さとり世代か生まれついての禅なのか?@息子語録(長文)

November 25 [Tue], 2014, 19:40
晩御飯中にマリモの掟に従い、今日楽しかったことは?と聞くと

ム:今日はぼーっとしてたからなぁ。ないかなぁ。

マ:ぼーっとって何を考えてたん?(人間はぼーっとしているというのは、気づかないだけで考え事をしている状況)

ム:いやなんも考えてないねん。

マ:では、ぼーっとしてる時はどんな気持ちがするん?怒り、不安、楽しい、とか・・・

ム:いや、ホンマに何も考えてないねん。だから心も何もないねん。からっぽやねん。だから呼吸してる事もうっかり忘れてる時があって、息止まってるねん。


マ:それが本当なら、あんた何十年もヨガしてそこ目指してる人が多い中、すでに習得いう事になるで・・・。それって意図的にできんの?本当は考えてる事を覚えてないだけ、じゃないの?


ム:いや、ホンマになんもないねん。からっぽやねん。ほんで知らん間にそうなるから、なろうと思ってなる分けちゃうねん。ただ、プールの時は便利で、25mを3回くらいの息継ぎで行けるねん。その時は、考えない事と、絶対長息(ナガイキ)するっていう思いの2つでやるねん。


マ:てか、あんた何者?すごいやん・・・・。(彼のトークは、アスリートでいうゾーンである)では、最近ぼーっとする事はあった?


ム:いやそれがな、最近学校の勉強で図形がわかってきたら、ぼーっとするのが消えてきてん。前は分からんこといっぱいあったからな、授業中にいっぱいぼーっとが出来たんやけど、最近ぼくどうしたんやろうなぁ・・・・



ここで解説:普通の親なら、この時点で「ただの不注意」に集中力が身についてきた、または、一体この子は今までなにをしてたんだ!!と怒る、諭す、大人の解釈が入ると思われますが、変態マザーはここでまだ取材続行中




マ:それはつまり、理解しようとする、考えるが芽生えてくると、消えてくる力なのかな?だんだん減ってきたという事やね。


ム:そうやなぁ。最近ぼーっとが減ってきた。物忘れも酷くて(これは昔からなのだが・・・・)


マ:それに関しては「不注意の分野やね」


ム:ああ、そうかも。


マ:じゃ、ぼーっとが復活する方法というか、コツというかそういうものはあるんかな?


ム:そうそう、ゆっくりする時間を増やす事やな。そうすると自然にぼーっとが出てくるねん。


解釈:まさにうつ病などの方や疲れすぎている人が癒されていくのに必要な方法の一つ、何もしない時間を作るというシステムである。


マ:てか、あんたそれ誰に学んできたわけ??(私は保育園で彼に遊びの延長のヨガを教えたことはあっても、呼吸法、哲学、思想など、怪しい教育は全くしていません・・・・・)


ム:僕はたまたまなんか簡単に出来たからよくわからへんねんけど、大人はそんなに何十年もそんな練習するの?


解釈:10歳までは子どもの脳という仕組みではこういう事は結構出来る可能性が高い。ただ早くから勉強、覚える、理解するを押し付けすぎると、これは未開発のまま10歳という大人脳の仕組みを迎えていきます。
彼が最近ぼーっとがなくなってきたというのは、脳の仕組みも関連している事も否めない。ただ、何も教わらずこうしてきたのは、彼の何かの資質でもあり、また家庭内で感じる事を長年会話の中に取り組んできた延長であることは言えると思われる。〜する、〜出来る、ではなく、〜をどう思った?という会話を意識して増やした事は事実です。


マ:そうだね・・・まぁあーちゃんの仕事の世界ではそうだから、あなたのインタビューアを材料にさせてもらうわね。本当に良いお話をありがとうね〜。


ム:あ、そうそう、ぼーっとするのも気を付けてな。


マ:何で?(私が思ったことは、ぼーっとしすぎて車に引かれるなどの不注意についてかと思ったが黙っておいた)


ム:ぼーっとしすぎたら、長く息し忘れるから、あぶないねん。僕は慣れているけど、あんまりマネせんといてな。慣れてない人には危ないと思うねん。



マ:・・・・・・・・・・(変なイントラやヨギーのプラナヤーマより、はるか息子の方がリスクマネージメントを考えられている・・・・。一体彼はどこで学んでいるのだろう・・・・) わかった気を付けるようにするわ、あとみんなにも気を付けるように伝えておくね。



ム:うん、頼むで。ホンマに危ないからな〜。



という会話で終わる・・・・



だ、誰だ、こいつ・・・・(笑)

この天然さとり君。
悟ろうとしたり、何者かになろうとしているわけではなく、心を使って感じるままに生きている姿という、特に怪しい「欲望と自己顕示欲のなさ」が横にいると、どうして私がヨガやスピリチュアルな師という者にほぼ魅力も引き寄せられるようなものも感じないのかという事を実感する事になった・・・。

だってこのさとり世代のさとり君は

本当の無欲の勝利だからだ。

こんなに呼吸を止められました。こんな世界を感じられるのですよ!

など一切アピールしてこない。

なぜ?

それは彼にとって特別な事ではない、普通の事だからだ。

ヨガを特別なものにしようとしている姿に、私はどこか違和感を感じるのは、きっと自然体から繰り出されるものではなく、人工的に操作されたものを誇張する事に????となっているんだと思う。

人工的に操作されたものは別に良いんです。
それをどうだ!どうだ!として、少しでも自分の「どうだ!」からずれたものを引きずりおろして、我こそが一番正しいのだ

というよくわからない寂しさと寒さにワクワクできなかったんだなぁと、息子との対話を通じて、自分の本当に欲しいもの、そうでないものを明確に出来たのであった。


元々持っているものは、こだわらずにいられる。
元々持っていないから、こだわってしまう。

という事なのかもしれない・・・・・・。


長旅ブログ、お付き合いくださりありがとうございました。
  • URL:https://yaplog.jp/komamekomame/archive/4294
月別アーカイブ
2014年11月
1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30