妻と二人三脚で近江・京都を巡る旅(104)   

October 13 [Sun], 2019, 9:16



東福寺に属する塔頭の話の続きですが・・・。

解説によれば・・・・まず・・・・万寿寺。
かつては下京区高倉にあったとされ、東福寺と並び京都五山の第五位とされていたのだという。これは大変なことです。京都五山の一つというのは尋常ではない格付けであったのに、いまや東福寺の塔頭というのは、複雑な気分であるかもしれません。
天正年間に現在地に移されたらしい。
退耕庵は、貞和2年(1346年)に東福寺第43世住持・性海霊見(しょうかいれいけん)によって創建された塔頭で、応仁の乱により一時荒廃したが、慶長4年(1599年)に安国寺恵瓊によって再興されたとある。
安国寺恵瓊はややもすれば武将と評価されがちだが、十分に僧侶であったのですね。


善慧院(ぜんねいん)。大永年間(1521〜28)に東福寺第207世・彭叔守仙が開いた塔頭で、面白いのは・・・普化正宗総本山明暗寺が『間借り』で尺八根本道場としており、尺八の法系を継いでいること。
一華院は1382年の創建である。後に東福寺の67世を開山に迎えている。
霊雲院。1390年の創建。肥後細川家の庇護を受けていたらしい。公開されている。
同聚院(どうじゅいん)室町時代中期の文安年間(1444-1448)に東福寺第129世が開山した塔頭で、定朝の父・康尚の作といわれる本尊・不動明王坐像(重文)は、寛弘3年(1006年)に藤原道長が法性寺に建立した五大堂の中尊と伝える。(公開塔頭)

塔頭といっても・・・いずれも600年以上もの歴史を有してることに驚く。応仁の乱を潜り抜けている。京都の外にあれば、いずれも古刹としてその名を知られていようが、中には、京都五山に位置付けられた万寿寺のような寺もある。
荒波にもまれてきた人の人生のようである。



(第11054回)
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麻衣子  さん、こんにちは。
ありがとうございます。

お陰さまで
何とか無事でした。

いよいよ終わりですか。
残念ですね。
永い間
お付き合いいただきありがとうございます。

お身体をお大事に
お元気で過ごされるよう祈っています。
また、どこかでお目にかかりたいものです。
October 13 [Sun], 2019, 14:49
福島太郎さん、こんにちわ♪

台風の影響…いかがでしょうか?
出ていなければ良いのだけど…

私のブログ…
そろそろ終了とします♪
いままで、本当に、ありがとうございました。

お風邪など召されませんように…
お元気で。

でわ…
October 13 [Sun], 2019, 14:29
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