北の国から1944夏

September 21 [Sat], 2013, 8:41


父の写真である。16歳か17歳のときだ。この写真には「北海道空知郡山部村、昭和19年8月」と書かれてあった。山部村は山部町となり、富良野町との合併により富良野市となっている。
 富良野市を舞台にしたテレビドラマ『北の国から』は、1981年10月から1982年3月にかけて金曜日10時から放送された。倉本聰さんの脚本ということで、なにげなく第1回から見始めた。大自然で暮らす黒板ファミリーの物語に、しだいに引き込まれていった。
 父が亡くなったのは、1982年の12月であった。アルバムを整理していて、戦時中に北海道にいたことを知った。なぜ北海道にいたのか、どのくらいの期間滞在していたのか、なにも話してくれなかった。あまりいい思い出ではなかったのかもしれない。
 戦時中だから、ただの旅行ではないだろう。もう一枚、集合写真があった。お寺(どこかは不明)の前に並んで撮られている。勤労奉仕だったのだろうか、農業研修だったのだろうか。
 戦争は終わった。父は徴兵される年齢には達していなかった。北海道に空襲はなかった。東京で壊滅状態だった印刷・出版業は、無傷だった札幌を拠点に置いた。
 市立小樽文学館の特別展「思いがけないルネッサンス―戦後北海道出版事情」(1999年2月6日―4月18日)の小冊子によって、「札幌版」の存在を知った。1946年から1950年までの約4年間、札幌市を中心として刊行された文芸書や教養書を「札幌版」というようだ。
 「和字書体三十六史」の構築にあたり、漠然と、北海道ゆかりの書体を制作したいと思っていた。札幌版のなかから、『新考北海道史』(奥山亮著、北方書院、1950年)を買い求めた。なによりタイトルが気に入った。書物を手に入れてから、活字書体をじっくり見ることになった。本文の5号活字よりも、「序」と「まえがき」でもちいられた6号活字に目を奪われた。この和字書体ならば、復刻するに値すると感じたのである。
「ほくと」は、一般にひろく使っていただくために制作した書体である。その使用においては、札幌版のことはあまり関係のないことだ。ましてや、私の勝手な思い入れである1944年夏の富良野のことなど……。

▶和字書体「ほくと」のこと
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欣喜堂は活字書体設計をおこなっている会社です。日本・中国・欧米の書写と印刷の歴史にはぐくまれた活字書体の開発をめざしています。
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