ヨガ養成でのマクロビ講座

September 09 [Wed], 2009, 22:39
09年、9月9日ですね。
いかがお過ごしですか?
今日はヴぉおらトリコロールでヨガ養成ベーシック講座を担当しました。
気がついたらこの講座も四月から数えて、沢山の方がインストラクターになる為に頑張っている姿を見せていただいています。

いつも生徒さんから投げかけられる質問は、本当に楽しいです。
特に今日はノリコ先生の一緒に参加してくださり、サポートをしてくださいました。

ヨガがポーズだけでない方向を見ている先生からの指導に触れれる機会は本当に貴重だと思う。
今期は殆どがノリコ先生が担当してくださってるそうで、お得だな〜と思うのでありました。


私はポーズやヨガの指導ではなくマクロビですが、
みんなあれ食べたらいい、あれ食べたら駄目、などの具体的な食事療法について学ぶと思っているようなのですが、残念ながら私のマクロビ講座はどこまでもイレギュラー・・・

あ、ふざけていませんよ。
本見て学べるような事に大金払ってもらっても申し訳ないので、興味持ったときに本を手にして自分で出来るようになるための、本読んではわからない部分をいじるようにしています。

殆どの人が「もっと難しいと思っていたけど、これならできそう」が多い意見です。
もちろんヨガの五臓説や、宇宙エネルギーの話、今日は日本の歴史の裏側の話など
その時々、集まった方に合わせて必要だと思うことを伝えていきます。

みんな自分に合った最高の池で最高のレッスンをしてもらえればいいなと思う。
「良いか悪いか」と無意識が多いとつい考えてしまうのがこの考え方。
「嘘か誠か」これは神様の心です。

好きな事だけし続けたらいいというけど、
いやな事だってしなきゃいけないときはどうするのですか?
どういう意味なのですか?

身近な方のマクロビに対する態度がストイックすぎる
これは注意したほうがいいのか?

などなどいろんな質問を投げかけてくれます。
そのたび私はうれしい。
難題であればあるほど、一緒になって考えてみたいと思うから。
分からない事はわからないけど、
一緒になって考える、見てみることは気持ちがあれば出来る。

ちなみに前者の私の意見は
本当にレベルの高い、意識の高い目標、夢であればいやな事は生まれはず。
意識や目指すレベルが低ければ低いほどいやな事と思うことが多いのでは?
という結構辛口な事もいいます。あ、笑いながらですけど。
例えば、単にやせたいけど食べる事はやめれないし、運動もいや。

などの内容と
命にかかわる病気を治す為に食事や運動を見直すではたぶん違うとおもうし、
またいえば、神様に近づく事を目標にした人は、神様の与えた全てが学びであり、喜びなので他人から見たらとんでもなく大変だとしても、本人はそうでない状態、という意味もあります。

後者の質問は、その人が幸せで特に問題を起こしていなければそっと見守ってみるという事です。
みてはらはらするからといって相手を変えたいと思うのは、安定したビジョンを単に見て安心した自分の都合なので、相手の問題ですでになくなっているからです。
ほっとく、ではなく、見守るです。
口を出す事で、固執することもあるし、気が済むまでやらせてあげる時期もあっていいからです。
命にかかわりそうになれば流石に言えばいいと思いますが、それでなければ見守る。

だって失敗しないとなにもわかんないもん。
失敗経験の多いといろんな事がわかるようになるからいいんです。
こけない努力するくらいなら、こけた痛みや羞恥心と向き合ってより自分をさらけ出せる強さを見につけていくのもありかなと思う。人が捨てれない感情に羞恥心が根深くあり、これが自分を縛るという方向もある。

それぞれ、それぞれ。
つれづれなるままに、
あるがままに、
ありのままに、
変えられない小さな一つは
そのままに。
ながれのままに。
排除しないで、
ハグしてあげてあげて欲しい。
抑圧は渇望の種となり願望と切望が生まれていく。
それを味わいきれば
その内
自分の欲しいものは消えていき
頼みごと、願い事などの都合のよいものを必要としなくなり
その内それは
祈りにかわり、
祈りが見返りを求めない尊いものだという事を知るときがそれぞれにくる。

それまで口出ししすぎず
暖かさをもって見守り、
かげながら祈る。
知人や親しい人、
そのうち知らない人、全ての人に祈りをするようになる。
それが増えれば、地球を痛める人は減り、生きるものに敬意をはらい
だれも戦争しなくなる、必要じゃなくなるんだろうな。


みんな自分らしい自分スペシャリストな先生になれますように。
講師の仕事をさせていただける事の喜びをくれてみんなありがとうございます。
夢に向かう人の姿を見るのは本当に感動する事がおおいですね。
みんな頑張ってね。
私も自分の道を改めて頑張ろうと思いました。

満たされるあなたになれるように。

September 09 [Wed], 2009, 8:45
時間と空間を越えて、祈りはその方が自分で必要だと認知した時に舞い降り、
語りは、その人が準備できていない時に伝えると自尊心を傷つけてしまう事がある。

本人がいつも個、私、という枠を超えて生きているなら、
語りや出来事は学べる。


心が傷つくときは
「私」がいる。
「私」で生きているから。

怒りも、恐怖も心が揺さぶられるものは全て「我」が反応している。

「私」が傷つき、怒った時。
相手や出来事を恨むのではなく
神様が「私」が、今そこにいますよ、
今そこであなたを支配してますよ

のメッセージ。

「私」が消えていくと
きっとストレスはなくなるのでしょうね。

毎日祈る事は
「私」がなくなり、神様の心で生きれるように。
「私、自我」の望みではなく、神様の望みを受け入れられるように。
全ての人を分けることなく、幸せを祈れるように
「私」がいる祈りでないように。

祈りは理想であっていいと思う。
願いは「私」が行い、
祈りは「神様」が行うから。

私という人間の人生はまだまだ続く。
私という自我を嫌うことなく、それも楽しみ、
そして最終的に理想に向かえるようにもしておきたい。

完璧でなくていい。
私が満たされてないなら、満たす方向をとってみる。
意識して、まだ足りないなら、満たしながらよく考えてみる。
なぜまだ足りないのか?
陰と陽のバランスで何がそうさせているのか。

私にとってのマクロビオティックの本質は陰陽が何処にいてどうあるのか。
また私は何処に向かっているのかをしるナビゲーションとして使います。

ひとそれぞれ。
ヨガもマクロビもあなたらしく、あなたに合わせた形に変容させていってください。
あなただけの人生と共に、使い込んで馴染むように。

5歳の誕生日会でハルチ。サッカーを披露したそう。
だんだん成長していく姿に神秘を感じます。
月別アーカイブ
2009年09月
1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30