母の誕生日

March 06 [Thu], 2014, 9:41
けさ、目が覚めたら、雪が降って
いてびっくり。 このあいだの雪が
やっととけたと思ったのに、また雪
景色に逆戻りです。

3月6日は、亡くなった母の誕生日。


どうして私がおべんとうにこだわる
のか、今日は、そんなお話を。

もう何十年も前、受験生だった春、
母が、しんみりと言ったんです。
「なんにもしてあげられなかったわねえ」

私が、よその大学に行って家を離れる
だろうと思ったのでしょう。
それを聞いて、私が思ったのは・・・

「はァ? この人バッカじゃないの?
アタマわるいの?」
「仕事で忙しいのに、3年間
まいにちお弁当を作ってくれたじゃ
ないの! おまけにアタシを産んで
くれたじゃない! 何言ってんの?」

声には出しませんでした。考えた
だけ。 いやもう、反抗期まっさかり
な18歳、スミマセン。

母が倒れたのは、その数日後。 

今で言うところのインフルエンザ脳症で、
命は助かったけれど後遺症がのこり、
「高次脳機能障害」になった母。

性格が変わり、記憶力がなくなり、私が
知っている母とは違う人になってしまっ
たのでした。

あの日、どんな言い方でもいいから、
声に出して言っとけばよかったなあ。
3年間ありがとうって。 こんな言い方
しかできないけど感謝してる、って。

と、まあ、そんなことを考えながら、
まいにち台所でお弁当を詰めたりして
いるわけです。 


お母さん、お誕生日おめでとう。
今日はサボったけど、いつもお母さんの
お弁当を思い出しながら作ってるよ。
ありがとう。



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桜散るころ

April 27 [Sat], 2013, 8:46

母が倒れたのは、私の18歳の誕生日。
春、3月でした。
数えてみたら、もう40年近くも前の
ことです。


その後、昏睡状態が続き、お医者には
「会わせたいひとがいるなら、呼んで
あげなさい」
と言われて、親戚たちが飛んできたり、
しました。

毎日、仙台を、市電で西から東に横断
して、眠ったままの母の顔を見るため
に通いました。

あの頃の沈んだ、行き場のない気持ちを、
どう表現したらいいかわかりません。

黒いゼリーの中をスローモーションで
歩いていた、とでも言えばいいでしょうか。

けれども母が、三週間後に目覚めたのです。
誰もが、もうだめだと思い始めた頃でした。



母が目覚めた! 母は、生きられる!

歓喜の思いで、病院から家に帰るとき、
ふしぎな光景が見えました。

桜が、強い風で、渦のように散っている
のです。 きれいでした。 でも・・・?

桜、咲いてたっけ? 散るほど咲いたっけ?

毎日、桜の名所の前を市電で通りながら、
私は、満開の桜に気づかないでしまって
いたらしいのです。 不思議でした。


このとき目覚めた母は、後遺症で子供の
ようになりましたが、その後、十数年
生きてくれました。



桜の季節には、だから思います。

何があっても、桜は見ておこう。
そして、母のことを考えるのです。



一押しいただければ。
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川の景色が好きな理由(わけ)

September 11 [Tue], 2012, 16:04

 今日はぐあいが悪くて、なんにもせずに
寝ていました。 暑い日が続いて、体調が
崩れた、というかんじです。 

 食欲がないと、おいしいものも作れませ
んね。 気をつけましょう。
 今日もいちにち暑かった仙台です。

   ★ ★

 このあいだ、ふと気付いておかしかった話。

 私の母は、川が好きだといつも言っていま
した。電車に乗ると
「こまちゃん、川が見えたら教えてね」と
にこにこします。

 わたしは張り切って窓を見張り、川が
見えると大騒ぎ。
「お母さん、川だよ! こんどのは橋が
 高いよ!」



 この歳になって気付いたのですが、母は
べつに川が好きではなかったんじゃないか
しらん?

 ただ、動き回ってうるさい私に、静かに
してほしかっただけで。


 本当のところを聞きたいですが、母はもう
いません。 

 幾つになっても気付くことはあるものだ
という話。 ていうか、なんで気付かなか
ったのかな?




 ほんとに涼しくなりませんね。 どうぞ
みなさまも、お健やかにお過ごしください。


疲れたら、アクビがいちばん。


 いつもありがとうございます。
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セピア色の写真

July 03 [Tue], 2012, 18:02
 古い写真が出てきて、それがあんまり
なつかしかったので、夫に頼んでスキャン
&デジタル化してもらいました。



 40年以上も前の、母と妹と私、三人の
スナップ写真です。 父が撮ったと思う。 
ピントがボケボケだけれど。
 オートフォーカスなどない時代だったの
です。

 わたしは、たぶん9歳か10歳。 ああ、
私ったら、なんていい顔で母を見てるんだ
ろう。

 季節は秋、栗を拾ったりススキで遊んだり
しながら歩いた、峠の道です。 白黒でわか
りにくいのですが、眼下にぼんやり広がって
いるのは仙台平野。

 この後、十年もたたずに母は倒れてしまうの
だけれど、そんなことも知らずに笑いあってる
母子三人と、やっぱり笑ってるであろうカメラ
の後ろの父。

 
 今、このあたりは大きな団地になっています。
水芭蕉の咲く沼が、小さく残っているそうです。




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ピーマン一個で思い出すこと

February 02 [Thu], 2012, 18:39



 私の母が倒れたのは、私が十八歳の誕生日。
インフルエンザウイルスによる脳炎でした。
もう、40年近くも前のこと。

 三週間、意識のない状態が続き、もうだめ
かもしれないから、会わせたいひとがいるの
なら呼びなさい、とお医者さんに言われまし
た。

 そして三週間目に奇跡が。 母が目覚めたのです。

 けれども母は、別人になっていました。 記憶が
維持できない。 1分前のことも憶えていられない。
それだけならまだいいのですが、性格が幼稚で、精
神年齢は三歳児。 てんかんの発作もありました。

 今でも、ピーマンを見ると思い出します。

 ある日、台所で、私と妹が夕食を作っていると、母が
後ろで機嫌よく遊んでいました。冷蔵庫から出した野菜
を並べて。

「キャベのツー子さん、タマのネギ子さん、ニンのジン
子さん、ピーの」 ここで言葉が途切れます。

 え?

 後ろを振り返ると、ピーマンを持って困っている母。


 人生って、けっこうたくさん笑うことがあると思いま
す。 泣くべきか笑うべきか迷ったら、きっと笑うほう
がいいんです。きっと。

  55歳。 年をとると、ピーマン一個見ただけで、
思い出したり笑ったりすることがたくさんあるので、
困ります。

わたし、これが書きたくて、このブログを始めたのかも
しれない。 気が済んだので、更新のペースを落とします。
 たぶんね。




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夫、猫のてっち13歳、わたし、の三人暮らしです。

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