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今年も、あと・・・・ / 2008年12月30日(火)
大変、お久しぶりです

れお姉ママの体調不良と
これまた、の体調不良で
1ヶ月ほど、
ご無沙汰してしまいました

    

今年も、残すこと

あと、24時間ちょっと

去年に引き続き

色々とあった、2008年

てっくんの、

ジステンバーの感染

そして、

りゅうちんの

自己免疫介在性溶血性貧血

これで、終わるはずでしたが・・・・・

実は、

れお父さんが・・・・

僧房弁閉鎖不全症を発症してしまいました

まだ、6段階の1か2程なので

食事療法、お薬で

進行を少しでも遅らせるよう

頑張って行きたいと

思っています


本年は、沢山の方々の

りゅうちん、てっくんへの

頑張れの応援コールで

れお姉ママ、

どんなに心強かったことか

本当にありがとうございました    

来年も、トラブル続きの

れおファミリーと、れお姉ママですが

どうか、今年同様、

よろしくお願いいたします

みなさま、よいお年をお迎えください


>

 
Posted at 23:26 / その他 / この記事のURL
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日本って・・・・ / 2008年11月09日(日)
◆トルコ船エルトゥールル号の遭難
明治23年9月16日和歌山県南端の大島で起きたトルコ船の遭難、
大島の住民の命がけの救出で助かった69名のトルコの人々、
今でもトルコの人々の間に語り告がれるエルトゥールル号遭難、
日本とトルコの友情のお話です。

--------------------------------------------------------------------------------

和歌山県南端に大島とうい島がある。
明治23年9月16日の夜、台風が大島を襲った。
 猛烈な風雨と激しい波が断崖を打ち、海は荒れ狂っていた。
台風で進退の自由を失った大きな一艘の軍艦、
全長約76メートルもあるその木造船が、
島の灯台の方に押し流されてきた。
灯台のある断崖の下は岩が乱立している。
遭難した船は真っ二つに割れ、
機関に海水が入り大爆発を起こした。
真っ暗な荒れ狂う海に乗組員全員が;海に放り出され、
波にさらわれ岩にたたきつけられた。
一人の水兵が、大波にさらわれて、
岩にぶつかり岩場に打ち上げられた。
意識を失なったが意識がもどると真っ暗な中に、
灯台の光が見えた、残った力をふりしぼり
40メートルほどの崖をよじ登り、
ようやく灯台にたどり着いた。
灯台守は、遭難したことはすぐに推測できた。
国など尋ねるが言葉が通じない。「万国信号音」を見せて、
トルコ人で船はトルコの軍艦であることや、
多くの乗組員が海に投げ出されたことがわかった。
傷ついた水兵に応急手当てをし、
遭難した人を救うには人手が要ると、灯台から一番近い、
樫野の村に夜道を駆けた。
当時、この村には約50軒の家があった。
船が遭難したとの知らせを聞いた人たちは、総出で岩場に下りた。
空が白んでくると、
海面にはおびただしい船の破片といくつもの遺体が見える。
むごく壮絶な光景であった。
「異国で無残な死」を思い、村人たちは、
「一人でも多くの人を救いたい」と思ったのでした。
浮かぶ船員を急ぎ引き上げるとまだ息がある!、
だが触ってみると、冷たくなって体温を感じない
村の男たちは、
裸になって、乗組員を抱き自分の体温で彼らを温めはじめた。
「生きるんだ!」と悲痛な思いで、
村の男たちは、我を忘れて温めていた。
次々に乗組員の意識がもどった。
しかし、乗組員は600人余り、
助かった人はわずか69名だったのです。
この船の名がエルトゥールル号であった。

救助された人々は、その島のお寺と小学校に収容されました。
当時は、電気や電話などはもちろんなく、
井戸もなく、雨水を利用していた
貧しい生活で充分な食料もない。
非常食の備えとして”にわとり”をかっていた。
貧しい山村に69名もの外国人が収容されたため、
台風で漁ができず、
ついに食料が尽きた。
もう食べさせてあげるものがない。
にわとりが残っていが、
これを食させてしまったら自分たちの食べるものがなくなる。
しかし村の人々は最後に残ったにわとりを料理し食べさせた。
こうして、トルコの人たちは、一命を救われたのだった。
大島の人たちは、引き上げた遺体を丁重に葬り、
異国の地での死を悼んだ。
このエルトゥールル号の遭難の報は、
和歌山県知事から明治天皇に言上され。
明治天皇は、即刻、医者、看護婦などの派遣をされ、
礼を尽くして生存者を軍艦「比叡」「金剛」に乗せて、
トルコに送還なさいました。
このことは、日本中に大きな感動を与え
日本全国から弔慰金が寄せられ、
トルコの遭難者の家族に届けられたのだった・・・。

  日本ではこの話は忘れられていたが、
トルコでは学校でも教えられ、
トルコの人々は忘れていなかった。
イラン・イラク戦争の時、
1985年3月17日、イラクのサダム・フセインが、
「今から48時間後には、
イラン上空を飛ぶすべて の航空機を撃ち落とす」と、
航空管制を宣言した。
まだ多くの日本人がイランに住んでいた。
商社の家族や在住の人々が、急ぎテヘラン空港に向かったが、
どの飛行機も満席で乗ることができなかった。
世界各国は自国の救援機を出して、救出していたのだが
日本政府は素早い決定がでず、
空港にいる日本人はパニック状態になっていた・・・。
だがそこに、2機の飛行機が飛来してきた、
トルコ航空の飛行機であった。
日本人250名全員を乗せて、
成田に向けて飛び立ってくれたのだった。

タイムリミットの約1時間前であった。

なぜ、トルコ航空機が助けに来てくれたのか、
日本政府もマスコミも分からなかった・・。

トルコ側から
「エルトゥールル号の事故で
日本人がしてくださった献身的な救助活動を
トルコでは
子どもたちさえ知っています。
それで、テヘランで困っている日本人を助けようと、
トルコ航空機が飛んだのです」と伝えられのでした。


このような事があったなんて
れお姉ママ、恥ずかしいですけど
知りませんでした

日本は、これでいいのでしょうか



 
Posted at 19:01 / その他 / この記事のURL
コメント(0)
こんばんわ〜 / 2008年09月04日(木)
こんばんわ〜

すっかり、夏バテでオサボリしている間に
9月になってしまいました
みなさん、お元気ですか

我が家は元気ですよ〜



ほ〜ら、みんな

りゅうちんは、お二階でれお姉と居るので
全員集合とはいきませんでしたけどね

てっくんも、ますます元気になってきましたし

りゅうちんも、ご飯も良く食べるし
下痢もしてないし
それより何より、不幸中の幸いとでもいうのか
あんなに、大変なことになっていた皮膚が
嘘のように、すっごくきれいになりました
ステロイドのおかげだと思います

ただ、やっぱり副作用で、
呼吸が速くなってしまったり
お腹が、うそみたいに、大きくなってしまったりは
してるのですが・・・
これも、想定内のことらしいです

そして、明日

1ヶ月ぶりの大学病院です
検査しだいで、こんどこそ
ステロイドが減らせるかもです

発症してから2ヶ月
輸血の副作用も無かったですし
ガンマガードも使わなくて済みましたし
ほんとに、良かった

皆さんの、応援、頑張れの声が
どんなに、れお姉ママ、りゅうちんの
励みになったことか

ほんとに、ほんとに、
ありがとうございました

明日の、良い結果を、
待っていてくださいね

それと、嬉しいことが・・・



三日月さんが
こ〜んなに美味しそうな、マスカット
送ってくださいました

何を隠そう、れお姉ママ、
食べられない果物、いっぱいあります
そして、大好きな、果物
なんと、マスカットなんです

なんで、わかっちゃったのかしら

三日月さん、ありがと〜

美味しく、いただいちゃいましたよ〜





 
Posted at 22:38 / その他 / この記事のURL
コメント(4)
とっても素敵なお話 2 / 2008年08月19日(火)
でも、ある日ちょっとおかしなことが起きたんだ...


おかあさんがお散歩へ行こうって誘ってくれてるのに
ピョンって起きられないんだ...

あれ へんだな 脚が立たないや
一緒に出かけたいのにちからが入らない。
おかあさんを心配させないように がんばらなきゃ...
おひさまをあびに行かなくちゃ...

でも からだがぜんぜんいうことをきかなかった。

おかあさんはボクをだっこして、
いつも行ってるびょういんに連れてってくれたよ。

おじいさんの先生がチクッとかシューとか
いろいろやってくれたけど、
ボク、どうしても立ち上がることができなかった。

おかあさんの目から流れるしょっぱい水なめてあげなきゃいけないのに...
おとうさんと約束したのに...

おかあさんの顔もよく見えなくなってきちゃった。
声も聞こえないや...
ごめんね ボクもうおかあさんのこと守ってあげられないよ。

ボクの大事なおかあさん...
世界で一番大好きなおかあさん...


そしたら遠くから懐かしい声が聞こえてきたんだ


あれっ? おとうさんじゃないかな?
おとうさんの声だよ!

会いたかったお父さんが両手を広げてボクを呼んでるんだ!
ボクはおとうさんに抱きついてペロペロしてちぎれるほど尻尾を振った。

おとうさん! どこに行ってたの?
なんで帰って来なかったの?
おかあさんと心配してたんだよ。

気がつけばボクの言葉はおとうさんに全部通じてたんだ。
ここではおとうさんの言葉もよく分かる。
なんだかとっても頭が良くなった気がする。
さっきまで息をするのも苦しかったのに、
今は身体だってとっても軽いんだ。

でも、辺りを見回すとおかあさんがいないよ。
今までボクをずっと撫でててくれたはずなのに...

そしてボクはおとうさんに言ったんだ。
「おとうさん、いっしょにおかあさんのトコに帰ろう!
 また一緒に3人で暮そうよ」

でも、おとうさんは淋しげに首を振ったんだ。
「セナ、おかあさんが来るまでふたりで待ってような...
 わたしたちからは、もうおかあさんのいるところへは戻れないんだ。」

ボクは信じられなかった。
おかあさんを一人にしておけるわけがないじゃない!
あの淋しがりのおかあさんを一人ぼっちになんて・・・

ボクはおとうさんの手を振りほどいて綿のように柔らかな
地面に飛び降りた。
そしておかあさんの元へと走り出したんだ。

どんだけ走ってもくるしくはなかったけど
どんだけ走っても綿の道はおわらなかった。

ふと気付くと遠くでドーンドーンと道路工事のような
大きな音が聞こえた。
ボクは追いかけて来るおとうさんを待って、
その音の方へ近づいて行ったんだ。
そしたら、大きな機械でガラスケースが次々に飛び出して
いるのがわかった...

「これから生まれる子たちがガラスケースに入れられて
 お母さんたちがいる街へ送られてるんだよ。
 あの子たちだけが、ここから出て行けるんだ...」

おとうさんが教えてくれた。

ずっとその様子を見ていたボクには、いい考えが浮かんできた。
そして一番ボクに似ている子を見つけてお願いしたんだ。

「ねぇキミ、ボクのおかあさんのところへ行ってくれないかな?
 そして、ボクの代わりにおかあさんのしょっぱい水を
 なめてあげて欲しいんだ...」

その子は何も言わずに頷くとガラスケースに入って地上へ降りていった...

おとうさんがからかうように低い声でこう言った。
「セナ、あの子お前よりもお母さんに可愛がられるかもしれないよ」

でもボクはそんなことどうでもいいと思ったんだ。
いつまでも悲しんでいるおかあさんを見たくなんてないもの...

あの子がボクの代わりにおかあさんのしょっぱい水をなめてくれるなら、
おかあさんの顔に笑顔を呼び戻してくれるなら、
ボクのことなんか忘れたってかまわない...

そしてここで待ってるってきめたんだ!
いつかおかあさんが来た時に迷わないように...
まっすぐ走って行ってギュッってしてあげられるように...

そしたらきっとすぐに思い出してくれるよね?



だったらボクは待ってる
この綿の国の入口で


いつまでも

いつまでも



このお話はmixiでウガジンさんという方が書かれたお話です
お許しをいただいてここに載せました
れお姉ママ、涙がポロポロ出てきちゃいました

 
Posted at 20:39 / その他 / この記事のURL
コメント(12)
とっても素敵なお話1 / 2008年08月19日(火)
綿の国の入口で(ある犬のお話)

ボクの名前はセナ
生まれて最初の思い出は、透明なケースに入ってたことかな。

まぶしくて落ち着かないペットショップの
ちいさな暑い部屋のなかでへばってたら、
おとうさんとおかあさんが出してくれたんだ。

紙の箱に入れられて揺られて辿り着いた場所は
涼しくて静かな部屋で
おとうさんとおかあさんは優しく撫でてくれた。

ボクはすぐにおとうさんとおかあさんが大好きになった。
ふたりともいいにおいがして柔らかくて、
大きくて強そうだったんだ。
ふたりといっしょにいればいつも安心していられた。

前におともだちのラムちゃんが、
生まれるってどうゆうことって訊いてきたけど
きっとガラスケースの中から出されるってことなんだろうな
ボクはおとうさんとおかあさんに出してもらったから
生まれたんだよね?

そうしておとうさんとおかあさんにミルクやごはんをもらって
いっぱい遊んでもらって、ボクは大きくなっていったんだよ。
お散歩も行ったし、車で旅行にも連れてってもらったし、
たまにはカフェにも行ってランチも食べさせてもらったんだ。

海にも行ったよ
海って知ってるかな?
すんごく大きくて、砂ばっかりあるんだけど向こうは大きな池で
舐めるとなんでもしょっぱいんだ。

ボクは初めての時はしゃぎすぎて、砂に顔を突っ込んだら
目の中が砂だらけになってムチャクチャ痛かったんだ。
おとうさんが慌てて水で洗ってくれて、それでも取れなかった砂は
おかあさんがなめて取ってくれたっけ。

二度目からはそんな失敗はしなかったよ。
ホントさぁ! 海は気取って歩くものなんだ...

おとうさんは『しごと』ってヤツと毎日戦っているらしくて、
いつも帰ってくると『しごと』のつぶをボクのうつわに入れてくれた。
ときどきは『しごと』があんまり強くって2〜3日帰って来ない日も
あったんだ。
おかあさんは『しゅっちょう』って呼んでた。

出かける前に、おとうさんはいつもこう言うんだ。
「おとうさんがいない間はセナがおかあさんを守るんだよ いいね。」
ボクはいつも約束を忘れなかったよ。
どれほど眠くても耳はしっかり立てて危険がないか注意してた。

『しゅっちょう』に勝って戻ったおとうさんはいつもにも増して
ボクを可愛がってくれたよ。
「ちゃんとおかあさんを守ってくれたんだね ありがとな!」って
いっぱい褒めてくれた。

『しゅっちょう』は行くたびにちがうヤツが相手らしかったけど、
ボクはおとうさんがやっつけてきた『しゅっちょう』をムシャムシャ
食べてやったんだ。
二度とおとうさんを苦しめないようにね...



ところがある日おとうさんが『しゅっちょう』に行ったまま
何日も帰らなかった...

おかあさんは『心配ないからね』ってボクを撫でてくれたけど
こんなに強い『しゅっちょう』は初めてだったから、ボクは心配だった...

それからはおかあさんもボクに留守番させて、
おそくまで帰って来ない日が続いたんだ。
もちろんボクはワガママ言わなかったよ。
おかあさんだって淋しいんだってわかるもん。

でも、それから二度とおとうさんは帰って来なかった...


ボクにはちょっぴり分かってたんだ。
おとうさんは『しゅっちょう』に負けたんじゃないかってね。
多分長い留守番があったあの日におとうさんは『しゅっちょう』に
食べられちゃたんだよ...

おかあさんが今までで一番吠えてた日だ。
あんなおかあさんの遠吠えは生まれてはじめて聞いた。

おかあさんの目からは しょっぱい水がいっぱいあふれてきたよ。
ボクをぎゅっと抱きしめながら
今まで見た事もないくらい
かおをくしゃくしゃにしながら...

ボクはおかあさんの悲しみを消そうと思って
いっぱい いっぱい なめたんだ。
苦かったけど おいしくなかったけど
顔を伝ってくる水を いっぱいなめたんだ。

お父さんの分も おかあさんに笑顔でいてほしかったから
おかあさんの悲しみを消したかったから
つぎからつぎに目から出てくる水を
一滴残らずなめ尽くしたかったんだ。

ボクにできるのはそれくらいだったから...



何日なめ続けただろう...
おかあさんの目からはしょっぱい水は出てこなくなった。
そして、またボクを散歩に連れて行ってくれたり
カフェにランチに連れて行ってくれたりするようになったんだ。

おとうさんが『しごと』をやっつけに行けなくなったので
代わりにおかあさんが『しごと』と戦いに行くことになった。
淋しかったけどボクはおうちで鳴かずに待ってたんだよ。
おかあさんが『しごと』を狩りに行かないと
ボクのご飯も捕まえて来れないんだからね...

ひとりぼっちの時間はふえたけど、
おかあさんは休みの日にはボクのためにいろんなトコに連れてってくれたよ。
一緒に行けるトコだったらどこへだって連れってってくれたんだ。

でもね、ボクはおかあさんと一緒にいられれば どこだって倖せだったのさ。
美味しいご飯よりも、お散歩よりも、おかあさんと1分でも
一緒にいられる時がボクにとっては何よりも嬉しいことだった。


 
Posted at 20:35 / その他 / この記事のURL
コメント(0)
ご無沙汰しています・・・・ / 2008年07月03日(木)
更新できないまま、2ヶ月以上過ぎてしまいました
大変、ご無沙汰している
れお姉ママです

ルンルンの1周忌が近ずくにつれ
体調を壊してしまい・・・

今日にいたってしまいました

実は今、

てっくんが・・・

ジステンバーに感染してしまいました

ことの始まりは

6月18日、夜、
胸の辺が変にピクピクと動き出しました
次の日に朝一で、病院へ行き
レントゲン、血液検査、心電図と
検査しましたが
結果は右心室の肥大と太りすぎしか分かりませんでした
強心剤の処方をしていただいて
ダイエットをするようにと・・・

でも、変な声で泣き出したり
顔の表情が無くなったりと

2日後にまた病院へ行き
大学病院での再検査になりました

多数の血液検査、抗体検査、神経検査をへて

結果、

ジステンバー感染が分かりました

我が家は、みんな、9種のワクチンを接種しているのに・・・・
何故???

信じられない気持ちでいっぱいです

いま、てっくんは
れお姉と、2階で生活しています

この病気、
治すお薬はないそうです

たとえ、どんな麻痺がでようとも
性格がどんなに変わろうとも

てっくんには
私と同じこの世界に生きていてほしいです


ルンルン、てっくんをまもって!!!

 
Posted at 15:14 / その他 / この記事のURL
コメント(2)
就職って・・・ / 2007年12月22日(土)
こんばんわ〜
天気予報どうりの
そして、20度以上の気温
当分、この気温が続けば良いと思っている
れお姉ママです


我が家のれお姉、
ただいま、就職活動中
なかなか、これというのが無い
鹿児島だけなのか、全国的なのか
トリマーさん、条件があまりにも悪いみたい
ほとんど、保険関係が付いてない

就職依頼の来たある
珍しく、保険関係はバッチリついていたけど・・・
研修に行って見たら・・・・
・・・・・・・・・・
そこには行きたくない
と、言うので、理由を聞いてみたら・・
信じられないけど・・・
オシッコを拭いたタオルとトリミングに使ったタオル
一緒にお洗濯しているみたい・・・
凄くショックを受けたみたい
では、オシッコを拭いたりしたタオルは
水洗いの後、漂白して、お洗濯しているらしい
それに、先生、お昼休み中に来た患者さんに
診察時間まで待ってもらっていたのが
凄く、引っかかるみたい・・
『ただ、を見ていただけなのに、の様子くらい
見に行けばいいのに。』
と、言います。
その場に、れお姉ママは居なかったので
なんとも言えないのですが
れお姉いわく

大学からのバイトの先生からも陰でボロクソ言われている先生を、
自分の目でみて、
『やっぱり、ここは無理』
先生が、尊敬できない・・・・

結局、断りました。


ちなみに、れおファミリーのかかりつけの
夜中だろう、お休みの日だろうと、
先生がいる限り、診ていただけています。
幸せです

難しいですね・・・・就職できるかな〜


話は変わって・・



何処に誰がいるかわかるかな〜
なんで、こんなに集まって、ねんねするのかしらね〜

 
Posted at 18:27 / その他 / この記事のURL
コメント(8)
先日、こんなことが・・・ / 2007年11月07日(水)
ここ2,3日は小雨が降ったり、
朝、晩の冷え込みが
チョット、こたえたり
だんだんと、冬に向かって
寒くなってきた鹿児島です


私、実は、大の嫌い
特に、歯医者さんが1番苦手
先日も歯が痛かったのですが・・
あの、匂いと音、とっても苦手
どうしても、歯医者さんには怖くて行けず
ほっぺが腫れてしまいました
この先、どうなるのかな


今、チョット、不思議に思う事があります
というか、少し、怒ってます
それは、先日きたブログのコメント
架空請求はがきについて
フジテレビのばんぐみからの取材依頼ののコメントでした
何かお役に立てるならと思ったのですが・・
何故か少し気になり
会社名も書いてあったので
調べてみました

そしたら・・
その会社はTBS系の会社
フジテレビの番組を制作するなんて
変ですよね

そうなると・・・
何が、したかったんですかね
ただの、嫌がらせ
訳がわかりません


気分を変えて



この写真生後23日めのりゅうちんとめめちゃん
この頃から、もう、お耳のお掃除してくれてるのね
なつかしいな〜〜

 
Posted at 11:08 / その他 / この記事のURL
コメント(6)
ひとりごと・・・ / 2007年10月30日(火)

昨日でルンルンの姿が見えなくなって 6ヶ月
毎月、毎月
29日に近くなると
心がとても苦しくなります
どうしようもなく、涙があふれでます
走馬灯のようにあの日が
グルグルと頭の中で映像となって
テレビを見ていても見てないし
お話していて、ちゃんと受け答えはしてるけど
何を話したかなんて憶えてない
いつも考えてるのは・・・
どうして気が付かなかったんだろう
あれだけ何時も一緒にいて
私なりにみんなを観察してたのに・・
何で解らなかったんだろう
どうしてだろう
あんなに若かったのに・・
もっと もっと 
今でも一緒にいられたかも知れないのに
ううん、一緒にいられたはず
大好きな健康の森公園へお散歩に行けたのに・・
本当に後悔しかない
ルンルンが可愛そうでしかたがない
れおにも、てつ、めい、りゅう、りんにも・・・・




れお姉ママのひとりごとです

 
Posted at 16:32 / その他 / この記事のURL
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ありがとうね☆・・ / 2007年10月19日(金)
久しぶりにお昼前から
朝晩の冷え込みがチョットこたえてきた
今日の鹿児島です


昨日、また、また、
エンジンがかからなくなってしまいました
それも、ダイエーの駐車場で・・・
困ったれお姉
半べそ声で


パパはに居たのですが
しっかりと、
私はパパのでは近所しか走れない
う〜ん・・・・
どうしよう

そうだれお兄だ

急いで駆けつけてくれて
エンジンキーをまわすと・・

何と、かかった
れお兄とはそのまま
そのまま無事にへ帰れるはずだった・・・

でも、やっぱり、心配になった、れお兄
駐車場を出たところでもう一度を見てみると
れお姉、れお兄のの後ろに・・
慌てて降りてきた、れお兄

遅かった・・・・

エンジンを見るといわれたれお姉

なんと、エンジン、切ってしまった・・・

もちろん、もう、かかりません・・ハア・・・・

そして、れお兄、バッテリーを買いに走り、交換するはめに・・・

この間、かからなかったときに、
交換しておけばよかった・・・

でも、久しぶりに実家へ来たれお兄

の喜びよう
いうまでもありません

ありがとうれお兄



その角度、首、いたくないの
ねえ、れお君

 
Posted at 13:32 / その他 / この記事のURL
コメント(5)
P R
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