谷内六郎作品に、「姉のような女の子」を探して

February 26 [Thu], 2015, 6:03
お願い:この文章は前章にあたる記事を読んでからお読みください。

先日の記事「谷内六郎のカレンダー」の続きです。
やはりあのままで終わってしまうのは無責任だし自分でも気持ちが落ち着かない。
作品をどう解釈しようと観る人の自由だと言っても、想像だけの「谷内六郎シスコン説」を書いて終わり・・・というわけにもいかない。
(だって、全部まるまる勘違いの思い込みという可能性もあるのですから!!)

訪問者さんからご指摘を受けて大赤面滝汗・・・というパターンも避けたいので、手近な範囲で調べてみることにしました。

探し物はもちろん、谷内六郎の画に出てくる「姉のような年上の女の子」です。

【シスコン説は赤っ恥の予感???】

谷内六郎の本は、書店では思うように見つからなかったが、図書館に行くと何冊か見つかった。
最初に見つけたのは、Art Days(アートデイズ)という出版社の『四季・谷内六郎』。



これは、美しい四季の画文集という趣。
かつての『谷内六郎展覧会』(春/夏/秋/冬・新年/夢)というシリーズが絶版になり、2009年に秀作を選び出して一冊にしたものらしい。(あとがきによる)

作品が縦長に揃っている上、画面の上の方に題字にちょうどいいスペースがあるので、多分彼のもっとも有名な作品群、「週刊新潮」の表紙だろう。

画の中に描かれるのは、ローカル線の駅。海辺の行商、理髪店の街頭、サイダー壜の中の幻影、ユカタを着て観に行く校庭映画。土蔵と柿の実・・・定番の谷内六郎の世界。もちろんどの画にも素朴で愛しい子供たち。

画も文章も美しく、タイトル通り季節感たっぷりなのだが、私の探る「謎」の答えは見つからなかった。(むしろ謎は深まった!)



やはり「姉のような女の子」の登場回数は非常に多いのだ。これは一番最初の『土の中の話』。
土の中の生命の息吹を、二人で感じている。あったかい土の感触が伝わってくるよう。
メインの(エッセイのついている)48枚の彩色画に限っても、そのうちの実に25枚の画に、「(作者の分身らしい)男の子と年上の女の子の組み合わせ」が見出される。何らかの形で「年上の女の子が存在する画」ならなんと37枚だ!

他のパターンも数えてみた。
「作者の分身らしい男の子が一人」・・・5枚。もっとあるように思ったが。
「年上の女の子が一人」・・・5枚。意外に多い。秀作も多い。
その他、「同い年くらいの男の子と女の子」「姉妹や友人のような女の子二人」「年齢性別雑多な子供の集団」など、3〜4枚づつ。

48枚の内一枚だけ、人物のいない絵がある。曇り空をバックに、大きな針葉樹が二本(一本はもう一本の半分くらい)と、空に放たれた赤い風船。風と空気を感じさせ、ゴッホの糸杉を思わせながら別な魅力がある。梢の上の風や湿度まで感じ取れそう。

とにかく・・・カレンダーと同じく圧倒的なほど「姉と弟」の組み合わせが多いのは、確認できた。

しかし!!
文章の中に、それと感じられることは、一切書かれていないのだ。
子供の頃の遊んだことや思い出を描いているし、画の中に「姉のような女の子」がこれだけ登場しているにもかかわらず、「姉がよく連れて行ってくれたものである」とか「近所に住んでいる年長の女の子が・・・」とか、そういう文言は一切ない。

自分の「家族」が出てくる文章はとにかく少ない。
まえがき部分に、「人形作家であった家内」と、「良い批評家」である我が子がちょっと登場するだけ。

「お母さんは遅い針」というタイトルにハッとしても、遅く感じることもある「時間の不思議」のことを言ってるだけで、自分の母のことには一切触れていない。



『かたつむりも東京へ行くつもり』という名のこの絵は、セットの文章を読むと「田舎のお婆ちゃんの家に行った帰り」だという。汽車の車窓にへばりついたかたつむりに感情移入している画。それでも、目の前で向き合って座っている黄色いワンピースの鮮やかな「姉のような女の子」については、一言も触れていない。
体の弱かった谷内と「田舎のお婆ちゃんの家」に行ったのは、本当は誰なんだろう?

気になったのは『ねえたのむよ』という毛糸巻きの画。傑作とは思えないが、これはいろいろ珍しい。
母に見える女性(顔は子供らしいが、髪の結い方が大人っぽい)に頼まれた毛糸巻きの仕事を、兄が妹に押し付けようとしている画。
母を描いたものは非常に少ない。(この画文でも、彼女が母か姉かにすら触れられていない)。
「兄妹」が登場するだけで谷内世界では珍しいが、その表情は奇妙。兄が卑屈に策略をめぐらしており、妹は聞こえているのに聞こえないふりという風情。リアルと言えば言えるが、あまり谷内世界のきょうだい関係には見えない。
おびただしい「姉弟」の画がしっとりと感動的なのとは非常に対照的だ。

大人が登場しないわけではない。トウフ屋さんや、クリーニング屋のおばちゃんや、電気飴(ワタあめ)作りのおじさんなどは、よく出てくるのである。

この本の文章は連載当時「表紙の言葉」として書かれたものであるらしい。
文章が歳時記のように「あっさりめ」であるのは、それゆえかもしれない。

う〜む。「姉のような女の子」が存在しない可能性は高まってしまった。
現実の存在ではなく、作者の理想化された幻想の結晶のような存在かも・・・。
「ねえたのむよ」みたいな「エゴイストなきょうだい」が現実で、美しい光景に登場する「姉のような女の子」は幻想の美しいマドンナなのかもしれない。黄色いワンピースの年上の少女などいなかった。ひとりぼっちでカタツムリを見ていた。という方が確かにありそうだ。

それにしても・・・・・まだ気になる。
想像の産物、理想化された少女の姿にしても、どこか手触りが生々しくはないだろうか。
こんなに丁寧に愛情を込めて、着物の柄まで丁寧に書き込まれて・・・。

【『遠い日の歌』に出てくる三つのふるさと】

その端緒をつかんだのは、『谷内六郎文庫』(マドラ出版全三冊・絶版)の中の(2)『遠い日の歌』である。
三冊の中で、タイトル的に一番幼年時代のことがかかれていそうな気がして最初に手に取った。

これは後から思うとつくづく素晴らしいシリーズで、絶版どころか出版社も今はないらしい。非常に惜しまれる。

ここの載せられた画は、『週刊新潮』 的な牧歌的な日本の画ばかりではない。
この表紙絵『終戦の秋』(1945)などすごいですね!かつてどこかで見たようにも思うけど、谷内の作品としては初めて知った。



焼け野原の日本の夜明けの道を、進駐軍の白いジープが走っていく。その地平線には鮮やかな「ラッキーストライク」の箱が斜めに突き刺さっている。明け方の空に星が二つ。
焼け跡・進駐軍のジープや煙草という道具立てが揃いながら、声高な主張はなく、不思議な明るさでどこか郷愁を誘う。ジープなど、絵本に出てくる言葉をしゃべる車のよう。朝日の代わりにアメリカ煙草が上ってくるのだから痛烈な風刺なのかもしれないけれど、ほのぼのしたユーモアさえ感じてしまう。不思議な絵だ。

この本はカラーページも充実。また巻末の付録「お山のおまつり」ではシャガールおじさんや梅原おじさん・ルオーおじさんたちが屋台をやっていて、彼らの似顔絵を、背景のタッチも真似て描いている。
四季を描いた叙情画だけではない。ユーモラスで発想豊かで色鮮やかでなかなか斬新。「これが良く知ってると思っていた谷内六郎の画か!」と思っただけでも価値がある。

※三冊とも、面白い巻末の付録がついてるので、古本をお求めの際はこれが切り取られていないことをご確認ください。
ちなみにこれは(1)『旅の絵本』の、漫画「真説桃太郎」。
しなびた桃から身体の弱い「ヒネた桃太郎」が出てきます。画も話もとっても楽しい。



そして文章の中にようやく、谷内自身の言葉で、父や母や兄たちが登場してくるのである。

父はなんと、文章部分のトップに登場する。
「カンカン帽でステテコをはいて、シャツの見える絽の着物」を着ている。(へえ〜〜)
暑い日、父は六郎を連れて九段下の食堂のようなところでビールを次々と空にし、隣の席の紳士と政治談議まで始める。六郎は父がグデグデに酔ってしまったら世田谷の家に帰れるのか心配で仕方がない。

谷内六郎(大正10年〜昭和56年)は、関東大震災の頃渋谷(恵比寿)のビール工場の側で生まれた。
作者が「ふるさと」と言ってる場所が三つある。(第一巻では生まれた渋谷も「ふるさと」として懐かしんでいるが)

ひとつは「山のふるさと」。宮城県のこけしの里、鳴子町。住んだわけではなく、心の「ふるさと」として愛したらしい。谷内六郎にあれだけ素晴らしい雪国の画があったのもうなずける。

ふたつめは「海のふるさと」。病弱だった谷内は、一時期転地療養も兼ねて外房の方で暮らしていた。その時の明るい海の光景も、画のモチーフとして良く取り上げられている。

三つめは、「町のふるさと」。世田谷。これが一家で住んでいたメインの場所だと思う。当時(昭和初期)は雑木林も小川も畑もあった武蔵野だったそう。
世田谷にいた頃ウサギやモルモットやヤギの子と遊んでいた話が出ている。

>ボクはあまりおとなしすぎて弱かったので兄たちも、ぜんぜんボクの存在をみとめないので、やはりボクは実験用の小動物たちと一日中小屋の陽だまりで遊んでいるだけ

・・・と、「姉のような女の子」とどんどん離れてしまったが、自分語りが増え、どこかでひょいと出てきそうな気配は感じられる。

【涙の『北風とぬり絵』】



次に読んだのは『谷内六郎文庫』(3)の『北風とぬり絵』。
これは、驚きの「自伝的小説」だった。

達子夫人が描いたあとがきを読むと、谷内さんが亡くなってだいぶ経ってから「原稿用紙の束とペン画がたくさん茶封筒に入っているのを書庫の片隅で見つけた」のだそう。タイトルもつけられ、彩色も完成していたという。谷内さんと親交のあった天野祐吉さんの尽力で、死後20年も経って出版されたという経緯も不思議な本だ。

画と文章の量や構成は他の二冊と変わらない。
しかし特別なのは、少年の名前が六郎ならぬ「虫郎」で統一されていることだ。
これはフィクションだ、という断りでもあろうが、それだけに一層、自由に自分の子供の時代の哀歓が綴られていて胸に迫り、泣かずには読めない。

病弱で引っ込み思案な少年だというのは変わらない。しかし家族との関わりが描かれている。気管支炎でお祭りに行けない虫郎に、兄が枕元に汽車のおもちゃを置いてくれたり、それを壊れて情けない気持ちになったり、小人の職工さんが憐れんで直してくれたり・・・リアルと空想が、画と同じように入り混じっていて面白い。

世田谷に住んだのは、父が牧畜関係の学校の寄宿舎の管理人をやっていたためだった。虫郎は体は弱くとも、ここで自然や小動物を相手に豊かな子供時代を過ごした。
しかしのちに父は寄宿舎の職を追われ、父は「それきり何をするでもないただ終日家の中」にいるようになってしまった。それが悲劇の始まりのようだ。
これまでなんとなく谷内六郎のことを、病弱でも「都会育ちのお坊ちゃん」のように感じていたのだが、この本の「虫郎」はひどい貧乏に苦しんでいる。父が失業し、中学生の兄の新聞配達と母の内職だけで子だくさんの一家が暮らしていかねばならなくなった。虫郎が小学四年の頃は、「知恵遅れと虚弱」のため、学校にあまり行かなくなった。
正月でもボロを着ているのが恥ずかしく、修学旅行もお金がないのであきらめた。(病気のせいばかりではなかったのだ)。ガスは止められ、電気屋も何度も電気を止めに来た。

くず屋のお爺さんがタイヤのない自転車(!)をくれて、虫郎は喜んで家族のお使いをした。一家のお荷物のように感じていた虫郎は、少しでも家族の足しになることが嬉しかったのだ。
悲しい話は多い。金持ちの子に家に呼ばれて惨めな思いをしたり、目の大きな向かいの同年代の女の子が芸者に売られて行ったり。虫郎に無理やり金具泥棒を手伝わせた友だちが折檻されて鉄道自殺したこともある。

身体の弱い虫郎だが、近くの工場などで、何度か見習い工として働いている。
電球工場では、クリスマスに色とりどりの電球に天使の人形を詰めたりする仕事が好きだった(『虹色のタングステン』というタイトルで宝塚で舞台化されたこともあるという)。
ここでも気の毒な子供たちの話は多い。同輩の女工が肺病で死に、少年工員は少年院を逃げたことがバレて巡査につかまり、小児マヒの子と虫郎だけが残った。

一番気の毒な話は、初めてのハンダづけの作業で大失敗をしたこと。珍しく調子よくたくさん仕上がって誇らしく思っていたら、全部+と−を間違えて付けてあり、先輩が「オシャカだ〜!全部オシャカだー」と悲鳴を上げた。
困っているみんなを置いて一人帰らされる。土手の草むらで死にたくなったことを、幻想を交えて描いている部分がたまらない。

この物語には、きちんと終ることはなく、南京攻略のあたりで終わっている。雑誌への投稿(蕎麦屋にある雑誌の募集記事をこっそりちぎった)や、療養先の外房でぬり絵を作って喜ばれたことなど、後の画業につながる部分もある。
貧しさや悲しみを弱い子供の立場から描いた、美しい話だった。



「年上の女の子」に近いエピソードとしては、少年虫郎に、年上の若い女工さんたちが「世話を焼いてくれた」こと。また貧しくて売られた少女や、病気の少女や、死んだ女工などに強い悲しみと衝撃を感じているのがわかる。

一方、つらいエピソードもある。裕福な二階家の「ぬり絵に出て来るような少女」を見ていたら、少女が自分を汚いもののように見て女中に追い払わせた。虫郎は耐え切れず、その家のゴミ箱からゴミを引きずり出して女中に嫌がらせをしてしまった。貧乏と病と醜さで、自分をゴミのように感じた。
まだ16歳の虫郎を、通りがかりの幼児が指さして「ジイチャン」と呼んだ・・・。

読んでいて何度も泣きました。生きているうちにこれを発表できなかった気持ちもなんとなくわかる。

【『旅の絵本』で見つけたふたりの少女】



順番めちゃくちゃですが、最後に読んだのが『谷内六郎文庫』(1)の『旅の絵本』。
正直、『北風とぬり絵』があまりに哀切で衝撃的だったので、こちらは読み始めた当初薄く感じた。

全体に、谷内が大人になってからの旅エッセイを中心にした本。
もちろん旅の視点は素晴らしく、挿絵と相まって読む者の郷愁を掻き立てるのはさすがである。
鳴子、仙台、横浜、大阪、北海道、中華街、熱海の正月、八丈島、天津小湊、京都奈良・・・。
「ボクの家族旅行」の章になってからは、横手、房総、富士急ハイランドやユネスコ村、グアムまで行っている。
「旅に行っていない」と言いながら、結構旅をしているし土地土地の旅情を楽しんでいる。(受賞記念など、仕事がらみのことも多い)

それでも、自分の子供時代を抱きしめるような『北風とぬり絵』に比べると、距離を置いて自らを眺めるような「大人の視線」か感じられる。

>ボクは自分のことをこうあからさまに書くのは恥ずかしいのです。(それから何日か後に僕は神経科に入っています)
旅の文章の中に、不意にこういう部分が登場する。なんとなく納得する。

子供の頃を描いた他の二冊とは違う発見もあった。
最後の方の文章で、「ボクのうちは決して貧乏ではなかったが金持ちではなかった」とある。『北風とぬり絵』で、その貧しさにどっぷり浸った直後ゆえびっくりするが、日本全体が貧しかった時代でもあるし、父が働けているうちはそこそこ豊かだったのかもしれない。
一方『北風とぬり絵』のあとがきに「現実はもっときびしいものでありました」とあるので、あの物語にも書けなかったようなような惨めで苦しいことはあったと思う。どちらもそれなりに事実なのだろう。

お母さんがまともに登場する。
・・・とはいっても大人の六郎の目から見る73歳の母親。元気で無邪気で美味しい味噌汁を作る、日本のお母さんだ。これまで絵にも文章にもあまりにも登場しないので、何か事情があるのではと勘ぐっていたが、ホッとした。(子供の頃にはもう少し複雑な思いを抱いていたかもしれないが)イメージはあまり「年上の女の子」とはかぶらない。

そしてようやく、『旅の絵本』の中に、「姉弟」ワンセットを発見した。
それは・・・谷内自身の子供たちである。ご夫人の運転するドライブ旅行で、子供たちが何度も出てくる。
例によってあまり具体的には書いてくれないが、「幼い息子」という言葉が出てくるし、「娘」も登場して少し言動がお姉さんっぽいので「姉と弟」に違いない。何より、挿絵がすべて姉と弟。この「多摩川のメダカ釣り」などでは、まさに家族旅行の姉弟である。



ああ、これかもしれない!と思った。
しかし、カレンダー等で感じる不思議な魅力の女の子とは微妙に違う・・・。

この子達には、背後に両親の視線が感じられる。はしゃいで川の流れの深みに入っていこうとしても、きっと親が引き戻してくれる。

しかし、谷内作品のデフォルト、「姉のような女の子」が「作者のような男の子」と居る画には、親の視線は全く感じられないのだ。
多くの場合、女の子は全責任を持って男の子を凧揚げや銭湯やお祭りに連れて行って見守っていて、はしゃいだりはしない。あるいは留守番なのか家の中にいる。この時は女の子もカーテンをかぶったり台の上で歌ったり、または物思いにふけったりする。二人っきりの気安さや解放感のようなものが感じられる。
家の中では男の子が女の子を見つめている方が多いのかな・・・と思うと、男の子が失敗して(物を壊したり障子を破ったり)、困ったような顔で当惑する女の子、という画も見かける。泣き叫ぶことはないが、時々泣きそうな悲しい顔をしている。
(しつこくてすみません。こういうことを感じとりながら見ると、谷内作品が違う輝きを持って興味深く見られますので是非お試しを・・・)

その次の章で、もっと近い存在を知った。
それは姉ではなく、妹だった。タイトルも「妹のいた風景」。
もちろん初めての言及だ。戦時中に、たった一人の妹が病気で亡くなってしまったのだという。15か16の頃。ええっ??



>ボクは友人のいない孤独な少年だったので、よく妹と二人で、母にオニギリを作ってもらって、歩いて玉川までハイキングしました。
>妹が好きだった、浜辺の歌のレコードを渋谷に買いに行って、病気で寝ている妹に聞かせようとして帰った夕方、妹は昇天してしまっていた。
>ボクのたった一人の妹が、僕に絵を描かせてくれるのかと思っています。


「なんだかひどく感傷的なことを書いてしまいました」
・・・と作者は照れていますが、こちらは泣かずにはいられない。

【旅の終わりに】

・・・・・・・・・・・・・・。
さて、私の「谷内六郎の画の『姉のような年上の少女を探す旅』」もそろそろ一区切りだ。

ここまで探してきて、ついに「実姉」の証拠は見つからなかった。
あれだけ画の中に登場し、谷内の筆で、最も丁寧に魅力的に描かれた「姉のような年上の女の子」も見つけられなかった。
(ただし、「いない」という証拠も見つからなかったので、不在の断言は避けておこう)

でも私は、この小さな道程を通じて、少しわかった気になっている。
私の無謀な「谷内シスコン説」も・・・半分くらい当たっているんじゃないか・・・と。

谷内は、文章や絵の中に少しずつ現実を「ずらし」て入れ込んでいるように思う。
嘘というより幻想であり、切なる願い。そして「照れ」もあるのかも。

やはり「姉のような年上の女の子」は理想であり、マドンナ。
けれど、そこに画家が込めた思いは、全身全霊のものだと思う。
何もかもうまくいかなかった子供時代の、「こうあってほしい」という切なる願いが凝縮されたもののように感じる。

ただ、実在した「妹」ではなく「姉」のように描かれることが圧倒的に多いのはなぜだろう。

これも私見だが、実の妹に対し、兄として自分を描くのは、なんだか面映ゆいのではないだろうか。
「兄」は他に5人もいる。「できそこないの兄」としては自分を妹の側に描きたくない。ちょっとズルいかもしれないけれど、自分は小さな男の子になって、理想の母のように優しく、ちょっと寂しげで、ちょっと大人の女の子の側にいつも居たい。そういうことでは・・・。

妹さんのなくなった15・16歳くらいというのは、特別な年代だ。
中学生くらいにも見えるし、母親代わりのしっかりものにも見える年頃。内面的には不安定な頃で、外から見ると子供が大人の女性に変わり始めるエロティシズムと美学があり、多くのアーティストが魅了されてきた。
『赤とんぼ』の、「十五で姉やは嫁に行き・・・」の日本人の美しい感傷の源泉である。
つげ義春の名作『紅い花』に出てくる少女の魅力とも通じるものがある。会田誠が描く少女達もそうだし。漫画やアニメではご承知のようにおびただしい。

わかった風な言い方をすれば、未分化なエロティシズムの源泉とも言えるだろう。母を恋うる思いと、異性を求める思いと、愛する者を失う悲しみと、それらが未分化なまま、思いを凝集する「かたち」を求めて「姉のような女の子」にたどり着いたのではないか。

『北風とぬり絵』にも、病気や貧しさで不幸になる少女たちがたくさん出てきた。房総の療養中には、ぬり絵を喜んでくれる明るい女の子も居た。それらの少女たちと妹と、谷口が愛情を注いだものの完成形・・・または「全部入りバージョン」が、あのこの上なく愛しい「女の子」たちなのじゃないだろうか。

谷口の画を見ると、自分が子供だった頃のことを無性に思い出す。
外の世界が自分を受け入れてくれるものとは感じられなかった、「世界も未来も他人も、なんだかわからなくて無性に怖かった」時代を思い出す。
珍しくもない話だが、私もいじめられっ子で夜尿症で家に引きこもりたがる子だった。外遊びにも学校にも三つ上の姉に連れて行ってもらっていた。心配して外で他の子たちと遊ばせようとする母親は、自分が家にいることが嫌なんだな・・・と感じていた。もしかしたら本当の子供じゃないんじゃないかという「拾われっ子妄想」を持っていた。

谷内のように身体が弱い少年ならなおさらだろう。
しかし、谷内の画は、そんな悲しく惨めな子供時代を、たまらなく美しく懐かしいものとして描いてくれる。虫たち、魚たち、鳥たち、動物たち。温かく美しい風景。そして・・・自分の側にいてくれる姉のような存在。

「どこにもいかないでほしい。ずっとそばにいて、自分を見守っていてほしい」
作者やそれに心惹かれる我々の切なる願いは、それが「必ず失われる」という予感や不安に裏打ちされているから、あれほど美しいのだ。

「愛するもの、美しいものがずっと変わらずにいてほしい」という願いも、やはり叶わない。
谷内が繰り返し描いて来た日本の風景はもう、ほとんど心の中にしかない。
でも、画は不思議だ。谷内六郎の作品の中には、そのまま残っている。何も珍しいところのない、平凡な子供の日常として。

今回二回に分けて、谷内六郎の作品をめぐってきた。
「日本の風景と子供たち」ばかりではない谷内の多彩な作品に触れて非常に楽しかった。
その旅に導いてくれたのは、「姉のような女の子」の謎である。
谷内が死ぬまで発表しなかった『北風とぬり絵』のような秘された思いを、カレンダーの中にいつも居るあの少女が、ずっとずっと、指し示していたたように思える。
Comment
小文字 太字 斜体 下線 取り消し線 左寄せ 中央揃え 右寄せ テキストカラー 絵文字 プレビューON/OFF

不正な自動コメント投稿を防ぐため、チェックボックスにチェックをしてください。

利用規約に同意
 X 
禁止事項とご注意
※本名・メールアドレス・住所・電話番号など、個人が特定できる情報の入力は行わないでください。
「ヤプログ!利用規約 第9条 禁止事項」に該当するコメントは禁止します。
「ヤプログ!利用規約」に同意の上、コメントを送信してください。
プロフィール
  • プロフィール画像
  • ニックネーム:きのこ
読者になる
最新コメント
nemo
» ホームドラマ復活??2017年1月期ドラマ序盤戦 (2017年02月03日)
きのこ
» 2016年連続ドラマmyベストテン発表! (2017年01月31日)
nemo
» 2016年連続ドラマmyベストテン発表! (2017年01月24日)
nemo
» なぜ石田治部少輔はこんなにも嫌われるのか (2016年09月15日)
きのこ
» 2016年夏ドラマひと月め (2016年08月06日)
nemo
» 2016年夏ドラマひと月め (2016年08月04日)
きのこ
» 陛下の思いが実りますように (2016年07月24日)
レーズンパン
» 陛下の思いが実りますように (2016年07月22日)
2015年02月
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
P R
旧館
としずきん妄想:「新選組!」再鑑賞日記
月別アーカイブ
ブログポリシー
コメント・リンク・トラックバック大歓迎です。過去記事へのコメントにも喜んで飛んでいきます。スパムに関しては予告なく削除させていただくことがありますのでご了解ください。
お友だちのお店です
サンウィッチハウス チーズアンドオリーブ