妻と二人三脚で近江・京都を巡る旅(92)   

September 30 [Mon], 2019, 6:50



まだ・・・・智積院にいる。
依然として、智積院は驚くほど壮麗、広大である。

ちょっと話が変わりますが、智積院で最も偉い坊さんを『化主』というらしい。
要は住職さんということであろう。
この『化主』さんの出身地の一覧表がありました。昭和の途中まででしたが、ちょっと不思議なことに気が付いた。
この表で、明治以降の20人の『化主』さんについて、その出身地も記載されていた。
この出身地の多くが東日本が非常に多い。
西日本出身の『化主』さんは、和歌山、福井、大阪、滋賀県の4人だけ。それ以外は、すべて東日本なのですね。
これは・・・・多分、智積院の系列のお寺が東日本に多いということでしょうか。


ご紹介の記述によれば・・・こうである。
私たちの宗団は、成田山新勝寺、川崎大師平間寺、高尾山薬王院の大本山を始め、東京都の高幡山金剛寺、名古屋市の大須観音寶生院を別格本山として全国に3000余りの寺院教会を擁し、総本山智積院は全国約30万人にのぼる檀信徒の信仰のよりどころとして総菩提所、総祈願所と位置付けられています。
とあるが、これでいくと・・・・なるほど・・・・成田山や川崎大師、薬王院など有力どころは東に多いのですね。

ちなみに・・・真言宗の宗祖は弘法大師空海。「中興の祖」と言われたのが興教大師(こうぎょうだいし)覚鑁(かくばん)です。
こういう中興の祖といわれるような後継者が、宗教上の組織においても不可欠なのですね。
こういう後継者がいて、その後の発展があるのだと思います。

ちょっと話が飛びますが、昔・・・・会津に徳一という並外れた高僧がおりました。その影響力は関東以北から東北に及んだ。8世紀の頃です。会津を中心にとてつもない広大、豪壮、文字通り3000にも及ぶ伽藍を築いた高僧で、その名残は会津各地にいまも残っていますが、徳一には惜しいかな優れた後継者が育たなかった。
徳一は空海や最澄と堂々論争するような桁外れの人物で、その事績は後々、空海などが築いたような宗教上の遺産と並び称されても少しも不思議ではなかったのに・・・。

会津に行かれて、徳一の足跡をたどる旅も面白い、ですよ。京都や奈良などを巡る面白さとは圧倒的に違う。過去の何かにお目にかかる・・・・という感じかしら・・・・。


(第11024回)
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