大将。

December 27 [Mon], 2010, 7:54
先日、一人で蕎麦屋に入ったら、隣におじさんが競馬新聞を持って入ってきたおじさんに
「大将!有馬記念どうなった?」

「どのレースや」

「有馬記念やん。」

「今走ってる時間やろ、わかるか」


と会話している。


はじめ知り合いかなぁと思ってただ全然知らないもの同士だった・・・笑

知らない人に声かけする時、「大将」というのね。

そういや、スポーツクラブで働いているとき、おじいちゃん同士が「大将」と声掛け合ってたなぁと思い出す。


その後、話しかけたおじさんはほぼ無視に近い状態なのに、永遠話しかけていた。

たまに話しかけられているおじさんが絶妙な突っ込みをかまし、

完全無視のような意地悪さもなく、また「一人静かにそば食いたいねんから静かにしろ!」的なニュアンスの返しが面白い。

地方都市や田舎では、知らないもの同士話したりするのはあるけど、こうした都会でこういう事があるのは和みますね。


東京でそんな姿あるのかな・・・・

寂しかったら、気にせずとりあえず話しかける。
こういう小さな会話が結構大事な社会参加じゃないかなと思いました。

そういえば、スーパーいくとしらんおばちゃんがよく話しかけてくる。

内容がつっこみようのない内容なので、スルーしてますが、大阪に来て間もないときは
真に受けて話していた。

が、最後収拾つかなくなる事をしり、スルーするようになった。


これも社会参加活動なのね。

この競馬新聞のおっちゃんみたいな高度な返しを勉強しておきたいですね・・・笑

綺麗事アレルギー。

December 25 [Sat], 2010, 13:20
まず、皆様へ。メリークリスマス。
今年最後のユミ先生マイソへ。


体調は相変わらず背骨が痛み、咳込みは和らいできた。


フルポーズに捕われず、生活、健康、仕事、全てのフルバランスとは?を探究しながらの練習がマイブーム。


最近、ユミ先生とカランダバアサナを練習中。


二人で、あーだ、こーだ、相談しながらのんびりアジャストメント。


女性でこのアジャストメントは大変だと思う。←間違っても私は出来ない(笑)
二回目とは思えないスムーズさ。


本当にこの人は人をよくみてる。学びが多い方。素敵ング。


何か特別な事を教えたり、アジャストメントしたりしないのに、沈黙の中、人に気付きをむりなく施していく。


指導者、というより、道を行く人。



どちらにしても、沈黙は凄みある力。



そして、皆さんそれぞれ役割に徹している姿ははっとさせられる。



私も役割に準じていこう。集中力がきれると、ないものばかりを目指す自分を受け止めてから。


そのようにしてると見えてくる。
フルポーズにむけ頑張っている時、私は今の自分を認めず、違う自分になろうと必死になっている。


それが悪いとかではない。

以前は、そんな頑張る自分を悪く捕らえてた。


満足してない自分に罪悪感。


もうそれさえなくなってきた。


満足しない自分を認める。そこは真正面から、真正直に。


やっぱり綺麗事アレルギーなんだね、アタシ(笑)


自分に正直でいる事は、昔思っていた意味とは随分変わった。


私は変わらないし、代わりはない。


思い込みが変わるだけ。認めるだけ。


ややこしい事はない。
だんだんやることがシンプルになるだけ。


シンプルに準じるにはやはり日頃正直出ないと難しく感じる。


子供といるとき、それを学ぶ。


子供は正直だからシンプルに出来ている。


いいクリスマンスプレゼントもらったな。

ウフ。

かかりつけ

December 24 [Fri], 2010, 19:59
背骨の痛みは全く改善する方向に向かわず、MRIでもいこっかなぁなんて思ってた矢先。

とりあえず、いきつけの鍼灸の先生へ。

「片岡さんはいきつけじゃないと、逆に体悪くするよ」

その後の説明はながーいので割愛させていただきますが、

例えば、救急で運ばれたとき、何の情報もない患者を治療するのは時間かかる。

しかも情報不足で誤った診断もありうる。

だから医者も接骨院など、体に関することは「かかりつけ」を持っておくが強みなのだ。

という話をいただきました。

私は非常に特殊な体をしてるそうで、2年間のやりとりで、やっと体の癖を掴んだそうです。

先生は非常に優秀な方ですが、私には相当てこずったご様子で、何度か失敗した経験も・・・笑

他の人と同じような決め付けで接してたら絶対分からない患者だといってました。

先生が見た私の体の捉え方を聞いて、すぐにぴんと来た事。


「だからアジャストメント好きの先生いくと体壊すんだ・・・・。
先生が悪い(なんて今は思ってませんが)とかじゃなく、
よっぽど生徒を”見る”という能力というか、観察する事の重点置いてないと
アジャストで体をゆがませてしまうほど”繊細”な肉体を持っている」

という事に気付きました。


フルポーズ取ると調子悪くなるよなぁと常々思っていたのですが、
いや、自分で取る分は、自分で筋肉や関節を計算して使う時はトラブル少ないですが
ストロングアジャストメントでは「バランスポイントオーバー」してしまうという事を改めて認知。

なので、どんなに有名でテクニシャン?笑であっても、
全く私には適応、対応しない。

そう、人気のある先生ほど私には「アウェー」な事が多い。

ユミ先生が面白い事を話してくれる事があった。

「マリコさんは、ここがゆがんでる、と目線を送ると勝手に自力で治すことが多々ある」

という話を教えてくれた。

いきつけの鍼灸の先生も、
調子の悪い所をメインにいじったり、正常な位置に体をポキポキ引っ張ってもっていったり、の誘導すると体を壊し、

逆に体の歪みを触らず、その前後にスペースだけ作ってあげると、体が自分で修正しようとする力が働くから
僕はスペースを作る事だけをやる。
そして勝手に自分の調子に合わせて調整する体質だから、いじりすぎると体を壊す。

だから腰が悪い、膝が痛い、と騒いでも特にやる事はない。との事。

体の癖を通じて自分のメンタリティーや、ヨガの傾向と向き合っていき、
自分の思い込みと、体の言い分の違いを見つけ出せる。

おもしろい。

教えられるのはやはり自分。

納得していく事も自分が見つけ出した事。

見つけ出すのに、頭だけで考えた事に納得は生まれにくい。

だから、やる。

とりあえず、ごちゃごちゃ考える前にやる。

かっこ悪かろうと、失敗しようと、後悔しようとやる。

恥や傷つきたくない気持ちを乗り越えていく。

そう捉えれば、とりあえずやる事という意味を学ぶ事が出来る。

結果に固執したら、自由に、柔らかに動けない。


思い込みをはずして、耳を傾けてみる。

人間は思いと食べ物でできてるんだから。

だから思いも大切に。

勝手な決め付け、決め事で人間の健康を奪いすぎぬように。



確信犯として生きる。

December 18 [Sat], 2010, 8:32
ヨガや精神世界の「ご立派振り」に「ご立腹」ではないけど「振り回されて」いる事がある。

人生において、きれい事を真に受けて「納得してきた」事は何もない。


きれい事に逃げれるほど、おめでたい性格でもなければ、人生でもなかった。


観ない、という選択が出来ればどれだけ楽だっただろう。

救われただろう。

見ない選択は「逃げ」であり、精神力が弱ければ「逃げて」自分の正と清、そして「生」きる事をつないでいく。
それは、死に追いやらない、追い詰めない決して悪いとは言えない大切な選択でもある。


逃げることを知らずに育った私に、いつも人生は重く厳しく、甘さはあまりない。
しかもその上、極上と言われる「解脱」的知識を学んでしまった。

救われる為にと学んだはずが、
更に自分の「醜さ、至らなさ、アホっぽさ」を思い知らされただけだ。


それに、成りすまそうと何度しただろう。
綺麗事にはまろうとしても、綺麗じゃないから余計に嫌になるのだ。

ありのまま、など、綺麗事を知ってからどうやって受け入れていけばいいのだ。

それでも毎日を出来る限り意識して選択し、行動し、生きていく。

そこからふっと気付くのです。

空論(経験の伴わない知識)からは気付けない事。

未経験の地、「綺麗事ワールド」の空論に振り回されている事。


私の今出来る事をもっと大切にすればいいのだ。

そう、罪と分かって、愚かと分かって全ての物事を選択していくのです。

例えば怒ってはダメ、感情に任せて子育てしてはダメ、軽蔑してはダメ、

そんな事知っている。

だけど、魂からまだ理解できない自分のレベルをありのまま受け入れる。

ありのまま受け入れる部分を変える。

自分の罪深さに開き直って、いい直りする事がありのままではない。

至らなさと、理想と間に合っていない自分自体を受け止めていくのだ。

そこから出来る事を展開していく。

全てを分かった上でやっていく。

そう、完全確信犯になる。


「なんでこんな目になったんだろう。」
無意識さと無責任さの積み重ねがこの言葉を生む。

そんな言葉が出ないくらい。

「だからこんな目にあったんだ。」
愚かさを知った上で、やった事には責任を持っている自分であるように。
お尻を拭く覚悟で、愚かに生きる。

いつでもそう言えるように全てを注意深く、そしてとめれない愚かさと共に過ごしていくことが
今、私ができるありのままの実践なのだから。



付き返されたzo!

December 17 [Fri], 2010, 20:25
ニケタンの発表用の症例報告を付き返されました・・・・
その修正に1時間弱。

夜は何もしないと決めていたのに、
コレばかりは急いで提出しないと、全てがパーになる。

言われた修正したけど・・・・
多分「意味が違います。書き直し」と突っ込まれそうで怖いです。


ニケタンのレポート嵐、いつになれば解放されんだか・・・・
優秀じゃないから、解放されない自分を見れば良いのに、
あくまで協会の問題に振ってるこの問題児。笑


仮装でピラティス

December 16 [Thu], 2010, 22:51
今年最後の会社の仕事。

仮装でピラティス。

私しか仮装していないこの寒さ(笑)


林家パー子で参上。


全身ダサダサピンチにしました。



さて、会社は私の勤める事業所が別の会社に買い取りになり、3月10日でコスパ古川橋はコスパではなくなる。



更新出来ないとトップから言われてたのですが、入社以来、ずっと面倒みてくれた社員さんが、他の店舗で残れ、と声をかけてくれた。ありがたい。


が、私もフリーで活動してるのでなかなか予定が他店と合うかどうか、が問題らしい。


まあ一応残れたらコスパに残留、無理なら卒業。


お客様は最近ピラティスの楽しさにはまり、頑張って通ってくれている。


なので、今回の件は大ショッキングであり、一番辛いのはやはりお客様です。


しかし、今はまだ無くならないのだから、先の心配は手放して楽しもう!


と声をかけた。


私に出来る事は、今を夢中に、ピラティスを通じて体の知らなかった事に向き合う楽しさを提供すること。



出来ばえより、出来ない時にいつも笑い飛ばす。
心豊かに運動を楽しめばいい。

出来ないで眉間にシワ入れていいことはなにもない。


だから、出来ない時のお約束は笑い飛ばす事。


そのクラスも3月までだけど、今を楽しむ事を私が実践しておきたい。


クラスだけじゃなく、いつも。



さようなら、未来の心配。
さようなら、過去の積み重ねてしまった多くの罪と愚かさ。


全てを赦し、笑らいとばしてしまえ。


気持ちをそうやって早く切り替える練習を始めていこう。



わはははは。

疲れを癒す。

December 15 [Wed], 2010, 19:59
恵子先生の遠征マイソールを取りやめ、家で練習して寝てました。

やはり体はかなりボロボロぎみ。今年も篭って家で練習メインです。

いつかマイソールパスを買ってみたいけど・・・なかなかそれが叶わない。

きっと強く望んではいないのでしょう。

家でユルユルですが一応出来るから、気分転換の為にスタジオに行く程度で十分かもなぁ。

エアコンのお陰で非常に心地よく出来ています。

シャバアサナは好き放題できますので、昼過ぎに練習終わって、

おきたら夕方5時過ぎだった・・・げげ。

寝すぎ。

だけどそれだけ疲れてたという事を改めて感じました。

ニケタンのプレッシャーから解放されてからというもの。。。

だらーんと生活が続いています。

まぁええか。笑

気持ちを手放せ。

December 14 [Tue], 2010, 19:10
本日、マクロビオティック講座は難易度ピークの五行。

一応、テキストを見れば憶えなくても読めばある程度簡単に分かる程度にしていますので、
憶える五行は頭をかたーくし、余計に「さっぱりわからない」


になりますので、講義は本では説明されない、また本からは学べない五行を組み込みました。


やり方を集めるのは、「知識収拾」
これは応用が全く利かないので、柔軟性がありません。

私が伝えるうえで注意する事は、いずれ解読力が身につめば本から学べるような事ばかり伝えても仕方ないのでそれはやめる。

単に記憶するではなく、あり方を通じて、感じて心に印象を残す教えを重要視しています。

なぜなら・・・・私は恐ろしいほど勉強が出来なかったので、家庭教師がそういう風に勉強を教えてくれたから
心の印象を通じて指導してくれた内容は今でも憶えています。

印象に残すのは、「あ〜、それ分かる分かる〜」という実感なのです。

実感のないものは記憶できる脳ミソを持っている人以外、その時覚えられても使えないから消えていくのです。


さて、知識ばかりでは人間豊かさを学ぶ事は出来ません。

とりあえずやってみる事。
とりあえず気持ちをこめて物事を選択してみること。

そうしないと、知識ばかりの判断に頼り、自分の今を無視したまま選択してしまいます。

この積み重ねが「病気」に繋がるのです。

さて、私です。

私も生徒さんに言った限りはやりますヨ!

明日の恵子先生のマイソールに参加するために神奈川県真鶴へ行く予定を取りやめました。

自分の体の感じた状態より、世間様への迷惑ばかりを考えて生きてしまったこの13年。

誰に動思われるのが?に意識を置けば「迷惑かかる」と強く自責の念にやられちゃいます。

真のリラクゼーション、過度な緊張を手放すには「活動過多」を手放す事。

活動過多の裏には必ず「他人から見た自分の保持」があるのです。

そんなもの、守り通して自分をぼろ雑巾にしたら元もこもありまへん。

自分を狭くするスケジュールから

感じた自分に応じてスケジューリングしていく、常に現在進行形のスケジュールへの変更にチャレンジです。


何より私のアシュタンガライフにとって、恵子先生に半年に一度観ていただくことは非常に「重要視」しているポイントでしたが、

そういう思い込みをはずし、今の健康状態と、月末のハードスケジュールを考慮して選択する自分がいとおしいですな。

アホなお話ですが、普通の人は自然にしている事が、私は相当意識化してやっていかないといけない女なのです。


ナチュラルに出来ない気質をきちんと認めれば、問題ナッシング〜なのです。

ナチュラルに出来ない物事を無理やり「ナチュラルに乗っ取ってやろうとすること事態の問題性」を、見直す事は

今の自分を一切合財認める事を基盤にしないと生まれません。

できない事をやろうと必死になるのではなく、

まず認めて、そこから目的に合わせたスケージュリング、やり方を取っていけばいいのです。

それはやり方だけを集めていたら絶対生まれないと思う。

あり方を学んだものが、未知の道を自分で見つけていけるのです。

だから、やり方を教える前にあり方優先。

それが亡くなった家庭教師が私に残してくれた最大の置き土産だから。

選択吟味中。

December 13 [Mon], 2010, 19:40
今日、同窓会欠席をきっちり決めた。

遭いたい人がいないわけではなかったけど、どうやら来ない模様。

体調が完全というよりは、やっとこやみあがりで、出来るだけ体力消耗しないようにするのが今私に出来る事なのかもしれない。


と思うと。。。。

真鶴の恵子アームストロング先生のマイソールも行くかどうか迷い始めた。


もうちょっと考えようかな。


何を優先するか注意深く考えてみよっと。

大切なのは、注意深く、である。

やりたい気持ちに振り回されると、注意深く観る事が難しいから。

マイペース、スローペース、わがまま、ありのままペース。

December 12 [Sun], 2010, 13:36
旦那様が休みになり、トムマイソールへ。



昨日の筋肉痛が辛く、また昨日と同じく集中力がキレキレ。


疲れてるなー。しかしやればそれなりに滞り系エネルギーは放電される。


以前は終わったら友達?と思いこんでいる方々と長々おしゃべりにふけこんでいましたが、近頃それから卒業出来てきた。


自分、偉い、やるやん。


と、褒めたたえ中。


京橋で少しブラブラしてから帰宅。



引きこもり(笑)


寒いし、マット重いし、担いでうろつく体力なし。


アンド、喋る体力もなし(笑)



仕事では全力投球タイプなので、やはりプライベートはその逆を取っておくべし。



昨日、ユミ先生からも仕事でない時は、パソコン作業、喋る、読み書き全て離れる事をアドバイスでいただいた。


案外出来ないらしく、仕事とプライベートの境界線がごちゃごちゃ。



これでは疲れやすい訳です。



最近、人間関係で境界線を学び、実行中でその素晴らしさに感銘してましたが、


まさか、自分自身の内側も境界線うまく引けてないとは(笑)



仕事関係以外の事に触れる機会を増やそう。



という訳で久々に映画を借りてみた。



借りた4作品を眺め、
穏やか、のんびり、ほのぼの、スローペース、刺激薄め。


が共通点(笑)


パワーダウンというより、


パワーを上げまくる生活に飽きてきたみたい。



あー、ええ歳の取り方してるー。


嬉しい。



変態はこのように感じるのです。



わははははは。
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