妻と二人三脚で近江・京都を巡る旅(73)   

September 10 [Tue], 2019, 4:04



長浜の鉄道記念館を出てすぐのところに、踏切があるが、その踏切は本物の踏切である。
だが、気分としては、まだ記念館の一部であるような感覚で、その踏切を眺めてしまう。
そういう戸惑いのような感じから抜け出せない気分のまま、『慶雲館』の表示と建物が目に入る。


すぐ目の前に『慶雲館』がある。
その案内表示板を読むと・・・・明治20年(1887年)2月21日に、明治天皇らが長浜の地を訪れるというときに、土地の豪商である浅見又蔵が私財を投じて造営したものだという。
しかも・・・これは宿泊所ではなく、単なる休息所であったらしい。
ちょっと休むから、その場所として造営されたというのですから、驚きます。
休息所という意味では、私の地域の屋敷の中にも『明治天皇御休息所』の石碑が立っているお宅がある。多分、明治天皇が陸軍の演習の視察に訪れたらしい。

『慶雲館』と名付けたのは、時の首相である伊藤博文。
いまでも行幸というのは大騒ぎするような行事なのでしょうが・・・・いつか、新幹線に乗ったときに、線路わきに一定間隔で警察官が立っていた場面を見たことを思い出す。後で分かったことだが、天皇がどこかにお出掛けということであったらしい。
とにかく・・・当時は神様扱いだったわけですから、お迎えする方は、臨時の御休息所でも尋常な気配りではなかったということでしょう。


庭園の規模は6千平米という。
建物は地元の宮大工が建てたもので、総ヒノキ造り。本館や茶室が整備された。
お庭は、平安神宮などの庭を手掛けた7代目・小川治兵衛の作だという。

『慶雲館』は・・・地元の迎賓館として折々に使われてきたらしい。



(第10985回)
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