空の青さを知る人よ を語る
2019.10.13 [Sun] 20:39

見てきました。
久々に長井監督が見れるという期待感と現実との板挟みで、
見るのは来週再来週辺りかなと思っていたんですが、
思い立ったが吉日ということで。
自分が細かくいいなと思った箇所は例に習ってまただいぶ忘れてしまったので、
何度も繰り返し見て血肉にしたい作品という印象でした。

以下ネタバレ感想。


本編見る前に売店で目玉焼きのグッズを見て、
『ここさけ』からだいぶ前進した作品なんだなという印象を受けたな。
『ここさけ』が自らの殻を破るという描き方だったので、
その中身が誰かに差し出される、既に何者かになっているように思えて、
そういう人物像を作品が想定している感じが前作からの前進の象徴のように思えたな。
特に本編で目玉焼きが強調されない分、
象徴的なグッズに見えたなと。
なぜ鶏ではなく目玉焼きなのかと自分でも不思議な捉え方だったけど、
『聲の形』で命の暗喩のように描かれていたことの延長線上からかもしれません。
山田さんが長井さん意識してるのかなぁとボンヤリ思っていたところに今作がきた、
という捉え方を実はちょっとしています。

本編冒頭。
最初キャラクターたちが色んなものを開けていくので、
何かを開いていくというのにちょっと意識が向く感じ。
それぞれの立ち位置を意識しつつ、あおいがイヤホンつけてるタイミングで音響が変化して、
あおいの耳に届く音のソレになるのが気になる。
あおいの内側を見つめる作品という意識をここで向けているのと、
回想に入る鮮やかさ、そして現代へと帰って本編が始まる。
その間のあおいを見せる内フレームやベースの演奏がかっこよくて、
非常に充実感のあるシーンになっていて初っ端から持っていかれた感がちょっと強めでした。
PVで使われているあおいの振り向きが、
本編を見ると観客に向けているもののように思えて、
そういう心情の開示を表明するようなキャラクター像にまた打たれる感じでした。
音楽という自分を表現できるものを持つキャラクターの強さ、みたいな感じというか。
超平和バスターズが持つ音楽はこういうものなのか、
みたいなところに今までにない新鮮さがあるように感じられたかなと。

あおいは背中で語るというのがメインなのか前開きパーカーデザインが結構印象に残る感じ。
ガンダーラの意味を含めて仏教的な意味合いだったのかな。
秋の肌寒さに触れつつ腕まくりという姿が負けん気のある感じで印象的だったかな。

紅葉など季節感の強く写実的な美術も印象的出したが、
個人的に星の描写に特に共感を覚えました。
最近東北地方にずっといて星が綺麗だなと夜空をよく見ているんですが、
そういう空へのような印象があってグッと来るみたいな。
夜の星をずっと描いている、つまりは空を見せていると意識させてくれるのもポイントなのかな。
度々書いてますが、そういう世界の美しさを描いても、
あおいたちはそれだけでは満足できないというのにも触れられている感。

あおいが車のドアなどを開けっ放しで通り過ぎていて、
冒頭の何かを開けること、そして姉のあかねに頼っていることが描かれている風でしたが、
最後にお堂の中のしんのが外に出ることができたのは、そういうあおいの特性、
開けっ放しにすること、開くこととの地続きな印象があって、
そういう描き方が印象的だったかなと。

現実のしんのが帰ってきて、あおいがバックバンドをやる前にテストを受けてるシーン、
個人的になんだか泣けてきたのがこの一連でした。
ベースとドラムコンビの演奏が新鮮だったのと『けいおん!』を思い出す感じと、
ガンダーラを憧れの人の前で「歌う」っていうところの強さに打たれる感じだったかなと。
あおいは演奏はしても歌でいくような素振りはあまりなかったので、
そういう意外性も含め、あおいのカッコよさに打たれたというか。

また練習で自分の未熟さを指摘されたところの表情なんかがまた印象的だったな。
あかねのしんのへの当てつけを含め一連表情芝居が印象的でした。

お堂にいる過去のしんのがこち亀が終わったところに衝撃を受けているのとか、
スマホの便利さに感心しているのとか、自分からしても衝撃なんだよな、
という近さがあるのが一種のタイムスリップものにしては新鮮な印象だったな。
お堂で知り合いの小学生に語りかけるあおいは、かつてのしんののようだな、
と思っていたら小学生もあおいにほの字でやっぱそうくるかーとなるなど。
お堂でベース持って座って語りかけてるときパーカーも着ていなくて、
憑き物がない女子高生みたいなフラットな感じはまあ魅力的だなと。

お堂の中の見せ方も新鮮でだったな。
過去しんのが謎の壁に阻まれてお堂の外に出れない絵はややギャグ的な感じですが
あかねに見つからないように上に隠れて降りてくるのとか空間を大きく見せておいて動きは強調するも、
引きの絵では狭さが強調されて動きのケレン味を優先していた絵だったり、
縦PANで空間を大きく見せたりなど、
過去しんのはアニメ的なケレン味を多く使っていた印象。
それが最後の空を飛ぶ姿に繋がる感じで。
予告で使われていたのはイメージ的なものなのかなと思っていたので、
本当に飛ぶとは!みたいなところがちょっとあったなと。

されど空の青さを知る、という言葉をあかねが好きな言葉として上げていて、
過去しんのと対時したときに触れられていましたが、
正に穴の中のカエルみたいな状況で、あおいの中のものに触れられるのは、
それをずっと見ていたような裏返しで姉の愛の強さを感じたのと、
あおいがかつての自分と同じ歳になったことへの気付きで、
あおいの未来、自分の未来を見つめ直す感じが印象的でした。
食べ物の好物の使い方、考え方が個人的に好きでした。
みんな違うという個性の表現の先にあるのがGOODというか。

最後、あおいの走りを強調する電柱から長井スピリットをちょっと感じたな。
とらドラ! 2話 を語る
とらドラ! 25話(最終回) を語る
・ついでにとらドラ! 18話 を語る

あおいは誰に向かって叫んでいるのか。
行き場のない感情の発露だろうとは思いつつも、
冒頭のこちらに振り向くあおいの姿を思い出すと、
観客への主張のように思えたな。


あかねのこと、しんのと過去のしんのこと、他色々触れたいことはいっぱいありますが、
自分はあおいに相当打たれたのであおい中心に。
まだまだ足りないですが記憶があやふやになってきたので。
風景を含めいいなと思えたところが多かったので、何度も見て反芻したいところです。

ヴァイオレット・エヴァーガーデン 外伝 -永遠と自動手記人形- を語る
2019.09.08 [Sun] 17:38

ソラリスで見てきました。
小さい箱で不安でしたが客入りもよく年齢層も多様でちょっと意外な感じ。
藤田春香監督ということで楽しみな一作でした。
以下ネタバレ感想。



最初始まって船のシーン。
空に手を伸ばす、というのが印象的に描かれていて、今作はそこが焦点になってくる感じだったな。
途中でTVシリーズのようにサブタイトルが入る感じで前編後編という形が印象的でしたね。

ヴァイオレットが依頼人のところへ行くところ、密着マルチで奥行きを見せてるのが目を引かれたな。
大きく見せたい一瞬のシーンという扱い方で、
3D美術とかやってきた京アニ作品で一瞬のこういう絵っていうのをやるのかという感。
そういえばイザベラの友人の顔を見せないようにしている一瞬の振り向きなど、
前半は一瞬を切り取る印象がちょっとあったかな。

前編はヴァイオレットで描いてきたこと、京アニで描いてきたことがつぶさに見て取れて、
割とヴァイオレットの本編にも寄り添う画作りという印象がちょっとあったかな。
キャラクターと同じ方向を向いた人形とか日の当たり方とか、
髪を結い合うのとか、自分が喜んじゃう要素が多くてたまらんなぁと思いながら見ていました。

個人的に印象的だったのがロウソクの扱い。
イザベラがヴァイオレットに心を開いたのは、
自分もヴァイオレットと同じ孤児だったというのを知ってから。
イザベラの部屋の証明はロウソクによるものになっていますが、
イザベラ、ヴァイオレット、それぞれを見せるときに1本のロウソクが同じく画面に入っている。
そして画面に一緒に入る際に、また1本のロウソクが画面に入っている。
互いが小さな火であった、そして同じ火であったことが描かれる、
その小さな火にグッと来る感じ。
また別れが近づきロウソクが次第に溶けていき、最後にはロウソクが尽きてしまう。
共にある印としての灯火、
そしてイザベラの過去で描かれる掛け替えのない灯火とも掛け合わされるロウソクの火が、
これまた印象的でした。
後編では電気が普及しロウソクの火という描写もなくなっているので、
貧しかったあの頃、
そして同じ時を過去に過ごしたあの頃を象徴する火という扱いになっている感じがして、
そういう戦後の文明とも対比するような感じがしたかな。

イザベラとヴァイオレットの描写は繋がりを意識した画が多かった印象。
光の中へ手を伸ばすようにヴァイオレットと手を取り合って、
それが最後は学友との描写へと繋がっていく。

そしてイザベラが空へ向ける手は緑に阻まれ、気持ちとは裏腹に内へとと誘われる。
それはイザベラが妹との思い出、そしてイザベラの願いを妹へと託したことに繋がる。
自由に空を飛ぶ二羽の鳥で描かれるように、二人が同じものを共有していることにグッと来るなと。
この姉が身を引いて妹へ託す感じ、ちょっとリズと青い鳥を思い出す感。
瞳が揺れる表現は完全に京アニに定着した感ありますね。
イザベラ、テイラーのアップを含め印象的画が多かったです。

三編みを作る描写や髪を触る描写は古くはAIR、涼宮ハルヒを思い出す感じで、
藤田さんもそういうの好きなのかなとか思えたり。
女の子同士、姉妹が仲良くするという京アニの中の文脈になりつつあるのかも、みたいな戯言。

ぬいぐるみはTVシリーズから印象的に描いていたので、
その反射として姉妹を扱っていたのかなという感。
窓から見る風景、というのもぬいぐるみと関連付けて見せていた印象かなと。
今回鏡面的な絵もちょいちょい見かけましたが、
TVシリーズのような虚構の中のものを見る、というのとはまた違った趣でそこが気になったかな。
すでに忘れかけているので次回期にしたい感。

イザベラとヴァイオレットの友人関係にはグッとくるものがあり、
ワルツを踊るシーンやイザベラのヴァイオレットと対比するように、
赤い宝石をつけていたりするのにグッと来たかな。
お風呂で裸の付き合いっていうのもヴァイオレットの腕をマジマジと見た人物として、
イザベラは確かに他のキャラからは一歩先を行ってる感あったかも。
ただ今まで出会ってきたキャラは友達じゃなかったのヴァイオレットちゃん!ともなったかな。

後編は姉イザベラから妹テイラーへ。
TVシリーズではあまり目立った出番のなかった配達人ベネディクトがメインで、
外伝感のあるエピソードになっていたのが印象的だったなと。
手紙を書く人も大事だけど手紙を届ける人もまた大事。
ベネディクトがつまらない仕事だと腐している分、
テイラーとのかかわり合いでの変化の扱いが印象的だったなと。

後半は前半に比べると絵的な文脈は抑え気味になり、
テイラーの子供ながらに必死に配達人になろうとする姿を描いて、
最初コンテは別の方かもしれないとも思いましたが、
監督のコンテで、前半と後半でだいぶ画作りに対する考え方が違うなという印象を受けたな。
一本の作品として関連付けるような作品の中でこの変化はちょっと意外な感じ。
その中で姉妹が空に手を伸ばす描写が繋がってくるのがGOODだったな。
イザベラの回想では決して出ない、テイラーだからこその視点が光る感じで。

テイラーの歯を見せて笑う感じが愛らしいのと、
ベネディクトに手紙の配達を頼むアップ、イザベラの姿を草陰から見守るシーン、
どれもテイラーの表情が大事にされていてそのきめ細かさに惹かれる感じ。
もうどんなイザベラとどんな生活をしていたかも忘れていたテイラーが、
自身の手紙を受け取ったイザベラの姿を見て喚起される過去の記憶、
その尊さにグッとくるというか。
姉がいたという事実から実感に変わっていくうちに湧き出てくる涙に共感を覚える感じ。

ベネディクトがもらい泣きしてるのをテイラーがからかうのも楽しいかったし、
ベネディクトがテイラーのクサイセリフを自身の中で消化して受け取るような返しも、
身に染みる描写となっていて良かったなと。
こういうのをTVシリーズでやれなかったのは勿体なかったなぁとも思ったかな。


見終わってパンフ買おうとしたら既に売り切れで、
パンフ片手に記憶を辿ろうと思っていただけに宛が外れてやや残念。
ただ多くの色んな方が今作を見ているんだなと知れたのはよかったかな。
ヴァイオレットの新作はまだやってくださるようで嬉しい限り。
今作を見てだいぶ期待感が高まったので、新作劇場版を見るのが楽しみです。

二ノ国 を語る
2019.08.31 [Sat] 21:56

見てきました。
以下ネタバレ感想。


予告でどちらかのヒロインを死なせなければいけない選択の話なのかと思っていたら、
全然そんなことはなく、ただ敵の策略で男二人の片割れがそう思い込まされて戦ってしまった話で、
当初期待した話に比べると冗長に感じてしまったな。

最初始まっての日常パートは丁寧な芝居が見れて劇場版だなという気で見ていましたが、
ヒロインが刺された辺りからのやり取りはちょっと不思議感漂う感じ。
救急車予防としてるのに相方は発狂して刺されたヒロインを抱えて走るとか、
刺さったナイフ抜くとか、いくら突然のことにパニックを起こしたにしても、
ちょっと逸脱し過ぎな行動のように感じたなと。

二ノ国に飛ぶシーンは車にトラックに挟まれるようなイメージ、
空間の隙間から飛ぶイメージだったので、バイストンウェルの空と海の間みたいな、
そういう初期の異世界召喚ものを意識した流れなのかなと感じたな。
ただその前にあった事件についての距離感とか、
さっきまでのパニックどこに消えたのかとまた不安になる。

二ノ国と現実世界がリンクしている描写も気になる。
パラレルワールドの自己が繋がっており、
ヒロインの命やサブキャラの命も繋がっている。
最初にヒロインを敵が刺したのは二ノ国の姫と命が繋がっているからであるが、
姫を殺すために異世界に行ったのに、姫にはまた別の呪いが施されていたらしい。
そしてどうやら主人公はその呪いを解くことができたらしい、
というのは現実世界で相方がヒロインに刺さったナイフを抜いたことにより、
もともと二ノ国の住人だった主人公は現実世界の相方と命がつながっている関係から、
姫の呪いを解く力が備わっていたと見てほしいのかなと見ていて思ったり。

ヒロインに刺されたナイフを抜いたのはきっとこういうことだろうと推測ですが、
この作品はそういう意味不明な行動の原理を推測しなければないことが多すぎて、
それで破綻してしまっている感。

例えば敵は姫の魔力が目的なのならわざわざ殺す必要があるのだろうかとか、
色々考えてしまう。

最後に敵を倒したことで現実世界と二ノ国を結ぶゲートが閉じられてしまうというのも、
なんで?という感じになりますが、元々敵が行き来していたので、
その力がなくなったら行き来する力が弱まったためとか、
見ながら理屈を理解して見ていくのが大変という感じ。

見終わって主人公男二人が同一人物だった、
という仕掛けが物語上でどう作用していたかを察していくを話のメインに据えていて、
それ以外の筋は置いていったのかなという感覚があるかな。

なぜ二ノ国の世界の住人と現実世界の住人が同時に存在できるのかとか、
なぜ片方は二ノ国にきても足が悪くならなかったのかとか、
お互いが繋がっている割には容姿も違うし嗜好も違っているように思えるのはなぜなんだろうとか、
疑問は尽きない感じ。

現実世界で車椅子だった友達が消えて階段の上のお店に気軽に行けるようになったとか、
そういう自分を重荷のように扱うことにも引っかかる感。
異世界の自分によって救われた代価が、足が悪い異世界の親友の相手、
そして異世界で親友を救ったことで、自分を救ったことで、
登りづらかった階段を登ることに躊躇うこともなくなる。
そういう自分自身によって枷を嵌めること、そしてその枷は自分でないと外せないこと、
そういうことをやりたかったんじゃないかなぁと思えてはいたけど、どうなんだろう。

個人的にはまあ普通に見かけるアニメ作品の一つのように思えていたけど、
反応がやや大きめに感じられたので、
やはり名が売れてるスタッフだと反応も大きいのかなという印象。
暗黒騎士であり聖戦士である自分っていうFF4的な設定はちょっと懐かしい感じだったかな。

ヤプログがサービスを終了するので当ブログも時期を見て閉めます を語る
2019.08.12 [Mon] 19:38

【重要なお知らせ】ヤプログ! byGMOのサービス終了につきまして
https://www.yaplog.jp/contents/close/
>長年にわたりご愛顧いただきましたヤプログ!ですが、2020年1月31日(金)12:00をもちまして、
>サービスの提供を終了させていただくことになりました。


というわけでヤプログ自体が終了するので、当ブログも今年いっぱいで終了することとしました。
長年読んでくださってる方々、本当にありがとうございました。
ここまで続けられてこれたのは、日々読んで下さる皆様がいてこそでした。
自分の拙い文章を読んでくださり、感謝してもしきれません。

感想記事などは今年中まだ更新するつもりですが、
移転先などが決まったらそちらに移動する予定です。
一応アカウントは複数のブログサービスで取得してますが、
それをそのまま使うか悩んでいるところです。

06年から数えて14年近く続けてきましたが、例の事件もあり、
今が終わり時だったのかもしれないとも、また運命めいたものを感じています。

そもそも立ち上げの動機は『涼宮ハルヒの憂鬱』への苦言を言いたいがためでした。
■ハルヒ1話&2話を語る https://yaplog.jp/lucyman/archive/2
あの偉大な原作のアニメ化第1話がこれか!?という戸惑いを忘れることはないでしょう。
自分が当時どうしても言いたかったのは、高校でハルヒにどっぷりと浸かっていた自分が、
アニメに期待していたものはこうではなかった、ということです。
ダンス?映画撮影?それがハルヒの魅力?それは大いなる誤解だ!という。
しかしまだアニメを本格的に語るには知識も見た作品数も圧倒的に不足していて、
やっぱなんか凄いんだ、褒めなきゃいけないんだ、と思いで走っていたなと思います。

正直な話、知識不足による京アニやアニメファンに対する不信感が最初にあって、
それが現在まで続いている、硬直した文章に繋がってるイメージですね。
どうでもいい話か、とか毎回のように書いてますが、
それだけ自分の価値観を信じられなくなった出来事がブログを書いてる中で無数にあったので。
ただ高校時代にハルヒを楽しんでいた自分は死んだなという思いはあって、
それに対する恨み、みたいなものはやはりあったなと思います。

ただ今考えるとやはり抑圧的でよくなかったですね。
恨み節から始まっていたってのも精神衛生的にもやはり悪かったなと思います。
ただまあ誰にも理解されないことでも書いておくことの意義を見いだせるのがインターネットである、
という思いも当時はあったのかな。

今06年辺りの記事読むと価値観のズレ凄いなと思いますが、
当時は当時で切実だったのかなとも思えたり。
長年更新したらあのオタクがこういうオタクになった、
というサンプルとして残そうと思っていたので、
一応全ての記事を移転させて残す予定ではいますが、
新しく違う書き方でやろうかとか、
もうtwitterも全部やめて全然違うアカウントからやろうかなとか、
色々できることはあるけど、いざどうするか考えると答えはまだ出ない感じなので、
普通に移転して今まで通り行くかもです。

どう転がるかはまだ考え中ですが、終了日時は決まってしまったので、
あと3,4ヶ月の更新となりますが何卒宜しくお願いします。

天気の子 を語る
2019.07.26 [Fri] 00:00

イオンシネマ三川で見てきました。
今年一番の注目作として楽しみにしていました。
あまりにも辛い事件があり、
今後自分は作品とセットで思い出すことを避けられない作品だと思いますが、
今のところ事件に引っ張られるような話題は見かけず、ちょっとホッとしています。

最近アニメ映画を見ていると必ず今作の予告を見せられるので、
予告が果たしてどれだけ物語りに沿ったものだったのかが個人的に見る前は楽しみでした。
自分がよく見た予告は下記の動画。

■映画『天気の子』予報A
https://www.youtube.com/watch?v=VGksHFs04Rc
以下予告を見ての感想、疑問点の羅列。

・決定的に変えてしまったことって何だろう?
→雨が降り続く世界が晴れる、または雨が恒久的に降り続けるか降らなくなる?

・都市に光が差す一連
→曲と合わせて高揚感が凄い。
1カットだけ『秒速5センチメートル』の予告18秒辺りを思い出す。
https://www.youtube.com/watch?v=1X95eE2fwuc

・天気がもたらす効果を知る。
→天気の価値をあまり意識していない世代ということ?

・銃の意味するところ。
→流血沙汰はあまりやってほしくない。銃というイメージをあまり扱ってほしくはなかった。

・線路を走る。
→電車に乗って黄昏るのが新海節だと思っていたので、
線路を走るってだいぶ前向きな主人公だなという印象。

・都市を見下ろす構図、自分の中ではシゴフミだな。
→シゴフミ 3話 を語る
https://yaplog.jp/lucyman/archive/1149
思ったより天気の子に通ずる感想っぽい感じがして面白かった。
本編も見てみようかな。

まあ予告を見ての感想なんてどうでもいい気もしますが、
きみなみも予告を見て気になるところを見る感じだったので、
とりあえず予告の感想も書いた方がいいかなと思ったので今回は書いてみました。
以下ネタバレ感想。



最初のシーンで母の死の予感させる病室、雨、
そして涙のメタファーのように見せる陽菜ごしの雨。
雨が一般的な演出意図を持つもの、不吉なもの、悲しみの先にあるものという描き方で、
序盤から雨に不のイメージを見せつけてくるのがちょっと気になる感。
その対比として差し込む光が希望として象徴されるのは正に予告で何度も見せられたシーンだなと。
母と一緒に空が見たいっていう感情も陽菜はもっており、
それが一般的な価値観だと知らないところが後々に響くのかなとこのときは思ったり。

全くどうでもいいけど、個人的に空の上の世界は『天外魔境ZERO』の高天原のイメージ。
まあ日本的なイメージの世界としてはそこら辺っていう印象だけれども。

雨を晴らす女子から雨の中ではしゃぐ男子。
船で移動するの割と新鮮な感じだったなぁと。
帆高の回送や雨に付きまとわれるような印象から凄い雨男なのかなと個人的に思えたり。
光を追いかけるシーンなんかは過剰にその疑いを煽られている気がして、
晴れ女VS雨男の話で、俺が雨男だから、という話になるのかなと思ったけど、
そんなことはなかったですね。
ただそういう匂わしをしていない訳ではないというのがやや気になる感じだった。

あと帆高がバイト探しで風俗店に行くのをためらわないのを見て、
家出少年少女はこうやって反社と関わりを持つというのをポップに描いていて、
こんなたくさんの人が見るような映画でそれやっちゃうのか、というビックリ感もあり。
ヤフーの知恵袋を駆使するのが若者なのか、ふーむという感も。

あと新宿のマックでよく時間潰してるので本当に見たことある風景ばかりで凄いなーと思ったな。
毎日通ってたころこんなことしてくれる店員いなかったなと思ったら後々出てくるヒロインでビックリ。
この作品、一度会った人物を必ず覚えているので、凄くアニメだな!と感じてしまったな。

恩人を頼っての移動、ここも『秒速5センチメートル』っぽいなと思ったり、
須賀圭介がムーを取り出したときは『君の名は』と繋がったなと思ったり。
しかしまさか本当に出てくるとは思わずびっくり。

子供役で花澤香奈や佐倉綾音といった方々が出演されていて、
前作の悠木碧を思い出す感。
花澤香奈で『言の葉の庭』と繋がった感あったけど、
まさか娘設定かと思ったけど年代的にそれはなさそう。
そういう意味では旧作を知ってる人に、
少女というのを注目してほしいという観点もあるのかなと思えたな。
とりあえず保留事項。

帆高、須賀、夏美の生活を擬似家族的に描かれているのがやや気になる感。
帆高は頼れるところは探してはいても両親を探していたわけではなく、
陽菜も親を求める感じではないのがちょっと気になったかな。
大人は徹底して自分たちを切り裂くものとして触れられている感じで、
須賀や夏美の役回りは子供から引き離された親という感じなので、
ちょうど互いが喪失を埋める感じになっていたのかな。
夏美についてはちょっと違うけどそこは読みきれてない感じ。

陽菜が了承済みとは言え水商売に走るのを止めるのはよくやった感があったな。
ここで最初の弾丸が放たれて女の子を救うための力となり、
すぐにそれを捨てたのでちょっとホッとさせられました。
予告で過剰に反応していたのでここで終わってくれてよかったというか。
ただそこに銃があるということは誰かに拾われてそれを利用される可能性がある。
そういう巡り合わせが帆高を追い詰めるのかなとも思っていたんですが、
そこにソレが「ある」という意識が最後に力を与えたというのはちょっとグッと来ましたね。
本当にどうしようもない状況、力もない、
しかしそこにある力の象徴がどれだけ彼を救ったか。
『君の名は』の変電所の爆破と今回の銃に一体どれだけの違いがあるのか。
自分は最後まで銃は出すべきではなかったと思っていますが、
今作ははみ出し者の少年少女の行く末という感があったので、
それもやむなしか、という意識で見ていたなという感。
監督はこういった批判は折込済みだと思うのでそれを一様に批判してもあまり意味は感じないかな。

しかし陽菜が年上だというのも意外で最初ビックリしましたね。
考えてみれば気づいていなかったけどマックでバイトしていたしまあそうなのかと。
まあまたまんまと騙されたわけですが、
途中までは年上属性わかるわーとかキモイこと考えてみてしまっていたな。
中学生と分かったときは唖然としましたが、まあそうだろうなというのも思ったかな。

陽菜が雨を晴らす辺り、
太陽を見せる象徴的なカットと青空の下にいる2人という太陽を見せないカットは、
太陽を見せるカットと何となく連続感に欠ける気がしたな。
陽菜が太陽の光を遮る様に手を伸ばすのを何度も挿入されるのも気になる。
キービジュアルにもなっているので、何かしら意図を持ったカット郡だと思いつつも、
ここも明確なものを読みきれなかったかな。
こじ付けはできそうだけどもうだいぶ忘れたので拾うにはもう一度見る必要があるように思える。

陽菜の家に行ったあたり、料理をする陽菜が気になる感。
料理してるところが今作だと何回か出てきますが、
どのシーンも切断を強調するようなカットが多い気がしたんですよね。
ハサミでチョキチョキやるの新鮮でグッとくるけども、みたいな。
空を見せるカットや陽菜が太陽に手を伸ばすカット、
その他カットに比べればそう繰り返し見せてはいないかもしれませんが、
包丁を入れる、ハサミで切るがやたら気になる印象だったなぁと。

天気を晴らす事業で乗りに乗って六本木ヒルズまで行くの、
正に今をときめく若者感あるなという感。
しかしそんなに都内の人間幸せにしてどうするのか、みたいなのは感じたな。

例の場所で陽菜が消えそうになるからの一連から、
警察、人柱、児童相談所など本来なら多くの人を救ったであろうものから逃げ続けていて、
この本道から外れた少年少女の切実さに徹底的にアプローチしていてグッときたな。
『君の名は』の美しさの1つに彗星がありましたが、
そこから分かたれた彗星、隕石となってしまった少年少女のが『天気の子』という気がしたな。
彗星の分裂を止める手立てがないように、
彼らが道を踏み外すのもまた必然だった。
そういう描かれ方だったように思います。

真夏に雪が降る都内。
ラブホに泊まる3人。
当然通報されるも、そのときに既に陽菜の姿はなく、
都内は陽炎に包まれたように白くとび、
本来であれば鮮やかな世界が光によって色を失ったかのような日差しが印象的でした。
この光を陽菜は恐れていたのかもしれないな、とも思ったり。
しかし雷を操りだすと一気に神の力をふるう感じが出てくるなという感。

須賀が最後に帆高につくの、やはり陽菜ともにいたいという願いが、
子供の願いと同じような願いを持つことに対する反発なのかなという気がする。
対比の結果として大人の役割をこなすことを余儀なくされる、みたいな。
帆高と同じではない、自分は子供ではないという子供がいる親の思考というか。
大切なものの順番を入れ替えられない、という気になる台詞がありましたが、
一番大切なものをわかっているというのが背中を押す格好だったのかもしれませんが、
だいぶ忘れてしまったので見返すときは気にしたいところかな。

グランドエスケープ。
最後に帆高が陽菜は予告と意味合いが全然違っていて、そっちに振れた感が凄かったな。
この一連、劇場内のトラブルで集中して見れなかったのでここをちゃんと見るためにまた見たい。
帆高が雲を抜けて落ちていくあたりは『君の名は』の彗星の落下のまんまという感じで、
やはり意味合い的には隕石なんだなと思ったな。
予告では多くの人に晴れを届ける形で「グランドエスケープ」が流れていましたが、
ここでは帆高の願いを後押しする形で流れていて、その反転にグッときたな。

監督のインタビューで曲が5曲あることは知っていたので、
鑑賞中は今が何曲目か数えていて、予告の曲が最後だなと思ったところで流れて、
肯定感の力強い感じでグッときましたね。
TVで久々に『君の名は』を見たときに最後に隕石が落ちてくる辺りの曲に凄くグッときていて、
こんなにグッとくる感じだったのかと感動したので、
今作も終盤の曲がグッとくる形で嬉しかったな。

雨が降って水没した東京などは正に糸守だなという感じでしたが、
例の場所で陽菜を見つけたところでまたグッとくる感。
こういう肯定感はやっぱ好きだなと思えたかな。
まだ陽菜が祈るような格好をとっているところにはまた思うところがありますが、
いい加減長くなってきたのでまた見返したら感想書こうかなと思います。

きみと、波にのれたら を語る
2019.06.30 [Sun] 22:00

イオンシネマ天童で見てきました。
田舎におけるイオンの偉大さを感じました。
もう最終の時間帯での鑑賞だったためか客は自分1人だけで、
なんだか落ち着かない感じもしましたが新鮮な体験ができたかなという感じでした。

以下ネタバレ感想。


見る前の予告から死んでしまう恋人がドライブ中に余所見をしているのが気になっていて、
安全意識低すぎて死んじゃうのかなぁとか色々想像していたんですが、
彼にとって真っ直ぐな道は脅威ではないっていうことの現れなのかなと思った、かなぁ。
波という複雑な動きをするものが、彼にとっては不吉なものだったんだろうな、みたいな。

波に乗っているヒーローを見つつも、自分は最初はその道には進まない。
以前からの夢はあっても、ヒーローへの憧れから人を助ける職業に。
物語で感じる歪さは、彼の真っ直ぐさに繋がる描写だったのかなと。

最初に絵作り的に感じたのが予告のドライブと火事での出会いのシーンかな。
主人公は階段を駆け上がる、後輩も階段をのぼる、
でも彼ははしごを伸ばして一気にくる。
2人のように過程を踏むのではなくすっ飛ばしてくるのが後輩との対比にもなっていて気になった。

恋人が最後に主人公たちを助けるところも直線的に天に向かうだけで、
波に乗る主人公が自分の力で助かる側面もあったので、
人を助けるというのもこうした直線的な形だけで、あとは他の人がカバーしていたのかなとも思えたり。
後輩との別れのとこはマスクの光の反射で後輩泣いているのかな、
という風に見れたのが印象的だったかな。

主人公が凄く可愛いかったので、
ケモノヅメ的なイメージでセックス祭りをやるのかと覚悟をしてましたがそんなことはなかったですね。
行為の絵は完全な対面ではない絵でもあったので、そのズレも気になったかな。
あと主人公が左手で食事をしだしたりとか、そういう複雑なことをやってしまうのとか、
あれも一種の対比でもあったのかな。

主人公の服のはだけ方だったり光で服が透けて体のラインが見える感じだったり、
エロスは意識させてくれるけど爽やかな絵で見ていて見ていて気持ちが良かったな。

しかし主人公、冒頭の大量のダンボールに始まりイルカのアレを街中で連れまわしたり、
やっている絵面が抱き枕を抱えて街を歩くオタクみたいな印象と変わらなくて、
そこが見ていて途中ちょっとつらくも感じた。
倒錯はしていない健全さがあるのに、はたから見たらそう見える辛さ、みたいな。

徐々に恋人の死から立ち直ろうとしてライフセイバーになろうとする一連で、
人工呼吸の練習が描かれていて、プロメアと繋がったなと勝手に思いつつ、
口を合わせることへの抵抗感に触れるのかなと思っていたら、
恋人の死に様を思い出して逃げ出してしまうというのが、
正に今色々なことから逃げることを再認識させられている印象でした。
恋人の死というトラウマが人工呼吸にまつわる全ての問題を、
主人公の中で克服することができないというのを明確な死のイメージで描かれていて、
こういう触れ方もあるのかと驚かされたというか。

恋人妹が可愛くて、これは妹可愛いで盛り上がる作品だと思ったら正にそういう反応ありありで。
その妹を助ける形、そして助けられる形で主人公がトラウマを克服して恋人が離れていくのを見て、
彼が自分の役目を終えたと感じたっぽいのも印象的かな。
自分じゃない誰か、しかしその相手は自分の血を分けた兄妹で主人公と同性、
というのは気になる形でもあったけど、物語中は主人公と恋人の関係で結んでいて、
他者を入れない感じだったのは逆にもやもやするけども綺麗だったかな。

最後に一緒に波に乗るのかなと思ったんですが、
主人公の軽快な動きで締めくくられていて、
これが一番求められていたもの、彼女の生きていく姿なんだと思ってそこでグッと来たな。

あとスマホを合わせてイルカの絵を作るとか、
本人たちには見えないものをこちらに見せるなど、
ああいう繋がり感を意識した絵を躊躇なくやれるところも湯浅演出だと感じるかな。
喫茶店での描写や歌についてはあまり見ることができなかった感。
その辺旧作を踏まえつつ見たいところでもあるかな。

湯浅監督も最近は多作ですが、
今作はかなり楽しみにしていた1作だったので、
見ることができて良かったです。

海獣の子供 を語る
2019.06.24 [Mon] 00:00

以下ネタバレ感想。



わかりづらい作品だと聞いていたけれど、
導入はまだ全然わかる話で全編わけわからないものを見せられるかも、
と身構えている人はも気楽に考えていいと思ったかな。
原作からかなりそぎ落とした話らしいですが、
分かる人は分かる作品として物語でも触れられている気がしたな。

特に琉花が空と出会うところなんかは示唆的。
波打ち際が教えてくれると言ってるけど、
互いの存在を海を通して2人は知っているわけで、
海の存在に近そうな人間を互いにそうだと認識するのはそう難しくないわけで。
自然が教えてくれたんじゃなくて、事前に知っていた。
そこには神秘性も何もなくて、単に事前情報に当たっているかそうでないかの違いしかない。
波の音に仮託されているのはそうした前提情報であり、
この物語の原作の位置づけもそのようなものだと言われている感があり。
単に知っているか知らないだけかの違い。
波の音だって何を言っているかわからなければ、音を聞いたって何も分からない。
何も分からないことはこの作品においてその程度の話でしかない。
宇宙がどんなものなのかなんて、誰にも分からないし。

今作は波打ち際に代表されるような境界にちょっと意識が向くかな。
琉花の学校のトーテムポールとか、水族館のバックヤード、
水族館のガラスやキャラクター同士の境界などなど、
神秘と日常の境目なんかを結構意識されているのかなという気がしたな。
最後に傷つけた少女と再会するのも、
琉花が学校という場から逃げてきて、その道を戻ろうとした時という形だったので、
神秘的な海と空の体験から日常に何を持っていくか。
そういうのが問われるラストだったように思えた。
世界の真実に触れたとき、それは日常にどのように作用するのか。

水中の描写は凄まじかったですね。
生々しく描かれていて、ジンベイザメの群れでもちょっとした恐怖心が見ていてあったな。
ジョーズに代表されるような、海洋生物への恐怖心を煽られるような印象。
クジラの歌に代表されるような神秘性などを含め、
人が踏み入れられない場所にいる人智を超えた存在としての自然の代表として、
そういった生命を印象付けられている感があったなと。
海の生物もまた君を見ているという目の見せ方もなかなか。
水族館でああいうのやられたら二度と足を向けられないなと思ったり。

隕石のかけらを体内に入れ、さらにクジラの体内へとマトリョーシカ的に入って、
クジラの歌により祭りが始まるという一連の流れがまた神秘的。
歌により隕石が反応して子宮から宇宙が生まれる、
宇宙が書き換わっていくような体験はちょっとまどマギを思い出す感じ。
隕石のかけらが海にとっては人魂というのが示唆的で、
宇宙が広がりを見せる中で人魂を琉花から取り上げようとする海は、
その人魂が必要な誰か、すなわち己だったのかなと思えたり。
神秘的な隕石のかけらは自身の中に帰ったことで神秘性を失って自壊した、みたいな。
子宮を持たない男子に移ったことで宇宙創生とはならなかったとか、
そういう風に見てもいいのかもしれないけど、
個人的に子宮信仰って自然すぎて不自然に思えるのよな。

新しい宇宙へと旅立つ感じなんかでイデオンやエヴァを連想する人もいるかもしれないけど、
そこはやはり絵の素晴らしさでもって他の追随を許していない作品だったと思います。
そういう意味でやはり劇場で体験したい作品という印象でした。

最後のへその緒切りが自分の中で定まらない感じだったけど、
ひとつであったものが分けられること、決してひとつに戻らないことへことだったのかな。
宇宙もまた孤独であるような。

リュウグウノツカイと一緒に打ち上げられていた海はつまり、とか、
色々と連想される箇所がいくつもあったような印象。
他にもいろいろ思うところも畏怖するところもあったように思いましたがちょっと思い出せず。
まだ上映しているうちにまた見たい一作なんですが、
現在長期出張中で上映してる映画館が遠いのが辛い。

海洋アニメって言うと自分の中では七つの海のティコが残ってる感じでしたが、
またひとつ作品が増えたかなという感じ。

そういえば、最近上映された映画を見ると
原、渡辺、湯浅とシンエイ系の方の作品がずらっと並ぶ格好でしたね。
久々にマインドゲームや緑の巨人伝あたりを見返してみたいところです。

青春ブタ野郎はゆめみる少女の夢を見ない を語る
2019.06.20 [Thu] 00:00

以下ネタバレ感想。


TVシリーズは思春期症候群が涼宮ハルヒシリーズ対する揶揄なのかな、
みたいに思えてあまりいいイメージを持ってなかったのでそんなにのめりこんでみる感じでもなく。
ただ今作はあくまでシリーズの続き物という形でそことは切り離して鑑賞できたかなという感。

結局少女が自分の力で助かってしまう話なんだなという印象で、
その因果をどのように見るかが重要なのだと思うのですが、
個人的に提示されていると思えたのは過去に飛んだ際に主人公を見つけた後輩とのやり取り。

絶対的な窮地の中であの瞬間、主人公は確かに救われたはずなんですが、
後輩への感謝の念はあるにせよ、
そこにそれ以上のものが芽生えないのが個人的な引っかかりで。
なぜ見えたのか、という問いへの答えは自明だとも思いますが、
それは思いの一方通行が印象付けられているようで。
そしてそことの対比がラスト、またはヒロインとの出会いになるのかなという印象。

少女が自分の力で助かってるように見えますが、
そこには誰かの力添えが不可欠で、その相手に気づかれる、
過去の因果がきちんと活きることが描かれている。
気づくこと、相手の存在を認識することが大事で、
主人公にとっては切り捨てた少女が生きていること、
少女から見れば切り離した過去から因果が巡り、相手もその因果を共有していること、
そういう双方向性により、物語に意味を見出している。

ただその中で双方向でない関係、後輩やヒロインの妹が決め手になるのは、
どう見ればいいんだろうか、というのが個人的な引っかかり。
主人公やヒロイン助力だけでなく少女からは見えていない相手に助けられる格好なので、
後輩たちには何らかの描写がほしかったように思えたなというか。
パーツ的な扱いがやや気にかかる感じ。

アニメ雑記 2019/6/19 を語る
2019.06.19 [Wed] 00:00

日曜にT・ジョイ 新潟万代でアニメ映画を見てきました。
行ったら既にあおぶたの特典やパンフレットの販売が終わっていて、
新潟県人あおぶた好きなんだなーと思いました。
一番大きいスクリーン1で朝からイリヤ、ガルパンを見て、
その流れで別箱であおぶたが見れたので、始まった映画を一気に見れるような時間調整がされていて、
とにかく1日で全部見ないと勢に優しい映画館だなと思ったり。
時間を置いて海獣の子供も鑑賞し、かなり疲れましたが劇場で見れて良かったです。

以下ネタバレ感想。


●Fate/Kaleid liner Prisma☆Illya プリズマ☆ファンタズム
まあ普通にカーニバルファンタズムのプリズマイリヤ版という感じですが、
型月作品大集合のカニファン対して作品内で完結しているためクロスオーバーに乏しかったかな。
ギャグも慎二と言峰押しがややきつく、キャラをダラダラ見るだけ、
次回への繋ぎ感が強いのがちょっと残念でした。

徹子の部屋のパロディの桜のやつ、背景の窓が全てステンドグラスで、
そこは大沼さんっぽくてちょっと面白かったかな。
あとZEROの時臣のアレを言峰でやるところも意外でちょっと笑えました。

最後にまだ続ける格好が出てきていたので楽しみ。
どこまでやるかはわかりませんが、エフェクト祭りにもってこいな原作なので、
1期や2期くらいの熱量のある画面を期待したいですがどうなるのかな。


●ガールズ&パンツァー最終章 2話
期待値はそんなに高くなかったんですが、まだまだやれるということを見せられた印象だったな。
劇場版を彷彿とさせられるBGMの使い方でお馴染みの学校を印象的に扱いつつ、
BC自由学園など新規の学校の掘り下げもされていて面白かったです。
一回り成長して大洗に挑む知波単学園を含め、
劇場版からの流れをかなり意識した話数だったんじゃないかと思います。
個人的に主観ショットの多用と各校がよく歌うのが気になったかな。

あと戦車から身を乗り出してのアクションが目立つカットがちらほら。
BC隊長のマリーの前転や、知波単の戦車が沼地が抜け出そうするところでの回転とか、
回転を意識したアクションが気になる感じ。

あとやはり丁寧な作品だなという印象も強いですね。
キャラ作画も崩れないし動きに違和感もない。動画で溶けるみたいな印象がない。
戦車に乗ってる際の微振動とカメラぶれ、SEのマッチ感が作る臨場感など、
改めてよくできている作品だなぁと思わせられます。
特に微振動はどういう指定でこれカメラ揺らしてるんだろうなと改めて気になってくる感じ。

BC自由学園は隊長車両、つまりはフラッグ車のみで相手を討ち取ろうとするところ、
大洗を見てきた知波単と大洗の戦い方を相手に意識させるようにして、
なお大洗がその上を行くような構成だったのがまたグッと来る感。
BCの隊長さんが好印象なのも、そういうところからきてるのかなという感。

劇場版のあとの延長戦という意識が吹っ飛ぶ話数で、
これからに期待がさらに乗ってくる話数でした。
また次回を見るのが楽しみです。


あおぶたと海獣はまた次に。

プロメア を語る
2019.05.26 [Sun] 13:00

見てきました。
久々の今石監督作ということで楽しみな一作でした。
以下ネタバレ感想。



今作はコンビニで宣伝を聞いていて、
また檜山修之が出るんだと知って、脇役の声優は結構固定の方が多いように思えたな。
メインキャラは芸能人で脇はいつもの声優でって棲み分けで、
今石×中島かずきカラーが出ていたように思えたな。
あとヒロインとその姉の佐倉綾音、小清水亜美のキャラが可愛くて好みな感じだった。

最初に▲記号でバーニッシュの出現を描いて記号的なところで攻めていくっていうのをまず描いていて、
映像的に古臭く描くことで過去の出来事として描いていましたが、
そういった記号画面が続くところに今までとは違った知的な部分を意識してしまうところだったかな。
四角い窓ガラスが強調される記号的なビル群を最初にじっくり見せたり、
ハイテンションさが売りの今石作品からしたらずいぶんと不穏さ強調される導入だなと感じた。

バーニングレスキュー登場シーンを見ていて、
個人的には勇者シリーズの系統を思い出してしまったな。
AIロボなんかはいないんだけど、相手を倒すのではなく救う、
火を消すというのが新鮮だったからかもしれない。
煙を散らせる辺りで赤と青のサイレンが強調されていて、
思わずガオガイガーの超竜神を思い出してしまったり。
イレイザーヘッド的な考え方なのかな、みたいな。
後半出てくるメカの悪顔や赤と青の強調、
敵側の武器ではなく工具的、工事用メカのギミックもそれっぽくて、
個人的に今石さんはどこかガガガフォロワー的な一端があるように思えて、
そういうところが個人的にグッとくるところだった。
まあ今石作品のパロディ群の1つには過ぎないとも思うし、
意識されているかはわからないけど、檜山修之さん起用はやはり自分は嬉しいので。
マトイも組み替えればマイト、つまりマイトガイン⁉くらい序盤は頭が熱暴走してました。

消防隊というのはこれからアニメ化されてくる作品群の中では先手を打ったもののように思えて、
そこから辺も意識しときたいかなぁとも思った。
湯浅監督の作品やCMでやってるソウルイーターの作者のアレとか。

個人的にレスキュー物の描写として気になったのが人工呼吸ならぬ人口移し火?かな。
ガロがリオの仲間の死に掛けのバーニッシュを救うのに救命行為を行うことを申し立てるけど、
それをリオが拒否してバーニッシュにしかできない口移しでの炎の移植を行って救おうとするけど、
その姿が恋人への口付けのように、リオにとっての大事な人へのもののように行われるのがまず気になった。
ガロが人のためにそういうことをしたいと申し出たのがレスキュー隊の心情としていいなと思えたし、
リオによる救命処置がバーニッシュの特性を描く上でも重要な儀式だとも感じたので。
ただリオと少女の関係に焦点を置くような印象が拭い去れないのがどこか厭らしく感じてしまった。
リオはバーニッシュならば誰にでもそうするのだろうと思いつつも。

それを念頭に置いて後半、
絶体絶命のリオに対しガロが同じことを行う。
リオから貰った炎を返す形で行われるそれは腐女子をキャーキャー言わすには持って来いのシーンでしたが、
救命処置してのシーンより、ガロ×リオのシーンとして見てしまうのは、
リオが少女に行った行為に関してそのような目で見てしまっていたからかなという気がするよね。
ただあのシーンを思い出すとガロは救命処置をすることに躊躇いがあるキャラのように描かれていなかったので、
ガロにそういう観点はなく、あくまでリオを救う手段として試したという形っぽいのですが、
どうしても間にリオと少女の関係を挟むので頭をよぎってしまうんですよね。

自分的に救命処置についてそういう視点を介在して欲しくなったというのがまず念頭にあって、
見方によってそれが肯定される要素にモヤモヤさせられてしまう感じ。
ただガロが少女に救命処置をして相手を死なせてしまったら、ガロは自分を責めてしまうのではないか、
というようにも思えて、あえてガロの掬い上げようとする命には死者を出さず、
リオに背負わせて、それをガロが救う形にしたのがあのシーンなのかなとか。
色々考えてしまいますね。

凍った湖の上でヒロインとのやり取りも印象的だったな。
氷の上でスケートやるように滑るのと光と影を出たり入ったりとか。
グレンラガンの1話の夜と夕日の狭間に飛び出すシーンを思い出すシーンでしたね。
今石さんやっぱああいう狭間の絵が好きなのかなと印象的でした。

ヒロインとヒロイン姉とのシーンも夕景で、
カメラ位置を逆転させてビルの外から見せていたのを中から見せて、
舞台的に夕日を見せているのが印象的だったなと。
姉の妹を思うシーンとして、ちょっとした黄昏感がある印象が引っかかる感じかな。
この辺は誤読かも。

流れとしては前半冒頭のバーニングレスキューのアクションが印象的だった分、
後半まで長いアクションがシーンがないので、割と世界観の説明に尺を使っていた印象。
今石作品にありがちな頭空っぽにして楽しめる痛快娯楽作品みたいに考えていると、
ちょっと違う印象がする印象。
ただ映画の尺的に脱線できないので遊び的な話は少なく、
一直線な作品だった印象。

炎使いはどうやってもかっこ良くなるんだよ!
という意識で見ていたので炎使いのリオよりガロが印象的に映るのは新鮮だったな。
最終的に敵もバーニッシュだったということがわかるので、
火消魂の方が熱いをそのままいった感じ。

アクションシーンは色々なアイディアが入っていて見ていて楽しいシーンが多かったですね。
炎使いならやはり火炎龍ということで割と長尺で火炎龍を描いていたのが新鮮だったな。
怒りに任せた炎というのはこちらも入っていきやすいのでより印象的でした。

個人的に読み切れてなかったのがガロの心情かな。
憧れの人の裏切りはガロの誇りに関して影を落とす部分のはずだけれども、
それをどう克服したかを見落としてしまったなと。
ガロがリオの誇りを、バーニッシュを守ろうとしたことが記憶にあるので、
ガロはどうだったかと思うと覚えてないみたいな。

見どころが多いのでもう1回見たい気もするんですが、
やや尺が長めの作品なのと見る場所的に映画館行くの面倒だなというのもあるので、
ディスクになってから補完という形になるかな。

今石作品はTVシリーズだと楽しいけど終わった後の虚しさみたいなのをよく感じたので、
映画の尺でこれはああいうドラマだったのかな、
みたいな個人的に思いを馳せられる作品だったのが印象的な作品だったかなという感じでした。
P R


(06年/7/31設置)

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