卑屈さと尊さと(風林火山第12回「勘助仕官」)

March 29 [Thu], 2007, 2:15
日曜夜のダブルヘッダーもなくなり、銀平様にも鉄平様にも逢えなくなりました。
「風林火山」だけのんびり見ればいいということになると、緊張感がなくなるのか・・・?
なんか今回の出だしは普段よりずいぶんつまらなく感じた。

いや、実は日曜夜は久々に用事があり、数日遅れて録画を見たので、「華麗」が消えたことなど関係なかったはずなのだが、まあ心境的に。

なんなんだあの晴信の大仰なセリフ回しは・・・・!
「わが首をすげ替えても構わぬ!我が意に従うことを誓え!」
荒れ寺ですごい形相で「孫子」を書き写している勘助の姿も、大昔の劇画的手法狙いのようで、なんか古臭くて苦笑してしまった。

これまで、一音一音にアクセントをつけた時代劇調のセリフ回しに大喜びし、むさっ苦しいおどろな迫力の勘助にゾクゾクし、先祖返り的大河を楽しんでいたのに、こんなモノだっけ??「華麗」の前のワクワク感を奪う形で存在していたからこそ面白かったのかなぁ・・?

それとも、やっぱり災厄の元、信虎パパがいなくなったからなのかなぁ・・・?
「新章突入」の感があるけれど、ガックリ落ちたらどうしよう。

【不覚なり!!】

・・・・と、ブツブツ思いながら見続けたのですが・・・・・またも不覚!!不覚不覚不覚!!

やっぱりこの大河は大傑作かも・・・!とまたしても痛感させられた回になりました。

最近は「父と息子」テーマでガンガン来ていて、勘助が脇に回ってた感があったのですが、今回は「仕官への道」以来の堂々たる主役っぷり。それも、例のなりふり構わぬ極限の姿が見られました!

青木大膳に謀略の意図を見破られた。追い詰められて無様な姿を晒すことで油断させ、自衛のためとはいえ殺した。
そうまでして板垣の目に止まりたかった勘助。しかし、板垣には「つまらぬ謀」が見えている。首を斬られようとするが、「この命は海ノ口において晴信様に頂いたもの」と食い下がり、一縷の望みに賭ける。

勘助は、兵法にては「戦をせぬこと」が真髄と言いながらも、自分自身の戦いは身を捨てて捨てて一分の希望に縋るものなのである。全く違う。

そうまでして、この世界で唯一自分の力を知っているかもしれない晴信に逢いたかったんだ。命がけで・・・・。このあたりでもう一気に火がつきました。

「士は、己を知る者のために死す」といいますが、これぞ「武士道のエロス」。
いや、武士だからどうとかそういうことより、人間として生きてきて、「自分を分かってくれる人にめぐり合いたい」というのは、究極の望みの一つなのかもしれません。(だって、誰にもわかってもらえなかったら、生きていたって仕方がないくらいに思えるじゃないですか?)

【眼光紙背】
晴信は賢い。「一見愚策を演じた」と見抜く。
忠義に篤い板垣は自分を殺せぬと見た。勘助の処遇をもう一度晴信に委ねねばならなくなり、結果的に思いを取り次ぐことになる。

・・・これには晴信のフェイクが感じられる。これほどまでに持ち上げるべき人材かはまだはわからないのだ。しかし、異相異才の勘助に「幻影」を見たのではないか。自分の思い描いた通りの男なら欲しい。
現実的な為政者であろうとする晴信は、飛びつくわけがない。しかし飛びつく様を見せることで、家臣と勘助との間に軋轢を起こさせようとした。神の如き知略のようにも思えるが、晴信のちょっとした遊び心のようにも思える。どちらにも見えるあたりが面白い。
「使いこなしてみたいものじゃ・・・」これは本音だろう。

下部温泉で、伝兵衛と勘助が露天に浸かるシーンはなんか笑える。
汚くて臭くて髪ボウボウの勘助が風呂に入ってる・・・でも、石鹸もシャンプーもなかったら全然キレイになれないよね。二人のダシが出たあとの湯には入りたくないなぁ・・・。

いっつも思ってしまうのですが、野生的勘助に惹かれつつも、お風呂で全身くまなく洗い上げて、きれいな服を着せて、髪もカッコよく整えて、「ダメな男にしてやりたい」という欲望をチラッチラッと感じます・・・・そうやっていい男を「うんっざりするような」ダメ男にしてしまった苦い経験がいくつかあるわけですが、これは私の個人的な業(ゴウ)として。
(脱線御免)

宿を与えられ、晴信に衣装を与えられる勘助。さすがの勘助も感動に潤んでいる。

源五郎(後の香坂弾正)が初々しいけど・・・・。勘助が手を引っ張って顔を近くに寄せ、その上顔を手で抱えるシーンは、「狙い」が良くわからなくてスッキリしない・・・(個人的にね)。
「わしの剣は人を斬る時のみ冴えるのじゃ」これは、ラストへの伏線になっています。

願い叶って晴信の前で仕官を許され、加増までされ、名前に晴の字を与える。家臣の反発は当然で、新たな苦難の前触れだった。
「年は幾つじゃ」
「シジュウニにございます」(なんか感慨に耽りました・・・重いよ・・・)

「御礼申し上げよ」と板垣に言われ、感謝に目を潤ませて平伏する勘助は、晴信には実は意外だったかもしれない。
何がって、そのむき出しの正直さが。もっと全身ハカリゴトのような男かと思えば、自分に向かうときのこの無防備さはなんなんだ・・・?(あれだけの晴信への思いは、当人にもわからないだろう・・)

【嘲笑と嫉妬と反感と】

晴信はこの者は「陣取り城取り、兵法に通じている」と言う。しかし・・・。

築いた城の数を問われ・・・・・・・・「一つもございませぬ」
陣を構えた合戦は・・・・・・・「一度もございませぬ。 奥義を知るものは、お館様が初めてにございまする」
奥義の一つを問われ・・・・・・・「戦に勝つには、合戦をしないことにござる」

小山田の意地の悪い突っ込み。嘲笑の渦。甘利も小山田も飯豊も。
板垣がこの間中微妙な立場に立たされているのが面白い。

ところが晴信はとんでもない強引な珍説を持ち出す。五年前に約定を交し、駿河へと遣わした。それゆえ父を無事駿府に送り返してくれた・・・・。
これもフェイクだ。しかし晴信はこの「ウソ」を「マコト」に変えようとしている。

ラスト、家臣団が勘助の腕を試そうと呼び出す。
「迷惑至極にございます!」と再三再四固辞する勘助は、古くさい剣豪小説のように「己の強さを誇示せず隠している」ようには見えない。卑小にすら見える。(このあたりがこれまでのドラマとは全く違っていて凄くいい・・・・)

なけなしの猿芝居を打つ。
「剣の腕を見るならば、戦さながら真剣にてお願い申し上げまする!」
ブラフをはってドローを待ったわけだ。しかし武田武士団も去るもの、そうは行かない。絶妙のタイミングで表れる晴信と板垣。・・・・下を向く勘助。真意は見抜かれていると分かっている。

勘助は強くなんかない。真剣で負けなかったのは事実だけれど、快刀乱麻、鮮やかに勝ったことがないのは視聴者みんな知っている。ミツが言ってたように、全身刀傷だらけなのは、「強くない」からなのだ。ぶざまに倒れ、足技や猫だましの末に1回1回命を捨てるようにして勝ちを拾っている。

晴信「勘助の願いを叶えてやれ」
晴信にとってはもしかすると、風狂的ゲームかもしれない・・・自分の思い描いた男なら欲しいが、これくらい切り抜けられぬ男など、惜しくも何ともない。

決闘を前にしてこの回が終わり。私も最初の遠い目が一変して、目がランラン・・・という感じで見終わってしまいました。
やるなぁ「風林火山」!!

【卑屈さのエロティシズム?】

追い詰められた時にむき出しになる勘助の虚飾のない卑小さや弱さが、とっても好きです。今回は第2回、第6回のように、そういう姿がたっぷり見られました。

「卑屈さは場面を違えた忠誠」だといったのは岸田秀ですが、虚飾も自信もなくなり、なりふり構わず自己保身を図ろうとする姿でしょうか。多くの人はそれを糊塗しようとすることで一層卑小になっていく。(勘助はそれはしない)。
尻餅をついたところに刀が迫ろうと、首に刀をあてがわれようと、「従容として死を受け入れる」ことはしない。
絶体絶命になると、敵の前に身を捨てて浮かぶ瀬を探すかのようである。

そして、支えを失って卑屈さに転落する時、誰もが持っている人間の弱さみたいなものが顕わになる。人格崩壊までは行かないが、見られたくない姿を垣間見てしまったようでとてもエロティックでもある。そのあたりの内野勘助のエロティシズムがもうたまりません。あんな魁偉な風貌を押し出していながら、むき出しの弱さや卑屈に転ずる様子を垣間見せてくれる。

格好悪い卑屈さを目の当たりにすると、一瞬「プライドないのか!」と思わされますが、プライドってなんでしょう?
生きるために必死になる姿より尊いものがあるでしょうか。

己の実力さえ磨いていれば、あくせく仕官の道など捜さずとも、向こうからやってくる。「桃李もの言わざれども、下みずから小径をなす」・・・。という泰然自若とした時代劇風なものは、ここにはない。(先祖返り大河と言ってきたけれど、そういう意味では非常に革新的でもある)。

幸運が勘助を拾い上げてくれたことはない。自分の宿命に反抗してもがき抜き、邪魔にされ忌み嫌われ、それでもあきらめない格好つけない姿に、とても心揺さぶられます。

少なくとも、古くさい「武士道」モラルをベースに作ろうとか、そういうことはしないという、強い意志が感じられて頼もしい。

勘助の行動にも、卑屈なのか策略なのか見ていてわからないところがある。
晴信にも、知略なのか遊びなのかちょっと迷わされるところがある。
・・・・そこらへんの塩梅がとてもうまい。(ああ、また褒めちぎってしまった・・・)

感想は毎週は書きません・・・・。
それでもこのドラマはあまりに面白いので、今後も時々思ったことを書いていきたいです。
見てない方は、今からでも是非。
Comment
小文字 太字 斜体 下線 取り消し線 左寄せ 中央揃え 右寄せ テキストカラー 絵文字 プレビューON/OFF

不正な自動コメント投稿を防ぐため、チェックボックスにチェックをしてください。

利用規約に同意
 X 
禁止事項とご注意
※本名・メールアドレス・住所・電話番号など、個人が特定できる情報の入力は行わないでください。
「ヤプログ!利用規約 第9条 禁止事項」に該当するコメントは禁止します。
「ヤプログ!利用規約」に同意の上、コメントを送信してください。

>「卑小」「卑屈」「弱さ」等の言葉の捉え方が、私ときのこさんではかなり違うかな?
多分そこに尽きると思います。また、自分の中のそれらを勘助に投影したという事情もあり。もっと適切な言葉がないか考えてみますね。
とりあえず書いたときはどうしてもこの言葉を使いたかったのですが「不適切」は認めます!いろいろ有意義なご意見ありがとうございました。

勘助の「逞しさ」は、ハンデを背負って孤立無援の中、泥沼を這い回ったあげく身に付いた生命力ですよね。だから「人品卑しからぬ」とか「武士らしさ」とかいう紋切り型の言葉で勘助を形容したくないです。時代劇を超えた、モンテクリスト伯、ジャンバルジャン、奴隷船のベン・ハー・・・みたいな魅力も感じているのです(又飛躍)

しかし、本日(13回)の勘助は、作戦が図に当たり、「わしの目に狂いはない」なんて自信満々になってしまって、ちょっとつまらないなぁ・・・。落ちたときの勘助ばかり愛しいのはS的かしら。我ながら困ったものです・・・。

by きのこ April 01 [Sun], 2007, 22:41

「卑小」「卑屈」「弱さ」等の言葉の捉え方が、私ときのこさんではかなり違うかな?
勘助のなりふり構わなさは、私には「逞しさ」として見えるんです。
野間みつねさんが指摘していてなるほどと思いましたが、伝兵衛や平蔵たちと勘助とでは、偉いさんの前で平伏する時でも、頭の下げ方が違う、と。勘助は誰に対しても、心底畏れ入っている訳ではないんですよね。(ただ、真田幸隆とそして晴信だけは、特別の存在であるようですが)
晴信のほうでも勘助が「武田に仕官したい」のではなく「晴信のもとで働きたい」のだということが判っているし、そしてそのことは勘助にも伝わっている、と私には見えました。

by 青空百景 April 01 [Sun], 2007, 9:50

「小憎らしいまでに不逞」ですか??その方が驚きです。弱さや卑小さをさらけ出す勘助だからこそ魅力を感じているので・・・。

人は誰でも自信や愛や受け入れてくれる場所がなくなると、自分を弱く感じたり卑屈になったりする面があると思います。
そんな時、「武士はくわねど高楊枝」と強がるか、自己正当化するか、いじけて背中を見せて同情を期待するか、認めずに怒るか、いろいろ人によって対処の方法があるようですが、勘助はそれらを取らず、必死で縋れるものなら何にでも縋ろうとする(だから卑屈な態度に見える)。格好つけたり拗ねて見せたりしても、誰も何もしてくれなかったことを味わって来ている。その姿を見ていると、次第に崇高ささえ感じてきます。こうまでして自分の人生を切り開きたいのか!!と。

例はたくさんありますが、今回下賜された衣装を感動して源五郎に自慢するシーン。
ありがちな時代劇なら、「武田の小僧、わしを試そうとしておるな」「どうなさるのです?」「なに、それに乗ってみるまでよ・・・!」
と来るでしょう。だったら私はこんなに心惹かれない。謀略の人でありながら、勘助の晴信にかける気持ちはそれほど一途で、だからこそ正直に答え、感動を表に出した。晴信が自分を試そうとしてると迂闊にも思わなかったのも「対晴信純情」から?

卑屈さは、他人に嫌われやすい。ラストの私闘を求められるシーンで勘助が「迷惑至極!」と連呼するのは、弱さも感じるし、晴信ならこんなことを許すまいという人頼みの甘え(卑屈)も感じられる。それが晴信の方から決闘を許す。茫然とする様子を隠さない勘助にまたやられます。

でも、自分勝手な妄想で勘助像を膨らませているだけかもしれません。例によって!
他の方の勘助像もできれば聞いてみたいです。

by きのこ April 01 [Sun], 2007, 2:18

んっ、「卑屈」に見えましたか、勘助……。
私にはあの人、いつでもどこでも小憎らしいまでに「不逞」に見えるんですが。(武田の老臣達が不具者の彼に立ち合いをさせようとするのも、何とかして「本気」にさせてやる、仮面を剥いでみせるという意図のような)

by 青空百景 March 31 [Sat], 2007, 10:27

ミチさん、こんばんわ。いつもウダウダ読みづらいことを書いていてごめんなさいです。
時代劇口調は家臣団もみんな楽しんでやってる感じですが、晴信の今回は冒頭だけに引いた方もいるかも知れませんね。TV向きの顔とはけして言えない亀治郎さん、舞台「決闘!高田馬場」でも市川染五郎や中村勘太郎がかる〜い口調なのに暑苦しい歌舞伎口調でした。あれは二人とのギャップを狙ったのかと思ったのですが、さて?
「おりょ?」の部分ですが、いい意味で予想を裏切り続けてくれているこのドラマですから、何かこの演出の意図が後で実るのかも(実っても困るけど)。
この好調が最後までどの程度持つのか、今後の9ヶ月注目ですね。
最近映画を観てません。蟲師やアルババなど、ミチさんの感想を解禁で早く読みたいです。

by きのこ March 31 [Sat], 2007, 3:54

こんばんは♪
きのこさんのレビューは相変わらず深い!
脳みそのシワが随分無くなってしまった私は数回読んでやっと理解できた・・・・と思うのですが、自信なし
晴信の口調にも随分慣れたはずだったのに、今回はさらに芝居調になっていたような。
亀治郎さんはわざとやってるのか、あれしかできないのか?うーん。
勘助が源五郎を引き寄せるシーンは思わず「おりょ?」って思いましたが、真意は分かりませんでしたよね。
演出の方の単なる好みかしら?
「華麗〜」とのダブルヘッダーがなくなって気が楽になりました。

by ミチ March 30 [Fri], 2007, 21:39
プロフィール
  • プロフィール画像
  • ニックネーム:きのこ
読者になる
最新コメント
nemo
» ホームドラマ復活??2017年1月期ドラマ序盤戦 (2017年02月03日)
きのこ
» 2016年連続ドラマmyベストテン発表! (2017年01月31日)
nemo
» 2016年連続ドラマmyベストテン発表! (2017年01月24日)
nemo
» なぜ石田治部少輔はこんなにも嫌われるのか (2016年09月15日)
きのこ
» 2016年夏ドラマひと月め (2016年08月06日)
nemo
» 2016年夏ドラマひと月め (2016年08月04日)
きのこ
» 陛下の思いが実りますように (2016年07月24日)
レーズンパン
» 陛下の思いが実りますように (2016年07月22日)
2007年03月
1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 31
P R
旧館
としずきん妄想:「新選組!」再鑑賞日記
月別アーカイブ
ブログポリシー
コメント・リンク・トラックバック大歓迎です。過去記事へのコメントにも喜んで飛んでいきます。スパムに関しては予告なく削除させていただくことがありますのでご了解ください。
お友だちのお店です
サンウィッチハウス チーズアンドオリーブ