妻と二人三脚で近江・京都を巡る旅(77)   

September 14 [Sat], 2019, 4:41
猛暑から・・・・すっかり秋のようです。
夕べはタオルケット一枚では足りない感じもしました。
転げ落ちるように秋に向かっていますね。



さて・・・天皇らがお出掛けに関する用語は以下のようである。
行幸(ぎょうこう)天皇が外出されること。
還幸(かんこう)天皇が行幸先からお帰りになること。
行幸啓(ぎょうこうけい)天皇・皇后がご一緒に外出されること。
還幸啓(かんこうけい)天皇・皇后がご一緒に行幸啓先からお帰りになること。
行啓(ぎょうけい)皇后・皇太后・皇太子・皇太子妃が外出されること。
還啓(かんけい)皇后・皇太后・皇太子・皇太子妃が行啓先からお帰りになること。
お成り(おなり)天皇・皇后・皇太后・皇太子・皇太子妃以外の皇族方が外出されること。
ご帰還(ごきかん)天皇・皇后・皇太后・皇太子・皇太子妃以外の皇族方がお成り先からお帰りになること。

色々と言葉遣いが定められているのですね。
慶雲館には明治天皇と皇后が一緒であったから、行幸啓(ぎょうこうけい)ということであろうが、それにしても、その予定はどれくらい前に計画されるものであろうか。


この慶雲館に明治天皇と皇后が来館したときには、いわば新築であるから、昨日今日という問題ではない。
まして・・・・豪商といってお金はあるかもしれないが、国家権力を動員しての建築ではない。
いわば私人の力で行ったものである。
どんなに頑張っても数か月以上はかかろう。
となれば、明治天皇の行幸啓の計画も半年以上前にあったということになろうが、何か行事があったということだろうか・・・・。
どういう目的であったのかは、記述では明らかではないが・・・例えば・・・・・陸軍の軍事演習とか・・・・。


いずれにしても・・・一夜の宿でもない、休息でしかない館を何故、浅見又蔵は思い立ったのか・・・・ちょっと、その心中は容易に想像がつかない。
養子となった家を従前にない規模に大きくしたが、その養家に大きな名を残したいという心づもりであったろうかとも思う。



(第10993回)
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