「奇談」

July 26 [Thu], 2007, 2:11

「奇談」レンタルDVDにてようやく観ました。
諸星大二郎の「妖怪ハンター」シリーズの最高傑作「生命の木」の映画化です。

公開当時から注目していたのに見なかったのには、阿部寛の稗田礼二郎というのがどうしてもピンと来なかったからかな。
重たい長髪を真ん中で分けた、常に黒いスーツの端正な異端の大学教授のはずなのに、阿部寛礼二郎は原作にないメガネをかけ、なおかつ前髪が「チョボチョボ」したごく短髪・・・こりゃ変だろ!!
京極堂シリーズであの榎木津礼二郎役もイメージ違ったし、「なんで愛するダブル礼二郎様を二つとも君がやるんだ!」と大いに反発したこともあり。(阿部寛は好きなんですが、「トリック」「ドラゴン桜」みたいに彼にピッタリしたキャラじゃないとダメです。)

しかし、「奇談」・・・良かったんですよ。
原作世界を膨らませてはいるけれど、余計なものを多く付け加えてはいない。
今の映画にしては短い84分の中篇(正直このくらいの長さの映画は助かる)だけど、息もつかせぬ展開でズイズイと深淵に引きずっていくテンポが素晴らしい。

漫画は今でも何種類かの形で読めるけれど、絵柄その他の点から読み辛い人も多いらしい。諸星は、妖怪や岩や洞窟を描くのはすごくうまいのに、人物の表情とかあまり情熱を持って描いてくれないですよね・・・。
とりあえず漫画でも映画でもいいからこの作品を一人でも多くの人に見てもらいたい!!原作ファンとしては、変形加工はされていますが、原作をよく理解して作っていたと思います。(老婆とシズエは諸星世界らしくなかったけど・・・)。多分これに嵌まれば漫画にも手を出すことウケアイです。

【サワリを紹介】

大学院生である佐伯里美(藤澤恵麻。原作にはない役)には、七歳のときの記憶がない。
母親の出産で田舎に預けられていた時神隠しにあっていたらしい。
失われた記憶と、夢(穴と少年)の謎を解くため東北の寂れた寒村「渡戸村」を訪ねる。

渡戸村は村人のほとんどがかつて隠れキリシタンであり、今はカトリックになっている。しかしその村のさらに奥には、「ハナレ」と呼ばれる集団がいて、いまだに自分たちだけの信教を守っている・・・。

里美の着く直前、ハナレでぜんず(善治)という男が惨殺される。それも、山の上で十字架状のものに縛られて村人に惨殺されたらしい。
村人はその後消えてしまい、重太という男だけが残されて「みんないんへるのさ行った、それからぱらいそさ行くだ。おらだけ、行けね」と泣き叫んでいる。教会の神父(清水絋治)はなぜか善治の死体安置を異常に拒み、何かに脅えている。

村人達も「ハナレ」の話には異常な拒否反応を示す。ハナレは、もと隠れキリシタンから見ても異端なのだ。
まともな形で葬式も出さない(死なないという噂がある)。
また近親婚が続いたため、七歳くらいの知能しかないらしい。
電気もガスも水道もない。
神隠しがあるたびにハナレの仕業だと村八分にされる。


【埋もれた場所奥の奥の奥・・・・】

舞台となる1972年は1949年生まれの諸星が、デビューする前年でもある。

映画の起点がすでに失われた時代(35年前)の東京。そこからレトロな列車で東北の過疎村に行く。途中で何度も真っ黒なトンネル(里美が昔から「怖い」と言っていた)を潜る。直前の台風と地震により、ハナレに行く道路も寸断されてしまった。
そして、ハナレはもうすぐダムに沈むことになっている・・・・。

・・・つまり現代ではもうなくなってしまった場所。
時間的、空間的、コミュニティ的に我々から幾重にも遮断された場所。
異端の異端。被差別の被差別。
奥の奥の奥。
過去の過去の過去。
意識の底の底の底。
この異空間へのいざない方が上手い。
(漫画だと全31ページだからあっという間についてしまうので)
その場所でもさらに最も奥の空間で彼らが見たものは・・・・!!!

(↑)このアオリで観る気になってくれた方が一人でも居ると嬉しいです・・・。

【制作スタッフとキャストについて】

現代の邦画・ドラマ手法も効果的に使っています。
プロデューサーが「リング」の一瀬隆重だったとは後で知ったのですが、そういわれてみるとハナレを撮影した23年前の映像なんかは、「呪いのビデオ」をちょっと彷彿とさせる。
トンネル、穴、排水口の闇を効果的に使っているのは、鈴木光司作品「仄暗い水の底から」(中田秀夫監督だけど)を思い出させられた。

全体に大作感がなく、どことなくチープな雰囲気を漂わせているのも好み。
田舎の駐在所が大きな民家の一部を借りて作られていたり、するのも、阿部寛の登場とあいまって「トリック」っぽい。

ギャグとホラーは一種非常に似通った部分を持っていると思うし、ホラーの名手は大抵笑いの名手とも言う(梅図かずお等。諸星にも「ど次元世界物語」などのギャグがある。)。
「トリック」の一話一話(閉鎖的な教団など)も全てホラーになりうる。
「帰ってきた時効警察」のいくつかも、容易に恐怖にスライドする。
笑いの本質は、エロスを前にした恐怖の表れだといいまから。

「奥羽崩れ」と呼ばれるキリシタン弾圧の残酷な歴史を、秀逸な人形ジオラマによって辛くない形で見せてくれるのも悪くないと思う。

藤澤恵麻もいいけれど、神隠しのカタワレである新吉君は「居眠り磐音」で幸吉をやっている田中碧海君も良かった。
恐怖に脅える神父役の清水絋治の演技は原作ではっきりしなかったキリスト者の苦悩のドラマを見せてくれた。
ほんのり笑いを誘う観光課職員柳ユーレイもナイスポジション。

稗田礼二郎役は・・・私は、オダギリジョーにお願いしたい。長く重たいセンター分けの黒髪も、彼なら似合いそう。「蟲師」のギンコよりいいと思うな・・・。

【テーマについて語りたくて】

さて、作品の内容について少し話したいのですが。
ネタバレというよりテーマバレですので、ご注意を。








「ハナレ」に伝わる聖書、「世界開始の科(とが)の教え」の冒頭。
天地万物の親である「でうす」が作った初めての人間はアダムとイブではないのです。

これあだんとじゅすへるのふたりなり
ぱらいそに二本の天の木あれば かならず食うことなかれと
でうすかたく仰せあるを
じゅすへるあだんをたばかりて
あだんはまさんの木の実をとりて食い
じゅすへるはいのちの木の実を食しける

これよりたちまち天の快楽をうしない
あだん その妻えわと下界に追いやられ 畜生を食し 田畑を耕してまいるべし
またじゅすへるの子ども 死ぬことなく生みふえれば
でうす これを憂いたまいて 地をひらきて いんへるのに落としたもう
その子孫 わずかに人からかくれ住み 
いのちの木の実の功力にて死ぬことなしといえども
でうすの呪いうけたれば
順次にいんへるのにひきこまれ
子し孫そん地の底に身をもがき
きりんと参る日まで苦しみつきざるというなり


渡戸村のハナレにおける事件は、この伝説の再現だった。村人に殺され、3日後に甦って地の底を開き無数の「じゅすへるの子孫たち」を天上に連れて行った善次はイエス。重太はユダだから取り残された(何の罪があったのかはわからない)。

神の呪いを受け、未来永劫いんへるの(地獄)で苦しむ宿命の、じゅすへるの子孫たちを救うもう一人のキリストを出現させるために。

だからこそ神父は「主は、主はお一人だ・・・・」と、善次がキリストに擬されることをあれほど恐れたのだ。カトリックの基盤が根本から崩れてしまうから。

一神教たるキリスト教を、根本から揺るがす多神教としての土俗的信仰、異端として教会が迫害し否定してきた多くのヨーロッパ宗教の一つなのだろうか?それとも世界に普遍的な「生命の木」信仰が聖書に結びついたものなのだろうか?

重太を残して全ての村人やすでに死んだモノ達が天に上ってからも、七歳以下の子供たちは多数村に帰ってくる。「マリア」が子ども達のみを助けたからだ・・・。

一神教としてのキリスト教がこれでもかと土俗的な多神教的世界に引き戻されていて、数千年を細々と貫くかもしれない「異端感覚」が溢れているのが面白い。何で日本の田舎にじゅすへるの子孫が??ということは何一つ明らかにされないけれど。

すなわち、我々はアダムの子孫であり、エデンの園の「知恵の木の実」を食べて楽園を追われた。
しかし、ジュスヘルの子孫は神に呪われたがために未来永劫天国にもいけず死ぬこともできない。それを救うためにもう一人のキリストが必要だと。

ラストシーンも印象的。クリスマス前の都会の雑踏で、稗田と重太(ごく普通のホームレス)がすれ違う。「おらも連れて行ってください・・・」とつぶやきながら。
ジュスヘルの子孫でありながら、今回の善次の復活に臨んでぱらいそへ行く唯一の機会を失った重太は、今後どうなってしまうのだろう。死ぬこともできず、地の底で永遠に生きる(それも孤独に・・・?)

諸星大二郎には、こういう罰を受けて死ぬこともできずに地の底で何千年もうごめいているというイキモノが数多く登場する。「妖怪ハンター」シリーズで「生命の木」と双璧なのは第一作め、ヒルコ伝説を扱った「黒い探究者」だと思っていますが、これのクライマックスも地の底が開かれる感じですごいです。
諸星の傑作造型、古事記の「ヒルコ」に関しては長編「暗黒神話」にも登場しています。この作品は自信を持ってお薦め。ラストシーンの宇宙観にはびっくりします。

手塚治虫「火の鳥」も似たテーマですね。不老不死を生命の木ではなく不死鳥に求めているけれど。また、未来永劫「死ぬことの許されない人間」が登場することも似ている。宇宙編の牧村とか、未来編のマサトとか。

【世界樹について】

現在読める「妖怪ハンター」の中には「生命の木(世界樹)」をテーマにした作品ものが多い。「生命の木」はもちろん、「木をめぐって善悪二者が対立する話」としての「幻の木(瓜子姫とアマノジャク)」「花咲爺論序説」・・・そして「天孫降臨」に至るまで・・・。
アマノジャクを「天の探女(アマノサグメ)」と解釈して古事記の天孫族と対立する勢力だったとする見方は、柳田國男から引いてきている。

「古事記」で一番初めに出てくる三柱の神(アメノミナカヌシ、タカミムスビ、カミムスビ)のうちのタカミムスビは高木神とも言われ、他の二神と違い実際に信仰されており、天照大神の夫としての役割もしているという非常に男性的な神だそうです。天孫降臨を決めたのは天照より高木神だと。
日本神話は、多くの多神教の中でも最高神(太陽神)が女性(アマテラス)だと言う点で珍しいのだそうです(林道義「ユングでわかる日本神話」)が、記紀研究の中で神話の古い形を探ると、「高木の神」の存在が妙に大きいと気づく
すなわち古事記の三柱の神は記紀作者による改ざんであり、初めに高木の神という偉大な神がいた。これが楽園である高天原の中心に生えていた生命の木である・・。
稗田礼二郎は、これを聖書(もしくはもっと昔の信仰)にある、「知恵の木」「生命の木」の一方であり、西洋人によってこれがジバングにあると思われていたと考えるのです。

それは学問的には全く事実無根でしょうけれど、東北にあるキリスト伝説やストーンサークル(環状列石)、東日流外三郡誌などを思うと、そういうことがあってもいいんじゃないか・・・と思えてくる。

所詮趣味的なロマンなのかもしれませんが・・・。
合理的な意識が不合理な無意識領域に惹かれ続けるように。京極夏彦や今市子「百鬼夜行抄」などの妖怪の世界に人々が心惹かれるのも同じですが、諸星大二郎はその中でもエポックメーキングで、影響を与え続けている存在です。

他にも映画化して欲しい諸星作品は多いですが・・・。「奇談」をきっかけにそういう動きが生まれることを願います。

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沢田研二の稗田礼二郎・・・それは似合ってたでしょうね!見た貴方が羨ましい!ドラマとの関連で言ってるのかわかりませんが、妖怪ハンターの「蟻地獄」で、女子大生が「先生って沢田研二にちょっと似てない?」というシーンがあります。モロ☆も大納得。
ジュリーはもちろん好きでしたが、歌番組にキャーキャー言ってたくらいです。ダーリングもカサブランカダンディも色っぽくて大好き。「マチベン」の後藤田弁護士も、年はとっていてもすごくセクスィーでしたね。今気付いたのですが、勘助のあの歩き方が最初から愛しかったのは、自分の中に後藤田さんの伏線があったのかも・・・。
「人柄」を言われると胸が疼くことばかりです。自分勝手にやるしかないと開き直ってます。


by きのこ July 27 [Fri], 2007, 1:08

おっと、連投すみませぬ。
記事をよく見ておりませんでした。

余計なお世話ですが、アオリももちろんですが、煎じ詰めると、きのこさんご自身のお人柄如何で、、ものごとは動くと思うんだな。
そんなとこから、一人でも諸星作品、ひいては岸田氏まで、興味をもたれる方がいらっしゃると、よいですの。

by ま July 26 [Thu], 2007, 16:38

ん?っと、こんにちは。
そういえば置き去りにしていたコネタを。

>ヒルコ伝説を扱った「黒い探究者」

いまちと、確認したわけではないので詳細はいえませんが、
そこそこ昔・・20年前とはいいませんがのぅ・・
このヒルコ。沢田研二が稗田礼二郎をなさったことがありました。外の出演者で、憶えているのは、竹中直人。ええ。
竹中さんつったら、なにやらとても雄弁でしょう?
と、工藤夕貴さんの、弟さんが出ていたような。これは定かではありませんが。ご存知でしたら再度申し訳ない。

沢田さんの礼二郎は、これよりそこそこ時を経た、昨年、マチベンのあの役・・に繋がる下地が見えました。この礼二郎のときは、実はほとんど出番が無く。工藤さんの弟さん?が、確か映画初出演だったかと記憶していますが、よかったです。現在、どおされているのか、とんとわかりませぬが・・
これまた蛇足の、記記。

by ま July 26 [Thu], 2007, 16:04
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