うわ、コエー、と思った所から見えた気付き。

July 27 [Wed], 2011, 17:30
今日久々に行ったマイソールは先生がビシバシ系でちょっと怖かった(笑)


自分の感情を我慢したりしないで、さらけ出せる方なんでしょう。
絶対に迷わない、合わせない、それが全身から出てました。

多分、勘違いされかねない状態ですが、個人的にはぶれずに頑張ってる姿には色々考えさせられました。

人に認めてもらう為でも、喜んでもらう為にやってる訳じゃない、媚びない、という事に正直であり、またクラシカルなヨガ時代の先生だなあーと感銘を受けました。

性格的に真似は出来ませんが、やはり何が正確、間違いではなく、自分らしさに嘘つかない事はとても大切じゃないかな?と思いました。


今日、グリーンさんのクラスで、安定しないメンタルについての質問がありました。
まさに朝のメッセージが繋がっていく。

そう、難しい。私もそうだ、と正直に答えました。安易にこれやればいい、など根本解決を望まれている程の質問だと仮定したら気休め程度の事は言えない。

そもそも、ぶれやすい人に、ぶれない方法を身につける事もなかなか馴染まない。

ぶれる事に慣れていく方が良いような気もするのです。

ぶれる、の影だけをみない柔軟な思考を養う方がよほど役立つのではないかと思うのです。

ぶれるということは、疲れる事、凹む事も多々あるけど、相手への変化に対応する能力であり、それを上手く立ち回れば心配り、細やかな気遣いのできる行為になります。
カウンセラー、セラピストなど、人を癒す仕事をする方にこれがなければ、単なるコーチングやないか!になります。
相手を待ち、相手が自力で答えを探し出すサポーターとしての能力はここから生まれるんじゃないかな。
また、ぶれないのは相手の変化に気付くより、自分の意思に反応してますので、色んな事に気付かずにいるからぶれないんだし、指導力、コーチング力が高く、野心が問われる職種などで、存分に発揮されます。
ただ、たまにこのタイプのセラピスト、占い師がいますが、この場合何かと危険が伴う事が多々ありますので、気をつけて関わらなければいけないかと思います。

どちらもそれ自体が良い悪いではありません。



自分の性に正直だと、どんなアウトプットも周りは納得してくれるんじゃないかな?


優しいアウトプットも、意見を強く押し通すアウトプットも。

世の中、こうしてパターンが違うから回っている。沢山のパーソナリティに対応出来ている。素晴らしい事です。


さて、瞑想しながら自分を観察。やっぱり私はブレブレだ。


それを変えようと力まず、相手に合わせ変化する自分を否定的に捕らえている思考をきちんと観察すれば、ありのままいる事に対する言葉ではない何か感覚的な触感が私を一瞬でも包んでくれます。

一瞬だけ、しか、ではありません。一瞬舞い降りた時間をスルーしなかった事が素晴らしい事なのです。

一度掴んだ感覚を維持しようとしたら、また複雑さと執着が生まれる。



一瞬を大切にして、一瞬感じた事をいつも楽しんでいたい。



言葉に変換したら、維持しやすいですが、それほどのパワーはない。



また私はこの感覚を忘れ、懲りずにぶれ、またぶれた自分を無意識に責めるでしょう。



それもまたぶれる人間の面白さ。



沢山の感受性を養えてるのだからいいんじゃないか!と 冷静になれた時にそうすればいい。



一度習得したら終わり的、自転車に乗るような感覚を捨て、


何度でも何度でも、不器用なまま、過ごす、凄さ。一瞬を馬鹿にせず、見逃さず、を繰り返す。
まさにアビヤーサ(修練)、


後悔に対して、罪悪感を持たず、ただ地味に地道に、自分の思い込みから自分を救い出していたい。



正直な人はどんなアウトプットであれ、人の何かを突き動かす。




ぶれる、と言う自分の性に正直でいたいです。




世の中の全ての方が、自分の性を許せるように。
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