真理への解放

October 15 [Fri], 2010, 21:04
近頃仕事でPCいじってたら、ついついネットサーフィン。やだやだ。つまらない時間を重ねてる。

この時間削って、掃除したり、読書できるのに、安易な方法で時間を食いつぶしてしまっている。

という事を改めて感じさせられた本。

スワミチダナンダ
真理への解放。

まだまだ途中なんだけど、はっとさせられる事が沢山ある。

お題目があってそれについて小難しい言葉でつづられているのですが・・・笑

「まわりの環境を克服しないさい」
これに関してはカルマヨガ的な事が要約されています
これを読み、自分への戒めにしております。

そして、私がうなったのはこれ。
「絶対に不必要なる二つの真理」

これはヨーガ的な思想で、よくヨーガ指導者側として語る神様への絶対的な帰依の為に厳しく正しく生きないさい。修行をして、規律と忠実に生きる」

もうひとつはクリシュナムルティー的な発言。
「自由でいなさい。特定の何かや、自己に暗示をかけるような行為、自らを縛りつけるような全てを行わないように」

これは、どちらかだけを支持するケースが多いのですが。。。私はどちらも大切だと思っている。
特にスワミシバナンダのヨーガとこころの科学を読めば、この前者の意味の重要性がわかるし、正直庶民はこの
理論を通さずして(忍耐なきもの)自由を求めたら、自由とは単なる欲望に振り回されほだされて生きていいって意味に捉えるでしょう。
また真面目すぎるというか、視野が狭いと、この重要性に対する「方法」だけに意味を見出してマニアックになっている人が多いのでしょう。体ややり方マニアになって、それ以外のものに攻撃的になるでしょうね。


たぶん、ある程度の道徳心、忍耐力、アビヤーサといわれる「修練」が普通に出来て初めてクリシュナムルティーの理論に移行できる、という事が改めて分かりました。

ついつい「こっちが正論」と主張しがちですが、それを言ってる時点でどっちも分かってないという事になるようです。
これらの2人の師匠の真髄が理解し、どちらも意味があり、この2つでバランスを取っているという意味なんだろうな〜と勝手な解釈で読んでいます。

ちなみに「忍耐の力」の文に

粘り強さと強情さとは同じではありません。強情さとは否定的であり、タマシックな性質を持っています。粘り強さとはサドヴィックな状態を持ち合わせており、しかも目的とか、決意した事から逸脱しない事

らしいです。


う〜ん、戒め〜!ウフ。

日本語硬くて嫌気がさしてきますが、それ以上になかなかええ事かいてますので、お金のある方は買ってみましょう。

だってこの本3800円もするんだもん〜。笑
2年も熟成してたのがもったいなかったわん。
逆に2年経ってからだからこそこの本の書いてる事が理解できるのかもな。

さて、読みかけの「熱意:あなた方の内なる神様」を読めてから寝ます。



月別アーカイブ
2010年10月
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31