体のほころびと喜び。

May 13 [Wed], 2009, 23:59
ウイルス性胃腸炎から体が相当強張った様で、整骨院で調整中。
ヨガも出来るような状態でもないので、体は極力休めて休息してます。

前から手首の調子がおかしかったのですが、
ついに爆発。あらま〜、どうするアイフル?ですが、これも別の見方をすれば、
動けたら、またアシュタンガするやろうに、壊れたら体やすめるやろうに、って事で喜ばしいプレゼントです。

ウイルス系は関節にトラブル結構くるよ、と先輩インストラクターからのアドヴァイスを頂きました。
そうなんだ。。。そういえば、関節全部痛いし、ヨガで疲れたはずもないのに(してないので)
激しい痛みが・・・。


手をついて起き上がる事もままなりません。
アシュタンガのクラスどうしましょうかね・・・

ってか、パワー系もだけど・・・・笑
ここは正直に事情を説明して、なんとか乗り越えます。


今日ヴィオラさんのヨガインストラクター養成講座でスタジオ入ったら
クミ先生と出くわしました。

久々にお会いして、少しだけお話してなんだかほっこり。
こんな可愛くて、のんびりした先生いいな〜、とちょっと男目線です・・・笑
最近自分にゆとりを持ってヨガや生活を始めると、ゆとりを持った人が自然と集まってくる。
また回りも変化する。やっぱり自分次第、全てそうだよな・・・


養成講座はM下さんもチェックを兼ねて3時間みっちり受けてはりました。
人生疑問に感じた人ほど、マクロビの話を聞くとうなずくいていました。

疑問に感じない人生は楽しくて楽でいいかもしれませんが、
楽しいことだけでは人間の人生は豊かにはならぬ、というのが持論です。

というのも、そうじゃない事も向き合ってみて本当に良かったな〜と思うからです。

悩むことは人生の疑問を生み、より深く物事を追求する能力を高めます。
最近まで、綺麗な水に住めば人生は幸せになると思っていました。

でも、きっとそうでなくて、決してその水に汚されずに何処ででも生きていけることが一番平和なんだろうと思う。

ただ、綺麗な水に行って見ないと、自分のいる水が汚れているともわからない。

どこでヨガをしてもかわらず楽しい、という時期を通過して、エネルギーが混乱している場所でする事を拒否し始めました。

それで良かったなと思っています。
まずはどこにいたのかを知るために、です。

逃げる、都合のいいところだけで生きよう、という意味ではありません。

ただ無邪気に「楽しい〜」と思っている所から「疑問」をもつという事は、表面上ネガティブになっているように見えますが、何の疑問も持たず生きる事は「無智、無意識が多すぎ」であって、少しでも疑問に思える人生を歩む事はとても大事だと思います。

水が汚れている事にも気付かず過ごしている事と
水が汚れた事を受け入れてその中で己を汚さずして調和をなして過ごしているのは全く違います。

なので、私は敏感どころか過敏すぎて色々悩んでしまう人の方が人間らしくて好きです。
つい愛情を持ってしまいます。愛おしくも思います。
大丈夫、焦らずそのままそれを味わい続けて!と応援したくなります。


と、これに近い質問が生徒さんから与えられたので、ちょうどいい機会だから日記にしてみようかなと思いました。


今は綺麗な水で過ごす時期、また変化して何処でも平気になる時が焦らなくてもやってくる。
時間を貪らず、人の労も貪らず、焦らず、今この時間をベストに生きるだけ。
信じる作業は都合の良い結果を神頼みするような感覚で信じるのではなく、信じるという行為の鍛錬であると思えば、期待する事もなくなり、期待通りの事が来ない事を嫌になって信じる事自体をやめることもない。



結果を求めて信じていると、どんどん不振になるけど、ただ、信じる練習の為だけに無心に信じる事だけに集中すると、静寂が訪れるんだ。。。。と思いました。


ヨガやマクロビが目的になったら意味がない。
あくまでもツール、手段です。

目的になるから、暴走しちゃうんだよ、って経験者は語る!です。。。。
目的になっちゃうと、目的同士の人間でしか物事が進まなくり、周りとの調和がない。。。って事になりますので、要注意です!

これも失敗談から、ですわ・・・笑
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