ESS各論 ―「利己的な遺伝子」A―

September 30 [Sun], 2007, 3:03


リチャード・ドーキンス「利己的な遺伝子」紀伊國屋書店

前回「ドーキンス説と岸田説は矛盾しない」では、「利己的な遺伝子」の四章までの内容を扱いました。
1 人はなぜいるのか
2 自己複製子
3 不滅のコイル
4 遺伝子機械
岸田秀との関連を見出して興奮した部分は「4」。
そういえば、読んでないですが著書に「神は妄想である」というのもあるそうで、唯幻論的かも。

ドーキンスは自ら「熱烈なダーウィン主義者である」と名乗っています。
これもフロイトの全面的な影響を認めており、著書の名前にまで使っている岸田さんと似ています。心の師匠の説をほとんど肯定しているようでいて、その地点から大きくステップ・アップさせている点も・・・。

都合3回くらいに分けてやりたいですが、今回は
5 攻撃―安定性と利己的機械
6 遺伝子道
7 家族計画
8 世代間の争い
9 雄と雌の争い

のあたり。利己的遺伝子論の各論と言うような部分です。

復習を兼ねて、前章までをまとめた文を抜いておきます。

「生物個体を自分の遺伝子全体にとって都合の良いことなら何でもみさかいなく行うようにプログラムされた、利己的な機械とみなす」(定義)

「自然淘汰によって選ばれるのは、環境(=自分の近親個体でない他の生存機械を含む)をもっとも有効に利用するように自分の生存機械を制御していく遺伝子である。」(結論)


そして、淘汰によって極められた、「進化的に安定な戦略」を「ESS」と呼びます。
以下、個人的に注目したところのみについて、簡単に紹介と感想を。

◆◆◆◆◆
○単純な弱肉強食はESSにならない。
動物の攻撃は抑制のきいた形式的なものがほとんどである。リスクの多い真剣勝負より、威嚇やこけおどしによって相手を降伏させることが多い。(その方が遺伝子が後代に生き残る率が高くなる)

○攻撃のパターン、例えばハト派とタカ派にも進化的に安定な比率がある。ハト派の中のタカ派は有利だが、だからと言ってタカ派が増えすぎると不安定になり、集団は次第に安定な比率を見出す。

(以上第5章)

◆◆◆◆◆◆
近親個体同士のESSとして、「利他的遺伝子」が登場。

○「利他的遺伝子」とは、生物体としては自己を犠牲にするが、それによって自分と同じ遺伝子をより有利に残そう、というプログラムを持った遺伝子である。

○10人の近親者を救うために1個体が死んだとしたら、「血縁利他主義遺伝子」の1コピーは失われるが、同じ遺伝子のより多数のコピーが救われることになる。
2人以上のきょうだい、8人以上のいとこを救って死ぬのなら計算が合うから、そういう「利他的行動を示す遺伝子」がESSを達成して残っていく。

○双生児が自分の幸福と同じくらい相手の幸福を気にかけることや、子に対する親の献身的な保護と世話も、血縁利他主義の例。親による世話が進化上当然合理的で有利なのだ。
(子が親に利他的にふるまう親孝行は、ESSとしてはダメ・・)

○しかし、動物は誰が自分の近親者であるかをどのようにして判断するのだろうか?
肉体的外見的に自分に似ている個体に対して利他的にふるまう傾向を持っているのか。小群で行動する種では、「メンバーには誰にでも親切にせよ」という「規則」があるのか。何らかの規則がプログラミングされているはずである。

【規則の誤用】

ESSとして正しい「規則」は、時々間違った使い方をされるらしい。

溺れかかっている人間が野生のイルカに助けられた、というのはもちろんイルカの優しさではなく、群の溺れかけているメンバーを救うという規則の誤用であろう。

孤児を育てるメスの姿はいじらしく見えるが、これも規則の誤用。
自分の遺伝子には無駄なことをしている。自分の時間とエネルギーは、自分の遺伝子を将来残す方向に使うべきなのだ(ESS的には)。

カッコウなどの托卵鳥は、他の鳥の、巣の中の卵を世話しようという規則を悪用している。故意に企まれた母性本能の誤用。

ドーキンスが「徹底的に調査する価値のある重大な例」(つまり、自らの理論で説明し切れていない例)としているのが、子をなくした母ザルが他のメスから赤ん坊を盗んで世話をするという例である。
これは、利己的遺伝子的には(ESS的には)二重に誤まっている。自分の時間を無駄にしている上に、ライバルのメスを子育ての重荷から解放してやり、より早く次の子を作れるようにしてやっているわけだから。

・・・・岸田派の私が「サルは、本能(=遺伝子に有利なあらかじめ組み込まれたプログラム)が壊れかけてるからだぞ!」と内心叫んだのはもちろんである。
(以上第六章について)

◆◆◆◆◆◆◆

動物の「産児制限」を唱えたウィン・エドワーズと、デビット・ラックを紹介。

エドワーズは、集団的社会生活自体が産児制限機能を持つとしている。

○多くのメスは、なわばりを持たないオスとはつがいを作ろうとしない。つれあいのオスが戦いに破れてなわばりを失うと、勝者のほうへ鞍替えすることも多い。
(部屋住みの次・三男=厄介叔父は嫁をもらえない?)

○順位制も、群の中に社会的地位を得て繁殖の資格を得るためのものである。順位の高いオスだけが繁殖できると言う規則が甘受される結果、個体数はあまり激しく増加しない。なわばりや順位が価値を持つと言うのは、一種の産児制限の機能を持つ。

○ラックによれば少し違い、集団的な理由ではなく、実際に生き残る「自分の子供」の数を最大化するために産児制限を実行するのだそうだ。

要するに家族計画(産児制限)も、自らと同じ遺伝子を少しでも多く後代に残すため。
私にはエドワーズの考えの方が面白いが、ドーキンスはラックの説に傾いている。

(以上第7章)

◆◆◆◆◆◆◆◆

母親は、全ての子供に公平であるべきか否か。
親による保護投資(P.I.)を均等にすべきか不均等にすべきか。(母親を遺伝子機械とみなした場合)

○P.I.は限られており、あまりに多くの子どもにごく少量しか分散させてもならず、あまりに少数の子どもにすべてを投資してしまうべきでもない。
○生きる力の乏しそうな子供は、自分や他の子供の食糧とすることもある。
○母親が二人の子供のどちらかしか救えない場合、普通は投資量を無駄にしないために年上を救う。

(もちろん、これは母親がそう思って決めているのではなく、そうするようにプログラムする遺伝子を持った個体の方がESS的に有利だから結果的にそういう行動を取る個体が多いということです)

(以上第8章より)

◆◆◆◆◆◆◆◆◆
【仁義なきオスメスの戦い】

遺伝子の半分を同じくする親子間にも利害の対立があるのだから、互いに血縁関係にないオスとメスの争いはどれほど激しいものになるか・・・が第9章。
一番面白い部分です。

○(ESS的には)父も母も、子どもの遺伝子の半分の福利に関心を向けているから、協力して子供を育てることは間違っていない。

○しかし、もし片方に子育てを押し付けられれば、丸儲け。
別の配偶者との子作りができ、自分の遺伝子をさらに後代に残せるから。

○ゆえに、配偶者は相手に少しでも多くの投資をさせようと、互いに搾取しあうものと考えることができる。理論的には、個体は可能な限りの異性と交尾して、しかも子育てはすべて相手に押し付けることを望むはずだ。

○「オス」と「メス」は本来何を意味するのか。少数の大型の性細胞(卵子)を持つものがメス、小型で数の多い性細胞(精子)を持つものがオス。動植物いずれにもあてはまるのだそうだ。(同型配偶子という例外もあるが)

○2つの性の「戦略」の進化を考えてみよう。
→ まず、精子側の搾取的戦略が進化した。中間的なサイズは淘汰され、よりすばしこく、より大量の、より小型に進化した。
→ 卵子側は、精子側の投資量の縮小を埋め合わせるために、ますます大型化し、受精卵の成長に必要な栄養分まで貯えるようになり、運動能力を失った。

○雌性とは、搾取される性である。
すでに受胎の段階で母親は父親よりはるかに子供に「身を投じて」しまっている。子どもを失った場合、メスのほうが多くのものを失う。新たに子どもを一頭育てるにも、父親の投資より母親の投資の方が大きい。

○配偶者に遺棄されたメスにとってESS的に有利な戦略は「別のオスを騙して実子を思い込ませて養育させること」。

○それを成功させられてはオスは自分の遺伝子的に無駄な労力を負わされることになるから、ライオンなどは自分の子以外の子を殺したりする。

○メスの戦略は、「配偶者を選びぬく」ことである。
大きくて栄養たっぷりな卵子と言う持参金を彼女は持っているのだから、基本的に売り手市場。

→ 一つは、家庭的なオスを選ぶ戦略。
婚前投資をさせ、交尾に至るまでの期間を引き延ばし、誠実で忍耐力のあるオスを選別し、気まぐれな求愛者を除外する。

→ 一つは、たくましいオスを選ぶ戦略。
この方策を採用している種では、メスはオスからの援助を結果的にあきらめ、良い遺伝子を得ることに全力を傾けている。自分の遺伝子に父親の良質な遺伝子を合体させることによって、自分の遺伝子も有利になるはずである。

ちなみに、ドーキンスはハンディキャップ理論には疑問を表明している。


【ドーキンス芸者の功罪】

このあたりの例はあまりにも人間の生活実感に合致する部分が多くて面白いので、ドーキンス論を用いて人間の諸行動に当てはめる「ドーキンスを飯のタネにする人」が出現したのだと思う。

もちろん、前回発見したように、ドーキンス自身が人間においてはESSの細かいプログラムを疑っている。意識を与え学習やシュミレーション能力を与えることでESSプログラムを大幅に省略したとすれば、利己的遺伝子論で人間行動を説明しつくそうと言うのは誤りなのだ(原書にあたらなければ私はわからなかった)。

特に第9章は、ほとんど藤田徳人著作(読んだのはこの本のみだが)に書かれていることと重なっていると言ってもいい。
藤田本を読まずに、最初からドーキンスを読んでいれば、反感による無用な回り道を避けられたと思う・・・。

藤田説はネタ本であるドーキンス理論(それも「利己的な遺伝子」の第9章)をほとんど忠実に流用しているといってもいいんだけど、ただ一つの重大なフェイクによって、少なくとも私には全く共感も納得もできない本になってしまった。
人間にはあてはまらない可能性をドーキンス自身が認めている「利己的遺伝子」論を、人間行動の根本原理とし、もっぱら「戦略的な恋愛行動の説明」に使っているところ。一見学問的に見えるから困る・・・。恋人が欲しい盛り、セックスがしたい盛りの世代には、これが実感的に人間の根幹だと思われる可能性がある。

竹内久美子の大ボラはユーモアがあって許せる(なにしろ「解するヒトだし」)が、やはり冗談でしかない部分も多い。浮気も離婚も遺伝子が原因だとか、ハゲに対する論考とか。

ドーキンス理論は人間に当てはめるとメチャクチャ面白いけど、人間にだけは簡単に当てはめてはならない理論だと私は思います。
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返信うっかり抜かしてスミマセン。文章力の問題もありますが、「わかりやすく、面白く」書こうとするのは難しいです。

>ハンディキャップ理論をランナウェイ理論で説明した
そうですか。トンデモ論みたいなことでも、ドーキンスのように原則から積み上げた中に位置を得るといい感じですね。注釈をきちんと読んでいなかったので、教えていただいてありがとうございます。

記事には書きませんでしたが、最終章の中のウィルス理論も面白かったですね。
これは栗本慎一郎の「パンサル」第二弾、「パンツを捨てるサル」に書いてあったこととほぼ同じでした。「パンサル」シリーズが一冊目と二冊目でなんでこんなに違う内容なのかずっと疑問だったのですが、これもはっきりしました。栗本もドーキンス芸者だなぁ・・・「パンツをはいたサル」ではバタイユ芸者的だったし・・・。
「面白く、誰にでも読みやすい」ことは大いにいいのですが、「自分こそこれらの真実を知った天才」みたいに臆面もなく書いているのはちょっと・・・です。

by きのこ October 06 [Sat], 2007, 11:28

 難しい内容を扱えば扱うほど反応が薄くなるのは当然でしょう。私も、ドーキンスを読んでいなければ感想は書けませんよ。

 ハンディキャップ理論もランナウェイ理論も、基本は同じでしょう。むしろ、ハンディキャップ理論をランナウェイ理論で説明した、という感じがします。注釈におけるハンディキャップ理論の説明は、ランナウェイ理論とほぼ同じですしね。

by 棚旗織 October 04 [Thu], 2007, 21:32

ドーキンス感想@AB、反応無しが寂しかったので、読んでくださって嬉しいです!

注釈を読みますとホントですね!肯定もしきれないけれど始め聞いたときほど否定はしていないというように読めます。教えてくださってありがとう(ということはこれは最新版なのかな?)
私自身がハンディキャップ理論は今一つピンと来なくて、「ランナウェイ理論」の方がわかる。孔雀の羽も、大型化する恐竜も、長すぎる牙も、一つの有利な方向に進化し始めたら、行き過ぎて不便を生じるようになっても後戻りはできないような。
ドーキンス理論に比べれば末節的な仮説なので、どっちでもいいかな・・・と言うのが本音。

ドーキンス理論、細部まですごく気に入りましたよ!人間にもあてはまることは多いと思います。
自分の出産経験の時、意思と無関係に現れる自然のプログラム(のカケラ)の数々を実感してびっくりしました。マタニティブルーも産後ハイになって動き回らないためのESSプログラムだったのかと思うくらいです。

安易に何でもESSで人間を説明しようとすることはドーキンスの本意に反するとわかったけれど、「動物である人間」の行動の基盤にあるものとして、これほど力強く統一された理論はないと思います。

by きのこ October 03 [Wed], 2007, 2:18

 最新版を読んでいらっしゃるでしょうか? 注釈において、ハンディキャップ理論は認めていますよ。注釈は注釈でなかなか内容があります。

 ドーキンスが人間に動物行動学を当てはめていない理由の根底にキリスト教的考えがある、と誰かの本で読みました。単純には動物行動学を人間に当てはめられないでしょうが、人間行動学が非常に有効であることも事実です。ESS あたりは、ほぼ当てはまるでしょうね。人間を動物扱いすることについては、タブーの問題と関わってきますので浅く。

by 棚旗織 October 02 [Tue], 2007, 15:55
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