クルッポー

June 04 [Sat], 2011, 19:14


昨晩いろいろあって阿佐ヶ谷にたどり着いた私。

そこには…鳥がいた。



うまくいかねえ人生と仕事の話をきいてもらった。

納得がいくまでやってみればいいんだよと、まるで親のような助言をいただいた。


今の自分は、もう限界なのか、まだやれるのか、そこを計れなくなっている気がする。それはたぶん、毎日仕事の不安と葛藤に苛まれてるからで、息抜きができてないから色々なことが鈍ったままなんだと思う。

さらに今の自分の中を探ると、おいていかれたくないって気持ちのほうが大きい。本来、やりたいことがあったら前向きになれるはずなのに、目標があるにも拘わらずどうしても気持ちが晴れないのはそれが原因だ。

おいていかれたくないからなんとかしなきゃいけないと思っている。

でも、なんかそれって…たとえばそうゆう気持ちでライブ行き続けたらどうなるか?明らかに滅入るでしょうな。

それと同じことなんだよね。

じゃあどうすべきか。

ライブだったらどうしてたか考えた。誰もが昔から何度もぶちあたっては乗り越えてきた問題に置き換えてみたわけだ(笑)


今朝起きた瞬間、ふと、もういいかな、と思った。


執着するのもういいかな。やめようかな。


結論としては、おそらくは私は何にもなれない。それをまず認めようと思う。


で、単純に、環境に左右されないで試験のことだけ考えるわ。試験に合格することだけ。あとは手を抜こう(笑)


問題をごっちゃにしすぎて難しく考えてたけど、道筋たててシンプルに、ひとつずつ片付けてけばなんとかなる…いや、少なくともまとめて負けるのではなく、ひとつずつ順番に負けていったほうが納得いく気がする(笑)

いろんなことが全部同じフィールドにあるからこんがらかってた。


やらなきゃいけないこと

環境が変わること

暗中模索な自分の気持ちと他人の気持ちと見据えてる物事について


全部混ぜたらそりゃこんがらかるわ。

好きな音楽をたくさんきいて、歩いていこうと思う。自分が好きなものすらわからなくなっていた、昨日までの私は頭が狂っていたに違いない。


…べつに狂っててもいいけど楽しく狂いたい。


逃げちゃダメだ!楽しく生きたいと思う気持ちから。

そのために欠かせない大事なことを忘れたら、私はあんなにも脆くなるのだとゆうことを身に染みて実感した。


たくさんあるのにまた何もないような気持ちになってたよ。ばかだね。



阿佐ヶ谷の夜に乾杯!
どうもありがとう(^ω^)






で、ちょっと話は変わりますが、少なくとも私がうらやましいと思うことがあるとすれば、それは全力で泣いたり笑ったりしているみんなと、この1年間ずっとその背中を見続けてきたあの人のことだけです。その人たちに関しては、努力する姿勢を持ち合わせていることも含めてリスペクトしてる部分があるからこそ羨ましいと思うことはあれど、いなくなればいいという思考回路にはならない。そして私や、私のまわりの皆さんもきっと、自分が幸せになるためのご都合主義ではあるかもしれないが、他人を不幸にするためのご都合主義は持ち合わせてはいない。

私は自分の前をいく人や一緒に歩いてる人、つまり仲間と思える人々(と、あと極端に面白い人)以外についてはあまり関心が無いです。関心がある人たちとは既にもう仲良くなっている。

他人が何処で何をしていようがわたしには関係ない、ましてや妬む気持ちなんか、私を逆さまにして底をばんばん叩いたとしても一滴も落ちてくることはない。

責任がすべて私であったならそれは確かに楽であろう。だが現実はそうじゃない。そうして出てきたハズレを目の当たりにする前に、自分の力で現実に気づいてほしい。
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