柿喰う客『天邪鬼』 モヤモヤ感想

October 09 [Fri], 2015, 12:26
この秋は、観たい舞台がいっぱい。

○来月を中心に集まった『フェスティバルトーキョー』http://www.festival-tokyo.jp/
の作品群にムラムラ来てます。5作品セット券、5作品セット券とかあって、まだ決めきれないけど・・・・多田淳×ソン・ギウンの『颱風奇譚』は入ります。

○その前に今夜は御茶ノ水周辺で「唐組」(紅テント)を観る予定。http://ameblo.jp/karagumi/entry-12069759941.html
「庭劇団ペニノ」に客演していた辻孝彦が唐組の主要メンバーと知って、急に見たくなったのです。「野戦の月」がテント熱を四半世紀ぶりに再燃させてくれたし。(この2本の舞台が今の観劇熱に火をつけた感じ)

○仕事次第で行けるかどうかは微妙だけれど、今日8日から13日の月曜日まで、「キラリふじみ」で田上豊(田上パル)の『奇想曲第58番』というのもあって、これもできれば行きたいんですよね。http://www.kirari-fujimi.com/program/view/460
キラリふじみではこれまでもいろんな刺激を受け続けてきたから・・・。

そのほかにも、『道玄坂奇譚』が見たい。マキノノゾミと野村萬斎が関わるのも大きいけれど、ご贔屓「犬と串」の藤尾さんが出るので、オールドファンぶって行こうかな。
http://setagaya-pt.jp/performances/20151108-2058-4.html

○12月には『熱海殺人事件』が風間杜夫と平田満で上演される。(これはチケット入手済み)http://hpot.jp/stage/atami期待と不安でドキドキ。

他、チケットは取れなかったけどクドカン大人計画の『七年目の恋人』(当日券に並ぶほどのパワーは今年はないと思う)もあった。

それらのラッシュが始まる前に、先月観た「柿喰う客」のモヤモヤにしてバラけていた感想をなんとかかき集めておきます。
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観た翌朝、ツイッター(連携しているけれど、いまだあまりうまく活用できてない)にアップした感想がこれ。

(1)昨夜「柿喰う客」の『天邪鬼』観劇(本多劇場)。雨嵐のような弾丸を真正面から受け続けながら、笑うことも心抉られることもなかったのはどうしてなのか、シーンを切れ切れに脳内再生しながら考えてます。胸に食い込んだ不発弾が時間差で私を爆破してくれるのではないかと。

(2)登場人物の完全なディスコミぶり、ふくらみの全くない形骸おとぎ話、延々と反復される検尿やDVの回想。 玩具の戦車が少女の下肢を潰す箇所が印象に残ったのは唯一の肉体的関わりだったから? あの恐ろしく単調な高テンションを息の乱れもなく一時間半継続できる役者たちの力量には驚いた。


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【ツイートの後、本編前の、少し長いまえがき】

全公演が終了し、観劇から日も経った。
思い返して一番印象に残っているのは、やはり強い滑舌と声量で放つ練られたセリフ群。そして無表情と、痛みや疲れを感じることをやめてしまったかのような、ロボットのように冷たく精緻な動きの役者たち。特に玉置玲央の「ももたろうやるもの、このゆびとまれ」は耳に残る。
その生の役者たちの肉声で、客席に向かって無数に放たれた弾丸は、観る者に何かの痛みを残したのか?私はといえば、「ダダダダ」感が気持ちよかったものの、心に刺さる痛みは特になかった。数日経ってもよくわからない。

私の中で残留弾が爆発する代わりに、日を追って当初の違和感に加えてかすかな懐疑のようなものが滓のようにたまってくる。
(この違和感はこの舞台で得たもっとも大事なものかもしれないという予感もあり)。

まあ、これを「その人の好み」に還元してしまうこともできるが、この舞台に関してはもう少し考えたいし、他人の意見も是非聞いてみたい気持ちなのだ。
「柿喰う客」は観劇は初めてだが、その活動姿勢が面白くて(女体シェイクスピアとか、50人が同時出演とか、乱痴気公演とか・・・)注目していた劇団。今回が念願の観劇でもあった。
お付き合いいただけたら嬉しい。

アフタートーク、役者としても出ていた中屋敷法仁さん(作・演出)は、とても物腰柔らかな笑顔の青年だった。
きっとこの方は、私のような多少ピントのずれた感想や違和感でも、ちゃんと聞いてニコニコ受け入れてくれるんじゃないか・・・と思った。

実際、中屋敷さんはトークの中で、「この作品が一つの捉え方をされず、観る人によって全然違うもの、である」ことを望んでいるような言い方をされていたと思う。(正確な記憶ではないが)

それは大変潔い(優等生的な)態度だが、その割にネットで目にする反応はあまりバラエティ豊かとはいえず、ありきたりな賛辞がほとんどで物足りなかった(天邪鬼は私か)。
「意味はわからないけれどとにかく感動した」「これこそが演劇だと思った!」「観ていない人は絶対観るべきだと思う」・・・。(主に優しい感想の多いTwitterだけじゃなく。)

もちろん、皆正直な心からの「無邪気」な感想をなのだからもちろんオールOK!なのである。けど、みんながみんなそうなのかな。「無邪気」の海の中で「天邪鬼」フラグは立てづらいのかな。

近頃、名もなき無邪気な人々のユニゾン感想や自主統制は国家権力以上に怖ろしく感じている。
しかし少なくとも小劇場は「天邪鬼」となることを怖れてはなるまい。客の心をひっかき、銃を向けて打ち込むくらいでちょうどいい。しかしそれはなしえたのか?
・・・あれ、不思議と『天邪鬼』のテーマに寄っていくような・・・。

【ここから本編感想です】

見られなかった方のために、公式ページに載っていた文章を引用し、概要代わりにする。

>よく学び、よく遊び、よく殺せ。今、壮大な“戦争ごっこ”が始まる。
>荒廃した世界、混沌とした時代の中で、無邪気に仲良く“戦争ごっこ”に熱狂するこどもたち。
>両手を拳銃に見立て、互いの急所を撃ち合ううちに、やがて指先から虚構の弾丸を放つようになる。
>イマジネーションが生み出したその弾丸は、ホンモノの人間を撃ち殺し、戦車を破壊し、戦闘機を落とす。
>大人たちは、こどもたちのイマジネーションを操る能力に注目し、能力開発の為に新たな教育システムを採用する。
>その為に採用されたのが“演劇”。今やすべての教育機関で、こどもたちは強制的に演劇を学ぶ。ホンモノの“戦争ごっこ”の為に。


なかなかよくできた惹句。
だいたいこんな感じで、時系列もごちゃごちゃで話が進んでいく。
殺し合いになったかと思えばごっこ遊びに戻り、回想場面も入り、結局本当に死んだのか殺したのか、そこら辺は理解できない。(理解できるようには描かれていないと思う)

一週間たっても、全体の感想が明確な形にならないので、違和感を箇条書き的に書いていくことになるしかない。書くことで進むかもしれないのでお許しいただきたく。

【1】「虚構のカッコ閉じ」の舞台

最初と最後はちょっと面白い。
どこでもやる幕前の「携帯電話の電源はお切りください」のあと、主役の「天野じゅんや君」(玉置玲央)が「携帯電話の電源は切らなくて結構でございます」と劇中と同じく無機質な圧力を込めてセリフを観客に刻み込む。(ちょっとでも鳴ったら実力行使に出るという脅し)

終わりにはやはり天野じゅんや君が「終わりの拍手は結構でございます(なぜならいつまでもこのごっこ遊びを続けていたい、現実になど戻りたくない)」みたいなことを言う。その後に「たくさんの拍手をお願いします」となり、普通に拍手が湧いて、終演。
天野じゅんや君のセリフが舞台を(かっこ)閉じにし、その間が虚構なのよ、と妙に整然とした舞台である。

「その銃口は客席に向けられている」とどこかにあったが、拍手をすることで、舞台上の「戦争ごっこ」は虚構の世界に切り離されるのか。という感じがした。せっかく役者たちがビシッと横に並んで照準を客席に据えて指先から弾を撃とうとしているのに。・・・こっちが「痛みを感じなかった」理由のひとつかも。

とはいえ、「虚構のカッコ閉じ」というのはすべての舞台に共通する基本構成だから、コケオドシ的に改めてその基本形態に疑いを持て、という演出意図なのかしら。

【2】子供たちがどう見ても五歳児には見えない件

でしょ?
漆黒の園児服はなかなかお洒落だが、カトリックのハイスクールみたいなイメージでもある。無表情で硬質で、ロボットのように可塑性を感じない。
もちろん5歳児に似せようと思えば幼児っぽい動きや言葉でそれらしくできるのだから、「5歳児に見えない5歳児」はもちろん演出意図に違いない。しかしその理由はわからない。
『AKIRA』に登場する老人幼児みたいな「気味の悪い未来のコドモ」にはイマジネーションを掻き立てられたものだが、その類型にも当てはまらない。
【3】彼らが銃口を向ける観客の我々って、誰のこと?

3つ候補を考えてみた。
@彼らを利用し管理する大人。
A永遠にコドモであり続けようと虚構にしがみつく、舞台上の子供たちと同列な存在。
B彼らは少し未来の子供で、我々は彼らを内部被ばくさせた加害者。(環境問題を先延ばしにし、原発を止めなかった等々のために世界が荒廃してしまったのだ)

@のようには思えない。我々にはもう、下の世代をコントロールして戦争に行かせようというずる賢いオトナの発想も実行力もない。そんなことを真面目に考えるのは負けの込んだナチスドイツなど枢軸国くらいで、結局それらも失敗している。後は今の政権?
Aの方がわかる気がするが、同列ならすでにストーリー上死んでいる(メロン組やミカン組として)んで、撃ちあう理由はない。
Bなら撃たれる理由としてよくわかる。わかりすぎてつまらないくらい・・・。
でも結局、「撃たれた感」がないので、この議論自体宙に浮いてしまった。

【4】「この指とまれ→無差別殺人」は明快

平たく見ると、彼らが銃を人間に向け始めた理由は明快である。(大人の陰謀なんてまわりくどい設定は必要ない)
「○○するものこの指とまれ」と言って立てた指に、誰も止まってくれないから、上に伸ばした人差し指を水平に伸ばして銃とし、「みんな、死んじゃえ」となる。いじめられっ子は多分、そういう妄想を抱く。自分が彼らとは違う特別な存在なのだ(一人だけ汚染されていない貴重な存在とか)、という「物語」と共に。

「大人に○○させられている」という外発的理由でなく、孤島に彼らだけ置いておくと勝手に殺し合う、という方が現状にリアルで面白いような・・・。

【5】コドモっぽい「被害者意識」が鼻につく。

だいたい、いまさら「大人に管理されて誘導されている」幻想って、古すぎない・・・?
かつて(1970年代ころまで)「傷つくことだけ上手になった」若者(死語)がはびこっていた時代があった。「親や世間の大人たちが押し付けてくる価値観や、レールを敷かれた人生なんてまっぴらだ」という感じ。「理由なき反抗」「大人はわかってくれない」の時代。
今思うとその頃は、大人たちの価値や権威が今よりはるかに確固としており、強い親や先生のもとで無責任に反抗してれば良かった幸福な時代だった。

時代は進みオトナは絶滅危惧種になった。オトナになることを拒否して年を取った大人コドモばかりになった。
下剋上の時代も終わり、家庭内暴力も校内暴力も社内いじめも「上から下」「下から上」どちらも容易に起こる。家庭も学校も社会もサバイバルの場になった。

安保法案が強行された時期の公演をタイムリーだと言う意見をいくつか見つけた。
天邪鬼な意見を言わせてもらえば、久々に「安倍政権」という「理不尽な価値観をゴリゴリ押し付けてくる悪役っぽいオトナ」を見つけると、コドモたちは方向性や求心性を得てこんなに盛り上がるんだなあ…と思ってしまった。
「若者や普通の市民が政治に興味を持つのは喜ばしい」のは確かだが、ガス抜きで終わってしまわないか心配。
私は罪や敵は自分の中にある、と考えるタイプのせいか、「大人に利用されて演劇を強制的に学ばされる」というような、自分がピュアでイノセントであるかのような設定になじめない。(単純に好みの問題で、外部を告発するより自分の内面に降りていくようなテーマが好きなのかもしれませんが)。

【6】コドモはイマジネーションが優れているのか?

いきなりだが、「子供は大人に比べて想像力が豊か」という俗説は誤っていると思う。
子供の認識の特徴は、与えられた虚構を現実と思いこんでしまうこと。一度刷り込まれた形が一生残ること。子供の頃に「鬼畜米英」「日本鬼子(リーベングイツ)」と言われれば自然と相手国を憎むようになる(矯正されてもなかなか根っこは治らない)。
記憶の引き出しが乏しいから、様様なイメージを組み合わせたり新しい意味を発見したりもできない。子供の絵が芸術的でユニークなのは、引き出しの少なさや常識のなさゆえに物事を直観的につかんで表現するからだと思う。(なんでも顔として認識するなどもそう。)

実際、舞台上の五歳児も、虚構と現実をごっちゃにしていることを「想像力」と思われているだけで、物語を膨らませたりバリエーションをつけたりする能力はゼロに等しかったように思う。
「桃太郎」でしかうまく戦えない、ということが、彼らのイマジネーションのなさの証明になっている。彼らが遊びながらまったく楽しそうに見えないのも、その辺が原因か。

【7】なぜ演劇を学ばせることが戦闘に役立つのか?

(【6】から続く)だから子供を兵器にしようと真面目に思ったら、演劇を学ばせて変にオリジナリティや物事を自分で考える能力をつけさせるより、戦争賛美のプロパガンダで洗脳した方が、はるかに簡単で効率的だ。
でも「戦争すること―演劇」をつなげないと今回のテーマは空中分解する・・・。
いや、ひっくり返して、「状況と戦うために、我々な演劇を続けるぞ」という決意表明なのかしら。

【8】メロン組やミカン組はどうなったのか?・・・いや、「柿組」は?

『天邪鬼』世界では、戦争しやすい「桃太郎」しか選ばないようにしているから「柿組」は生き残っている。一方他の軍、メロン組やミカン組などは全滅してほとんど残っていないのだという話だ。
居なくなった彼らがすごく気になる。
物語上は「死んだ」ことになっているが、それはどういう状態を表すのか?

(以下妄想)
彼らはこの不毛なループを抜け出すことができて「大人」になることができた者たちなのでは?
勝ち残っているように見える「柿組」は、同じ遊びを繰り返し無限ループから抜けられずずっと子供のままでいる、気の毒な運命のものたちなのでは?
少なくともあの6人に世界の命運がかかっているようには見えない。(私には)。救う意味でも滅ぼす意味でも。
彼らが、「戦争ごっこ」をさせられてる揺籃の中から、システムの意図を見抜き、自分たちの知性で綻びを見出し、自分たちで(桃太郎をやりながら)枠を壊し、枠の外の我々を発見して「真の敵」と認識して銃を向ける、というのなら、(別の意味でパターンなのかもしれないけれど)カタルシスもあるし感動もしたかも。


【9】なぜ天野じゅんや君だけが内部被ばくしていないのか。

放射性物質タップリのオシッコの子供たちと、放射性物質を含まないオシッコの天野じゅんや君は峻別すべきだと私は感じた。いじめられ関係もあった。
他の5人がそれぞれ違う特性(役割)を持って居るかのようにも思えたが、それらは取り換え可能。やはりじゅんや君だけは特別にみえる。(取り換えシャッフルの乱痴気公演はあるけど)。

(以下もまったくの妄想。)
彼らは(【2】でも触れたが)、見てわかる通り5歳児ではない。
映画『ウォーリー』のごとく、安楽ベッドで好きな夢を見ているだけかも。
バーチャルリアリティ・ネットRPGゲーマー(ネトゲ廃人?)で、5歳児を演じてる、というのが可能なイメージだ。
または例えば60歳の軍事オタク、55歳のロリコン、50歳の腐女子(あ、妙にリアル)、45歳のシュミレーション型RPGマスター、40歳の戦国コスプレイヤー。
全員被爆のため(または高齢のため)生殖能力がない。

純粋培養で育てたじゅんや(推定実年齢13〜30歳ではないかと思う)は、SFっぽい陳腐な語法では人類最後の希望(の子供たちの一人)。
じゅんや君(たち健康者)に何が何でも生きていく力(戦闘力も想像力も生殖能力も)を身につけさせるために他の5人が5歳児設定で脳内プログラムを借り出され、教育システムが組まれてる。
しかしながらじゅんや君は最初に覚えた桃太郎以外できない。対人的な社会性も、共感力もあまり育たず、「○○するものこの指とまれ」とただただ繰り返し、誰もとまらないと知るとキレて仲間皆殺しに走る。じゅんやくんがおもちゃの戦車で女の子の足をつぶすシーンは、性と暴力のシーンとして印象深い。しかし性的成熟度も肛門期段階(だから5歳児なのか)。友情や愛情が芽生えるのはまだまだ先が長そう。演劇の中で学んでいけるのか・・・?


【10】タイトルの「天邪鬼」
舞台の内容とあってないように思う。フライヤー等のデザイン的にも一人で登場する天野じゅんや君は、「天邪鬼」どころか「ピュア過ぎて過剰適応のコドモ」または「ピュア過ぎるがゆえの不適応のコドモ」に見えるので。禍々しいデザインに『無邪気』とつけてほしかった。(それじゃフツーすぎるから「天邪鬼」に「天邪鬼」としたとか?)

【おまけ】シャッフルの乱痴気公演
役者の役を総とっかえした特別版公演。いろいろファンサービスを凝らしてくるこの劇団らしく、積極的なのは非常に良いと思う(観てないけど)。少なくとも演じた自分たちや、観た観客にはいろんな「気づき」が生まれ楽しめるだろう。
これを観ないとモヤモヤが補完されないというのなら困けど・・・。

柿喰う客は、今回初見なのだが、過去公演を見ると実にバラエティー多彩な趣向の舞台を作ってきてる。
今回の舞台はシンプルでシビアだが、(どこかで聞いたか読んだ)「客との新たな関係を作る」とか「自分たちを壊す勢い」「テーマは演劇」とかいうのはどれも感じなかった。
寺山修司(多田淳之介演出)の「奴婢訓」のラストには本気で祟られたとゾッとしたし、ペニノ『地獄谷温泉』は地獄の釜の蓋に片足はまり込んだと思って一週間景色が違って見えた。今回はあれだけの弾数を撃ち込まれているというのにやはり痛まない。笑えない。

それは単に私に理解力がないとか、「柿慣れ」すればわかる、とかいうことかもしれないけど。「こう見ると納得できる、面白い」という意見があったら、教えてほしいです。
なんか文句ばかり書いてしまったようにも感じますが、「しょうじき、よし!」ということでお許しを・・・。
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