各々新人育成を手がけている。
 亡き先代社長の口ぐせであった「Simple,Light,Clean」を社訓として、事業及びタレント・アーティストの高品位、高品質を目標に業界のみにとどまらず、より高きをめざして、精進していくつもりです。