正義感と自問自答。できるからこそ、を伸ばそう

June 26 [Wed], 2019, 16:50
責任感と正義感は違う正義感が強いと苛立つ瞬間が増える
ストレスも増える

正義感というこだわりを手放す事が出来る人すればいい。
ヨガ業界はこだわり手放せ系ばかりだ。それが合う人もいれば合わない人もいる
こだわり考える事をやめたほうがいい人もいれば、考え抜いた方がいい人もいる
一つのやり方というルールに乗せすぎて、機能不全を起こすのです


正義感の強さは、自問自答が強さと比例すると思う。自問自答するから辻褄の合わない事が気持ち悪くて、許せなくなるのだ。

自問自答するタイプに、こだわりを捨てる事自体が厳しいと思う
だったら少なすぎて問題を起こしてると考えればいい
こだわりのバリエーションを日々増やせばいい。
こだわりポイントが少なすぎて対応出来ていないのだ、と知ればいい

日々新しいこだわりを持ち、新しいルールで生きるようにする事

自分や相手が許せない時や、ルールを守ってない人に苛立つ時、新しいルールを作り、こだわり自体のアップデートするタイミングが来たと思い出す事。
苛立ちとは、アップデートタイミングなのだ。

捉え方や、考え方を変えるという言い方もあるかもしれない。
そもそも考え方の柔軟性とは別名ルールの多さでもある

捨てれないなら、こだわりを諦めるべからず
中途半端なこだわりがめんどくさいのだ
こだわりを邁進する事。
自問自答し続けられる気質であれば、必ずできるはず。
つまり苛立ちは、こだわりルールが少なすぎるだけなんだと思うこと

それくらいに思って、日々新しいルールを見つけて行けますように

自問自答型の人は、効率悪かろうと、結果が残念だろうと、周りが褒めようと馬鹿にしようと、あまり関係がない。
効率的なやり方のアドバイスも求めてはいなしい、むしろ迷惑行為なのだ。


自問自答型の人は、日本女子として生きるのは大変だと思う。友達もおそらく持つ事も難しいです。
いうならば、持たなくていい人でもあります。
自問自答できるからこそ、自分とベストフレンドになれるのです


そこで必要なのは、自己肯定感。
子どもの時にどれだけこちらを高めていけるか?で、卑下するか、伸びるか?は変わると思います


たとえ子ども時代に劣悪な環境でも、真なる自問自答を繰り返していけるなら乗り越えられます


自問自答の反対側は、被害者になる事だ
自問自答の末に、被害者意識に辿りつくなら、それは自問自答のプロじゃない


そんな人は、考えるのは止める事
そもそも考える事にも向いていない
こだわりをやめればいい
ルールは極力減らそう


人それぞれ歩み方は違う
自問自答し続ける道は、生まれついての性分だ
し続けられた時、そこに孤独も待っている
代わりに自分なりの哲学を持って生きていけるから、納得度は半端ない。


自問自答型にとって、納得こそがマストアイテムなのだ。


というわけで、自問自答型に出会ったら、そうでない人は疲れます。


程よい距離でお付き合いする事を推進します




私ですか?
自問自答型です笑
だから友達がほぼいないんです
つるまないというより、つるめない。つまはじきに合うのです。
みんなと仲良くする事を強いてはいけない人です。


自問自答型のハイパータイプとマンツーマンで会話してる時が楽だ。
その場合、純日本人でないか、芸術家。


お子さんがこだわり多くて困る保護者もいるかと思います。
育児相談でお話しした事を一部シェアさせてもらいました。


そんな世界を見て生きてるのですよ。
納得と合理的は、案外別の場所にある人たちなのです。


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