挑戦 

December 28 [Wed], 2011, 8:45
挑戦



戦いを挑む(たたかいをいどむ)と書いて 「挑戦」

ちょうせん・・・といえば、北朝鮮はこれからどうなるのだろうか?

マスメディアではいろいろ憶測が飛び交っているが、

「常識」を打ち破るのはおてのものではなかろうか?



戦いを挑む。

・・・って、誰に?何に?・・・ってことになるが。

ムリに戦いする必要はどこにもないわけであるが、

「自分との戦い」は果てしなく、ひと時も休むことなく続くわけである。

ほんの一瞬においても 真剣勝負 であるのだ。

一瞬の気のゆるみが あとから尻拭いするハメになる。

そう、自分の前に起きたこと、自分に関係あることはみな、自分に返ってくるのだから。

自分の意識、無意識するにかかわらず。

だから、気を抜いてると・・・「あ痛っ!・・・」となる。



無難に無難に・・・といつも逃げ腰でいると、

いつも後退・・・

背後に迫るは・・・がけっぷちなのである。



何事もなく、常に守り守りの姿勢で在るならば、

ちっちゃくちっちゃくなっちゃって・・・しまいには 消えてなくなる。



時には「攻め」、

大事な時には「守り」

ここぞというときには「攻め」

危険な時、今はたちうちできない時は、「守り」

この切り替えが必要である。

時には、

「待ち」の姿勢で耐えることも必要だ。

「チャンスを待つ」鋭気を養って。



本当は

どちらか一方ではだめなのである。

しっかりとした「守り」の姿勢や態勢があるからこそ、

「攻め」が活き、

かっこたる信念、志に基づいた「攻め」があるからこそ、「守り」が活きる。



それは日常茶飯事に 自分の身に起こっているのだ。

1つ1つが 真剣勝負なのだ。

時には勇気を振り絞って戦わなければいけないときがある。



そう一番の戦う相手は・・・他ではなく・・・他でもなく・・・

「自分自身」なのである。

もっとも手ごわい相手なのだ。



心しておかねばならない。