marimo的3つのグナ。

February 16 [Tue], 2010, 21:48
前半はプラクティスの話です。
それと絡めて、やさしく哲学のお話。

今日久々にユミ先生のマイソールへ。
Bスタジオで14人という状態だったので、一人が使えるスペースはわずか。
プライマリーシリーズはマットからはみ出る事が多いので、今日は辞めて久々にセカンドしました。
状況を読んで、今時分の決めている事にこだわらず、変化する自由を持つ事。
インフルエンザ明けから初めてのトライだったのでちょっと恐怖心が・・・。

やらないので、遠ざかった様方もありましたが、プライマリーを丁寧にしてたおかげか、首に足をかけるポーズは少しずつ楽になってきました。といって、出来てるわけじゃないですけど、呼吸や姿勢の苦しさが減ってきた、という意味です。

思考の働きを手放しての行為の練習の大切さをユミ先生から気づかされ、昨日いったマサさんのマッサージでもそれに気づかされ、バックベンドは「思考やめ、呼吸に徹す」をやり始めて、本当に楽に出来るようになってきました。

出来るようになったというのは「そのポーズの見たクレが出来てるような様」ではなく、
恐怖の中に思考を持ち込まない事による、体のリラックスとのびやかさ、呼吸の安定、の意味です。

思考と知恵を徹底してやり尽くした後にくる思考の手放し。
意識化をさせる為にした思考から、意識をしながら思考を手放す。

無意識、無知からくる思考のなさと一緒にしないでいい段階に入った領域。
思考の領域は行き着くところまで行ったサインが、ここ1年の人間関係や環境から気づいた事です。

さてこれを三つのグナで説明してみます。


タマス・・・・・意識と無知からくるリラックス、正確には粗雑なリラックス、怠惰、無秩序、都合の悪いものを切り捨て、心地よいものだけを集めた上の幸せ、そうでないものへの排他。五感への快楽主義、ネガティブな感情を正当化する、社交辞令が出来ずに、感情を態度で出し尽くす。他への無関心が故の平和。内容が無秩序なこだわり。

ラジャス・・・・知識、秩序をつける為に必死に頑張る。社会的な部分での成功の為の行為。
意識化と共に生じる思考、思考によって心を諭す方法、ギヤーナヨガ、や理智鞘の修正、苦行、自分への罪悪感や劣等感を糧に努力する域。外に向けられた意識、基準に即す努力。社会的秩序へのこだわり、感情を殺す。相手への気遣いが自意識過剰ぎみ。過剰意識と怠惰意識の行き交い。緊張の伴う日常。善悪に対し、悪を退治し、善を正解とする。
正解の狭さになかなか気づかない。内容が秩序あるこだわり。

サットバ・・・・2つのステップの全ての加減を見つけること。答えがない、正解がない、概念がないゆえ、全てを許す意識。
やさしさ、愛、慈悲、罪の意識から自己を解放する勇気。世間の概念を排除せずに、解放された状態である事。願望からの解放。未完全なままで許しうける事。関心を持ったままで、あらいるエゴに反応しない精神。罪の意識からの解放により、自然な行為が、全ての時間で出来る。それが故、うそが生まれない。
相手や状況に対する無関心から生まれるリラックスとは異なり、関心を持ったまま、相手のエゴに反応しない。
こだわりのない世界。思考から微細体を感じ、そのレベルの意識化が永遠に続く状態。


これが私の思う3つのグナです。
私の一ヶ月集中プログラムは罪悪感への徹底した解放。
それから生み出された自分を「下げる言葉」の卒業。
これにはインナーチャイルドへの癒しや、下(自分を厳しく追い詰める瞑想)への意識から、上(高度、微細レベルの宇宙意識。全てが肯定された世界、完全、時間の定義のない状態、それゆえ、失敗や罪の定義は存在できない)に向けた意識化と瞑想が必要となります。
一日をともかく丁寧に積み重ねてみようと思います。
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