おにぎりの書体 『おかあさんの思い出ごはん』より

February 12 [Wed], 2014, 8:57
 小学生のとき、農繁期休暇があった。田植えの頃と、稲刈りの頃と、それぞれ10日ぐらいだったと思う。どこの家でも小学生だってかり出された。一家総出なのはもちろん、ちかくの親類とも共同で、ときにはアルバイトのおばさんにも来てもらっていたこともあった。
 昼食は田んぼのあぜ道ですませていた。もちろん自家の田圃でできた米をかまどで炊いて作った「おにぎり」と、自家の畑で育てた大根を漬けた「たくあん」、それだけだった。小学生にとってはピクニック気分だったが、おとなは少しの時間も惜しんで、休む間もなく農作業にかかった。
 ほとんど自給自足にちかい生活で、鶏も飼っていたし、豆腐も自家製だった。魚(たまに肉も)は行商の魚屋さんから買っていた。あとはオハヨー牛乳。そのような家庭環境だったから、おいしいとかおいしくないとかいうことなど考えもしなかった。ただ、お腹いっぱいになればよかった。
 『おかあさんの思い出ごはん』(フジテレビ商品研究所編、亜紀書房、2010年11月19日)は、第一線で活躍している著名な料理人がつづった母親の料理についての思い出話と、そのレシピ集である。私でも知っている和食の高橋栄一、中華の陳健一、洋食の落合務、料理研究家の枝元なほみをはじめ30人の名前がならぶ。



 この本の本文は、近代明朝体ではない。漢字のゴシック体と和字書体「ますらおM」との混植で組まれている。どのエピソードにも懐かしさと暖かさがにじみ出てくるようだった。「ますらおM」が、とてもしっくりくる。この書体名とはちがって、愛情あふれる母性を感じる書体なのかもしれない。
 和字書体を少し大きめにしているだろうか。私には漢字書体よりも大きく見える。書籍というよりもムックといった感じの本だし、活字サイズも大きめなので、読ませるということとともに見せるという要素も必要なのだろう。字間がすこし詰まり気味に感じるが、行間をひろくとっているので読みにくいということはない。
 わたしにとっての「おかあさんの思い出ごはん」は、あぜ道で食べた「おにぎり」だった。この本での「ますらおM」に、わたしはおにぎりを重ね合わせた。もちろん私の母の手料理もいろいろあったのだろうが、料理人の母親とはとても比べられない。いちばん印象に残っているのは、少し大きめの、塩味だけで、海苔の巻かれていない、何も入っていない「おにぎり」だった。
 今ではコンビニエンス・ストアで多様な味のおにぎりが売られている。それはそれで便利なのだけれど、わたしには母親のおにぎりに勝るものはないと思う。
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欣喜堂は活字書体設計をおこなっている会社です。日本・中国・欧米の書写と印刷の歴史にはぐくまれた活字書体の開発をめざしています。
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