初代大和市役所(大和町・村役場)の場所が判明したよ

June 17 [Sun], 2018, 16:18
今回は神奈川県大和市役所の場所の変遷に関してです。

現在の大和市役所の場所は、大和駅周辺ではなく鶴間駅周辺エリア。オークシティと市立病院の間にあります。
最寄り駅としては鶴間駅ですが、鶴間駅からは約1km・徒歩15分弱。鶴間駅と大和駅の間を3等分して鶴間駅側に3分の1ぐらいの場所。というような位置で、駅から歩くには少々遠いです。

あらかた高度経済成長期の各地の市役所などの郊外移転の波に乗って郊外部に移転したのかな??と思ってしまいがちですが、結論を先にいえば、大和130年弱の歴史の間で(市役所)役場の場所は殆ど変っていません。



現在の大和市役所は3代目といえますが、ではそもそも現在の市役所が出来る前の市役所・役場は何処にあったのでしょうか??

wikipediaの大和市役所の項の記述を見ると過去の庁舎の場所と現在の庁舎は3代目であることが読み取れます



2018年6月17日時点。「Wikipedia・大和市役所の項」から


現在のオークシティと市立病院の間にある市役所庁舎は1974年に移転した3代目である。
2代目は1950年に移転。下鶴間3192番地(現在の大和市保健福祉センターの場所)である。新築当時は大和町
初代は1891年に鶴見村から大和村に改称した下鶴間字乙10号3117番地である。

とあります。

ただwikipeidaは誰でも編集できるので情報が集まりやすい反面、記述が曖昧だったり、Web辞典としてふさわしくない書き方(例えば「現在では」とか「現時点では」のような表記)が多いなど書き方が統一されていないことや、近年では嫌がらせやいたずら目的での編集も問題視されています。
今回の調査のような内容な大丈夫だと思いたいですが「Wikipediaに書いてある=確定ソース」とするのは稚拙です。ただ調査のとっかかりとしては役に立つので、この裏付けを取る形で調査をするとします。

また鶴間駅から市役所周辺は住居表示が実施され、住所の表記が変わっているため、この下鶴間3117番地は何処なのか?も調べないと分からなくなっています。


まず大和市の歴史をおさらいすると、明治時代になり国の方針もあり、下鶴間・深見・上草柳・下草柳の4村が合併し鶴間の「鶴」と深見の「見」を取り鶴見村となる。
しかし特に旧下鶴間村と他3村の間で不仲であり分断運動も起こる。結果、県知事の仲裁で「大いなる和」で大和村と改称され1891年に大和村が誕生します。
(その後1956年に旧渋谷村北部と合併)

さて肝心な「大和」が誕生した時の役場の場所ですが・・・「まんが大和百年」によれば


(「まんが大和100年」7Pより)

仲裁の一つとして「4つの村の中間地点に役場を置くこととする」とあります。

大和市史第3巻(通史編・近現代)によると

「下鶴間乙拾号三千百拾七番地の畑地内の道沿いに移すこと」
の記述があります。また藤沢町から町田村までの往還の接続地であることも記されています。


(238Pより)

Wikipediaの記述はこの大和市史を参照したのかな??「下鶴間乙10号3117番地」は正確であると考えてよさそうです。ではこの場所がいまの住所では何処なのか??

シリウスの大和図書館でレファレンスの司書の方と一緒に調べた際、なぜかこの一体の住居表示実施時の旧地番との対照用の地図が見当たらず、判明しませんでした。Facebookで頂いたコメントによれば法務局のブルーマップでで調べる方法もあるとのことでしたが・・・
シリウスの図書館で発見した資料

写真集大和資料館(大和市教育委員会・1991年発行)によれば

写真のキャプションに「1950年に『下鶴間2丁目5−22』から『鶴間1丁目31−7』に町役場を移転した」旨の記述があります。下鶴間2丁目5-22と下鶴間3117番地が同じであることを示す資料はこれを書いている時点では見ていませんが大和市教育委員会発行の資料なので信頼性があります。



この下鶴間2丁目5-22を確認すると、大和市役所の裏手「大和原自治会館」の住所となります。
なお移転先の「鶴間1丁目31−7」は現在の保健福祉センターの住所です。

昭和23年測量の5万分の1地図(つる舞の里歴史資料館のパネル展示)より



鶴間駅の右下付近に役場マークの丸印があることがわかります

この地図で特筆的なのは1891年の大和村役場設置から50年余の戦後すぐの時代になっても、役場周辺は建物が数軒ある程度で中心部とは言えない状態。むしろ北側の山王原や西側の一関辺りに集落が認められます。

そもそもの大和村役場がこの場所に決まったのは、下鶴間・深見・草柳の中間だという理由で街の中心とは無関係。その経緯が現れているといえます。ある意味で早かった役場の郊外移転と言えるのでしょうか??


さてここで現在の当地。大和原自治会館に行ってみるとします。「大和村役場跡」とか石碑などがあればと期待するのですが・・大和原自治会館の場所は市役所と市立病院の間を入り市役所前から500m弱。先日紹介したヤマトンデザイン自動販売機から150mほど先といった場所です

http://yaplog.jp/kiyop/archive/2844

大和市役所から徒歩5分もかからないような場所。
現在の大和市役所は高度経済成長期に郊外移転したのではなく、「元々の大和の役場自体が現在の市役所近くだった」「大和130年の歴史の中で市役所(役場)の場所はさして変っていない」というのが正しいですね。



こちらが大和原自治会館の全景。小さいながら信号のある交差点に面しています
右が自治会館の建物。正面は防災倉庫

この交差点周辺やヤマトン自動販売機の前の道、246号線からや横浜市上瀬谷・海軍道路方面から市役所方面への抜け道になっているからか、道幅が狭いのに自動車交通量が多くてタイヘンです。近くに小学校もあるので登下校の子供達は危なさそう・・。



自治会館前の掲示板。この中にヤマトンは何体いるでしょう??笑。写真の角度が悪くてよく見えないですね。



下鶴間2丁目5−22であることが表示されています



残念ながら石碑の類はなさそうですね
役場の跡地が公園や公共施設に転用されるのはよくありそうですが、大和原自治会館になった経緯は不明なのが残念です。この辺りも調べてみるとなにかわかるかも??



大和原自治会館の敷地自体は狭く本当にここに役場があったのか半信半疑な状態ですが、裏手(現市役所側)に回り込むと、民間企業の敷地を挟みステンレス製のコンテナ状の倉庫が並んでいるのがわかります。
防災倉庫の類でよく見かけるこのコンテナ状の倉庫。もしかしたら市や関連団体のものなのか??



更に倉庫群の隣(現市役所側)には公営住宅風の平屋の住宅が並んでいます。
もしかしたらこの辺り一帯も含め初代役場の敷地だった可能性も考えられます。



自治会館前の交差点脇にはシャッターが閉まって閉店したかのようなお店。更にその隣にもお店の跡があります。



更に近くにはJAさがみの深見支所や大和小学校もあります
終戦直後になっても役場周辺は「街中」とは言えなかった状態ですが、お店やJA、小学校が固まっているのは役場があった名残なのでしょうか??

まだ不明瞭な点が多いですが、初代大和村(町)役場の場所は、現在の市役所からおよそ450mほど東側の現在の大和原自治会館の場所の辺りだったことが一応判明しました。

*****************

おまけとして2代目大和町役場(市役所)の方も紹介します
昭和40年(1965)4月1日施行の「大和市住居表示新旧対照表」によれば鶴間駅の南東側地区はこの時に「鶴間1丁目」になったことが記されています。


注:国道246号線は現在の大和バイパス完成前の旧道の厚木街道

現在の鶴間交差点の角に市役所があったことが読み取れます。
昭和34年(1959)の市政から6年経過。高度経済成長期の都市の郊外化の波を受けて人口増が続き人口10万人を突破していた時期です。大和市役所自体も増築を繰り返したからか、複数の建物が連絡通路で繋がれているのがわかります。

前出「大和写真館」によれば、2代目町役場は「鶴間1丁目31−7」しかしこの地図の1丁目31−7の敷地は市役所の隣「東産ココア(株)」となっていて、市役所の住所は「鶴間1丁目32−1」となっています
また現在の保健福祉センターの場所はこの「1丁目31−7」の辺りです

更に住居変更前の住所は東産ココア、旧市役所ともに「2813番地」でWikipediaの「下鶴間3192番地」との記載とも違っています。

推測として昭和25年の役場移転時の庁舎は老朽化等で昭和40年までに使用を終了。鶴間交差点角地と現在の勤労福祉会館の場所に別に庁舎を建設し旧庁舎跡地は東産ココアに貸与した。という流れが考えられますが、どうなのでしょうか??

この推測の通りだとすれば2代目庁舎は正確には2代目A・2代目Bのような形で隣接地に移動しているといえます。



現在の大和市保健福祉センター(2018年3月撮影)
現在の鶴間交差点角の「日産サティオ」を挟んで、旧246号線沿いに保健福祉センター、オークシティ対面側に勤労福祉会館となっていて、保健福祉センターと勤労福祉会館は同じ敷地の駐車場を挟んで隣接しています。

現在の市役所に移転した後、旧市役所・東産ココアの敷地のうち、鶴間交差点の角は(現)日産サティオに売却もしくは貸与。残った土地に保健福祉センターと勤労福祉会館を建設したと考えられます。

注:現在の住所では「保健福祉センターが31−7」「日産サティオが32−1」

初代・2代目ともに、推測による点やまだ不明瞭な点が多くあり、まだまだ継続の調査が必要そうです。
ここまで調べた内容を元に、今度平日に大和市役所に行った際に市史担当の部署を訪問して直接聞いてみれば、何か新しい情報が得られるかな?とも思います。


今回大和市役所・役場の場所の変遷を調べることになったのは、ヤマトンの情報を探してる途中に思いついたようなもので全くの成り行きといった状態で始めた調査ですが、調べている過程で他の情報や大和市の都市発展の経緯なども見えてきて楽しいものです。


またこの調査にあたり、大和図書館のレファレンスの司書の方、つる舞の里歴史資料館の館員の方に助言・情報提供いただきました。

「初代役場の場所」程度なら「図書館で調べればすぐわかるはず」と思っていたら、なかなかピンポイントで掲載されているような資料が発見できず手間取ってしまいました。閉架で保管しているものなど、まだ未見の資料があるのかもですが・・・

大和図書館はシリウスに移転し指定管理になってから300万人来館など話題も豊富です。一方で近隣の海老名図書館など指定管理になった図書館では、貴重な郷土資料を破棄した疑惑なども持ち上がっています。
郷土資料の収集保存は、来館者数や貸し出し冊数など統計的な部分には現れづらいので軽視されかねませんが、図書館が「無料貸本屋」ではなく公共の財産としての図書館たらしめるのは、郷土資料など貴重な資料の収集・保存やレファレンスなど司書業務にあると思います。
来館者数や貸し出し冊数という数値のみならず、図書館たらしめる部分も手を抜くことなく頑張ってほしいものです。

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2018/6/17 16:18(JST)
  • URL:https://yaplog.jp/kiyop/archive/2851
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