なでて やさしく

2006年03月26日(日) 22時35分
繰り返しているのが分かっていた。
胸の内は、思いが溢れたり、ごく微量になることを繰り返している。
溢れていれば、零れた思いは涙として流れていくし、とほうもなくさみしくなってむやみに手を射し伸ばしてしまう。存在を表したくなる。忘れられたくないと真剣に焦ってしまっている。
しかし、この思いはごく微量にはなるものの、なくなりはしない。いや、いつか必ずなくなってからからになるのかもしれない。現時点では波のように繰り返し満ちてはひいている。からからになればらくだろうか?この思いがどこにもなくなれば。
なくなることはない。思いがなくなっても体が覚えているだろう。痛いくらいに欲した日も悲しいくらい欲さなかった日もあのひとが触ったところぜんぶ。声もぜんぶ。なにをいっていたかもどこかで覚えている。からからにはならない。なるのはきっと居なくなった時だろう。あのひとはないてくれるだろうか。私のために、私の事を思って。ありえもしないことを考える。そうして空想していればまだ溢れる量もましになる。あのひとが愛してくれているという証拠が欲しい。体だけが覚えているなんて、とてつもなく頼りがない。

曖昧な態度なんてくだらないわ!
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