鉄平・死の光景(華麗最終回感想@)

March 21 [Wed], 2007, 11:14
しばらく書けませんでした。
(丹波篠山にいたわけではなく、体調と家庭事情)

「華麗なる一族」最終回は30%越えの高い視聴率だったようで、特に鉄平の死ぬ瞬間前後の、関西地区44.9%はすごいなぁ・・・。応援していた私の方がビックリしています。
しかし、日本の3割以上の人が見た計算になる最終回、どういう捉えられ方をしたのか良くわからない。
決して面白おかしい、息をもつかせぬ90分だったとは思えない。ドロドロした骨肉の争いの果ての孤独な死。あれだけの鉦や太鼓を鳴らせば必ず人は来るとはいえ、そういうものを今の人々は見たいんだろうか・・・?他人の(それも華やかな人々の)不幸は蜜の味?まあそうだとしても・・・。

【鉄平の死を目撃すること】

そうだとしても誰でも、たとえ初めてこのドラマを見た人でも、一番印象に残るのは鉄平の孤独な雪山の彷徨の後の自殺までの表情だと思う・・・。

木村拓哉は鉄平を演じきったね。生ききったね。
本当は木村さんはラストには非常に抵抗を覚えていたとあちこちで語っている。それでも、皮肉に鉄平を見下すような演技はしなかった。
アイドルキムタク的な要素は初めの頃には見られたものの次第に影を潜めた。最終回の顔は赤くむくみ、髪は乱れたむき出しの姿。運命に立ち向かうきりりとした目から、絶望をむき出した力ない目。見つめようとしてもこちらが穴に落ちるような虚無的な目まで、すべて。(見つめられたら老若を問わず婦女子を落とすあのキラーアイは封印できました)

あの顔のキムタクにただショックを受けた人もいるだろう・・・・スポットCMのむくんだ無精髭のキムタクになにやら心引かれてチャンネルを合わせた人もいるに違いない・・・・。

意味を追うことよりも、この鉄平の姿を目に焼き付けることが、「華麗なる一族」の一番のラストなんじゃないかと思ってしまう。それが伝われば、もういいのかもしれない。

【批判するのは簡単だが】

鉄平の自殺を批判することなど、小学5年生の討論会でも出来る。
結局甘えている。父親と戦おうと言っていながら、結局受け入れてもらいたいのが本音じゃないか。会社や家やバックは失っても、いまだ若くて健康な、才能もキャリアもある技術者。隻眼跛行の勘助を見なさい。裸一貫生きていく道はたくさんある。孤独に彷徨ってはいるけれど、あれほど周囲から慕われている人はいない。周囲のために、妻子のためにだけでも生きればいいのに。命を粗末にして、贅沢なヤツだよ・・・・。という感じで。

私も「毒を食わば皿まで」と応援していたけれど、実は手放しで誉めて書いた感想は一度もない。
脇が甘い、余計な場面が多い、セリフが生硬で恥ずかしい、大事なエピソードは省かれ、せっかくの実力ある役者を生かしきれていない・・・。
「華麗なる一族」を描く時、映画も含めどうしても「ファミリーロマンス」に走るのが常である。本当は銀行の裏や忍者部隊、権力に押しつぶされる人々の悲劇、権力に土下座して縋る人々のリアル、上流階級の奥様がたの妍を競った嫌らしさ・・・・三雲や綿貫や銭亀のサイドストーリーもタップリ盛り込んでくれたら面白いのに。

言ってみれば、高度成長期の「日本」全体を描き出すのに格好なストーリーだと思っているが、それは今回も望めなかった・・・。
それが出来るとしたら、一年の大河ドラマ並みの構想を持ってやらねば無理だし、ましてやたったの10回では一番面白い万俵家のゴタゴタを描くしかなくなる。
テーマの矮小化、というのかもしれない。
それでもやはり、鉄平と大介を中心としたこの人間ドラマは、力があった。

「でも僕は、なぜ明日の太陽を見ないのだろう」
これはいかにも木村拓哉のセリフであった。自分は鉄平として自ら死を選ぶけれど、一言問いたい。
挑発的な彼らしい・・・。このセリフを余計だと言う意見が必ずあると思うけれど、鉄平の死によって大介のつき物が落ちて家族が自分の道を歩き始めたような後日談に疑問もある。

【主人公が自殺するドラマは】

初めから結末はわかっていた・・・・鉄平が自殺することも、そして、死んだ後に判明した血液型により、大介の本当の息子だとわかることも・・・・・。
原作など読まなくても、多分そんなことは見えていたんじゃないかな・・・?
それでも、最終回の鉄平の死にざまは強烈だった。

主人公が自殺して終るドラマというのは、実は昨今そんなにないんじゃないだろうか・・・。社会的影響を考慮してのことなら大きなお世話だが、自殺で終るのは例えば2時間ドラマミステリーの犯人だ。自分の罪を認め、逮捕されるより死を選ばせると言う探偵の恩情的なシュチュエーション。
ただし、実際の罪のない主人公が自殺して終る、それも連続ドラマの最後でというのは、とても重い。観た後で引きずる。
それも鉄平の場合は衝動的な自殺ではない。クリスマスイブの電話を最後に、大晦日までの丸々6日間考え抜いて出した結論だ。自然の中で、祖父や三雲との思い出と向き合って。

その6日間、どうして誰一人丹波へ目星をつけてやってきてくれなかったのか・・・意外に、誰も鉄平が死ぬとは思っていなかったらしくもある。芙佐子も堂々請け合ってるし、三雲も鉄平君はそんな弱い男だと思っていない。
【的外れな空想】
これは絶対間違いだと思うが、丹波にこもったものの、丸6日も誰も自分を探しに来ない。今日は銀平が来るかも、三雲さんが、父が来るかもと思いながら誰も来ないまま、大晦日を迎えた。例年みんなで集まる志摩観光ホテルからのお呼びもない。
どうしようもなく寂しい・・・。思い出の場所に行くと、イノシシが来た。あの時僕が撃った奴の家族かもしれない、構って(戦って)くれるのかなと思っていたらあっけなく行ってしまった。一人ぼっちだ・・・。
ジェームズ・バーディー。祖父の形見。たった一つ僕の傍らに残ったこの銃に、救いを求めて祈る。何も起こらない。・・・・いや、これは僕を生まれる前の状態に帰してくれる。
お父さん、お母さん、生まれてきてごめんなさい。僕は、愛して欲しかった。微笑みかけて欲しかった。みんな、僕が死んだ後は忌まわしいものから解放されて幸せになってください・・・。
これじゃ退行の果てだ。自分をすべて捨てるから愛して欲しいと・・・。

この空想はあんまりだ。これじゃ私程度だ。・・・座禅でも組んで柄本明にピシッと打って貰った方がいい(CMです)

いや、次元は低くとも、鉄平の姿に「根源的な寂しさ」を感じることは、的外れではあるまい・・・・。
この雪山のシーンが、いつまでも心に浮かぶのだ・・・・。



【イノシシと樹とジェームズ・バーディ】

気になって、第一回の雪山シーンを見返した。この斜面を登り、イノシシに遭遇するまではその時の映像を使っている。斜面の傾きも樹の形も一緒。

第1回のセリフは「あの場所へ向かって歩いていた。思い出が詰まった、あの大木がそびえたつあの丘に・・・」(そんなに大木ではないが、まあいい)

最終回ではこうなっている。
「僕は今、丹波の山の中にいる。この山は祖父と何度も猟に来て、鉄作りの夢を語り合い、三雲さんとも高炉建設を誓い合った思い出の山だ」
だからこそ、再生のための彷徨ではなかったのか?

第3回、三雲さんとイノシシを撃ち殺してしまったときも、第5回、鉄平が誤まって大介を撃ってしまったときも、この斜面と樹は登場しなかった(多分北海道まで行かなかったから)。
とすると「思い出が詰まった大木」と「丘」は、予算の関係で伏線回収し損ねただけなのか、それとも・・・?

イノシシが現れる。不穏な咆え声。猛々しく身を震わせているのに、咆え声はとても哀しい。見つめる鉄平。イノシシは静かに去っていく。なぜ?

樹に触れる。この樹は何の象徴か。
山崎豊子作品は記者らしくクリアでフラットで、象徴的手法はほとんど用いない。この雪山のイノシシと樹とジェームズ・バーディはドラマ版制作者側の意図が象徴された部分であろう・・・。

樹の下に座り込み、靴紐を解き、靴を脱ぐ。靴下も脱ぐ。いとおしげに銃を押し頂く。額に銃身を当てて、目を閉じ、何かを一心に祈っているようだ・・・・・・。
そして、顎に銃口を当て、息をする。遠くを見て、空を見て、風の音が止んで・・・・ちょっと笑って、また静かに目を閉じて・・・・。
そして風の音が強まり、くわっと目を見開き・・・・
銃声。

夢に見そうな一連の鉄平の姿。何度も何度も見返して、銃を抱きしめて祈る姿に何かと合一したい思いを感じた。

【少し原作との違いを】

原作とドラマは別なものだと思っているが・・・少し。
ドラマでは重要な遺書が、原作にはない。そこに現れた鉄平の気持ち自体もずいぶん違っている。
原作の鉄平は死ぬ時にかなり大介への恨みをもっている。自分の死を持って大介を追い詰めてやろうと思っているかのようである。死顔も、悲しいキレイな顔ではなく、脳漿が飛び出す無惨な顔である。この鉄平は、父親との戦いを最後まで続けたのかもしれない。

ドラマでは、恨みや憎しみよりも、「自分さえ生まれなければ・・・」「一度だけでも父に微笑みかけて欲しかった・・・」という、切ないほどの父親を求める気持ちがメインである。自己放棄的な究極の退行と言ってもいい、ただそれだけに掛け値なしに純粋な思いに凝縮されている。

原作では鉄平が大同・阪神合併を知ったのは30日で、友人三雲への責任感が大きく鉄平を悩ませ、眠れぬ夜を過ごして大晦日を迎えている。だから、大介への恨み、三雲や大川の無念を晴らす、という動機も大きいように感じられる。
三雲と鉄平の友情が、ラストも濃厚に、銀平との兄弟愛よりは遥かに熱く描かれている。

番宣で何度も聞いた「兄さんを殺したのは、お父さんです」という銀平のセリフが、本当は「兄さんを殺したのは、僕とお父さんです」に変わっていたのには驚いた。(組ファンなら誰だって葛山を切腹させた時の歳三と山南さんのセリフを思い出す)
少なくとも、父親の生にするだけの銀平よりは良いけれど・・・。

しかし原作ではこれは三雲のセリフなのである。
「私の銀行家としての不明と、あなたご自身の企業的野望が、鉄平君をして死に追いやってしまったといえるのではないでしょうか―」三雲のいいシーンを銀平がもらっていると言うことがはっきりします。耕史ファンには嬉しいが、原作の社会性が減少しさらに親子の確執の物語として強まっている。

【もう少し続けます】
感想を何から書いたらいいかと思って、とりあえずセリフの抜き書きを終ったのですが、それよりもまず、鉄平の雪山の孤独死の映像から語りたくなってしまいました。
多分「華麗なる一族」を思い出すとき、このシーンと、ここで鉄平が持っていた色褪せた二年前の集合写真を思い出すだろうから・・・・・。

いったんここまで。次は、もう少し全体の流れに沿って書いてみます。

おしゃべりはしたいので、
〇鉄平はなぜ死んだか。鉄平を死に追いやったのはなぜか。
≒「僕はなぜ、明日の太陽を見ないのだろう?」
○イノシシと樹とジェームズ・バーディーが象徴するものは?

あたりから、お声を頂けると嬉しいです。もちろんその他なんでも。
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と、続・記事。いづれ。
皆様、、て、、私待つわ、でもないだろ?呑気されたし。

ほで、迎えは来ない。飛脚も来ない。ですもな。
寧子の像は、かわうそさんも仰っていたですが、異議なしですよ。昭和40年代、女性は華麗なる一族に関わらず、どっ・・・ちかというとぉ、、こっちなんだろ?
>愛することに自信を失って・・
は、愛することを知らない、と仮定したとすると、失う自信すらあったかどか、、ともいけますがの。
きのこさんが指摘されていた寧子のバクダン発言。変わりつつあるサイコロの目、といったところでもあったなぁ、、とな。お迎え:仮にとしたならの、可能性、というんでしょかのぅ。ほかの者達は、可能性を感じさせてくれる人物(脚本)になってなかったともな。

それとは別に、
>取りすがって謝った姿等
母でなくとも、誰も誰か(鉄平)が死ぬとは思っていなかった、、誰かが死んで、はじめてなにかを自覚する。リアルだと思うよ。山崎さんの書いたことは、こおゆうことでもあるんだなぁ、と。
ドラマとしては、読めるんすがの。鉄平の死。
実際、う゛っぞぉおお・・・・・・・・・・・
知ってるつもりになってただけ、ゆうんでひょか?きっちり理解してれば驚かないとおもうんらな。よするに、本気にしてなかった。結局、マジ無知だったわけで。こぇえな、思いますよ。

by ま March 24 [Sat], 2007, 5:40

沖田の黒猫場面・・・ああ、なんとなく似てますね。本人は死と向かい合っていて、謎めいた動物は背中を向けて去っていく。自分が人生を捨てるんじゃなく、人生の方が自分を捨てていくような感じがするとか・・・?そして追いかけることができない。
樹は、やっぱり生まれてきたところのような感じがします。誰の子だっていいじゃないか。生まれてきて夢を追いかけたことに誇りを持ちたい。樹に額をつけて、合一しようと祈っていたように見える。だから、死を選ぶならここだと思ったのかも。
ジェームズ・パーディは・・・、これを持っていなければ死なずに済んだように思います。首を括ったり、服毒したりは考えられない。自分を忌まわしいモノと感じ、自分が対決し自分を殺さねばならないと思ったのか。

まさん、鉄平が死ぬと思わなかったんですか・・?結末を知らないで見る人の意見がむしろ興味深いです。
でも、寧子が迎えに来るとは全く思いません。愛されることしか知らない女性、愛することに自信を失ってリタイアしていた女性だったと思います。鉄平の気持ちも考えずに取りすがって謝った姿等そう思いました。鉄平に敬介の脅威を感じていたわけですから。鉄平の死後ようやく蘭の温室から出て、、相子に依存せずに夫や家族と向き合うことになったと思います。(どうも寧子には厳しくなってしまいます)

>が、それだけの話です。
ですね。
>笑いとばされるくらいでいいんでねの?
ですね(×2)。
>宿命と運命はちがいますしの。
でしたね。ちょっとごっちゃにしてました。陳謝。

できれば、もっといろんな意見を聞きたいです。祭りは終わり、イノシシのように、華麗に背を向けて帰ってしまった頃なのかな?

by きのこ March 23 [Fri], 2007, 7:40

と、こまぎれ、すまそ。

>イノシシは静かに去っていく。なぜ?
きのこさんの文章を読んでふと思ったのが、沖田の黒猫逸話、でしたのぅ。。あの逸話はほんとのとこわからんのでしょが?、こりまたそっぽむくイノシシ。
最初から戦う相手などいなかった。
鉄平は、自分なりに、父親との血のつながりを悟ったのか?・・ならば?なんで死んだのか?と聞かれても、わからんです。お、自分は、雪山にたれかくるなら、寧子だと思ってたよ。次点で銀平。が、それだけの話です。

>誰も鉄平が死ぬとは思っていなかった、
自分も?、銃声が轟く瞬間まで思ってなかったよ。

風林火山は、1,2回?ほど拝見しましたが、あの時代は・・・ってもみたことはありませぬが、命がなにかと脅威にさらされておったのでひょ?死が日常にありの。にほんでいうところの無常観がダイレクトだったんだろなぁ・・とぼんやり思いまふ。

by ま March 22 [Thu], 2007, 15:44

と、追加記事あっぷですか・・ごくろさまです。いづれ。

>そういうものを今の人々は見たいんだろうか・・・?
さあのぅ・・・ですが、笑いとばされるくらいでいいんでねの?だれもがやりがちなことばかしですからのぅ。
とまあ、親子だったとしても藪の中ですの。宿命と運命はちがいますしの。ほいでは。

by ま March 22 [Thu], 2007, 2:57

キコさん、丁寧なお答えありがとうございます!!
あんなラクガキをほめてもらってちょっとウレシイ。

最終回の鉄平の死に際、カッちゃんの死、トシの死と並ぶほどの「表情の変化」にやられました。

>「この人、今死んだ」と感じてしまって。
そうかもしれません・・・だけど、雪山に入ってあの樹に出会い、イノシシを探していたらしいことに、もう少し彷徨があったような気もします。

>考え抜いて死を決心したというより、心が引き寄せるままに死んでいった気がしています。
そうですね。もしかしたら、ちょっとしたきっかけで死なずに済んだかもしれないなんて思ってしまいます。(銀平様に泣きながら来て欲しかった・・・と言ったら別な世界の話になってしまいますが)。

最後のセリフは、私はキムタクの意地に思えましたが、木村さんは鉄平とかなり同化しているからキコさんの意見が適切のような気がします。

>象徴するものは・・思いつきで、大きな樹は鉄平の夢、いのししは大介、ジェームズ・バーディーは敬介でしょうか。
遊びですが、樹は鉄平の生命の源(生まれたところ)。
ジェームズ・バーディは鉄平の理想であった敬介の形見でもあり、男性的銃刀フェティシズムのような意味合いも・・・自信がなくなったときほど武器に縋り、手離せない。
イノシシは運命のようなもの?最初殺したイノシシに謝って我が身を食わせると言うセンチメントを思いましたが、襲い掛かる宿命との戦いを漠然と象徴しているようにも思います。だから大介かもしれない。振り向いて去っていったのは・・?戦う相手を見失って、自分を殺すことになったのかどうか・・・?


まさん、安らぎのヒトトキをありがとう。「飛脚は来ませんか?」はどこでの連想かわからないので教えて下さい。
血液型を疑いもしなかったのは、不幸な「思い込み」では。「思い込み」の激しさゆえに何度も大変な思いをしている私にはピンと来ます。
「明日の太陽」がキムタクの面目だと思うのは、あちこちで聞いた木村さんの言葉から・・・彼は鉄平の死に非常に疑問がありながらあれだけの演技を見せたんです。裏話的にでもこのセリフの真実が漏れてくると嬉しいですね。「聞くものが銀平」同感です。銀平にはしなやかに兄と父の思いを受け取って生きていくだろう明るい予感を感じます。

by きのこ March 22 [Thu], 2007, 2:49

http://www.youtube.com/watch?v=SsyTOW4cYvA
http://www.youtube.com/watch?v=2NYHD-XD44s

うまく貼れてなかったらすまそ。
「弦楽のためのアダージョ」、いちお、2種。出てくる映像は無視されたし。で、おつかれさまです。きのこさん。

キコさんに同感ですなぁ・・・「この人、今死んだ」。

「なぜぼくは明日の太陽を・・」、自分、木村さんらしい、というのがわからぬのですが、、この声を聴いたものがいるとしたら銀平だと思っております。

銀平の組的台詞。という記述に少々瞠目しております。実はこっち、まるっきし連想しなかった。何故か?というのは、考えておりませんが、、一つ思ったのは、”避けて通った道”として、あの両親は、改めて血液型を調べることをしなかった、できなかったのか、、是非も無く。
組的な連想としては、ある友人の指摘から、まったくら・・というのに、”飛脚は、来ませんか・・?”でしたのぅ。。

by ま March 22 [Thu], 2007, 0:18

きのこ様
 お体は大丈夫ですか?
今日はゆっくりお休み出来たならいいのですけれど。

最終回涙で視ました。
木村くんの鉄平は素晴らしかった。
結末は知っていたのに、木村鉄平を通して、人を亡くす痛みや苦しみ、悲しみや怒り、割り切れない複雑な思いに襲われました。あの雪山での表情は本当に深く心に残りました。(きのこさんの絵も何だか素敵)

鉄平が大介に思いをぶつけ「自分が生まれなければ」と呟いたあの時・・私はあの時の木村鉄平の表情に震えました。「この人、今死んだ」と感じてしまって。鉄平はこの時に心の奥底では死んでしまって、肉体的にも死を選ぶことが決ってしまった気がしました。
言い方が不適切かもしれないのですが、鉄平はあれから考え抜いて死を決心したというより、心が引き寄せるままに死んでいった気がしています。
最後の「なぜ僕は明日の・・」のセリフは、粉々に砕けた鉄平の心の、かろうじて残っていた強さが最後の抵抗のように言わせたような気がします。

象徴するものは・・思いつきで、大きな樹は鉄平の夢、いのししは大介、ジェームズ・バーディーは敬介でしょうか。

by キコ March 21 [Wed], 2007, 23:30
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