気を使うのはやめてただの練習生になりきろうと思う

November 24 [Sat], 2018, 9:16
4時目覚まし
五時目覚まし
五時15分起き


少し成長笑


スタジオに一番乗り


土曜は待ちが出るほど、ハヤシ先生のマイソールが大盛況なので、早めに練習してスペース確保


久々にサードをしてみる
適切な速さの五呼吸に戻してみる。ゆっくり三呼吸のお試しから、フォーマルに戻す。


セカンドまではかなり長めの呼吸で練習して、サードはふつうに戻す。


アームバランスは時々軽い休みを入れつつも薄く吸ってまたは吐いて、無駄な呼吸は出さずに休む


そのおかげで、ほとんど休む事がなくなり時間がショートカットされてトータルでかかる時間は、バックベンドに入るまで60分くらいになった。
ヴィンヤサを壊さないように練習する
セカンドまでは出来ても、サードはできない
出来ない事があることは楽しい。また気長にビンヤサを止める事がない形を目指していこうと思える。




シャラート先生レッド以来、変化はポロポロと出てくる。
特に言葉じゃない部分が面白い。
いよいよはっきりとやってきた、この素晴らしい世界。
ヴィンヤサを止めない事が、言葉を止めてくれる事に繋がりやすい。だからストレッチの入るスタイルのアシュタンガには加担しないで来たのだから
クリシュナムルティの世界。言葉にしない世界
この練習が面白くてしょうがない。


レッドで味わったお産に近い感覚は、たとえ言葉に出来たとしても、それはしない方がいい、という事まで学ぶことができた。


語彙量が豊かだと、割と簡単に言葉に落とすことができる。
でもそこじゃない、そこに行かない方がいい。
クリシュナムルティの一節を思い出す。


ヨガとエクササイズを分けるものがあるとすれば、言葉に何でもかんでもしないことだ。ヨガスートラの1-2はその辺も書いていると思っている。


見たものにだけ見える世界があっていいこと
知りたいなら、その世界で見たものになるように努めて行くこと。自分で体感する事をお勧めしたい。


言葉が巧みだと、いろんな人から色々質問される。口からマリコ、何でも答える人だと思われている。そういう印象を与えているのは私だ。周りの問題ではない。つまりしょうがない、と思っている。


仕事の時は問題ないのだけど、練習先での質問オンパレードは、流石にご勘弁していただきたいと思うようになってきた。




呼吸が深い人たちの多いスタジオでは、アーサナの質問はされないのだけど、呼吸が浅く、ポーズの進みが早いスタジオでは、アーサナの質問のオンパレード。それは一つの共通点。


そりゃ先生が、呼吸してください
バンダと呼吸です。
としか言わないわけだ。それをケチだ、サービスが悪い、と言う。
ヨガが深まっていない、と言うレッテルを貼られる。かわいそうにも思うけど、ある程度仕方がないことは受け入れた方がいいと思う。


ぶっちゃけ言うのは自由だ。表面的にお利口さんより可愛い。
私も思ったことがあるので、わかる部分もある。


ただ、呼吸が深まるとアーサナをどうやったら取れるか?を自分の先生以外には聞かなくなる
そのうち自分で見つけることが楽しくなって、時間がかかることさえ面白くなっていく


練習の出先で、質問がしつこすぎる人もいる。
あれは自覚はないのだろう。悪気もない。


納得できるまで、練習にきただけの人に聞き続ける人は、政治家のフリーライターにでもなるか、ヨガではなくピラティスへ行けば幸せだと思う。


だから今後、オフできてるので自分の先生に聞いてください
とストレートに答えることにした。そんなに聞きたければ、WSにでもお越しやす(笑)
単なる練習生に戻る権利が私にもある。それをこれ以上聞きたい族にバウンダリーを踏まれるのは困る。


我慢して、誤魔化して答えるのもやめてしまおう
と、素直に思えたのも良かったこと
気を使っていないようで、割と気を使う性分で、心地よい練習が、始まる前、終わった後のロッカーで残念な事に向かう時はもうやめたいと思う。


言葉にさせようとする脳をストップさせるためにヨガをしている
いつも言葉にするのが多すぎる事から、距離を取るために、アシュタンガヨガをつづけている。


仕事は言葉を使う事なので、なんだ問題ないけど、プライベートは、違う事を練習したい。


ヨガを深めて行くということは、全てを言葉による理解にしないことだと思うからだ。


もし、言葉だけで知ろうとすることだけに加担し続けるなら、私はヨガをやめてピラティスに行ったはず。あれほど美しく的確に言葉にできるメソッドも珍しい。ピラティスはそういう部分が好きだ。ただプライベートまで、また言葉を巧みに使い続ける事は大きな喪失感を生む。
だからしない。リハビリとして関わる事があっても、日々には辛い。
思考を使わないという具体性は、言葉にしない事だからだ。
言葉が持つ素晴らしさと、同時にその愚かさも知っているからだ。


あれだけおしゃべりだとしても、私の中に目指す場所とバランスは、外側からは見えない場所にある


ゆったりとした美しい無の世界を眺めに今日もまた練習へ向かう




そのプライベートを悪気はないとしても、しつこく質問を繰り返す、よく分からない話を語る場合も、ごめんなさい
もうジェントルな対応はしません。




自分の練習場所の先生とやりあってください。
そしてこれを読んで、少しでも練習について、精神的な部分への面白い世界に興味が向く人が増えますように











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