東北レポートUE 考察

2012年01月21日(土) 14時01分
最後に、今回の滞在で私が思ったことをまとめたいと思います。
あくまでも、私個人の意見です。


まず、仮設とか、被災者とか、私たちはひとくくりにしてしまうクセがあるけれど、実際は違います。
各仮設によって個性があります。

若い方が多いところと、年輩が多いところでは、求められていることも違うのです。
何かを企画しても、開催する時間帯によって来られる人のジャンルが違います。
ということは、ニーズも違う。

若い方が頑張っているところでは、今後の自立に向かっている印象を強く受けました。
誰かがやって来て何かをしてくれる、じゃ、意味がないんです。

支援者は皆さんが向かっている方向に役立つ支援活動をすべきであり、自分のやりたいことやできることを持ち込むことが必ずしも役にたつとは限りません。
みんなが望んでいるのは、静かな、元通りの日常。
時には何もしないことも大事なのかも知れないと思いました。

年輩の方が多いところでは、年輩の方の得意な部分を生かすような支援が良いんじゃないかと思いました。
例えば、炊き出しをしてあげるんじゃなくて、してもらう、とか。
もともと働き者なのに、行動範囲が狭くなったことで、身体の不調が出てくる。
それはそのうち、こころの不調にもつながりかねません。

私のような部外者がきてマッサージをするより、みんなでラジオ体操を日常的に続けることの方がこれからは必要になってくると思います。



それに、私たちが想像できる以上に複雑な思いをあらゆる方面で感じていらっしゃるんだな・・・と実感しました、当たり前ですが・・・。
人間関係もあるし、その辺は計り知れない深い心の部分だと思います。

「ふるさと」に対する思いも、私には想像できない位つよいと思いました。
県外にいる娘達がこっちにおいでと言ってくれたけど、それではふるさとがなくなってしまうから仮設に残ることにした、という方も居ました。
集落丸ごと、集団で他の場所に移転する計画をされている方々もいました。

支援する側は、どんなに強い気持ちがあっても、状況や皆さんの思いをできる限り推し量って、何が本当の手助けになるのかを常にフレキシブルに考えて連携する事が大事だとおもいます。



あと、長期ボランティアの人たちが気になります。
この人達に対するケアが必要。

小さな世界に、強い思いを持ってどっぷりはまっているうちに、精神がちょっと病んでしまいがちなんじゃないかなと思いました。
生活環境はまだしも、運動してないし、第一きちんとした食事が出来ていない。

そうすると、視野が狭くなっていたり、心の余裕がなくなっていたりする。
思いが強いから真剣なんだけど・・・
それがあだとなってシンプルな話がもつれていたり、腹を立てて絶交したり・・・。

夜延々とそんな人間関係の問題を話す夜もありました。
関係ない私が怒鳴られる・・・なんてこともありました。

みんな根本はいい人達なのに・・・。
とにかく身体も、頭も、心も、休暇が必要。
でも本人は大丈夫だと思っていたり、がんばれると思っていたりします。

現地ボランティアが必要ならば、この人達をサポートする第三者やお金が必要だと思います。



それからビックリしたことは、河口で鮭がいっぱい死んでたこと。
海から川を上ろうとして途中まで来たんだけど、地形が変わったのか水がなく、かといって逆走も出来ず、潮が引いてそこで死んでしまったのだと思う。 

魚だけじゃない、植物や昆虫、微生物だって影響を受けているはず。
そういう影響は、これからもっともっと出てくるはず。
人間の目に映る部分だけじゃなく、想像力を持って見ることが大切だと思いました。

原発も・・・。

この辺りは、夜になったら本当に真っ暗で、遅くまでやっているスーパーの張り紙がなんと、「七時までやっています!」。
福島の田舎だって、そんな感じだと思います。
そんな場所が、夜までキラキラした街の電力のために、多くの損害を被る。
なのに、キラキラ街の人はそこに感心がなかったりする。

それは、あまりにも、ひどい。

この世界が、自分の目に見える範囲だけじゃないこと、色んなものごとが絡まり合って世界が成り立っていることに、私たちは気付かなくてはいけない。
メディアはもちろんだけど、学校教育、各家庭での話、そういったものの重要性を、考えていかなければ。

今どういうことが起きていて、それに対して出来ることは何か、と大人と子供が一緒に考えられる世の中になって欲しいです。


(写真は、帰り際によった中尊寺より)

とかなんとか。
私のレポートはこの辺で終わります。
今回はまとまらない色んな思いがあって、書き始めるまでに時間がかかってしまいました。

でも、せっかく行ったので、どこかで誰かの役に立つかも知れないと思って、書くことにしました。

読んでいただき、ありがとうございました。



東北レポートU 終わり


東北レポートUD みんなの気持ち

2012年01月21日(土) 10時29分
宮古島の人々からいただいたメッセージと手作りお菓子、お茶、クリスマスオーナメントを無事届け、たくさんの方に喜んでいただくことが出来ました。
この場を借りて、みなさんありがとうございました

「こころの応援団」さんたちを通して、落語会で配られたり、YOGAやマッサージの後でみんなでお茶をしたりしました。

「こころの応援団」の方が、小袋一つ一つに「明けない夜はない」とか色んなメッセージを添えてくれてあったのを見て、「この人も色々乗り越えてきたんだね・・・」ってつぶやいていたのが印象的でした。

きっとこの方も、色々な思いを持って、3月からずっと活動されているのだと思いました。
(ご夫婦で、新潟でも活動されているそうです)




届いたツリーに、生徒さんが作ってくれたクッキーを吊しました。
かわいい

「沖縄のお菓子だって」「沖縄のなの?へえ〜」って珍しそうでした(普通のクッキーだけど)。



逆に私は、休憩時間におにぎりとかちょっとしたお総菜なんかをいただいたり。
こういうのがホント嬉しかったな〜


後日談があるんですけど、

お菓子の袋に小学生の男の子が一言メッセージを添えて、全部の袋に貼り付けてくれたのがあったのですが、それを受けとった方から、この子にお手紙が届いたそうなんです。



本人もまさか返事が来るとは思ってなかったので、とても喜んだそうです

この子が大きくなって、また色んな事があったときに、人と人とはつながっている、思いは伝わるんだっていう事を思い出してくれたら嬉しいな。


もう一つ後日談。
8月に登米のボランティアセンターで出合って、立ち話をした方が、宮古島に来たからと、会いに来てくれました。
YOGAで検索してHPを見てくれて。
定年されて、11月にも河北の方で活動されていたそうで、お互いの経験をシェアして色んなお話しが出来ました


小学生からお年寄りまで、支援者も被災者も、

色んな所で色んな人が、それぞれの出来ることをしています。
そいうことがつながって、大きな輪となっていきますように


東北レポートUE 考察 に続く


東北レポートUC YOGA&マッサージ

2012年01月20日(金) 17時24分
4日目から、流れが動き始めました

小原木小・中の仮設住宅2カ所と、シビタチの児童館、老人憩いの家にて、マッサージとYOGA三昧。

最初は、みんなでふれあえるようにとマッサージ教室を企画したのですが、教室じゃなくてマッサージを受けたい!っていうご希望だったので、急遽変更
お年寄りが多い時間帯だったもんな。
やっぱり実際に行ってみないとニーズは把握できない。

何人かするとどんどん近所の人を呼んできてくれて、たくさんの方に触れさせていただくことが出来ました。

みんなの話を聞いていると、今まで何にもなかったのに最近腰が痛いと言う人が多い。
仮設のご老人達は、畑仕事がなくなったことや、自転車で海に行ったりとかのちょっとした日常の動きがなくなったことが、腰痛とかの不調の原因なんじゃないかと思った。

なんでもないちょっとした日課がなくなってしまったこと。
こんな風に影響が出るんだ。


ちょうど来ていた、長期ボランティアの男の子から、腰痛の相談を受けたので、彼もマッサージ。
何もしていないのに急に腰が痛くなってきたと。

触ってみると、若くて活発そうな見た目とは裏腹に、足の筋肉が弱い。
3月からずっとこの生活で、走ったりする事も、スポーツをすることもない。
プレハブの床に寝ていて、食事もちゃんと用意できるわけでもない。
やっぱり筋力のなさは腰痛につながってくる。

自分を差し置いて人のためと思ってずっと突っ走ってきたのだろうと思った。
活動のためにも、自分のケアが必要だと、お話ししました。



児童館ではYOGA。
保育士の先生が「私が一番受けたい!」って言って下さり、他の先生にお願いして参加してくれました。
この児童館も、震災の後ずっと避難所として使われていたらしく、先生も大変活躍されたそう。
ご自分も子育てされながら、他の母子のサポートも。

呼吸を調えたりしながら、思いっきりリラックスしていただけました。
今後みんなでこういう時間を持っていきたいって。
ホント、いつもみんなのことを考えてる、天職なんですね。



後で質問されてハッとしたこと。

「とっても気持ちよかったから家でも続けたいんですけど、何しろ狭くて、腕を広げたりとか難しいんです。
狭くても出来ることはありますか?」

そうだ、皆さんはいま仮設の部屋に家族で住まわれているんだった。
そういう前提の内容にすれば良かったんだ・・・!

その辺、私の想像力が足りなかったな・・・と後で気付きました。



老人憩いの家ではマッサージ教室とYOGA。
在宅の方は仮設の方と比べると支援が少ないのですが、家があってもなくてもみなさんが大変でストレスも溜まってるのでは、と思ったので、是非在宅の方へ、と私からのお願いでした。

そしてこの日が、一番たくさんの方に来ていただけました。

間に入って準備してくださった方は、建てたばかりのご自宅を流され仮設住まいでしたが、在宅の皆さんのために、声かけなど協力してくださいました。

彼女はレッスンの合間に私を自宅(仮設)に招いてくださって、夕食をごちそうになったりも。
お土産まで持たせてくれたり、ご自分だって大変なのに、本当に良くしてくださいました。

ありがたいです。



そして、夜は仮設に戻ってYOGAレッスン。
家事とか落ち着いてから出てこられる、若いお母さん達が集まってくれました。
電気を暗くして、支援物資のソーラーライト?をあちこちに置いていい雰囲気でしたよ。

緊張と弛緩のメカニズムをお話しして、続けられるようにと単純なメニューをお伝えしました。
みんな久々にリラックスできた〜って喜んでくれました。

それと、自分が疲れずに簡単に出来るセルフマッサージ。
若い副地区長さんが、今は仮設にも慣れて、バランスをとっている時期だから、こういう風に今後につながることがいい、とおっしゃっていました。



色んな方の色んな物語がある。
色んな方の色んな体調、考え方、楽しみ方もある。

ほんの短い間だったけど、それぞれに響くような事柄を、お伝えできるようにと思っていました。
蒔かれた種に、皆さんがお水をやって、それぞれの花が咲いていきますように。




東北レポートUD みんなの気持ち に続く。

東北レポートUB 複雑な気持ち

2012年01月20日(金) 8時40分
今回私が個人で現地に赴いたのは、私には使える技能があって、それは喜ばれることで、最大限にそれを生かしたいと思ったから。

8月に参加した団体さんのご縁を生かして、地元の方や現地ボランティアの方の協力で、必要とされる場所を探しました。

仮設住宅2カ所は、ボランティアさんのマッチングで決まりました。
仮設の方へは結構色んな方が支援に来てたので、在宅(家が残った方)への支援をしたいという希望を伝えると、お世話になっていたレストラン海岸亭のマスターが、何人かの知り合いに連絡を取ってくれました。

そこでそれぞれの場所に行くのですが、何しろ車がないので、その時時で誰かに頼まないといけません。
それが歯がゆい。
時間はあるのに、動けない事が多々。

でも、それは解っていたこと。
乗せてくれる人が居るだけでもありがたい。
現地での事は、どんなに事前に手配しようと思っても、日々状況が変わったりするので、やっぱり実際にその場に着いてから、みんなの事情の中で、自分に出来ることを見つけなくては。

だから、空いている時間は、海岸亭の皿洗いや掃除を手伝う。



最初の数日は、何もなければこの薪ストーブから離れられませんでした。
特に夜が長くて。
4時には日が暮れてた・・・。

でも、ストーブやダウン、寝袋に寝る車がある私は幸せだ。
あの頃、みんなはどれだけ寒くて、不安だったろう・・・。

マスターに震災の時のことを色々聞くと、ポツポツ話してくれたんだけど、「これを見ておいて」と、地元新聞社の報道写真集を渡されました。

私の反応や質問が軽かったのかも知れない。
どんなに想像しても、地元の方の辛かった状況や思いを完全に理解することは出来ない。



私の呼びかけを読んでくれた方から寄せられたツリーは海岸亭に寄付。
マスターがメッセージと一緒に飾ってくれました。



ちょうどお会いできた方の自治会が、夜に会議があるからと言うことで、そこに連れて行ってもらって、YOGAやマッサージの指導をさせてもらいたいということを伝えました。
すると、その内容はいいんだけど、人を集めることが大変と言う。

東北レポートUA 子供たちへ

2012年01月19日(木) 23時21分
今回は個人での訪問でした。
目的はの一つは、出発前に宮古島の皆さんからお預かりした募金と、メッセージ付きのクリスマス飾りやお菓子のお届け

まずは、チャリティー販売をしたお金を託してくれた、DESLIEトシ君の、「被災地の子供に何かプレゼント出来たら嬉しいな」という希望にそうべく、可能性をリサーチしました。

目に見える支援をと、唐桑町の幼稚園や役所を訪ねて相談。
解ったことは、幼稚園や仮設住宅などへ物を持っていっても、ある場所にはもう十分な物資が届いていたり、個数があわないと逆に迷惑をかけてしまうということ。

そこで、地元有志で子供達のサポートをしているという「カラット」さんへ、募金という形でお届けし、皆さんのいい形で使っていただくことにしました

ここに集まる子供達は、仮設に来ている子も、家が残った子も、他の場所から来ている子も、色んな子達がいるので良いなと思いました。

ちょうど翌日に、「お年寄りが昔の遊びを教える」というイベントがあったのでその開会式の中で、お金とサーターアンダギーを贈呈することに
(この事は翌日地元の三陸新聞に載ったんですよー)



そして、マイクを手渡され、挨拶を頼まれてしまいました

子供達に??一体何を話したら良いんだ!?
突然&初めてのシチュエーションにとまどいながらも・・・

「皆さんは、沖縄の宮古島を知っていますか?」と聞くと、
なんと、ほとんどの子供達が知っていました



「大変なことが色々あって、これからもみんなで協力して乗り越えていかなければならないのですが、みなさんには、いくらでも可能性があります。」



「私がこうして宮古島から来たように、いつかみなさんが宮古島に来たいと思ったら、必ず来られます。」
「それどころか、みなさんは世界中どこにだって行けます。」



「本気でやろうと思って、出来ないことはないから。」



「今後なにがあっても、それを忘れないでください。」



と、いうような事を言ったと思います。


太陽の下、子供達はノンストップで駆け回っていました
私は昔得意だったヨーヨーで熱くなり、みんなと一緒に遊びました


東北レポートUB 複雑な気持ち に続く



東北レポートU@ 陽はまた昇る

2012年01月18日(水) 16時41分
ちょっと時間が経ってしまいましたが、11月に二度目の訪問をした、気仙沼のレポートをお届けします(8月のレポートはコチラ)。

まず、東京に着いたのが17時ぐらいで、そこから現地に向かう車に便乗させてもらい、東北自動車道を北上。
寒い。
道路の温度計の指す値が、どんどん下がっていく。

宮城県に着いた頃、気温は0度でした。

小雪が舞う中、途中で山から蝦夷鹿の親子。
とても美しくて、感動しました。

深夜1時ごろ?目的地、唐桑半島に到着。
とりあえず朝までここで待たねば。

膝まであるダウンに、寝袋二枚重ね、車で寝る。
ハイエースだし、結構快適。


そして、朝。
外に出ると、この景色。



宮古島にはない、この風景。
いつ見ても新鮮だ。



東北の海は、なんだか力強い。



拝みたくなる太陽。

ここをあの津波が襲ったのは、8ヶ月前。
嘘のように静かな、朝の海。

嘘であって欲しかった、と心の中でつぶやいた。



海の向こうに、陸前高田
今もまだ、壊滅的なのだろうか。



それでもまた、陽は昇る。

それが私の好きな言葉です。


東北レポートUA 子供たちへ、に続く


東北行ってきます〜

2011年11月24日(木) 13時01分
今日からまた、気仙沼に行って来ます。
夕方羽田について、ラーメン義援隊の車に便乗させてもらい、唐桑に着くのが0時位だって〜。

最低気温1度の宮城で、深夜0時!
楽しそ〜う・・・といってみたりなんかして(笑)

皆さまから届いたクリスマスオーナメント、お菓子、そして募金(90,630円)、ありがとうございます

このブログを見て、デズリー宛に沢山のオーナメントとお金を送って下さったお客様もいらっしゃいました(コチラ)。
感動

埼玉県の高橋さん、この場を借りて、ありがとうございます
夏に来て下さったこと、覚えています〜!



JALに問い合わせたら全部持ち込めるそうなんで、持っていきます!
フィリピンとかで段ボールいっぱい持って飛行機乗ってる人たち、思い出した〜

そして、スーツケース1個分の服・・・



お菓子の中に、こんなメッセージもあったんです(笑)



ちはるサンタ(笑)

いってきま〜す

___________________

東北の後、沖縄本島出張です。
12/2浦添の整体ひやねさんにてYOGAワークショップ。
3〜4日、アーユルヴェーダ研修。
5日に戻ります。

宮古島から被災地へ、協力お願いします。

2011年11月18日(金) 21時53分
8月に2週間、宮城県で災害支援をしていました。
その時に出来たご縁を頼りに、今度は11月24日から1週間、個人として、再び唐桑に行って来ます

今回は、みなさんがお互いにマッサージをしあえるように、また習い事を楽しんで頂けるように、マッサージ教室を開催したいと思っています
もちろん、心と身体のメンテナンスに、ヨーガ療法も

現地に入っている人と連絡をとると、やはり心の支援が大切ということ。
みなさんが抱えている思いとして、「忘れられたくない」っていう事が強いそうです。

想像してみてください。
仮設に移ったというだけで、先行きがまだまだ見えない中、メディアの注目も薄れ、みんなから忘れられて支援もなくなってしまうんじゃないかという不安な思い・・・。

そこで!
宮古島のみなさんから、メッセージをお届けしたいなと思いつきました


ご家庭に沢山ある、クリスマスツリーの飾りをどれかひとつでいいですから、被災地の方へプレゼントしませんか?
もちろん新品でも
何かメッセージを添えて。



責任持って、私が現地にお届けします

受付は、11月22日までに
book cafe BREATHE, Sunny Side, 池間商店, DESLIE, 尾沢塾, Shantiまで。

メッセージと飾りをひとつずつ、透明な袋に入れてください。
ラッピングは無用ですよ〜!

同時に、現地での支援活動を支える募金もお願いしています


また、現地では人々が交流したりするのを助けるために、お茶会を開催しているのですが、その時に提供する手作りお菓子も募集しています

お菓子は11月22,23日のみ、
book cafe BREATHE, Shantiにてお預かりします!

クッキーなどの日持ちするお菓子に、メッセージを添えてお届け下さい





この動画、是非見てください!
3.11に生まれた子供達です

この歌も本当にすてきです。



名も知らぬ花のように 加藤登紀子作詞/yae作曲・歌

東北レポートF 自然

2011年09月02日(金) 15時00分
最後に美しい宮城の風景をお届けします。

山や木々、田園風景、とにかく景色の中に緑の占める割合が多いこと。
緑好きの私は、いっつもそんな景色からパワーをもらっていました。



最初に泊まっていた体育館では窓側に寝てたので、朝起きてまず目にはいるのが小さな山。
これはかなり嬉しかったです。



海も、宮古島とはまた違った美しさ。
和風な感じが良かったですね〜。

東北レポートE お盆

2011年08月30日(火) 20時51分
震災から5ヶ月の8月11日、各所で慰霊の花火が打ち上げられました。

私は気仙沼港のはずれでひっそりと見ていたのですが、船の光、月明かり、そして花火が水面に映って、それはそれは美しかったです。



本当に、たましいが昇華していくように見えました・・・。

これを見た少しでも多くの人の心が癒されますようにと願いながら・・・。



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