岡本太郎展が面白い

April 13 [Wed], 2011, 7:51
あの日から一月余り経ちましたが、ここで大きな余震が続き、この国が地殻的に不安定な時期に突入したと言う説がリアリティを持ってきます。
次第に平常に近づくのかとおもっても、やはりいろんな点で、もう3.11以前とは違う。戻れないのだなぁと感じることが多い。そういう意味では敗戦に似ているのかもしれません。

当館は主にエンタメや文化面について書くことが多かったけれど、震災後に全然価値が感じられなくなる作品も多い。
芸術とか、本物とか言うものがあるとすれば、こういう機会にふるいにかけられるのかとも思う。役にも立たず啓発力もなく面白くすらないようなモノを、いかに多く見てきたか。
先日テレビで『トウキョウソナタ』をみたが、何が悲惨なのかよくわからなくなってしまった。父親のプライドからリストラを家族に明かさなかったペーソスだけ?この家には立派な(感性豊かで健康な)息子が二人と妻がいる。家もあるし(!)みんなで力を合わせれば生活なんてなんとでもなるじゃないか。
いや、この作品が優れていることに異を唱えるつもりはないが、「ひとつ時代が区切れた」ことを感じさせられるのだ。

ドラマに関しては「3.11」以後はさらに面白さがわからなくなってくる感じだが、この頃教養番組系が面白い。装い新たになったBSプレミアムを筆頭に、美術、歴史、文学、科学方面の番組が充実。
胸苦しい現実からいっとき逃避するためには、ドラマやバラエティより効果的かも・・・。

【太郎と敏子】

ここのところで唯一心に響いたドラマ『TAROの塔』。その関連番組、BSハイビジョン特集の『太郎と敏子〜瀬戸内寂聴が語る究極の愛」が面白かった。

ドラマにおける大胆で時に辛辣なほどの敏子の描写は、この新研究・新発見(敏子の日記など)がベースになっていたのかな、と思う。
ドラマの中では常盤貴子演じる敏子が太郎を愛しながら憎み、自分の手で殺したいほどのどうしようもない愛情まで抱く。

現実はある意味それ以上。ドラマでは「実は敏子との間だけはプラトニックなのでは?」とまで思わされた男女関係も敏子の筆ではっきり覆されている。
番組の語り手として登場する瀬戸内さん(出家前に晴美だったころ)との関係については、自分が敏子だったらこの番組は作って欲しくなかった、と思うほどの生々しさ。
女として、文筆を志した者として、敏子が瀬戸内さんの才能、出世、若さや美しさにまでコンプレックスを抱き、その復讐のように太郎を引きずりまわす(日本中を二人で旅行するなど)様子がよくわかる。

番組で「岡本太郎が岡本太郎でなくなったらどうする?」「そのときは私が殺してあげます」というやり取りは、日記の中では「そのときは俺を殺してくれよ」だった。番組での「太郎さんが嫌い」というのも日記に書いてあった。
太郎の生前、死後にわたる精力的な敏子の活動は素晴らしい。
敏子がいなかったら数多い太郎の著作はもちろん、後半生のあれほど多くの作品群も生み出されなかったと思う。
しかしそれを「究極の愛」と言う番組の姿勢にはすこし肯ききれないものを感じる。
よく敏子を太郎と芸術的「こころざし」を同じくした戦友であり同志、最大の理解者とされるが、ドラマ的に意地悪く見れば彼女はそれしか自分の人生を花開かせる方法がなかったのだろう。
太郎の芸術が世に認められることが生きがい。
「二人で岡本太郎を作り上げた」という論に異議はないが、これほど互いの人生に侵食しあっていることを「究極の愛」と呼ぶのは、ちょっと怖い。

究極の愛、と言うなら、ドラマにおける(真実は良く知らないから)かの子に対する岡本一平(田辺誠一)の愛の方が、それに近いような感じがする。
私は「究極の愛」というのに常にマユツバしているが(『MOTHER』でよく言っていたように)、一平の愛のあり方には感動したし、それは敏子の献身とは全然違っていた。
ドラマの感想では書き忘れたが、非常に印象に残ったことのひとつ。

一平はかの子の生活について、一切批判や否定、矯正を試みなかった。あの服装、化粧、子育てを放任しているのは無責任・無関心とも思えるが、、愛人を作ったときには唯一の条件として「この家に住む」ことを望むことにはただならぬ情念を感じた。

彼女を天才と認め、かの子の伸びる方向をけして塞ぐことのないように努めたように思える。
あれをやれとか求めたり、プロデューサーになどなろうとしなかった。
かの子の成功を自分の自己実現の道具にはしなかった。(自分には表現の道があったからもあるが)
自分のやることは、かの子の防波堤になること。
かの子が死んだ時の棺に赤い花を埋めていく慟哭は、一平の愛がひとつの「究極の愛」だったことを思わせる。

一平が敏子に語ったセリフ。
>(かの子や太郎と)つきあうには覚悟が必要だ。どんなに寄り添っても向こうは孤独のままだからね。最終的に作家であるかの子に賭けた。生身の人間関係を捨て、同じ作家として死をも厭わぬ覚悟をしたんだ。

敏子はこの言葉に大きな影響を受けたように描かれているが、結果一平の愛とは大きく違うように思う。

どんなに愛していても手や口を出さずにかの子の奔放を許し、孤独に立ち入ることをせず、それでも寄り添ってじっと見守り続けた一平。
太郎の人生も芸術も作品も、死や死後すらプロデュースした敏子。

彼らの愛については、ここでこれ以上を語るつもりはない。

けれど、敏子の存在や役割をこれだけ見てしまうと、むしろ「敏子フィルターを通さない岡本太郎」に興味がわいてくる。

で、美術展に行った。

これも、この前の『日曜美術館』で取り上げられていました。(姜さんが千住さんになっていたのがちょっと残念)
でも、やはり実際足を運んだほうが断然面白い。


時期的にいささか不運なめぐりあわせとなってしまった、生誕100年の岡本太郎展。
竹橋の東京国立近代美術館にて、3月8日〜5月8日まで開催中です。現在は午後四時までの開館時間。
せっかくの生誕百年記念なのに、入場者も見込みより大幅に下回るのでしょう。もったいない。

10日の日曜日は、近くの千鳥が淵や靖国神社の桜も満開でした。
不要な自粛ムードは良くないけれど、宴会をする花見客のいない、酒やゲロの匂いのしない花見の名所というのはなかなか新鮮です。特に夜桜は妖しいばかりに幻想的なのでは・・・。

さて、非常に面白い美術展でした。
構成、企画が気が利いていて、7つのテーマ展示をたどったあとには、子供でも岡本太郎を全く知らない人でも、太郎の芸術について親しみを持って感想を語れること請け合い。

昨年同じ場所で観たゴーギャン展も面白かったけれど、今回と比べると中途半端。(解説しよう、という意図的な感じが強かったように思う)。

岡本太郎展は、解説めいた部分を減らし、作品との「出会い方」を工夫してくれていた。どう感じるかはあなた次第、という自由度を残し、それでもユニークながらスッキリした系統分けで、頭にもどんどん入り、記憶にも結構残る。

私は岡本太郎の作品に積極的な興味を持ったことはなかったのだが、従来知っていた作品群よりはるかに多彩な作品があることに驚いた。

ドラマだけ観ていると、太郎は敏子の檻の中で描いていた様にすら感じられた。
しかし作品に接すると、太郎の魂の自由さは、そんなことでは損なわれていないように思う。敏子がどんなに言葉を捕まえプロデュースしようとしても、太郎の感性はたががはめられるようなものじゃなかったのだと、ちょっとホッとした。

それぞれ「出会って」欲しいので、ここからはザザッと駆け足で。

●プロローグ
太郎の頭がパカッと割れた扉から入るのは、やや薄暗く参道のような「プロローグ」室。「ノン」「午後の日」「樹霊」などのキャラクターっぽいオブジェがお出迎え。
作品名さえ付けられてなくてアレッと思ったが、それもこの美術展の意匠なんですね。自由な作品との出会い。
最初に一番好きな作品群と出会えたのも嬉しい。

●第1章「ピカソとの対決」(パリ時代)
●第2章「キレイな芸術との対決」(対極主義)

この二章は、絵画中心。低めの天井の回廊にキチンと絵が並んでいて、一枚一枚じっくり観ていけます。
「痛ましき腕」「森の掟」「夜」などの高名な作品も多い。
岡本太郎の絵(おもに初期のもの)はあんまり好きではなかった、その理由もなんとなくわかった気がしました。バックがほとんど濃紺で、その前にいろんな事物が投げ出されているようで、広がりや温かみが感じられなかった。
でも、ちゃんと系統立てて観ていくと、変遷が感じられて面白い。

●第3章:「わび・さび」との対決(日本美再発見)

縄文土器の素晴らしさを発見し、各地に残る縄文的なもの(秋田のなまはげなど)を跋渉し、以前の作品とは違った「書」に近い作品も現れる。
「書」的な作品に関しては展示が少なかったが、ミュージアムショップで太郎の書を集めた本を見つけて覗いたらとても面白かった。

●第4章:「人類の進歩と調和」との対決

「太陽の塔」が中心。ドラマファンには復習です。
しかし解説らしいものはなしです。「太陽の塔」の謎はそっくりそのまま残してくれる。
3章と4章の映像展示が近すぎて、音が重なるのが唯一の難点か。

●第5章:戦争との対決

「明日の神話」の最終下絵(それでもかなりデカイ)を中心に展示。
今、原発問題の中心にいる日本人としては、メキシコオリンピックの昔に太郎がこの絵に込めた思いが、痛いほど目に沁みてきます。

●第6章:消費社会との対決

一転して多彩で面白い。壁画やオブジェなどのパブリックアートをはじめ、太郎デザインの家具やネクタイ、グラス。バラエティ番組までが扱われる。

「対決」をテーマとした展示構成だが、実は消費社会とだけは、対決にならなかったかも・・・と思う。
消費社会、大衆社会は鵺のよう。太郎の必死の戦いも、「面白さ」として消費される側になってしまったかも・・・。
むしろこの時期の作品の、自由闊達でどんどん広がっていく太郎ワールドが楽しいです。

●第7章:岡本太郎との対決

最後のテーマであるこの部屋は、「日曜美術館」でも一番大きく取り上げられていたが、力のこもった構成。是非体感したい。晩年の目をテーマとしたおびただしい作品にぐるりと取り巻かれ、「座ることを拒否する椅子」に座る。

●エピローグ 書稿。パネルに書かれた名言集。

改めて、名言家でもあったのだなあと思う。最後にくじ引きのようなものがあり、名言をひとつづつ持ち帰ることになります。

戦前から敗戦、高度成長期を経て世紀末までを駆け抜け、常に戦い続けた岡本太郎。その全期間の作品の多くが一堂に会した企画。
「ドラマは面白かったけれど、岡本太郎作品って結局なんだかピンと来ない」という方には特に最適なのでは。お薦めです。
Comment
小文字 太字 斜体 下線 取り消し線 左寄せ 中央揃え 右寄せ テキストカラー 絵文字 プレビューON/OFF

不正な自動コメント投稿を防ぐため、チェックボックスにチェックをしてください。

利用規約に同意
 X 
禁止事項とご注意
※本名・メールアドレス・住所・電話番号など、個人が特定できる情報の入力は行わないでください。
「ヤプログ!利用規約 第9条 禁止事項」に該当するコメントは禁止します。
「ヤプログ!利用規約」に同意の上、コメントを送信してください。

ひでさん、はじめましていらっしゃいませ!
震災後遺症と、PCの故障から、返信が非常に遅れて申し訳ありませんでした。

>「TAROの塔」を見て思うのは見事なまでに縄文との出会いをスルーしていて驚く。

そうですね。私も美術展に行って痛感しましたが、縄文に出会う前と後で作風がかなり変わってますよね。
私は、物心づいた時には縄文は素晴らしい美術だとされていたので、岡本太郎以前美術的な価値が認められていなかったことのほうに驚きました。

ただ、ドラマとしては優れていたと思います。
何しろ岡本太郎に興味のなかった私をあちこち走らせ、本も読ませていただきましたので・・・。
ただ、敏子と太郎をあのようにドラマチックに、断定的に描いてしまっていいのかなぁ・・・とちょっと思いました。ドラマの影響はかなり強いので。

>新日曜美術館の数十分の方がやはりリアルな「太郎」でした。
確かにドラマと、この番組と「太郎と敏子」も合わせて見ないと・・・・という感じはしましたね。新日曜美術館(記事中「新」を抜かしてました)は、美術展をダイジェストでなぞった、という感じもしましたが、美術展そのものが面白かったので見ごたえがありました。

by きのこ April 20 [Wed], 2011, 8:51

rukaさん、大阪ならではの情報ありがとうございます。
大阪にはいけませんが、「歌川国芳展」も「太陽の塔」も観てみたいです。
いろんなお仕事されてるんですね!

ルイスさん、お久しぶりです。
耕史君の今後の活動は気になりますが、被災地とリンクした活動も目立たずしっかりなさっていることを知り、嬉しく思いました。
私は出身が仙台なので、今回の震災は身近なものに感じます。自分のふがいなさ、役立たずさに情けなくなりながら、それでも支援になることは何か考えて行きたいと思っています。
復興までの道のりは長いですが、忘れずに支援して行きたいですね。

by きのこ April 20 [Wed], 2011, 8:43

「TAROの塔」を見て思うのは見事なまでに縄文との出会いをスルーしていて驚く。太郎の人生にも、日本の美術史にも、考古学の面からも欠くことのできないこの事件を脚本家は何故スルーしたのだろう。岡本太郎の歴史を知れば知るほど、ドラマでこぼれたエピソードの多さに慄然とさせられる。ドラマに対する評価は高いが、私には新日曜美術館の数十分の方がやはりリアルな「太郎」でした。

by ひで April 14 [Thu], 2011, 16:34

こんばんは。
おひさしぶりです。
先月の『東北関東大震災』でしたでしょうか
。私は神奈川に住んでまして、この時の地震当日は友人宅と一緒でした。で、かなり揺れまして、友人宅が鉄筋コンクリという仕組みでしたので、無事でしたが。

ただ、今後のエンタメも息ぐるしそうになりそうですね。

耕史氏が『テンペスト』の大阪公演だったそうですが、震災で公演が延び、なんとか公演をしたようですが・・・。耕史氏の今後の活動が気がかりなのです・・・・。どうか希望を・・・・。

by ルイス April 13 [Wed], 2011, 21:30

きのこさんこんばんわ
「岡本太郎展」の内容読ませて
いただきました
太陽の塔や月の神話といった
作品が展示されていたんですね
さぞ、すばらしかったかと
思われます

ここでお知らせをさせてください
ツイッターを見たのですが
「没後150年歌川国芳展」とゆう展示会が
4月12日〜6月5日まで
大阪・大阪市立美術館で開催されるのですが
音声ナビゲーターが
なんと!山本耕史さんがされているんです
そのサイトがここです
http://kuniyoshi.exhn.jp/
そしてツイッターのほうはこちら
http://twitpic.com/4k8jj9

by ruka339 April 13 [Wed], 2011, 18:46
プロフィール
  • プロフィール画像
  • ニックネーム:きのこ
読者になる
最新コメント
nemo
» ホームドラマ復活??2017年1月期ドラマ序盤戦 (2017年02月03日)
きのこ
» 2016年連続ドラマmyベストテン発表! (2017年01月31日)
nemo
» 2016年連続ドラマmyベストテン発表! (2017年01月24日)
nemo
» なぜ石田治部少輔はこんなにも嫌われるのか (2016年09月15日)
きのこ
» 2016年夏ドラマひと月め (2016年08月06日)
nemo
» 2016年夏ドラマひと月め (2016年08月04日)
きのこ
» 陛下の思いが実りますように (2016年07月24日)
レーズンパン
» 陛下の思いが実りますように (2016年07月22日)
2011年04月
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
P R
旧館
としずきん妄想:「新選組!」再鑑賞日記
月別アーカイブ
ブログポリシー
コメント・リンク・トラックバック大歓迎です。過去記事へのコメントにも喜んで飛んでいきます。スパムに関しては予告なく削除させていただくことがありますのでご了解ください。
お友だちのお店です
サンウィッチハウス チーズアンドオリーブ