「KOきざはし金陵M」のものがたり(2004年)

March 27 [Sun], 2016, 16:12
「和字オールドスタイル」(アーリー)
明治時代の金属活字の和字書体に共通するのは、江戸時代の木版印刷字様がもっていた彫刻風の荒々しさが少なくなり、丸みを帯びた動きのある書風にと変化しているということだ。これを私は和字オールドスタイルとしている。和語で「ひのもとのいぶき」ということもある。
和字オールドスタイルのうち、東京築地活版製造所の活字から「きざはし」、国光社独自の活字書体から「さおとめ」を制作した。また、官業活版の源流を受け継いだ内閣印刷局(現在の国立印刷局)の活字から復刻した「かもめ」もこの範疇ということにした。これらを「和字オールドスタイル」(アーリー)とした。「あおい」は「和字ドーンスタイル」としたが、もともと明朝体風の漢字書体と組み合わされていた書体である。悩ましいところだ。
出自は明らかではないが活版製造所弘道軒の書体と混植されたとみられる活字から「はやと」、東京築地活版製造所と並び称せられる秀英舎鋳造部製文堂の活字から「はなぶさ」、青山進行堂活版製造所の見本帳から(もともとは東京築地活版製造所制作だと思われる)「まどか」を制作した。これらの和字書体もまた丸みを帯びた動きのある「和字オールドスタイル」(レイト)ということにする。
明治時代に制作された書体の中で、「和字オールドスタイル」(アーリー)のうち築地活版製造所五号活字の「きざはし」を選んだ。この書体がいちばんその時代の書風があらわれていると感じたからである。

「きざはし」
『長崎地名考』(香月薫平著、虎與號商店、1893年)より



「さおとめ」
『尋常小學國語讀本 修正四版』(国光社、1901年)より

「かもめ」
『内閣印刷局七十年史』(内閣印刷局、1943年)より


明朝体 ベスト4の選抜
「きざはし」は、和字書体三十六景第二集(2003年)のなかの1書体として発売された。組み合わせる漢字書体は使う人が自由に選べるということだったが、漢字書体の選択肢が少ないうえに、組み合わせて使うという面倒さも問題になった。
そこであらかじめ組み合わせて使用できる漢字書体を制作することにした。その候補は中国・明代の代表的な刊本字様(監本・藩刻本・家刻本・仏教刊本)のうちからひとつを選び出すことにした。試作したのは「金陵」「鳳翔」「毛晋」「嘉興」である。
明朝体とは中国の明代(1368年−1644年)の木版印刷にあらわれた書体である。1553年(嘉靖32年)に刊刻された『墨子』は、宋朝体から明朝体へと変化する過程にある書体なので、プレ明朝体といえる。
中国・明王朝は、朱元璋(1328年−1398年)が蒙古族の元王朝をたおして、現在の南京に建朝した。朱元璋は明王朝の初代皇帝で、洪武帝(太祖)ともいう。洪武帝の第四子朱棣〔しゅてい〕(1360年−1424年)は現在の北京に燕王として封じられていたが、南京を攻略して第三代皇帝、永楽帝(成祖)となった。永楽帝は、のちに南京から北京に遷都した。
明王朝の正徳・嘉靖年間(1506年−1566年)には、印刷物は貴族や官僚だけのものではなくなり、経済が豊かになった庶民の媒体になった。小説や戯曲などの趣味や娯楽のジャンルの刊本が多く出版されている。
なお、清代後期の「近代明朝体」活字に対して、明代の刊本字様を「古明朝体」ということもある。
木版印刷の三大系統とは、官刻(政府出版)・家刻(個人出版)・坊刻(商業出版)である。このほか、仏教版本を別系統にする場合がある。明代には中央・地方の官刻本だけではなく、家刻本、坊刻本などにおいてもさかんに出版事業がおこなわれた。
明朝後期の万暦年間(1573年−1619年)から刊本の数量が急速に増加し、製作の分業化が促進された。このことにより明朝体の成立に拍車をかけた。印刷書体としての観点から、四大明朝体としてまとめておきたい。つまり明朝体ベスト4である。

「金陵」
[監本(官刻)]『南斉書』(1588年−1589年 南京国子監)より



「鳳翔」
[藩本(官刻)]『楽律全書』(1595年 鄭藩)より

「毛晋」
[家刻本]『宋名家詞』(1626年−1644年 毛氏汲古閣)より

「嘉興」
[仏教刊本]『嘉興蔵』(1589年 楞厳寺)より


明朝体トーナメント
欣喜堂で試作した明朝体は「金陵」、「嘉興」、「鳳翔」、「毛晋」の4書体である。この中から1書体を選んで制作することにした。その経緯を「明朝体トーナメント」ということにして次にまとめる。

準決勝第1試合「金陵」対「嘉興」 川越の明朝体、宇治の明朝体
漢字書体「金陵」のベースにしたのは、南京国子監本『南斉書』である。
わが国には、これとは別の『南斉書』がある。日本で覆刻されたので、これを和刻本『南斉書』と言っている。1703年(元禄16年)−1705年(宝永2年)に、川越藩柳澤家が南京国子監本『南斉書』を、返り点をつけたうえで覆刻したものだそうだ。汲古書院から出ている「和刻本正史シリーズ」は、これらの影印である。『和刻本正史 南齊書』(長澤規矩也 編、汲古書院、1984年)もこのシリーズに含まれている。
中国の原本と比べると日本の覆刻はかなり見劣りがする。もともと欣喜堂の「漢字書体二十四史」は中国の刊本のなかから選定したものである。「金陵」は南京国子監本『南斉書』をベースにしており、和刻本『南斉書』は参考にしていない。
漢字書体「嘉興」のベースにしたのは、楞厳寺版『嘉興蔵』である。
楞厳寺版『嘉興蔵』を、1678年(延宝6年)に覆刻したのが、鉄眼版『一切経』である。鉄眼は、日本に流布している大蔵経がないので、隠元を訪ねて楞厳寺版『嘉興蔵』をもらい受けたという。この鉄眼版『一切経』の版木は萬福寺・宝蔵院に納められており、国の重要文化財に指定されている。
川越の明朝体(和刻本『南斉書』)が、宇治の明朝体(鉄眼版『一切経』)ほどには知られていないのは、川越近隣の住民としては残念だ。私は川越の明朝体もけっして負けてはいないと思っている。いずれにせよ、どちらも中国の刊本の覆刻であることに違いはない。明朝体は中国で発展してきたものであり、中国から輸入されたものなのだ。

準決勝第二試合「鳳翔」対「毛晋」 硬質の明朝体、軟質の明朝体
明代の刊本字様に対照的と思える書物がある。鄭藩の『楽律全書』と毛氏汲古閣『宋名家詞』である。前者は彫刻風の直線的で硬質の明朝体であり、後者は毛筆の筆法を残した軟質の明朝体である。
硬質の明朝体がみられる『楽律全書』は、中国音楽における十二音律の研究で、その時代の音楽理論研究の最先端をいくものだということである。楽律とは、楽音を音律の高低に従って並べた音列のことで、中国音楽では十二律だ。十二律は基音を長さ九寸の律管の音としている。
『楽律全書』は15種48巻の書物である。律呂精義外篇巻10から霊星小舞図までは、楽器、演奏、舞踊などに関する絵図が中心となっている。漢字書体「鳳翔」のベースとしたのは、この『楽律全書』である。
軟質の明朝体がみられる『宋名家詞』は、毛氏汲古閣の出版物において世に知られている書物のひとつである。書写の風格のある明朝体だ。これをベースにして漢字書体「毛晋」を試作している。
汲古閣には84,000冊の書物が収蔵され、さらには650種以上の刊本が出版された。それらは「汲古閣本」「毛本」などと呼ばれ、現在に至るまで、良質のテキストとして広く流通している。宋代に刊刻された書物の多くが、毛晋の手を経て今に伝わっており、文化の保存と伝播に大きく貢献したといえる。

決勝は「金陵」対「鳳翔」
勝ち上がったのは「金陵」と「鳳翔」である。日本語としてどちらが使いやすいかを考えて、まず「金陵」を制作することにした。「きざはし」の原資料『長崎地名考』は近代明朝体との組み合わせだが、動的な結構は「金陵」に合うように思われた。

我が名は金陵
川越の明朝体、宇治の明朝体

できるだけ原資料を忠実に「再生」しようとして、独自の解釈はしないように心がけた。それでもなおかつ、そこに自分の筆跡のようなものが醸し出されているとしたら、それが真の個性というべきものなのかもしれない。


16世紀の書体をめぐって
16世紀の漢字書体としては中国・明代の『南斉書』(1588年−1589年、南京国子監)を参考にして「金陵」を制作したが、欧字書体としてはギャラモン活字が使用されている『ミラノ君主ヴィスコンティ家列伝』(1549年)を参考にして「K.E.Taurus」を制作した。

「K.E.Taurus」
『ミラノ君主ヴィスコンティ家列伝』(1549年)より



現代の日本語書体は、和字書体・漢字書体・欧字書体が揃ってはじめて成立することになる。そこで、ギャラモン活字が使用されている『ミラノ君主ヴィスコンティ家列伝』(1549年)から抽出したキャラクターをベースに、日本語組版に調和するように「K.E.Taurus」として制作してみた。「金陵」との組み合わせでは、「きざはし」+「金陵」+「K.E.Taurus」の組み合わせがもっとも好ましいと思ったのだ。


日本語書体「きざはし金陵M」誕生
「きざはし金陵M」は、「さおとめ金陵」「あおい金陵」とともに、2004年7月に発売した。



「きざはし金陵M」
本文に使われてこそ 『ドブネズミのバラード』 より

  • URL:https://yaplog.jp/kinkido/archive/91
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欣喜堂は活字書体設計をおこなっている会社です。日本・中国・欧米の書写と印刷の歴史にはぐくまれた活字書体の開発をめざしています。
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