日のあたる場所へ

September 15 [Sun], 2013, 13:38
そもそも、大鳥圭介って知られていないんだもの。同窓会で、「大鳥圭介は閑谷学校の出身で…」とか言い出しても、誰も知りやしない。「あの漫才師の…」とか言われる。それは鳳啓助だってば。ぽてちん。その鳳啓助も亡くなってから20年近くにもなると、若い人にはこのギャグも通じねえ。
 そうそう、NHK連続テレビ小説「あまちゃん」で、巨大ジオラマを作った観光協会の会長・菅原保役の吹越満さんが、NHK大河ドラマ「新選組!」の続編で演じていたのが大鳥圭介だと言ったって、誰も覚えていないという……。ま、へたれキャラだったし。司馬遼太郎の『燃えよ剣』なんて、なおさら。
 まあ、かくいう私も、日本タイポグラフィ協会の『タイポグラフィックス・ティ』に連載された、府川充男さんの「近代活版史夜話――大鳥活字再校」を読むまでは、あまり知らなかったわけで。あ、閑谷学校の出身だということぐらいは知っていましたよ。だからこそ興味を持ったのですから。
 そういえば、「福本龍の世界・キャリグラム」という、西洋の言葉をテーマとした個展を見たことがあった(福本龍のキャリグラム“ギリシャ神話” 1987年9月1日(火)―9月9日(水)、ギャラリー新宿高野/福本龍のキャリグラム“墨で描く星座の印象” 1993年9月9日(木)―9月21日(火)、ギャラリー新宿高野)が、その福本龍さんは大鳥圭介の子孫だということを後で知ったんだ。本職はお医者さんだそうだが、大鳥圭介の研究家でもあり、『われ徒死せず 明治を生きた大鳥圭介』(福本龍著、国書刊行会、2004年)などを出版されている。
『上郡民報』というミニコミ新聞で大鳥圭介の生家が現存していることを知り、2002年にこの地を訪ねたときには、タクシーの運転手でさえ詳しくなかったぐらいだったもの。外観は周囲の民家と変わりないトタン葺きの家で、「大鳥圭介生誕地」という小さな石碑が立っていなければ、それとはわからないぐらいだったから仕方ないところ。とにかく老朽化が著しいという印象。ついに2008年に解体されてしまったようだ。ああ、残念だなあ!
 と思っていたら、大鳥圭介を再認識しようと地元が動いていた。上郡町ではいちばんの「偉人」である。地元住民らが大鳥の生誕地保存会をつくり、2010年には生家跡地に「いきいき交流ふるさと館」として立て替えられた。大鳥圭介の資料も展示されているという。
 2011年は大鳥圭介の没後100年だった。そこで上郡町では『上郡民報』に連載されていた「けいすけじゃ」(漫画・半沢裕人)をアニメ化することにした。大鳥圭介の幼少時代から明治維新までの半生が全20話にまとめられた。地元のケーブルテレビなどで放映されたほか、小中学校の図書館にDVDが配布されたそうだ。
 地元では、ようやく盛り上がってきたようだが、全国的には大鳥圭介の知名度は低いんだなあ。そんな大鳥圭介のつくった活字の滋味な書体を、地味な活字書体設計者が再生したのが「あおい」なんデス。こちらも、少しは日のあたる場所に行きたいものだと、「あおい」は思っているはず。


●『歩兵制律』より

▶和字書体「あおい」のこと。

………


●大鳥圭介生家(現在はない)


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