マルクスがめざしたのは議会制民主主義
2009.10.29 [Thu] 11:13

『マルクスは生きている』 不破哲三社研所長にきく<下>
しんぶん赤旗・日曜版 2009/6/21号より


未来社会論の誤解を解く

ーー今回は、いよいよ「第三章 未来社会の開拓者・マルクス」です。マルクスの「革命論」には、「古い」「怖い」といったイメージをもつ人もいますが・・・・。

不破 革命論と未来社会論は、マルクスの理論のなかでも、誤解が一番多い分野なのです。実際のマルクスは、革命論でも未来社会論でも、驚くほど現代的で、本当にいまに通じる議論を展開しているのですが、それがマルクスの理論のなかでも、一番研究されずにきた分野になっていたんですね。

この本では、あれこれの側面や部分ではなく、未来社会論の全体を、マルクス自身の言葉で再現するという課題に挑戦しました。苦労は多かったけど、価値ある苦労だった、と思っています。

■矛盾のりこえ

ーー未来社会論の特徴を一ロでいうと‥。

不破 マルクス以前の人たちのように、頭の中で考えた理想図を社会に押しつけることはしない。資本主義社会への科学的な批判をおしすすめると、その矛盾をのりこえた社会のあり方が素直に出てくる‥。一番の特徴は、そういうところでしょうか。

ですから、最初の部分では、マルクスの思想のその素直な流れを表現することにつとめました。

■時代的な背景

ーーそれから次の「特徴点」の部分にすすむわけですね。

不破 あまり系統だった順序ではありませんが、未来社会論と革命論にかかわる大事な点は、少し立ち入って紹介したいと思いました。いろいろ誤解もあれば疑問もあるところですから。

ーー革命論も、これを読んで、″あれ″と思う方も多いのではないでしょうか。

不破 マルクスを「暴力革命の信奉者」扱いする議論が、いまでもあちこちに顔を出しますからね。ところが本当のマルクスは、「議会の多数を得ての革命」路線の先駆的な提唱者だったのですよ。

時代的な背景からいえば、マルクスが革命運動に足を踏み入れたのは、革命といえば民衆の決起以外に方法がない時代でした。ユゴーの大作『レ・ミゼラブル』にはフランスの1832年の革命闘争が、フローベルの恋愛小説『感情教育』には1848年の革命の状況が詳しく出てきますが、どの革命も、内容は街頭での民衆決起とバリケード戦です。

これは、当時のヨーロッパでは当たり前の話でした。権限をもった議会はほとんどないし、その議会を選ぶ選挙権は金持ちだけのもの。だから、革命といえば街頭での決起が当たり前だったのですが、マルクスはその時代に早くも、普通選挙権と人民主権の政治体制を主張し、その体制を実現したら「議会の多数を得ての革命」に道が開ける、という新しい革命論をうちだしたのですから。

■米国への注目

ーーこの点では、イギリスの議会制度と同時に、アメリカの共和制にも注目したようですね。

不破 マルクスは、1861〜65年のアメリカの南北戦争の経過を大いに研究して、奴隷の解放を高く評価したのですが、革命論の問題では、その大変革が大統領選挙での勝利−−−選挙での多数の獲得から始まったことに注目しました。

それ以後、マルクスは議会を通じての革命という展望を問題にするときに、その展望のある国として、イギリスと併せてアメリカの名をあげるようになりました。


目指したのは議会制民主共和国

ーー未来社会論で、誤解されている主な点をあげると‥。

不破 ここにはたくさんの問題がありますが、誤解を解くという角度であげると、次の三つが大事だと思います。

第一は、議会制の民主共和制が、社会主義の国家にもっともふさわしい政治形態だと主張したこと。

第二は、労働者階級が政権をとった場合の農民との関係の問題です。マルクスは、この問題を長い時間をかけて考えましたが、最後に到達した結論は、農業の社会主義化は、土地の国有化ではなく、農民が協力して協同組合をつくる方策がもっとも適切だ、ということでした。その際、農民自身がこの道を選ぶようにする「自発性」を原則とすべきで、権力による強制の方法は絶対に使ってはならない、このことを強調しました。

第三は、国際関係で、領土拡張主義はもちろん、他国への干渉を絶対にやってはならない、いまの言葉でいえば大国主義、覇権主義に落ち込むな、ということです。

国の進路を選ぶのは、その国の国民の権利に属することで、社会主義になっても、自分の体制を他国に押しつける干渉主義は許されない。マルクスが国際関係の目標としたのは、普通の社会で隣人同士が結んでいる「道徳と正義の単純な法則」が国際社会でも通用するようにすることでした。


レーニンの誤り、スターリンの罪

ーー不破さんがいうように、マルクスのそういう主張は大変現代的で、納得できることばかりですが、それがなぜこれほどまでに誤解されてきたのですか?

不破 革命論については、責任の一部は、レーニンの謝ったマルクス解釈にありました。彼は『国家と革命』という著作で、マルクスの革命論を”強力革命が原則だ”というテーゼにまとめてしまったのです。

これは、マルクスの文献を十分に読む条件がなかったなかでの思い込みによるものでした。レーニン自身、晩年の実践活動のなかでは、統一戦線や多数者獲得の問題、議会を基盤にした政府の樹立の問題など、『国家と革命』での枠組をこえる問題を次つぎと行いましたが、そのさなかの1932年3月、重い病気に倒れ、再起できないまま翌年1月になくなったのでした。

未来社会の問題では、最大の罪はレーニンの死後、ソ連の指導者となったスターリンが、「社会主義」の看板のもとで、マルクスが追及した未来社会とは似ても似つかない、異常な社会をつくりあげてしまったことでしょう。

社会主義の精神はなによりも「人間の解放」にあるのに、ソ連をこともあろうに、対外面では覇権主義、国内では専制主義という人間抑圧型の社会に変えてしまったのですから。

■30年代の逆転

ーーこの本で、スターリンがソ連社会を社会主義をめざす軌道からはずし逆転させていった経過を、1930年代に焦点をあてて描き出しているのは、なかなか強烈な印象でした。

不破 さきほど、マルクスが未来社会の特徴とした三つの点を紹介しましたが、スターリンは、そのすべての点を逆流のなかに押し流してしまったのです。30年代の経過をまとめて詳しく書いたのは、こんどが初めてです。


世界の変革の流れを見とおす目

■現代の世界論

ーーそのソ連が崩壊して今年で18年。本の最後は現代の世界論ですね。

不破 いま世界は本当に躍動の勢いで日々動いていますが、そういう世界をつくりだす上で、20世紀は大きな意味をもちました。

第一に1917年の十月革命、第二に20世紀後半の植民地体制崩壊、第三に1991年のソ連覇権主義の解体。最後のソ連の崩壊も、世界を活性化する大きな転機の一つになりました。

世界はいま、@発達した資本主義の国ぐにA社会主義をめざす国ぐにBアジア・アフリカ・ラテンアメリカの国ぐにC体制崩壊を経験した旧ソ連・東欧の国ぐにーと四つのグループに分けてその関係を見ると、全体の動きがよくわかります。

この本では、その力関係が、ソ連解体後の18年間にどう変わったのかの数字的な紹介から世界論をはじめました。

資本主義の国ぐにと社会主義をめざす国ぐにのあいだの力関係では、92年には国内総生産(GDP)で8位だった中国がイギリス、フランス、ドイツを次々と抜いて、世界3位に上昇してきたのは、象徴的な変化です。

また、植民地体制崩壊後もアメリカの事実上の支配が残っていたラテンアメリカで、左翼政権があいついで成立し、この大陸が民族解放と社会進歩の拠点に変わったことも、世界を変える大きな力になっています。

21世紀は、世界のさまざまな部分での発展がからみあって、世界的な大きな変革の流れを編み上げていく時代となるでしょうが、そのどの部分を見るにも、「マルクスの目」は力を発揮します。

この本を、そういう意味で、現代の世界と日本を見ることに役立てていただければ、ありがたいと思います。

ーーどうもありがとうございました。

おわり
 

『資本論』の時代と現在の共通性
2009.10.28 [Wed] 23:47

昨日につづいて『マルクスは生きている』と題した不破さんのインタビューの第二回目

貧困や格差、そのなかで社会や暮らしをよくしようと動きはじめる人たち…

マルクスが『資本論』をかいた時代と、現在の共通性はどこに?そこから見えてくるビジョンは?ぜひ読んでみてください

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『マルクスは生きている』不破哲三社研所長にきく(中)

しんぶん赤旗・日曜版 2009/6/14号より

新著『マルクスは生きている』(平凡社新書)が評判の不破哲三さん(党社会科学研究所所長)への著者インタビュー。今号は3回連載の<中>を掲載します。聞き手は、松宮俊樹・日曜版編集長。


利潤第一主義が生む過酷な搾取
たたかいのなかで労働者が成長



『資本論』の時代との共通性

ーー経済危機のなかで労働者、とくに非正規労働者が一番ひどいしわよせを受け、生活と権利を守る大きなたたかいが起きています。マルクスの時代の労働者と今の時代との共通性を、本のなかで強調されていますね。

不破 マルクスは『資本論』のなかで、資本主義の最大の特質を「剰余価値のあくなき追求」ーーいま風にいえば、利潤第一主義ーーという言葉で特徴づけ、その角度から当時の労働者が職場でどんな目にあっているかを、実にリアルに描きだしました。

それから140年たった現在、日本の労働者が経験しているのは、手口や方式が変わっても、搾取の原理的な状況は同じなんです。マルクスが「労働時間のこそどろ」だと告発した状況が「サービス残業」としていっそう大規模に再現しているし、労働者の「生命と健康の浪費」だと糾弾した過密労働が
「過労死」の多発へと拡大する、労働者の「産業予備軍」化の仕組みが「派遣労働」とその首切りという形で制度化される、などです。

資本主義の本性は、140年の時間をこえてつらぬいているのです。

■半世紀の闘争

ーー不破さんは、そのことにくわえて、『資本論』に出てくる労働者は、ただ搾取されいじめられている受け身の存在ではない、ということを強調していますね。

不破 ええ。そこに一つの大事な点があります。マルクスは『資本論』で、労働者がいかに搾取されるかを明らかにすると同時に、労働者が資本主義のもとでいかに組織され、いかに成長するか、そして次の社会をになう階級に発展するかについても書きました。

とくに長時間労働に反対して10時間労働法をかちとったイギリスの労働者階級と社会の発展の大きな法則をひきだした部分は、『資本論』のなかでも圧巻ともいうべきところです。

それまでの資本家は、もっと大きな利潤を揚げようと、労働時間の引き伸ばし競争に熱中しました。そんなことを続ければ、労働者が健康と寿命をすり減らし、最後には資本主義がなりたたないところまでゆく、と言われても、「いまのもうけが大事、あとは野となれ山となれ」(大洪水よ、わが亡きあとに来たれ)の調子なのです。

この悪循環から抜け出す道は、「社会による強制」以外にない。半世紀にわたる大闘争を経て、イギリスの労働者階級は、自分たちの生命をすり減らす横暴な搾取の手をおしとどめる社会的「強制」をかちとりました。それが、1848年の10時間労働法(50年の追加法、53年の補足法で補強)でした。

ここで私がとくに注目したのは、マルクスが、この社会的「強制」法を。労働者階級が自分たちと同族の生命と生活をまもる「社会的バリケード」と呼び、労働者は生産過程にはいる時とは「違うもの」になって出てきた、いまや階級に結集して、資本の横暴から身をまもる「強力な社会的バリケード」をたたかいとる力をもった階級に成長した、と述べていることです。

ーー「社会的バリケード」とは、耳新しい言葉ですね。

不破 これは、これまでの翻訳では、「社会的障害物」とか「社会的防止手段」とかの訳語があてられてきたのですが、これだとマルクスがこの言葉にこめた積極的な意義づけが伝わらないとの思いがして、こんど「社会的バリケード」という訳語を選びました。

もちろん、マルクスは、資本主義の打倒をめざす革命家ですが、革命の日までは資本主義の横暴は自由放任だとする受け身の革命家ではありませんでした。資本主義のもとでも、労働者階級は、資本の横暴をおさえる「社会的バリケード」をかちとれるし、それは、次の社会に引き継がれる積極的な遺産になるーーこれが、マルクスの立場でした。

マルクスのこの立場は、私たちが現在の日本でのたたかいの大目標にしている「ルールある経済社会」にもつながってくることです。


「社会による強制」資本家も期待
地球環境を壊す資本主義の本性



社会的バリケードの発展

■20世紀の節目

ーーマルクスの「社会的 バリケード」論で、私たちのいまの闘争目標「ルールある経済社会」論でとらえるというのは、歴史と現代を結ぶ大きな理論的構想ですね。

不破 労働時間の社会的規制がマルクスの時代の出発点だったのですが、それから今日までの歴史的発展を見ると、「社会的バリケード」の発展の流れとその節目がよくわかります。

20世紀に入って最初の節目は、1917年のロシア革命。その影響で、「バリケード」の大事な内容に社会保障が大きく入ってきて、資本主義国の憲法にも、政治的権利とともに人間の生存権がうたわれるようになりました。(ドイツのワイマール憲法)

次の節目が30年代の人民戦線運動。人民戦線の政府ができたフランスでは、労働者の大闘争を背景に、資本家団体との全国協約がかちとられた。有給休暇の制度もこの時の勝利の成果で、いまでもフランスでは、夏のまとまった長期休暇は、絶対にゆずれないものとなっています。同じころに、アメリカで労働組合法や社会保障法がかちとられたことも、大きな前進でした。

それに続くのが1945年の国連創設です。それ以後、人権の問題が国際政治の大きな主題になってきたのが特徴で、「社会的バリケード」がおおう領域が、女性の差別撤廃の分野に画期的に広がってきたのが大きな新しい発展でした。

ヨーロッパでは、EU(欧州連合)という「共同体」が、勤労者や女性の権利をまもる「バリケード」の国際化の面で、重要な役割を果たしています。

私たちは、ヨーロッパの「ルールある資本主義」に注目しています。これは、ヨーロッパだけのことでなく、各国の労働者、勤労者、女性たちの闘争のなかで、マルクスのいう「社会的バリケード」が手厚く、また範囲を広げて築かれてきた、ということなんです。

■日本のおくれ

ーー世界の中で見ると、「ルールなき資本主義」という日本の現状はあまりにもひどいですね。

不破 日本は、「社会的バリケード」をつくる世界の運動からものすごく立ち遅れてきました。

さきほど社会的ルールが世界で発展してきた三つの節目の話をしましたが、ロシア革命をはじめ最初の二つの節目のときは、日本は国民に自由のない暗黒時代でした。

とくに30年代の人民戦線の時代は、日本は中国侵略戦争をすでに開始して戦時体制強化の道をつきすすんでいた時代でした。戦前のこの空白は、戦後の日本社会にすごく重くのしかかっていました。

たとえば戦後、8時間労働法はできました。しかし資本家は8時間は形だけで、「時間外労働」という形式さえととのえればと、長時間労働を平気で労働者に押しつけました。戦後のこういう出発点が、いまだに日本社会に大きな影を落としています。

ーーさきほど話に出た「サービス残業」や「過労死」は、日本だけの異常現象ですよね。

不破 日本は高度に発達した資本主義の国ですが、社会の健全な発展に重要な「社会的バリケード」は遅れたままで、労働者を搾取する仕組みだけが異常な発達をとげているんです。これも、「マルクスの目」で見ると、問題が大変鮮やかに見えてきます。

ーー「社会的バリケード」について、マルクスのいう「社会による強制」という言葉の意味をもう少し説明してくれませんか。

不破 個々の資本家が自分の企業だけで「ルールづくり」をやろうとすると、競争に負けてつぶされてしまう。だから、国の法律で、資本家全体にルールを強制しよう、という意味です。

この本にも書きましたが、90年代のはじめに、ソニーの盛田昭夫会長が、日本の企業のもうけ主義は世界でもひどすぎるといって、労働者との関係、下請け業者との関係など一連の項目で抜本的な改革を提案したことがありました。その時、改革のやり方についての盛田氏の結論は、″一社でやったら経営危機でつぶされてしまう。日本の経済・社会のシステム全体を変えてもらいたい″という、「社会による強制」の待望論でした。

盛田氏はマルクスと同じことを、資本家の立場で言ったわけで、私たちがめざしている「ルールある経済社会」は、資本家の目から見ても認めざるをえない日本社会の根本問題なんですよ。

■つぎの社会ヘ

ーーあるジャーナリストが「ルールある経済社会」は賛成だが、それでうまく行けば、社会主義にゆかなくてもいいじゃないか、と発言していましたが、どう考えますか。

不破 「ルールある経済社会」では、利潤第一主義の横暴はその範囲で規制できるが、利潤第一主義そのものはなくならないんですね。だから、「ルールある資本主義」がかなりの程度まで実現しているヨーロッパ諸国でも、アメリカ発の経済恐慌が起これば、恐慌の打撃を受けます。

また、かちとったルールそのものが闘争と力関係を背景にしたものですから、労働者、人民の側の力が弱まれば資本の側からの巻き返しもありえます。そういう経験のなかから、もっと先へ進む国民的な自覚と探究も生まれてくるんですね。

先へすすむ契機はいろいろあります。たとえば地球温暖化の問題です。

ヨーロッパは、温暖化の問題に積極的に取り組んでいますが、その前線に立つ人たちのあいだで、「この目標に資本主義の枠内で到達できるだろうか」を危ぶむ声があるという話も間きました。

マルクスが言ったように、″社会的理性は矛盾が爆発したあとで働きだす″というのは、資本の本性ですから。

ーー確かに地球温暖化は「利潤第一主義」では解決しませんね。マルクスの資本主義論には、こういう問題への警告はあるのですか。

不破 剰余価値のためには、物質的生産をどんな制限をものりこえて発展させる、これは資本主義の本性だということは、マルクスが口をきわめて強調したことで、その立場から地域的な公害などへの警告は一員しておこなっていました。しかし、利潤第一主義の害悪が、地球上の生命の生存環境をこわすところまでひどくなる、これは、マルクスの予想をこえた「窮極の災害」と言っていいでしょうね。

本に書いたことですが、現在、人間が消費するエネルギーの量は、マルクスの時代の110倍。それによる二酸化炭素の排出量は61倍です。その間に地球人口の増加は約5倍ですから、人口1人当たりにすると、人間は、マルクスの時代の21倍のエネルギーを消費し、12倍の二酸化炭素を排出しているのです。

資本主義は、それが引き起こす結果の重大さなどまったく考えないまま、利潤追求の衝動におされて、人間生活をここまで浪費的なものに変えてきたのです。それが積もり積もって、いま人間が生きてゆくのに必要な地球の環境条件をこわすところまできてしまった。

私はさきほど、これはマルクスも予想しなかった「窮極の災害」だと言いましたが、この事態が、利潤第一主義の有害性をあれだけ説いたマルクスの資本主義論をぬきにしては、解明できないものであることも、また明白だと思います。

ーー不破さんが「赤旗まつり」でこの話をしたのは、確か8年前でしたね。

不破 ええ。「21世紀と『科学の目』」と題する講演でした。私は、そのとき、地球大気は人類の「生命維持装置」であって、地球の創世期に初期の生面体の働きがこれを三十数億年かけてつくりあげてきたこと、資本主義がこれを破壊する災害を自分で生みだしながら、その解決能力を示せないとしたら、それは地球の管理能力を失ったことの告白であって、そういう体制は退場してもらう以外の道はないこと、などを話しました。

地球環境の悪化は、この8年のあいだに予想以上の速さですすんでいます。私たちはいままさに、地球の管理の面でも「社会的理性」がはっきり働く体制を探究すべき時代を迎えている、といえますね。

ーー次号につづく
 

経済危機をうんだ資本主義の仕組み
2009.10.27 [Tue] 20:04

先日、第3回プレ企画のなかでも書いた「経済危機をうんだ資本主義の仕組み」。

しんぶん赤旗・日曜版2009/6/7号から三回にわたって掲載された「『マルクスは生きている』不破哲三社研所長にきく」のなかで、不破さんがとてもわかりやすくお話しされていますので、ぜひ読んでみてください♪

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『マルクスは生きている』
著書が話題・不破哲三社研所長にきく(上)


しんぶん赤旗・日曜版 2009/6/7号より


5月中旬に発売された、不破哲三・日本共産党社会科学研究所所長の『マルクスは生きている』(平凡社新書)が、高まるマルクスへの関心と注目に応えたものとして大きな反響を呼んでいます。マルクスを長年研究してきた著者として、読者に伝えたかったことは何かー。不破さんにインタビューしました。聞き手は松宮俊樹・日曜版編集長です。


発展つづけた理論で現代を見る面白さ

ーー『マルクスが生きている』が好評です。大きな書店でもベストセラーに入ったり、マスコミなどからも注目されています。著者として、とくに力を入れた点は?

不破 この本を書くときに考えたことが三つほどあるんです。

一つはマルクスの全体像を伝えたい。経済学、哲学、革命家など、いろいろな面がありますが、彼にとっては全部一つなんです。この社会をどうすべきか、そこから始まって「唯物論の思想家」になり、「資本主義の病理学」に取り組み、「未来社会の開拓者」になった。個々の側面だけでなく、マルクスの理論の全体を紹介するということですね。

二つ目に、マルクスの理論の発展ぶりです。彼は、理論活動を始めてから生涯を終えるまで、自分の理論と思想を発展させることに力をそそぎました。1848年の『共産党宣言』と1867年の『資本論』とを読みくらべると、その発展ぶりには見違えるものがありますが、理論的な前進はその後も続くのです。その姿を理解してほしいと思いました。

三つ目は、その「マルクスの目」で現代の日本と世界を見ることの面白さを伝えたい。この三つを考えながら書きました。

ーー読んでみますと、まず、マルクスの理論の説明が分りやすいというのが第一印象です。本の「あとがき」には、マルクスの理論の「骨組みとあらましだけはきとんと説明し、その理論が現代にどう生きているかを解説しよう、と考えました」とあります。「骨組み」の説明から出発してそれが「現代にどう生きているか」まで進む、なかなか難事業だったと思いますが、読むとそれがすっきりと分かります。

不破 そこがマルクスの理論の威力なんです。


自然と社会の見方
今では常識に


不破 本では、マルクスの理論を三つの角度から説明しましたが、現代的な威力の説明は、各章ごとにかなり違っています。

最初の章「唯物論の思想家・マルクス」では、自然と社会にたいするマルクスの説明の見方の説明にあてたのですが、その大部分が、いまでは「社会の常識」になっているんですね。

唯物論というのは、どんな物事も物質の運動という土台から考える、ということですが、マルクスの時代には、人間の生命や意識は、物質の運動とは別だという考えが、自然科学の世界でもかなり広くありました。

しかし、いまでは、生命の問題をDNAのレベルからとらえることはごく普通の見方でしょう。DNAという物質が生命現象のすべてを左右していることは、誰でも知っています。意識や精神のことでも、その土台に脳細胞の働きがあることは常識になっています。自然科学ーー人間の自然認識の発展が、マルクスの唯物論を「社会の常識」にしてしまったんです。

ーー正月に日曜版でノーベル賞受賞者の益川敏英さんと対談した素粒子論の問題も、かなり詳しく出てきますね。

不破 この数十年間の素粒子論の発展は、唯物論と弁証法という自然の見方のみごとな立証となっていますからね。

社会の見方でも、経済を土台にして社会の動きを考えるという見方は、マルクスがこの見方(史的唯物論)をとなえた時代には、まったく斬新な、新しい社会の見方でした。しかしいまでは、政治家であれ、研究者であれ、ジャーナリストであれ、経済という土台をぬきにして社会を見る人はいません。

また、社会の動きを考えるとき、大企業、労働者、中小企業家、勤労市民、農民など、経済的な立場の違うさまざまな勢力の利害と運動が必ず問題になる。「階級」という言葉の好き嫌いがどうあろうと、そういう角度から社会を見るということも、ごく当たり前の見方になっています。

ここでは、社会の発展そのものが、マルクスが解明した方向で進み、その発展の結果がマルクスの理論の証明となっている。まさにマルクスが「現代に生きている」のです。第一章で、まず分ってもらいたい、と思ったのは、こういう点ですね。

■地動説と同じ

その時はある思想家の独創的な見方だったが、時間がたつとそれが「社会の常識」に転化する。こういうことは、歴史ではよく起こることです。

17世紀にガリレオの「地動説」(地球が宇宙の中心ではなく、太陽のまわりを回っている一つの星だとした)を主張した時、当時の社会では危険な異端思想とされました。彼は宗教裁判で学説の撤回を命じられましたが、数十年後には、それがみごとに証明され、やがて世界の常識に転化してゆきました。いまでは、地球が動いていることに疑問をもつ人がいませんからね。マルクスの理論にも同じことが起こったんですよ。


経済危機見通す目
恐慌の運動論


ーーマルクスヘの関心といえば、いま一番強いのは進行中の経済危機についてです。「マルクスの目」で見たら‥。

不破 マルクスが経済学に取り組んだとき、研究の中心にすえた大きな主題の1つが、恐慌の問題でした。

実は、マルクスは、それほどたくさんの恐慌を経験したわけではないんです。世界で最初の恐慌は1825年のイギリスの恐慌でしたが、その時はマルクスはまだ8歳の少年でした。1837〜38年のイギリスの2度目の恐慌の時には、経済学からはまだ遠いところにいました。3回目の恐慌が1847年で、この時期に書いたのが『共産党宣言』です。

世界恐慌は、1857年恐慌が最初で、マルクスはそのころ、『資本論』にいたる最初の草稿−ー『57〜58年草稿』と呼ばれますが−ーを書きはじめました。その次が、1866年恐慌で、『資本論』第1部の刊行はその翌年です。

だから、マルクスが経験した恐慌の数はあまり多くないのですが、マルクスはそれを徹底的に研究して、資本主義制度はなぜ恐慌を生み出すのかを解明した科学的な恐慌理論をつくりあげたのです。


<恐慌の仕組み>
根底に資本主義の「利潤第一主義」
バブル生みだす「架空需要」を解明


ーーそのマルクスの恐慌論で、いまの世界経済危機を解明すると、どうなりますか。

不破 いまの危機の解明には、恐慌の「運動論」が大事です。そこをつかまないと、いまの世界を見るマルクスの面白さが分かってこない。

当時、資本主義派の経済学者のあいだでは、資本主義がきちんと運営されていたら恐慌は起こりえない、恐慌は経済運営のたまたまの失敗の結果だといった議論が支配的でした。

この恐慌否定論にたいして、マルクスは、『資本論』のなかで、市場経済のなかに恐慌の可能性がすでにひそんでいること、恐慌の根底には資本主義の利潤第一主義が生み出す「生産と消費との矛盾」があることなどを明らかにしましたが、いちばん苦労したのは、恐慌を生み出す仕組みの問題でした。

■ ″見えない手″

ーー運動論」というのは、経済学の普通の説明には、あまり出てこない言葉ですね。

不破 市場経済では″見えない手″ということがよく言われます。需給のバランスは絶えず壊れるものですが、物価の変動を通じて、それを調整する力が不断に作用する。あるモノが市場で不足するとその価格があがって「それ作れ」という仕組みが働くーーこれが″見えない手″です。

ところが、恐慌で問題になる「生産と消費との矛盾」の場合には、この″見えない手″が働かないで、バランスの崩れが累積してゆき、ついには恐慌で爆発するところまで進行してしまう。それはなぜか。

マルクスは、ここに恐慌論の中心があると考えました。そして、マルクスが突き止めたのは、資本主義は「架空の需要」をつくりだす仕組みをもっている、ということでした。モノがどんどん売れているように見えるが、それは見かけだけだという仕組みのことです。

当時は、この仕組みの担い手となったのは、商業資本でした。商業資本が市場でモノを大量に買う。生産者にとっては商品の販売はこれで済んだわけで、ひきつづき生産にかかります。しかし、商品そのものはまだ本当の消費者の手には渡っていないわけで、マルクスはそのことを「架空の需要」と呼んだのです。商業資本の方は、それに見合う消費者がいることを想定して買うのですが、この見込みはやがて消費者の実際需要と離れてゆきます。

マルクスは、このことを再生産過程が「架空の需要」にもとづく軌道の上を走り出す、という言葉で表現しました。この仕組みが膨れ上がったときにバブルが起き、恐慌を爆発させるのです。

マルクスは、こうして、資本主義がなぜ周期的にバブルにつっこむのかをつかみだし、恐慌の起こる仕組みをそこまで突き止めました。


<現代を見る>
「金融危機と過剰生産恐慌」の結合
これがいまの危機の特徴


■金融資本主導

ーーその運動諭で、アメリカ発の今回の経済危機を見ると‥。

不破 今度の経済危機でも、その引き金となったのは、まさに新型の「架空の需要」です。それを大規模につくりだしたのは今度は金融資本です。購買力のない低所得者に無理やり借金をさせて住宅を買わせた、これがアメリカで破綻(はたん)した「サブプライムローン」の正体でした。「借金してモノを買おう」ーーこれをアメリカ社会の風潮にして、「消費主導の好況」をつくりだした。

マルクスが突き止めたバブルの大本、「架空の需要」を金融資本が総がかりで、しかもかなり意図的につくりだしたのが、今度の特徴でした。危機が爆発してから調べてみると、こうしてつくりだされた家計の過剰債務(余分な借金)は、多めの計算だと8兆ドル、約800兆円にものぼるそうです。日本のGDP(国内総生産)よりもはるかに大きい。この数字を見ると、「架空の需要」の巨大さがわかると思います。

おまけにこの消費パブルを土台に、金融資本がもっと大規模な金融バブルを世界的に広げた。「サブプライムローン」の破綻でまず起こったのは、金融経済の世界的破綻でしたが、その土台にあったのは、「架空の需要」でふくれあがった消費バブルで、それが一挙に収縮して大変な過剰生産恐慌になった。その過程がいま進んでいる。

こういう見方から、私はいまの危機を、「金融危機と過剰生産恐慌の結合」と特微づけました。

「架空の需要」の軌道を走るバブルのなかに恐慌の中心点ありと見抜いたマルクスの分析は、資本主義のいまの段階でも生きているんです。


日中理論会談で語ったこと

ーー不破さんは、4月に中国共産党との理論会談(4月20〜24日)を北京でおこないました。この会談の主題も「世界経済危機」でしたね。

不破 中国との理論交流は2005年以来のことで、今回は3回目です。これまでの交流では、資本主義にたいする見方で理論的距離を感じる点がかなりありました。そこには、30年前から「改革開放」をとなえ、市場経済のなかで経済的な遅れを克服しようとしている中国の立場と、社会全体が資本主義の害悪に直面するなかでたたかっている日本共産党の立場の違いがありました。中国の場合には、資本主義はいろいろな面で追いつくべき相手だが、私たちの場合には変革すべき相手です。この違いですね。

こんどの理論交流ではその距離感がなくなったことが、たいへんうれしいことでした。交流の前に中国側から、「世界金融危機とマルクス主義の恐慌理論」という全体の主題と、3部21項目からなる質問が提起され、私がそれに答えながら順次討論するというやり方の交流だったのですが、出された質問そのものが、ほぼ共通の資本主義観にたった提起で、経済危機が起こって以来の中国側の研究や討論の状況を反映した質問のようでした。

この21項目に答える上では、この本を書くため、「資本主義の病理学者」マルクスを、資本主義の現状にてらしてあらためて勉強しなおしたことが、たいへん役に立ちました。

理論交流では、現在の世界経済危機の性格の問題は、もちろん一つの大きな焦点となりました。

「金融危機と過剰生産恐慌の結合」という私たちの整理も、よく分かってくれたと思います。

ーー社会主義の国として資本主義のこの危機にどう対処するか、中国側のそういう問題意識ともかみあったのですね。

不破 21項目の質問のなかには、資本主義の経済危機そのものについて多角的に掘り下げる問題も多くありましたが、世界がそこからどんな教訓をひきだすべきか、資本主義世界の革命運動がとるべき「発展戦略」はなにか、社会主義をめざす国にとってどういう点が大事になるか、など、そういう問題ももりこまれていました。

私たちは、中国の経済の仕組みについて立ち入った知識をもっているわけではないのですが、「囲碁の世界には”岡目八目”という言葉がある、横から見ている者がたまにはよいことをいうこともあるそうだから」と断った上で、考えていることをかなり話しました。私たちにとってもたいへん刺激的な内容の理論交流でした。

5月に、党の本部で報告会を開き、理論交流で問題になっ諸点を話しました。300人を超える熱心なあつまりになりましたが、およその報告をするのに、毎回2〜3時間、3日間かかりました。ですから簡単な内容紹介というわけにゆかないのですが、報告したことを活字にする機会もいずれあると思いますので、中身は宿題ということにしておきましょう。

ーー次号につづく

※日中理論会談の報告については、2009年9月に不破哲三『激動の時代はどこに向かうか』(新日本出版社)という本として発表されています。
 

『マルクス』が売れるわけ
2009.10.26 [Mon] 18:14

なぜ、いまマルクス本が売れているの?

「ふふふ。資本主義だから売れているんでしょう」

と笑みを浮かべた不破さん


「なぜいまマルクスに注目が?」
「不破さんとマルクスの出会いは?」
「社会科学研究所って何をしているの?」
「社会主義が実現したらどうなる?」

etc…気になる質問に不破さんがこたえたインタビュー記事を紹介します。

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【特集ワイド】
愚問ですが 今「マルクス」が売れるわけ 共産党・不破哲三さんに聞く

[毎日新聞 2009年6月26日 東京夕刊]

 「蟹工船」の次はマルクスが見直されているらしい。労働と貧困を巡る社会の不安はいよいよ深刻だ。マルクスといえば社会主義、そして共産党だろう。「マルクスは生きている」を出版した同党付属社会科学研究所長、不破哲三さん(79)を直撃した。【遠藤拓】

◇その先、政党は不要
◇ルールなき資本主義の不合理
◇横暴と搾取を抑え一歩前へ

 ――書店では不破さんの著書をはじめ、マルクス本が人気のようです。資本主義を否定したマルクスの本が、市場をわかせるのも皮肉ですね。

 不破さん ふふふ。資本主義だから売れているんでしょう。世の中の不合理にぶつかった人たちが、資本主義の病理を分析したマルクスにひかれる。マルクスをありのままに見てもらいたいと思っていただけに、喜んでいます。

 ――マルクスの評価は時勢によっても変わります。世間は現金だと思いませんか。

 不破さん 昔からマルクスに賛成する人もいれば、「資本主義の方がいい」と言う人もいる。ソ連崩壊でも、「マルクスは死んだ」という声は盛んでした。その後、資本主義は我が世の春を謳歌(おうか)しましたが、今は非難ごうごうです。思い込みのマルクス批判には意味がありません。

 ――社会主義って陰うつなイメージがありましたが。

 不破さん 最大の罪はスターリンにあります。彼が社会主義と称してやったことは、領土を拡張する侵略主義。マルクスらがもっとも批判するところでした。だからソ連崩壊はいいことと思います。

    ■

 ――マルクスとの出合いはいつでしたか。

 不破さん 最初は1946年秋ごろ。戦時中は国禁の書でしたからね。初めて読んだのは数十ページのパンフレット。でも正直、頭に残ったモノはあまりないね(笑い)。

 ――不破さんでも? せんえつながら私、マルクスの解説本もちょっと……。なぜ、かくも難しいのでしょう。

 不破さん いくつか理由があると思うんです。例えば今サブプライムローンや麻生太郎首相といえば、たいてい知っていますね。でも、100年後の人が聞いても、分かるかどうか。マルクスを理解するにはまず、19世紀のヨーロッパを知ることです。
 また、マルクスは経済学でも哲学でも、何百年にわたる学問の体系をすべて吸収し、膨大な作業によって新たな理論を作り上げた。それも難しい理由でしょうね。

 ――愚かしい質問かもしれませんが、マルクスにもう少し物事をかみ砕く能力があれば、世界の歴史は変わったのではありませんか。

 不破さん マルクスは、インターナショナルという国際的な労働者組織では、経済学に明るくない人を相手に賃金の仕組みや資本主義のことを講演し、反対者を説得していましたよ。ただ、そればかりでは、いつまでも役に立つ理論は残せなかったでしょうね。

 ――生意気なことを言いますが、今なおマルクスが前面に出るようでは、それ以降の人々は何をしているのかと思います。彼を超える理論家は現れないのですか。

 不破さん うーん。人間の知識、認識は発展するものです。マルクスが最後の到達点ではありません。ただ、英国BBC放送が99年、「過去1000年でもっとも偉大な思想家は誰か」とのアンケートを行ったら、トップはマルクスだったと言います。マルクスが一つの世界観の土台を固めた功績は残るわけです。

 ――不破さんはマルクスがお好きなんですね。

 不破さん 私も私たちの党も、日本におけるマルクスの後継者に達したいと思っています。

    ■

 ――ところで、社会科学研究所は、何をするところですか。

 不破さん マルクスはもちろん、日本や世界のことなど、共産党の活動でぶつかる理論問題のすべてを守備範囲としています。

 ――そういえば、不破さんと衆院当選同期の小沢さん(一郎民主党代表代行)は、院政をしているとウワサされます。不破さんは?

 不破さん うちはきちんとしていますから。「院」などありません(笑い)。

 ――でも、共産党の皆さんの演説を聞くと、皆どこか似通っています。やっぱり、不破さんの影響を感じます。

 不破さん 考えすぎじゃないですか。ふふふふ。

 ――このところのマルクスや「蟹工船」の人気は、共産党への期待とも受け取れます。衆院選で躍進しますかね。

 不破さん うちの場合、「風」による楽勝は絶対にありません。最後はこじ開けなければ開かないものですね。

 ――自民党はもちろん、民主党にも厳しい態度で接していますね。今後は?

 不破さん 民主党の自民党批判は官僚批判。大企業優遇への批判がないんですよ。自民、民主両党の2大政党制といっても、根は同じところにある。その認識は、以前から変わっていません。

 ――著書では今世紀、資本主義維持の流れと社会主義を目指す流れが競合するとの見通しを示しました。

 不破さん その先にあるのは、社会主義ですよ。
 日本のようなルールなき資本主義が、ルールある経済社会に変われば、資本の横暴はヨーロッパのようにかなり抑えられるでしょう。でも、なくなるわけではありません。だから、そうした横暴や搾取がなくなるところに進みたい。それには一歩一歩の漸進が必要です。

    ■

 ――マルクスは、資本主義の危機が19世紀に起こると言ったそうですが。

 不破さん 21世紀における資本主義の矛盾は深刻です。資本主義がひき起こした究極の災害とも言える地球温暖化、そしてケインズ主義や新自由主義が破綻(はたん)したことでも明らかです。世界で完全な社会主義を実現した国はまだありませんが、21世紀はかなり勝負のつく時代でしょうね。

 ――今度はホントに?

 不破さん 完全に、とは言いませんよ。私たちは党の綱領で、21世紀は発達した資本主義国で、社会主義が問題になる時代であるとの見通しを立てました。まあ、今世紀の終わりになんと言うかは分かりませんが(笑い)。

 ――ところで、社会主義が実現したら、共産党が天下を取るんですか。

 不破さん 誤解ですよ。だって綱領では、社会主義が高度な発展を遂げれば「国家権力そのものが不必要になる」とうたっています。政治も政党もなくなる。共産党も例外ではありません。
 そして、食べるための経済活動に縛られたせせこましい社会ではなくなり、遊ぶ時間や自分の持つ能力を伸ばす時間が持てる。七色の豊かな社会になるはずです。

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◇今年出版されたマルクスの入門・解説書など(50音順)

知っておきたいマルクス「資本論」(神津朝夫著 角川学芸出版)
図解 これならわかる!マルクスと「資本論」(木暮太一監修 青春出版社)
図解 資本論(久恒啓一監修 イースト・プレス)
続・資本論 まんがで読破(バラエティアートワークス編 イースト・プレス)
誰もが読める「資本論」 起て 飢えたる者よ!(咲木英和著 新生出版)
知識ゼロからのマルクス経済学入門(弘兼憲史著 幻冬舎)
とっさのマルクス あなたを守る名言集(的場昭弘著 幻冬舎)
マルクス「資本論」入門(河出書房新社)
マルクスの逆襲(三田誠広著 集英社)
マルクスは生きている(不破哲三著 平凡社)
理論劇画 マルクス資本論(門井文雄著 かもがわ出版)

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■人物略歴
◇ふわ・てつぞう
 1930年、東京都生まれ。東京大理学部卒。日本共産党前中央委員会議長。03年に11期務めた衆院議員を引退。著書は150冊を超え「『資本論』全三部を読む」(全7冊)などマルクスに関するものも多い。
 

不破&益川対談(下)
2009.10.25 [Sun] 19:09

科学者は社会にどう向き合うか

 ノーベル物理学賞受賞の益川敏英さん(京都産業大学教授)と日本共産党の社会科学研究所長、不破哲三さんの対談。今回は、エンゲルスの『自然の弁証法』、日本の科学研究の今後、科学者と平和・憲法九条の問題などを語り合った後半を掲載します。




■自然の弁証法

 不破 坂田さんが影響を受けたエンゲルスの『自然の弁証法』は、長い時間かけて書いた論文や覚書の集大成で、そこには扱っている素材そのものが古くなっている部分もありますが、自然科学自体が、そこで論じられた方向でその後発展しているという研究もあります。

 そのなかでも、素粒子論で大いに活用されてきた「物質分割」の「無限の階層論」などは、自然科学の発展にもっとも貢献したものの一つだと思います。実際、原子の内部など自然科学の視野にまったく入っていなかったあの時代に、よくもここまで、と思うことが書かれていますね。なにしろ現代の素粒子論にも通じるのですから。

 余談ですが、エンゲルスは自然の弁証法についてあれこれ思いつくと、マルクスに手紙を書いて知らせることがよくあるのです。ところが、物質の階層論については、マルクスに手紙を書いたのが1867年、『自然の弁証法』に収めた覚書は1877年、10年間の時差があるのです。

 益川 ほう。

 不破 その間にはっきり考え方の発展があるんですね。マルクスヘの手紙では、物質の分解の過程での「階層」には、質的な区別しか問題にしていない。

 ところが、10年後に覚書を書いたときには、階層が違うと、物質の「性質」や「存在様式」が違ってくる、そこまで書いています。背後関係を調べてみると、当時の自然科学界で唯物論派と観念論派の論争があるのですが、唯物論派のあいだに、化学の問題でも生命の問題でも、すべて力学の立場でとらえるという傾向が強かったのですね。エンゲルスは、それをたしなめる形で、物質のレベルが違うと、世界の法則性が違ってくる、いわば根底にある世界の法則が上の階層の世界の法則に移行する、そういう議論をしていまし
た。

 益川 なるほど。

 不破 もちろん、人間の認識がようやく原子の存在に到達したところですから、その先の階層など問題にならないのですが、そういう時代に、物質の「階層」論を提起し、それが今日のミクロの世界の研究にも役だっているのですから、その間の130年という時間差を考えると、すごいことだと思います。

■クォーク 色と香り

 不破 ところで、素粒子の世界にもどりますが、より深い階層に進むと、物質の存在様式、あり方が違ってくる、という話は、素粒子やクォークの性質の規定そのものによく現れていると思います。素粒子の性質を規定する「量子数」は、大部分が普通の世界の住人にはイメージしようのないものでしょう。また、6種類のクォークには、色だ香りだなど、面白い名前がついていますね。

 益川 クォークを提唱した人(アメリカのゲルマン)は、クォークの三つの状態を区別するのに最初、赤、白、青とフランスの国旗をもとに色をつけていました。2、3年、みんながそれを使っていたんですが、そのうちに、光の三原色の方がぐあいがいいということになって、赤、緑、青に変わりました。素粒子の世界では、結構冗談みたいな名前がついています。(笑い)

 クォークそのものの名前も、われわれが6種類あると予言したときに、当時、新たに存在を予言した3種類に名前をつけなきゃいかんなということはわかっていました。しかし、当時の片田舎で若造が名前をつけても誰も使ってくれないと、はじめからあきらめていたんですね。結局、それらには、ボトム、トップ、チャームなどという名前がつけられました。

 不破 クォークがどんなに普通の常識とはかけ離れた性質をもっていても、それは別の世界の話でなく、私たちが生きている世界のあらゆる物質が、物質の階層を深く深くとらえてゆけば、クォークにまで行きつくわけですね。私たちの体(からだ)も、細胞−分子−原子−原子核−素粒子−クォークとたどってゆけるわけですから、われわれの体がどれだけのクォークの集合体であるかを、ちょっとはじいてみました。十分確かめた数字ではありませんが、1兆の1兆倍のさらに10万倍ぐらいの数のクォークの集合体だということになりました。

 益川 基本的にはわれわれの体を説明するには、クォークまでいく必要がないんです。原子・分子の世界の性質がわかればだいたいいい。ただ、宇宙の始まりになると、そういうものが効きだしてくるんですね。

 不破 もちろん、医学や生物学ではクォークからの説明など要りませんが、クォークの世界と私たちの日常世界とのつながりは、そこにも顔をだしますからね。

 今後の研究ですが、素粒子論がさらに深まるきっかけになるような現象が出始めているんですか。

 益川 いま物理学者が注目しているのは「超対称性」ですね。関係した粒子が加速器実験で見つかれば、今まで自然から教えてもらっていないことがわかりだす。トップクォーク発見よりも、大きな出来事だと思いますね。そのときは、ちょっと閉塞(へいそく)感のあった素粒子論が再び活気を呈するでしょう。こ
こ10年以内のうちに、素粒子物理学はもう一皮むけるだろうと思います。

 不破 自然の奥深い姿を明らかにする仕事ですね。今後の探究を大いに期待しながら見ていきたいと思います。


益川さん 被爆者の先輩の話にじんと

不破さん 社会の知的土台作りが大切


■貧しい教育予算

 不破 あなたがたのノーベル賞受賞以来、日本の科学研究の今後についての議論がかなり活発になりましたね。

 益川 科学というのは、最終的には人間の福祉、生活向上に役立つのが本来の姿だと思うんですね。

 私は東北地方のある地域のカキ養殖の話で説明しています。大変おいしく、全国的なブランドになっているカキの養殖をやっていたが、ある年を境にカキが取れなくなった。調べてみたら、そこの湾に流れ込む川の上流で乱開発が行われ、栄養分が流れ込まなくなっていたというのです。

 科学というのは、いまや基礎科学から生活に密着したところまで、ひとつながりになっています。上流を枯らすと、下流も荒れていくんですよ。ところが日本の大学でも最近は下流のところばかりに目が行くんですよ。

 不破 しかし、上流で水が流れなければ下流は存在できませんよね。

 益川 上流から下流まで、基礎研究による原理の発見から、人間の生活に役立つものになるのにどれだけ時間がかかるか、いくつかの例で調べたら100年単位なんですね。電磁波の理論をマクスウェルがつくったのは1864年。それがレーダーなど本格的に使われだしたのが1940年。80年かかっています。

 栄養分が下流に流れてくるのにそれくらい時間がかかる。だから、基礎科学をきちんとキープする文化というのはかなり意識的にやっていかないといけません。

 変な言い方かもしれませんが、基礎科学とは何か。ぜんぜん役に立たない科学だ(笑い)。それくらいの思いで見ないといけないと思っているんです。

 不破 科学が大事だと言いながら、日本の政治は、肝心なその上流を枯らそうとしているんですよね。基礎研究への予算の配分がひじょうに貧しい。

 ちょっと数字を挙げますと、『科学技術白書』(07年度)に、研究費のなかでの基礎研究費の比重を比較した数字が出ています。国によって統計の年次は違いますが、日本の14.3%(05年)にたいし、米国18.7%(04年)、ドイツ20.7%(03年)、フランス24.1%(03年)。

 それから、大学の高等教育にどれだけ国がお金を出しているか。これも日本はひどいのです。OECD(経済協力開発機構)が29カ国を調べた数字を出しているのですが、日本は、国民総生産の0.5%で、29カ国中29番目で最低なんです。トップはフィンランドで1.7%、米国1.1%(7位)、フランス1.0%(10位)、ドイツ0.9%(19位)ですから、けたはずれの低さです。

 益川 日本の大学は、最近は独立行政法人ということで、経営的な観点が導入されています。大学でも、基礎科学という上流のところを枯らしちゃったら、下もだめになるぞという視点がいると思うんですよね。

 不破 ここでも「国際競争力」にどれだけ貢献するかが最大の基準になっていますからね。日本は、社会の知的な土台をつくることにかけては、まことに貧しい。ノーベル賞の対象者を何人出すと、政府が号令をかけていますが、世界でいちばん「上流」に金をかけない政府が、いくら「ノーベル賞受賞者に続け」といっても空文句になります。

 益川 基礎科学と応用のバランスをどうやっていくかは非常に難しい。しかし難しいだけに、これでいいのかという問いかけをしていかなければならないと思います。

 不破 これでいいのか、といういまの問いかけは、社会や政治のいろいろな分野でも大事になってきます。

 益川 科学者から見たときの平和や憲法問題などが、働き場所かなという気持ちはあります。

 名古屋大学の研究室の先輩に沢田昭二さん(名古屋大学名誉教授)という被爆者がいます。彼が書いた随筆を読んだことがあります。中学の1年生のときに原爆投下にあい、お母さんは家の下敷きになった。火が燃え広がってくるけれども、どうしようもない。お母さんが火から離れろというので、泣く泣くその現場から離れた。そこで終わっているんですが、じんときました。

 私も戦争体験は多少あります。名古屋の家のすぐ近くに高射砲陣地があって、ものすごい絨毯(じゅうたん)爆撃を受けて、家の周りは完全に焼け野原になった。家に落ちた焼夷(しょうい)弾は不発だったので焼け残ったのです。焼夷弾が地上まで落ちてくるところや、リヤカーに乗せられて両親と逃げていく場面がスチール写真のように記憶に残っています。

 不破 私は、戦争終結のとき、中学4年生。東京は3月と5月、2度も大空襲にあい、私も焼夷弾の雨や機銃射撃は経験しましたが、家は焼けないですみました。戦争のあと、小学校の時から毎日たたきこまれてきた「正義の聖戦」論が偽りの議論だったと分かったことは衝撃でしたね。私の場合、そこらへんが政治の出発点です。

 益川 私は、どんなことがあっても国家が引き起こす戦争には抵抗していきたいと思っています。


益川さん 人類の歴史は必ず進歩/私も9条の会で貢献を

■平和への情熱

 益川 いま「九条科学者の会」で活動してます。改憲のターゲットは9条なんですね。今までいろんな解釈改憲でやってきて、こんどは自衛隊をソマリア沖まで出そうと言いだしている。その先は、解釈改憲をしてもできないことがあるから、改憲したいというわけでしょう。

 不破 その通りですよ。解釈改憲をあれだけ乱暴にやって、ついに自衛隊を海外に出すことまでやりだしたけれど、憲法9条の歯止めをなくすことはできないのですね。国会で海外派兵の法律を通しても、そこに
“戦争のような武力行使をしてはいけない”という条項を入れないわけにゆかない。9条の歯止めがあるからなんですね。だから改憲への衝動は強くなるけど、9条をまもれという運動も高まり、世論も変わってくるという事態になっていますね。

 益川 アメリカなどは、社会のなかでリベラルな層というか、平和を求める声がかなり大きな形で存在しているようですが、日本では、理性的な声があまり見えてこないように思いますが…。

 不破 いま益川さんが言われた「9条の会」、これが全国の地域でも、「科学者の会」はじめ各分野でもつくられてきた。この運動はそれまでなかなかまとまった声にならなかった理性的な声をまとめるうえで、この2年間、すごい力を出してきたのではないでしょうか。憲法問題で世論の流れ、政治の流れを変える上で大きな役割をしてきた、と思います。

 社会の方は、その時々には、ものごとが前向きに動いているかどうか見えないことが多いのです。しかし、一つの時代をまとまった視野で見ると、ゆっくりではあるけれど、やはり前向きに進んでいるんですね。

 益川 私もいろんなところで同じようなことを言っています。人類の歴史は必ず進歩している。500年単位で見てみると必ず進歩している。

 不破 ある瞬間には逆流も起きます。だから、その逆流をどう少なくしてゆくか。そこからの復元力をどう早くつくってゆくか、これが問題になるんですね。

 益川 アメリカも、たとえば今回の大統額選挙を見ると、1950年代までの野蛮な人種差別から見ると、想像もつかないことが起こりました。

 不破 日本は、われわれは異常な資本主義と呼んでいるのですが、世界の変化のなかで見ると、ひどすぎます。しかし、そのひどさが国民にだんだんわかってきているということは、変わる条件が蓄積しているっていうことですよ。(笑い)

 500年とまで言わなくても、100年という単位で後世から見たら、私たちが生きてきたこの時代は、進歩の芽が大きく発展した時代に見えるでしょう。20世紀も戦争ばかりの時代だったとよく言われますが、主権在民の政治の広がり、植民地体制の崩壊、社会主義をめざす地域の広がりなど、すごい変わり方をしてきています。

 益川 最近の日本社会で思うことは、昔と違った階層社会ができあがっていることです。われわれの時代と違って、最近は、大学に入ってこれるような階層とそうでない階層ができているんです。

 今は私学だったら授業料が年間100万円を超えますね。そういうところに子どもを送り込めるような家庭でないと大学にこれない。しかも、いったん道から外れたら回復できないんですね。

 不破 いまの日本では、社会のなかで、大部分の階層が、安定した居場所を保障されていないんですよ。労働者の場合でも、昔は企業が、古い型ではあったけれども、長期の居場所をある程度保障していた。しかし、いまはその保障もない。では、ヨーロッパのような社会的ネットワークが用意されているかというと、それもない。

 実際、世界的な経済危機のなかで同じように首を切られても、ヨーロッパには日本のような派遣労働はないし、解雇規制の法律があるから勝手な解雇はできない。失業保険も、日本とくらべればはるかに力のあるネットワークです。首切りなどにもちゃんと保障措置をとるような一定のルールをもった社会になっています。

 益川 資本主義の国でももっとちゃんとした国にできる、しなければいけませんね。

 不破 そうですね。たがいにがんばりましょう。(おわり)

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【ことばの解説】

 マルクス(1818〜83年) 科学的社会主義の創始者で、『資本論』の著者。盟友のエンゲルスとともに、科学的社会主義の理論を確立し、ドイツの観念論的な弁証法を唯物論的な自然観、歴史観にとりいれました。

 マクスウェル(1831〜79年) 英国の物理学者。64年に電磁場の基礎方程式(マクスウェル方程式)を導き出しました。また電磁波の存在を予言し、電磁波が横波で伝播(でんば)速度が光速に等しいことから、光の本質が電磁波であると結論づけました。

 独立行政法人 橋本内閣のもとで国の機関から一定の事務・事業部門を分離させ、独立の法人としたもの。中期目標を大臣が定め、中期計画終了後には実績を評価する制度のため、効率性、採算優先の運営や、公的分野からの国の責任の後退など多くの問題が指摘されています。



※「しんぶん赤旗・日曜版」(2009年2月1日号)より
 

不破&益川対談(上)
2009.10.25 [Sun] 18:24

今年の1/25と2/1の「しんぶん赤旗・日曜版」に掲載された
不破哲三さんとノーベル物理学賞を受賞した益川敏英さんの対談

社会科学はもちろんですが、

自然科学を学ぶうえで、
マルクスがどんな土台を与えてくれるのかーー


だいぶ長いのですが
せっかくなので2回にわたって全文を紹介します。


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益川さん・不破さんが対談
素粒子の不思議から平和・憲法9条まで


2008年にノーベル賞を受賞した4人の日本人科学者のひとり、益川敏英さん(京都産業大学教授)と、日本共産党社会科学研究所長の不破哲三さんが対談しました。物理学賞を受けた研究の意義、益川さんがあげた「人生を変えた一冊の本」のこと、日本の科学研究の今後、科学者と平和・憲法問題など、興味深い内容です。今回はその前半を―。

08年ノーベル物理学賞受賞
益川敏英さん
ますかわ・としひで=1940年生まれ。62年、名古屋大学理学部卒業、67年、同大学大学院修了。名古屋大学助手、京都大学助手、東京大学原子核研究所助教授を経て、80年、京都大学基礎物理学研究所教授。同大学教授、同大学院教授を歴任。2003年から京都産業大学教授

日本共産党社会科学研究所長
不破哲三さん
ふわ・てつぞう=1930年生まれ。53年、東京大学理学部物理学科卒業。鉄鋼産業労働組合連合会本部書記を経て、66年、党中央委員。69年、衆院議員に初当選(〜2003年)。書記局長、幹部会委員長、中央委員会議長を歴任し、06年から社会科学研究所長




 不破 初めまして。テレビで、お人柄も含め、いろいろな側面から拝見しているので、なんだか旧知のような感じがしております。(笑い)

 益川 私も新聞紙面上ではよく存じ上げております。(笑い)

 不破 今度のノーベル賞はマスコミでもたいへんにぎやかに扱われましたね。私は、湯川秀樹さんが日本で最初にノーベル物理学賞を受賞した1949年に素粒子論にひかれて大学の物理学科に入ったんです。当時、素粒子論は、日本のように貧乏な国でも紙と鉛筆さえあればできる学問だというのが売りでした。(笑い)

 益川 そう言われていましたが、その後、1965年くらいから、原子核実験グループから素粒子実験の分野が独立するんです。日本の素粒子実験グループは今や世界に冠たる存在です。今の素粒子の研究は1千億円かけた加速器を造って初めて理論の成果が検証できるという世界になっています。それぐらい、大がかりにしないと、進歩できない時代なんです。

 われわれの研究論文も発表は36年前(1973年)だけど、加速器での実験、検証が可能になったのは、ずっと後のことなんですね。

 不破 理論がちゃんと実験で検証されたことが重要なんですね。同じノーベル賞と言っても、経済学賞になると、金融危機で被たんが証明された理論が受賞したこともありますからね。


益川さん この道志したのは坂田先生の新聞報道

不破さん 物理の危機に解決策示したレーニン


物質とは、素粒子とは

■物理学との出合い


 不破 私が素粒子論に興味を待ったのは、1946年に入学した旧制高校の時代で、理論物理学者の坂田昌一さんや研究仲間の武谷三男さんを講演に呼んだりしました。1948年だったと思います。

 益川 ほう。

 不破 そのころ、坂田さんや武谷さん、湯川さんの本を読みましたが、なかでもいちばん印象に残ったのは、坂田さんが、物理学とレーニンの唯物論の関係について書いた文章でした。20世紀の初めに物理学が前途も足場も見失ったたいへんな危機におちいった時、その解決の方向を示したのは、レーニンだけだった、しかし、世界の物理学界には、レーニンのその文章を読んだものは、1人もいなかった、というのです。この危機というのは、物理学が原子の内部のミクロの世界に足をふみこむとともに起こった危機で、1920年代に、ミクロの世界の法則をとらえる量子力学が成立して初めて解決されたのでした。

 私は、ちょうど、レーニンの『唯物論と経験批判論』を読んだばかりだったので、坂田さんのこの論文には非常な感銘を受けましたね。

 益川さんは、この年末の週刊誌に、「『人生を変えた』この一冊」として、エンゲルスの『自然の弁証法』をあげていましたね。

 益川 私の場合は、1958年に大学に入りましたが、哲学書というよりは、武谷三男先生の弁証法の本とか、坂田先生の本を読みました。坂田先生が『自然の弁証法』のことを書いていたので、私も読んだのです。

 不破 私は、大学では、もっぱら学生運動や政治運動の方で、物理学からは離れてしまったのですが、大学を出てからも、物理学の発展の跡だけは追っていました。

 量子力学が成立したあと、原子核の内部の探究がはじまり、原子核が陽子、中性子というさらに小さい粒子からなっていることが明らかになる。1935年には、湯川さんが、原子核の構造の秘密を解くために「中間子」論を提唱し、やがてその粒子が発見される。こうして、物理学は、ミクロの世界を、原子からさらにその奥にある素粒子の世界へと分け入ったわけですね。

 ところが、その素粒子論で、多様な物質世界の全体が説明されるかと思ったら、この世界は予想をこえる複雑多様な世界で、新粒子が続々発見されはじめた。そのなかで、坂田さんが、1955年に、いわゆる「坂田モデル」というものを提唱した。これが、陽子、中性子、中間子などが構造をもった粒子で、その奥にはより基本的な粒子が存在する、こういう構想に立った最初の提唱だったわけですね。

 益川 そうですね。私が物理を志そうと思ったのは、坂田先生が画期的なモデルを発表したという新聞の報道を見たからなんです。自分が住む地元の名古屋の地で、科学がつくられている、ぼくもぜひ加わりたいと、強烈に思ったものです。

 不破 私は、当時はもう大学を出て、鉄鋼労連という労働組合で仕事をしている最中でした。それから1964年に日本共産党の本部に移って現在にいたるのですから、物理学の世界は遠望しているだけですが、昨年、益川さんたちのノーベル賞受賞のニュースを聞いて、ミクロの世界の研究がいかに深く進んでいるか、そしてまた、日本の研究者たちがこの前進にいかに大きな貢献をしているかを、たいへん深く感じました。

 その感動をこめて、受賞の日に「物質の階層探究の歴史が輝きます」という祝電を打ったのでした。

 益川 あの不破さんからの祝電に、妻と2人で驚きました。

 不破 物質とは何か、という問題にたいし、坂田さんは、物質には「無限の階層」があるという考え方を一貫して提起していました。原子、原子核、素粒子は物質のそういう「階層」の一段階で、その奥にはさらに深い「階層」がある、という考え方で、1955年の「坂田モデル」は、この考え方に立って、素粒子の奥の「階層」を探究しようとした世界でも最初の提唱だったと思います。益川さんたちの研究は、素粒子の世界が、6個のクォークなどより根底的な粒子から成り立っていることを理論的に示したもので、いわば坂田さんの提起を受け、この世界の全体像を明らかにしたものでしたね。これで、素粒子の世界の統一的解明に道を開いたといってよいのではないですか。

 益川さんたちのノーベル賞受賞以来、この研究と私たちの生きているこの世界との関連がよく問題になりますね。

 益川 私たちの研究の意味について、マスメディアでもよく宇宙論のことが紹介されます。宇宙の始まりである“ビッグバン”の後に、粒子と、まったく性質が対称的な反粒子とがあったが、ぶつかりあってともに消滅した。しかし、粒子・反粒子の対称性には「破れ」があって、わずかに1億分の1ぐらい、粒子が残って今日の世界になった、という話です。

 たしかに、私たちの研究は、そういうことにも関連してゆくのですが、私たちの論文にはそんな宇宙のことは一言も書いてないのです。粒子と反粒子のことは、論文発表の後に、吉村太彦さん(元東大宇宙線研究所長)がそういう指摘をされたのが最初です。

 不破 あなた方の発表の後ですよね。

 益川 後です。私たちの研究の経過をざっと説明しますと、1955年に素粒子研究で大きな発見がありました。リー、ヤンという2人の研究者が、われわれの世界では、ほとんどの物がだいたい左右対称なんだけれども、わずかに10万分の1ぐらいの割合で、左右非対称なことが起こっていることを理論的に結論づけました。


理論が新段階に発展するのは… 不破さん

「何台加速器壊すんだ」と仲間が 益川さん


 益川 しかし、なぜそうなのか、わからない。そういうことは、われわれ研究者には何となく気持ちが悪いのです。その後も研究が続き、左右の入れ替えと同時に電荷の正負が逆である粒子と反粒子を入れ替える―そのことを「CP」と呼ぶのですが―と、やっぱり、われわれの世界は対称だったということが見つかった。それを「CP対称性」といいます。59年のことです。

 ところが、その5年後の64年にフィッチとクローニンという研究者がその「CP対称性」も破れているということを実験で見つけたんです。

 不破 益川さんが大学院で研究を始めたころですね。

 益川 そうです。当時、大学で、たまたま私がフィッチ、クローニンの論文の紹介役をしたんです。これは何なんだろうと思ったけれども、なぜそうなのか、うまい説明ができなかった。それから、8年たって、それを説明できる解答を見つけたんです。

■6種類のクォーク

 不破 それが、今回の受賞対象となった6種類のクォークの提唱ですね。

 益川 そうです。そのころは、クォークは3種まで確認されていました(アップ、ダウン、ストレンジネス)。私は、共同受賞の小林誠さんと、「CP対称性の破れ」について研究していました。四つのクォークを使った4元クォークモデルでは、どうしても「CP対称性の破れ」の実験を説明できない。ならば、六つでいいじゃないかと、ある瞬間に突然気がついたのです。

 不破 それが例の、お風呂から出る瞬間だった、というわけですね。

 益川 はい。それをもとに2人でいっしょに論文に書いたのが1972年です。

 不破 研究経過についてのいまのお話は、たいへん興味津々でした。小林―益川理論についての紹介記事を読んで、いちばんわかりにくいのが、「対称性の破れ」ですよね。しかし、素粒子の世界を解明する理論が発展してきて、その理論でたいていのことは説明できるが、ある実験で出てきたこの現象(「対称性の破れ」)だけは説明できない、それは、理論がまだ素粒子の世界の全貌(ぜんぼう)をとらえていないこと、つまりまだ不完全なことの証拠だから研究者としてはそのままでは「気持ちが悪い」、その気持ちはよくわかりました(笑い)。そして、そこを突破してこそ、理論が新しい段階に発展する。世界は違いますが、同じようなことは、社会科学の世界でも、よく経験することです。

 そして、実際、益川さんたちの研究でそこが突破されたら、さきほどの宇宙の始まりの時期の研究にも新しい視野が開けてきたわけですね。

 益川 最初は、ほとんど相手にされなかったのですが、実際に4番目のチャームクォークが75年に発見されました。そのあとから、私たちの研究が有力なのではないかと注目されるようになり、5番目のボトムクォークが77年に発見されました。

 不破 6番目の発見はさらに17年かかりましたね。

 益川 6番目はトップクォークと言われますが、発見されたのは94年です。アメリカの研究所と、日米伊の約400人の研究者の共同実験グループによってでした。さらに2001年に、日本の高エネルギー物理学研究所の実験で、私たちの理論が検証されました。

 不破 その高エネルギー研究所の巨大加速器トリスタンを、私は「赤旗日曜版」の企画で、88年に訪問したことがあります。一周3`の加速器でトップクォークを確認しようとする実験の様子を見学しました。そのときの説明では、256億電子ボルトの電子ビームを2万回衝突させているということでした。この加速器のエネルギーでは、トップクォークの発見は不可能ではないか、と言われ、世界には「トリスタンリミット」という言葉までできているんだとうかがいましたよ。

 益川 実際、加速器のエネルギーが不足して、なかなかトップクォークがつくれなかったのです。時間がかかったのもそのためです。そのころ、仲間内から「益川、何台加速器を壊したら気が済むのだ」と冗談交じりに言われたものです。(笑い)

 不破 6種類のクォークですが、2種類ずつペアになって、第1世代、第2世代、第3世代と分けられていますね。第1世代のアップクォークとダウンクォークは、三つ集まって陽子や中性子の構成要素となっていることなどが分かっていますが、第2世代や第3世代のクォークは、自然の世界にどういう形で存在しているのですか。

 益川 クォークは、単独で自然界に現れるものではないのですね。陽子や中性子が三つのクォークからなっている、というのも、実験の結果、そういう形でそこにあると考えるしかない、ということですし、第2世代、第3世代のクォークは、高エネルギーで素粒子を衝突させる実験で、その存在が確かめられた、ということで、それ以上のことはまだ言えないのですね。


益川さん
「なぜか」を説明するのに神様に頼るのは好きじゃない


■科学の方法論

 不破 益川さんは、科学の方法について坂田さんに学んだ、とテレビで言われていました。その点で、益川さんの本を読んで、非常におもしろいなと感じたのは、「なぜか」と問うところから、次の階層への探究が始まるというところです。

 益川 そうですね。実験のデータから、こういう現象が起きていると記述することはできるんです。でも「なぜ起きているのか」と聞かれると、もう一段深いところから説明しなければ答えようがない。

 たとえば、炭素原子がなぜこんな質量かと言われたら、炭素原子を構成する陽子と中性子、その間にどういう力があるかということが分かれば説明できます。しかし、そんな知識がなければ説明できない。それと同じように、クォークがなぜこの質量か、と聞かれれば、もう一段下の理論がなければ説明できない。

 そこから、坂田さんのいう「無限の階層性」という考え方が出てくるんです。物質の深い階層を探究する仕事がどっかで途切れてしまうと考えると、「なぜか」が説明できなくなって、最後は「神様が決めたから」と言うしかなくなってしまう。私は神様に頼るのは好きじゃないんで(笑い)。世界は必ず、人間が問うて答えが出るような構造になっている、と。

 坂田さんの「無限の階層性」を卑俗に理解しちゃうと、玉ネギの皮むきみたいに、何回でもむいていくのは耐えられないという人も出てくるんです。そうではなくて、例えば、空間のとらえ方でもこれまでにないほかのとらえ万がある、というようなあらたな段階がくると思います。

 不破 物理学というのは、実在をとらえる学問ですから、どんな研究も、出発点は実験や観測に現れる自然の現象そのものですよね。その現象を説明するために、その現象を引き起こしている物質の構造はどうなっているのか、いま分かっている階層のレベルだけでこの現象の説明が可能なのか、それとも、より深い階層の存在やその働きをつきとめてこそ現象のおきる仕組みが明らかにできるのか、そこからいろいろな理論や仮説が提唱されますが、その理論や仮説が正しいかどうかの審判は、結局、実験や観測の検証によってくだされる。益川さんたちをはじめ、日本の多くの素粒子研究者のお仕事には、こういう研究方法が意識的に活用されているように思います。この方法論は、私たちの言葉でいうと、唯物論と弁証法ということになるのですが…。

 ただ、別の分野の最近の動きを見ていると、方程式を解いたらこういう答えが出てきたから、ということで、「仮説」をたてたら、それに対応する世界が必ず実在しているはずだ、といった議論が結構さかんなようですね。気になっていることの一つです。

 益川 そういうのを見ていると、流行してもすぐ消えますね。

 不破 達観してますね(笑い)。世界の物理学界を見たときに、これだけ方法を詰めて考えている流れは、日本のあなたがた以外に世界にありますか。

 益川 はっきり言う人はいないですね。だけど、それを表面的に否定している人たちも、何かは持っていると思います。

 科学というのは、必ず仮説を立てて、それが合っているかどうかを実験で確かめる。何かターゲットをつくらないとうまくいきません。未知のことを調べる場合は必ず、仮説をたてる。その作業のなかには、坂田先生みたいにきっちり分析した方法論もあるし、それを覆い隠して、インプットとアウトプットだけを示す人もいます。

――次号につづく

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【ことばの解説】

 坂田昌一(さかた・しょういち、1911〜70年) 物理学者。唯物弁証法を研究の指針とし、坂田モデルなど「物質の無限の階層性」という自然観に裏づけられた理論は、素粒子物理学の発展に責献しました。戦後の名古屋大学物理学教室の再建の中心となり、民主的な研究室運営の実現に指導的役割を果たしました。核兵器廃絶と平和運動に力を尽くしました。

 武谷三男(たけたに・みつお、1911〜2000年) 物理学者。自然認識が現象論、実体論、本質論の段階を経て発展するという三段階論を提唱しました。

 湯川秀樹(ゆかわ・ひでき、1907〜81年) 物理学者。1934年に、中間子理論を提唱して素粒子物理学の発展に貢献しました。1949年に日本人初のノーベル賞を受賞。核兵器廃絶などの平和運動に積極的に参加しました。

 レーニンと『唯物論と経験批判論』 ロシア革命を指導したレーニン(1870〜1924年)の1908年の著作。電子の発見などで、これまでの物理学の諸「法則」が崩れ、マッハ主義者などの観念論学派が「物質は消滅した」などと唱えはじめました。これが物理学者にも影響を及ぼし、「現代物理学の危機」といわれました。
 これにレーニンは、「電子は原子と同じようにくみつくされえないもの」とのべ、問題は自然のより深い段階への認識の深まりであることを明らかにしました。

 エンゲルスと『自然の弁証法』 エンゲルス(1820〜95年)が1873年から約10年にわたって執筆した未完の著。19世紀の自然科学の到達を基礎に、弁証法的唯物論の自然観を発展させました。「物質には無限の階層がある」という坂田氏の見解は、エンゲルスのこの著作のなかの命題を発展させたものでした。

坂田モデル 坂田昌一氏が1955年に提唱した仮説で、素粒子が物質の究極の構成要素ではなく、3種類の基本粒子(陽子・中性子・ラムダ粒子)とその反粒子からなる複合粒子だとしました。素粒子の世界をより基本的な粒子からとらえるこの考え方は、その後のクオークモデルの直接の基礎となりました。

 小林誠(こばやし・まこと、1944年〜)物理学者。益川さんとともに提唱した小林・益川理論の業績で2008年のノーベル賞を受賞。高エネルギー加速器研究機構特別名誉教授。日本学術振興会理事。

 高エネルギー物理学研究所とトリスタン 高エネルギー物理学研究所(現・KEK=高エネルギー加速器研究機構)は1971年に設立された大学共同利用機関でトリスタンなどの加速器実験をおこないました。トリスタンは、電子と陽電子を正面衝突させたときにおこる素粒子反応を観測する加速器で、トップクォーク発見や標準理論の検証をめざして、1987〜95年まで稼働。トップクォークは結局、トリスタンでは発見できず、米国の加速器「テパトロン」によって発見されました。トリスタンの後継加速器「KEKb」の実験で、小林・益川理論の正しさが検証されました。


※「しんぶん赤旗・日曜版」(2009年1月25日号)より
 

「時代はもっと面白くなる」
2009.10.23 [Fri] 09:17

monkeyです。

数回にわたって報告してきた
不破哲三さんとの打ち合わせでの様子の最終回です。

打ち合わせも佳境に入り、
今年79歳になる不破さんから、驚きの一言が…

「時代はこれからもっと面白くなります」

!!!!!!


経済危機、貧困と格差、環境破壊、核兵器と戦争etc…
21世紀に入っても、というか、
21世紀に入って、さらに
出口の見えないトンネルにいるような気分の学生も多いのですが…

その心は如何に?!

不破さんは「激動の時代にこそマルクスが大事」といいます。

不破さん:
「今の学問は専門化・細分化されすぎています。
自然や社会を見るときには、自分の専門とする学問分野が、
世界のどの位置にあたり、世界とどう関連しているかなど、
その全体像をつかむことが大切です」

マルクスが自然や社会の全体像をとらえるうえでの方法とした
「唯物論」「弁証法」。

その核心は、今日の学問の発展のなかに息づいています。

ノーベル物理学賞(2008)を受賞された益川敏英さんは、
「唯物論」と「弁証法」の方法論を自覚的に自然科学の研究に活かしました。

大学時代にマルクスを学び、
激動の時代を開拓する力と生き方を!


不破哲三さんからはそんなメッセージが語られた気がしました。

不破哲三さんを講師に招いた
10月30日と11月6日の「『マルクスは生きている』公開セミナー」に
ぜひお越し下さい
 

ケインズと新自由主義とマルクス
2009.10.22 [Thu] 08:42

monkeyです。

さてさて、先日行った不破さんとの打ち合わせでの
お話の続編です

不破さんのお話は、経済と世界の変化のお話へ。

資本主義のもとでは恐慌の発生は避けられない、と解明したマルクスの死後、世界の経済はどのように動いてきたか…

不破さん:
「1930年代以降、資本主義国を席巻したのはケインズ主義でした。
しかし、1970年代にケインズ主義は破綻。
市場にすべてを任せるべきだという新自由主義が、
1980年代以降、アメリカやイギリスを中心に流行します」


「その挙句に、今の世界経済危機に人類は直面しています」

「この危機にあたって、資本主義大国も、
中国やブラジル、インドなどの国との
共同を抜きにしては立ち行かなくなっています」


「ケインズ主義も新自由主義も指し示せなかった経済の行方をさぐるため、
資本主義を徹底的に解明しようとしたマルクスへの注目が高まっています」


世界の構造変化が、マルクスの眼を求めている!
のだと、思いました。
 

発達した資本主義国は世界の「一部」
2009.10.21 [Wed] 09:17

実行委員のmonkeyです

先日報告したとおり、
セミナー講師の不破哲三さんとの打ち合わせを行いました。

そこでの不破さんのお話で、一番印象的だったのは、

「発達した資本主義国は、
世界の『一部』でしかない!」


ということ。

「資本主義」の名付け親マルクスの死後、
20世紀の初頭に世界を支配した資本主義という社会のあり方を振り返って、
不破さんは、

「21世紀に入った今、世界を見渡すと、
発達した資本主義国の人口は全世界の1/7にすぎません。
そのなかで、日本は資本主義のなかでも、
社会保障や労働のルールの面でひときわ出来が悪い(笑)」

「世界のさまざまな地域で、
資本主義とは違う社会のあり方が模索されているのが、
21世紀の時代の新しい展開です


う〜む、なるほど。

スケールがデカイ

でも、日本という発達した資本主義国のなかに
ドップリつかって、生きてきた私たちにとって、
「資本主義とは違う社会のあり方」と言われても、
なんとなくピンと来ないのですが…

「日本のマスメディアでは、世界は見えない」

と、不破さんはこんな話もしてくれました。

「日本のマスメディアの問題点は、視野が極端に狭いことです。
世界の新聞は紙面の8割は外国のニュースで占められていますが、
日本では海外の報道はあまりに少ない。
これでは、世界がどう動いているのか、
日本がどの位置にいるのか見えてきません。
もっと視野を大きく広げないと、時代から取り残されます」


これまた、スケールがデカイ…

不破さんの公開セミナーでは、
日本のメディアからは見えてこない
世界のダイナミックな動きについて知ることができそうです
 

不破さんと打ち合わせをしました!
2009.10.17 [Sat] 18:20

実行委員のtomorrowです。

昨日、講師の不破哲三さんと、実行委員会のメンバーで打ち合わせをしました

学生側の実行委員が自己紹介をした後、
実行委員から不破さんへ、当日の講演内容のお願いととりくみを報告しました。

セミナーのテーマ設定の理由とお話していただきたいこと(東大文学部3年)

テーマ設定
第一回「大学時代にマルクスが必読な理由」
第二回「マルクスの眼で見た21世紀の日本と世界」

実行委員会のとりくみ報告(東大理科U類2年)…『マルクスは生きている』の読書会、アンケートの中間報告

その後、不破さんから学生へ質問が出されました


学生の間でのマルクスの存在って?

不破さん「セミナーの宣伝用ポスターはとても大きかったね(笑)学生どうしの間ではマルクスは話題になりますか?」
 
学生:「ソ連のイメージが強いです」

「経済学志望の学生以外ではあまり…」

「不破さんが京都大学での講演会(2005年)に話された
『マルクスは古い、という考え方はもう古い』というお話が、
大学にいるとあまり実感できてません」

「『マルクスはマックス=ウェーバーによって論破された』という考え方も、
当たり前のように話されていることがあります」

「資本主義のしくみを知りたい、
そのためにマルクスの『資本論』を学びたい、という学生は
明らかに増えている傾向があると思います。
貧困・格差の拡大や、経済危機の影響が強いからだと思います」

「ただ、マルクスの世界観(唯物論・弁証法など)については、
議論にのぼっていません」

「マルクスの未来社会論(共産主義・社会主義社会)については、
ソ連のイメージが先行して、良いイメージがないですね」

「資本主義の暴走による問題点は目に付くが、
かといって社会主義もだめなんだろう、
どうしたらいいか出口が見えない…
という状態の学生が少なくないのでは、と感じています」

「新しい社会への模索というのが、
すごく強まっているんじゃないか、という気はしています」

「そういう時期に、資本主義を徹底して分析したマルクスを
読む前から拒否していいのか、と思います」

不破さん「まあ、読む前から正しいと思い込まれても困るんだけどね(笑)」



その後、
 ●マックス=ウェーバーとマルクスのお話
 ●今の時代をどう見るか――マルクスの死後、世界を支配した資本主義が、
  今は世界人口の1/7を占めているという
  「部分的」なシステムへと変化していること
 ●そのなかで日本はどういう位置にあるのか
 ●生きていくうえで、または学問をしていくうえでなぜマルクスが必要なのか
 ●日本のマスメディアがかかえる二つの問題点
 ●マルクス以後の経済学―ケインズ主義と新自由主義
 ●中国をどうみるか

などなど、多岐にわたってお話をうかがいました

参加者の感想は…?

「すごく博識な方で、重みがありました。
これから、新しい、面白い時代に入ってくる。
その時代を見極めて、経験していくのは私たちなんだなぁと、
改めて実感しました」(東大理科U類1年)


それぞれのお話については、詳細をブログに順次アップしていきます。

もちろん、当日のお話を先取りしすぎないように、
当日へのお楽しみはとっておけるように書きます