あのころ

July 26 [Fri], 2013, 22:17


わたしは、この街のはずれの、小さな美大予備校にいた。
自分には絵を描くしか無い、大学を中退してまで選んだ未来。

残ったものも、将来の希望も、なんにもなくなってしまった。
お先真っ暗。

バイトを始めた。
大学資金を一瞬でパーにしたので親からの援助があるわけなく、
働くしかない。

そして美大予備校に通い始めた。

絵を描きたかったし、絵を学びたかった、その条件を満たすのは美大予備校しかなかったから。
美大に行きたいわけではない、と親に弁明すればするほど、あきれた顔をされた。

バイトで貯めたお金は、そっくりそのまま予備校の学費へとかわった。
19歳。
友達は、夏休みを謳歌している。青春の延長。恋。
知らないよ、そんなもん、若者らしいことは全部なくしちゃったんだ。
わたしは絵を描けたらそれでいいんだ。
ひたすら、カッターで鉛筆の先を尖らせてゆく。



こうして振り返っているだけで、仄暗い胸の奥のほうへ吸い込まれそうになる。
息が苦しい。涙はとうに流れている。

心の闇、ってやつか。言葉にするとなんて平坦で聞き慣れた単語だろう。
その傷口は巨大な裂け目。自分への呪いとともに封印されている。

この街の至る所に、当時の自分の怨念が張り付いている。

絵を描いてなんになるんだ、
早くやめてしまえ、
お前はこのまま野垂れ死ぬ、、、、

その呪いの言葉に耳を傾けたら最後、一気に裂け目から大量の血が噴き出すのだ。

だから、32歳の今、この街で働くことになったとき、因縁を感じずにはいられなかった。


予備校の話をしよう。
そこは小さなアトリエのような場所で、
大手予備校から独立した講師たちが細々と運営していた。
住宅街の一角で、3階建てで、一見すると普通の家。
窓のそばに、マティスの「ダンス」が上手に模写してあって、そこを眺めるのが好きだったなあ。
向かいの家に大きな犬がいて、よくからかって遊んでた。
そのそばに、バイトしてたお弁当屋さんがあって。。。

なにより魅力だったのは、いわゆる「受験のための絵」をやらないところ。
表現力や、技術を重視して、受験のことを意識せずに指導してくれるのだ。

多浪してたのはアイチャン、オグラさん、フジワラさん。
高校生のタカハシさんに、あの髪のきれいな子、名前なんだったっけな。
講師の先生達。思い出せるのはこんなもんかあ。


あのころ、テレビでマティスのロザリオ礼拝堂を観て、
翌日、興奮してみんなに熱く語ったよなあ。
すっごいんだよ!めちゃくちゃキレイで、光がね!色がね!とにかくすごいの!って。
みんな、ふーん、って聞き流してたけど。

アイチャンはピカソの青の時代みたいに、予備校で一番絵がうまくて、
よく絵の相談にのってくれてた。

アイチャンはいつも黒いワンピース着てた。美人で、クールで。
そうだ、予備校の3階が寮になってたんだ、
そこにアイチャンやオグラさんが住んでたんだ、、、
あんまり入れなかったけど、たまにそこでみんなで語り合ってたなあ。




今日、この街で、偶然、アイチャンに会った。
まるで生き写しのような、当時と変わらない姿だった。

今は同じ予備校で講師として働いているという。
「みんな、生きてるよ」
アイチャンはにっこり、笑った。

就職したり結婚したり、いろいろあるけど、
だれも死んでないよ、って、付け加えた。

携帯のアドレスを確認し合って、
近々会う事を約束して、じゃ、と言うと
アイチャンは手を差し出した。

握手。

「泣きそうになるね」
うん、ほんと、泣きそうだ。
いや、ちょっと泣いてた。

帰り道、身体中が血まみれになるくらい、傷口を開きながら当時のことを思い出した。

あのころ、この街にきたとき、絶望のどん底だったし、夢も希望もなかったけど、
わたしはたしかに、絵を描いていた。

なんで大学やめたの?って幾度も幾度もきかれる。
そのたびに、当時の自分をずっと呪っていた。
自分に復讐するために、これまで絵をやめなかった。
絵をやめて楽になろうなんて、ふざけるな。
お前が選んだ道がどんだけつらく馬鹿げているか思い知れ、
もっと苦しめ。もっと。もっと。
そうやって、いままで描くことをやめずにいた。

でも。

いま、この街にいて、今日、アイチャンに再会して、
これでやっと絵をやめられる、と思った。

わたしは絵がすきだ。
やめたって、どうせ絵を描いている自分がいる。

鉛筆を削ろう。





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