ひらがなの美学

October 04 [Sat], 2014, 17:38
『ひらがなの美学』(石川九楊著、新潮社・トンボの本、2007年)は、そのタイトルのとおり「ひらがな」について書かれた本である。この本の和歌の部分に和字書体「ばてれん」が使われていることは、漢字書体「龍爪」が『書道技法講座』シリーズ・改訂版(二玄社、2009年)に使われているのと並んで、また格別である。





「ばてれん」の原資料は、天理図書館善本叢書の『きりしたん版集一』(1976年、天理大学出版部)所収の『ぎやどぺかどる』の影印である。『ぎやどぺかどる』は日本国内では上巻が天理図書館にあるのみだ(上下巻がそろった完本は、ヴァチカン図書館と大英博物館にある)。



 アレッサンドロ・ヴァリニャーノ(1530–1606)は天正少年遣欧使節団を立案し、活字版の印刷技術を日本に持ってくることを考えた。天正遣欧少年使節には、伊東マンショ、千々石ミゲル、原マルチノ、中浦ジュリアンの少年使節のほかに、引率者としてイエズス会修道士メスキータ(ポルトガル人)、随員として助修士ジョルジュ・デ・ロヨラ(1562?–1589 日本人)と少年コンスタンチノ・ドラード(1567?–1620 日本人)が加わっていた。
 ヴァリニャーノは、使節団の随員ロヨラとドラードに活版印刷機の購入と印刷技術の習得を課していた。ロヨラとドラードはポルトガルで、活字の鋳造と印刷技術を学んだと思われる。ロヨラは帰国途中のマカオで死去したので、キリシタン版の印刷はドラードによってなされた。
 さて、『ぎやどぺかどる』の活字のもととなった文字は誰が書いたのだろうか。天正遣欧少年使節および随員のうち文字が書けたのはロヨラだけだったということから、キリシタン版活字の原字はロヨラが書いたという説を聞いたことがある。そのあたりのことについて、専門の研究者による調査・研究があるのだろうか。

 想像の翼をひろげてみる。もしロヨラがキリシタン版活字の原字を書いたのだとしたら、日本で最初期の活字書体設計師ということになろう。名前の知られた書家ではなく、ひとりの若者によって書かれたということになる。しかも西洋の活字鋳造と印刷技術の職人でもあったのだ。もっとロヨラのことが知りたくなった。
 欣喜堂和字書体は、原則として和語で書体名をつけているが、この書体はいい案が思いつかなくて、外来語である「ばてれん」(ポルタガル語のpadre から、宣教師の意)とした。なかば苦し紛れであったのだが、ロヨラからヴァリニャーノに向けての尊称だと考えれば、とてもいい名前だと思っている。
 はるかな時代を超えて、和字書体「ばてれん」として新たな生命が吹き込まれ、それが『ひらがなの美学』として組まれるというのも、活字書体の面白さである。

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