日本人だから

2006年01月02日(月) 13時33分
 あたしは新春を祝おうと思う。新年というのはなんだかくすぐったくてはしゃぐものじゃないのだろうかとも思うけれど、日本人だであるからして私は祝いたい。なによりも滅多としてあえない友人にこの機会を通して合えるのも嬉しい。普段メールをしないけれどお世話になってるひとや、懐かしさを覚える友人にメールをできるのもいい。年があけたらもうすぐ桜が咲くだろう。その時にそのメールをした友人や親友たちとお花見にでも行こうと誘える。
 桜はとても好きだ。春の気候は暖かいしそのなかで友人たちとお話しながら桜の下でおいしいものをほおばれる事も、考えただけで高揚する。私は春の服も好きだ。重たいコートなんて着なくても暖かいし、暑ければ一枚脱げばいいだけ。そして春の服はかわいい。ピンクやブルーなどが店頭に並ぶと嬉しい。思わず買ってしまい、クローゼットがピンクで染まる事もある。それも桜が好きなことがこうじているのだろう。そういえば、昨年4月に桜が題材のレポートに「桜が死体に見える」と描いた事があった。私はそれを小さい頃から感じていたことだったので、さらりとい書いたのだが先生はおもしろいことを描くといった。枝が骨に見え花が肉、その肉が散る事がやけに私には綺麗に見える。死体が綺麗だと言っているわけではなくて、いわば「桜の死体』が綺麗なのだ。
 一年の抱負というものは、難しい。私は厚かましい願い事、抱負を毎年あげるに至っている。これではなんとも情けない。だから今年は、「皆から愛されますように」とお願いした。しかしこれもとてつもなく厚かましかった事に気がついた。みなから愛されるほどの私にはとりえも良さもないからだ。しかし、それでも愛されたい。誰かのいちばんでいたい。私が思うゆうじんがそうであるようにわたしはそうなりたい。だから私はこの年を祝おう。日本人であるから、日本が好きだから、たくさんのすてきなひとに逢えた日本だから。私はこの一年がいいものになるように祝おう。