2018年10月11日(木) 11時28分
トリートメントの範疇ではないのですが、その時間に自然にヒーリングが起きることがあります。

それは相互の共鳴だったり、タイミングだったり、ハートにその準備ができている時や起きることを許している時などで、起こそうとしておきるものではないわけですが。

わたしはトリートメントの時は手はハートの出先機関だと思っているので、ハートで直接身体に触れています。

わたし自身はとても未熟な人間だけれど、手を使って人に触れていくことを始めた時から、ジャッジしない手であること、その人や、起きていることそのままを受け入れる手であり続けることは、なぜか不思議なのですが、なにも難しいことではなかったのです。

これはわたしのものではなくて恩寵だと思っています。

それは共鳴があると、共に一緒にいる人も思い出します。

概念として知るのではなく、実際に体験するのです。


ジャッジとは、一つの価値基準があって起こるもの。

誰にもあるものなのですが、気付いていないと常に比較して自分を裁くので、時に辛いものです。

それはマインドのほんの一部であって、わたし達を生かしているもっと大きな脈動に触れることができたら自分がそれをはるかに超えた存在であることがわかります。

思考で意識が狭められていることに気付き解き放たれる経験は、タッチを通して身体にじわりと浸透していきます。

それが日常にもじわじわ浸透していきます。

また忘れてしまうこともありますが、何度でも思い出せばいいのだと思います。

それを磨き続けてきた時間が自身の成長を助け続けてくれていたことに気がついてなんだか感謝があふれてきた朝でした。

ホットストーン

2018年09月22日(土) 13時34分
朝晩涼しくなって、過ごしやすくなりましたね。

そのせいか、はじめにお客様の腰や足元に触れると冷たくなっていたりしていることが増えてきました。

なのでそろそろ、ホットストーンを必要なときにちょこっと使えるように温めて常備しておくようにしました。

ホットストーンセラピーの時に使う玄武岩の石は遠赤外線効果もあってじんわりと深部を温める事ができます。

お客様によってそれぞれお好みの施術をしながら、肩甲骨周りの体温調節のツボや、仙骨、足首などにちょっと置いたりしてストーンにわたしの手のサポートをしてもらっています。

本格的に全身のホットストーンセラピーを行えば、体の芯からあたたまり、血行が良くなり代謝も上がるので冷えが気になる方であれば、オイルだけのトリートメントより、何倍かの効果があるかもしれませんね。

頑固なコリなどもじんわりと温めていくので無理なくほぐれていきやすくなります。

温泉から上がったみたいにぽかぽかして、すっきりしたと好評です。

身体は知っている

2018年09月05日(水) 23時06分
身体はあなたにとって今一番必要なことを知っている。

あなたの本当のことを知っている。

わたしはそういうスタンスでボディトリートメントを行っています。

全部外側からのコントロールでやってしまうのではなくて、それよりも自身の内側の感覚を思い出すことによっておこる自己調整の力に委ねるのです。

わたし達の頭の知性や心の知性で行うコントロールは、しばしば身体の知性とは一致しないことがあります。

頭(思考)や心(感情)による、

こうするべきである。

この方がいい、悪い。

など戦略的なコントロールによる日々の選択は、自身の本質と違っている場合に身体のゆがみや痛みや緊張となって身体に現れてくることがあります。

わかっていてあえてそうしたいということもあるかもしれません。

生き方としてそれはそれでありなのだと思うし、それを変えたいとは思いません。


でも本来は頭と心と身体が一緒になっていた方が心地よく生きやすいです。

ホディトリートメントで、頭と心と身体を整えて、満たされたそこから生み出されてくるものはその人の本質的なものに近づいていくような気がします。

そういった時間をあえて持つようにすると、力みが取れて、本来の知性がもっと生かせるようになってくると思います。

そんな習慣が日々をじんわり変えていくのではないかと思います。



錬金術

2018年07月12日(木) 11時19分
5年くらい前にエソテリックマスターにトンレンという行を習ったことがありました。

それは世界中にある黒いタールやヘドロようなネガティブを吸い込んで自分の中に取り込み、それを変容させていくという錬金術みたいな行です。

その時はこれは簡単なことではないから、まずは目の前の身近な人たちに対してやってみるようにといわれました。

アティシャのハート瞑想にも同じ技法があるのですが、普段わたしは人の話を聞く時には、自動的にそれをやっていましたのでトンレンも受け入れやすく、わたしにとってはもっとも役に立つ大切な行となっています。

それは息を吸い込む時に目の前の人の苦しみ、ネガティブを吸い込んで、胸にしみこませ自分のものにするのです。
そしてハートを通して変容させ、息を吐くときには、自分の中にある喜びや至福、祝福に変換して吐き出します。

やってみればわかりますが、苦しみを自分の中に受け入れるとそれは苦しみでなくなり始めます。

受け入れるという技法は簡単ではないかもしれませんが、ネガティブを受け容れた先にしかポジティブはないのですね。


昔にとあるヨガ教室にすこしだけ通ったことがあって、最後に瞑想の時間があってインストラクターの人が誘導しました。

「自分の中のネガティブをすべて吐き出してください。そしてポジディブなものを吸い込んでください。」

いわゆるポジティブ・シンキングな人がよくやっていることです。

みんながポジティブになろうとすればするほど、自分が吐き出したネガティブがどこかに蔓延します。

それをやってみた人はわかるかもしれないけれど、恐らく吐き出しても吐き出しても自分のネガティブはいつまでもなくならならず、どこかのポジディブを奪おうとしても得ることは難しいだろうなと思ったことを覚えています。

わたしがわたしであること

2018年07月10日(火) 12時01分
自分の価値というのは自分ではわかりにくいもの。

誰かとの比較で優れているように見えるものというのは、たいていもっと優れた人が世の中にはいるもの。

また努力して得たものを誇ろうとしても、そういうジャンルにはたいていもっとすごい人がいるものです。

そもそもそういうことじゃないところに自分の価値は存在しているのです。


その人にとっては当たり前すぎて意識もしていないこと。

こちらから見ると隠しきれなくて駄々洩れなのに、本人はわかっていないことが多いです。

それが自分の価値だとは信じられないというか、信じたくないというか。

それもなんだか可愛いというか。

一人一人がユニークな存在であることを許し、自分自身にくつろぎ、自分自身のままでいる。

そんな時間をご一緒しましょう。

好きなことをした身体

2018年06月14日(木) 19時16分
なにか最近はいつの間にか体幹がしっかりしてきたようで、お腹と背筋そして足の太ももやふくらはぎにまあまあの筋肉がついてきましたよ。

わざわざきたえたのではなくて好きなことしてたらいつの間にかそういう身体になりつつあるのが面白いなと思っています。


お客様でも、しばらくぶりにお会いすると身体が変わっていることがあったりします。

お会いするのはサロンという場所ですから、もちろんその人にとってはお疲れになった時なのですけど、それでも身体は案外よい感じになってるという印象があったりすることもあります。

そういう時はその人の人生でなにかがうまくいっていたりしているようです。

そもそも上手くいっていないことなど何ひとつないのですが、自分がどう感じているかの方が身体には出るんじゃないかなと思います。


生命感覚から

2018年04月25日(水) 21時25分
先週末はエソテリックマスターのワークショップに参加していました。

テーマは、生命感覚を発見するというワークプログラムでした。


水平と垂直の交点に触れ続けることの大切さと、水平と垂直をごちゃまぜにしないことの大切さについて伝えられ、垂直の手を開発するという行も扱われました。

そして垂直ごとはわかったと思って言葉にしたら、もう違っているのだということも。

たしかに自分自身の中心軸に気付いていると意識が向かう方向には水平方向と垂直方向があるということがわかります。

心で起きることや悩みのほとんどは水平軸のものですが、トリートメントをしている時の意識は垂直方向に限りなく向かうことを意図しています。


施術者自身が限りなく垂直方向(本質)に向かっていくとそれが相手にも共鳴して、身体の内側にあるざわめきがだんだんと静かになっていきます。

そうすると時には無思考になったり、頭の中の思考と距離ができて外側から思考を眺めるようになります。

はじめのうちはまた戻ってしまっても、慣れてくるとそういう時間が長くなってきます。

また時には、埋もれていた根源的な自己に一瞥することも。


そして垂直だけのきれいごとの世界に埋没するでなく、水平だけのドラマの世界に巻き込まれるでなく

水平の世界にしっかり足をつけたまま垂直の世界を生きていくことができたら、この世界はもっと軽やかに生きやすいと思うのです。




自由が広がる

2018年03月04日(日) 11時42分
今興味深く感じているのは身体の使い方などの運動野でで新たな学びがあると、それに連動して意識が広がるということです。

それは自由の領域が大きくなるということを現していると思います。

普段の身体の動かし方というのは、恐ろしいほど同じパターンの中で生きているというのが実感です。

その状態で自由に動いていいと言われても、自分の認識する可動の世界が狭いと小さな範囲での自由になります。

普段当たり前だと思っている身体の動かし方に気付いて、今までとは違う運動をして行く中であっても、それを繰り返しているうちにそれにも次第に慣れてきたと感じる時があります。

そしたら、また違う動かし方を学んでいく。それを繰り返しているうちにいつの間にか自分の視野が広がってきます。

人の身体には、その身体の持ち主の考え方の癖とか、行動範囲とか定着しています。

そのくらい身体には心が作用しています。

心の癖を何とかしようとすると、迷宮に入ってしまうこともありますが、

それよりもまずは身体に残っている緊張や抵抗を温めて緩めてあげると、それが心にも優しく作用していきます。

身体を大事にする時間を持つことで、得られることはとても多くあるのだと思います。

Tathata タタータのトリートメント

2018年03月02日(金) 10時36分
時々トリートメントの中で自然発生的に起きる時もあれば起きないこともあるのですが、

Tathata タタータのトリートメントという言葉が今、浮かびました。

やってみたい人がいたら、お声かけください。

・・・

あるがままのまなざしで見つめます。

目と目を合わせて、相手のまなざしがあなたに触れるのを許していきましょう。

ジャッジを止めて視線がハートの奥まで浸透するのを許していきます。

時がきて、相手があなたの身体に触れていく時、相手の手のぬくもりや触れあっている境目を感じながらその感触と一つになってみます。

タタータ。

起きる事は起きるし、起きない事は起きない。

在るものは何であれ、在る。

そよ風が何の目的もなく、何の意味もなく来ては離れて行くように、タッチが身体の上を通っていくのを感じて、内側に起こるエネルギーを感じていきましょう。

相手がハートの上に手を置いたとき、自分の心臓の鼓動のリズムに耳を傾け、自分のリズムが相手に触れていることを許していきましょう。

最後にもう一度目を開けて目を合わせて、お互いの存在に敬意と感謝を込めて静かに終わります。

暗闇を照らす

2018年02月20日(火) 12時28分
先日すごく昔の苦い思い出の話を人に聞かれたので話しました。

自分では大部分は消化したと思っていたけれど、まだほんの少し残っているのも知っていました。

そういう時期なんだなと思って、聞かれたのを機会に口にしてみました。

それは扉の奥の冷凍庫にしまい込んであったものを、出して解凍してみたというような感じでした。

直視できなかったダメだった自分、当時はつらかった思い出は、解凍してみると、それにはもうそんなに力はありませんでした。

その経験があったことで、今の自分になったし、意味のある出来事だっただろうなと思えました。

感情ってちゃんと感じると消えていくようになっていますが、

感じても消えない時は、それは自分が持っていたい時っていうのもあるなあと。

それはモチベーションとしても役にたつけど、時期がきたら放したほうが身軽になりますね。

トリートメントを受けている時に感情が解放されやすいのは、感情は身体にたまりやすいからです。

時折、リフレッシュするのって大切だと思います。



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  • アイコン画像 ニックネーム:佐藤 陽子
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