大坂の顔、大坂の書体

December 21 [Sat], 2013, 12:54
 元禄時代(1688―1704)、大坂と京都を中心に町人層が新しい文化の担い手になり、はじめて庶民の生活や心情を描いた文学が生まれた。元禄時代を中心として大坂と京都で行われた町人文学を上方文学という。上方文学で、重要な足跡を残したのが浮世草子の井原西鶴、浄瑠璃の近松門左衛門である。
 井原西鶴と近松門左衛門、大坂の顔である。井原西鶴の銅像は生國魂神社境内に、近松門左衛門の銅像は(兵庫県だけど)尼崎市・近松公園内にある。おふたりともいい表情をしている。なのに、近松門左衛門の銅像の写真がブレブレだったとは! もう一度会いにいきたいなと……。


●井原西鶴の銅像(大阪市天王寺区・生國魂神社境内)


●近松門左衛門の銅像(尼崎市・近松公園内)

 もちろん、この時代に写真はない。肖像画はあるが、それほどリアルなものではない。なのに、なぜこのような生き生きとした銅像ができたのだろうか。彫塑家の腕と言ってしまえばそれまでだが、今にも語りだしそうな表情なのである。
 いつか読んだ彫刻家・彫塑家の朝倉文夫(1983-1964)のインタビュー記事を思い出した。和気清麻呂像を制作したとき、「服装の参考にした写真の顔が、典型的な岡山人の顔だというが、これは和気神社の宮司で和気清麻呂の後裔だということになっている人です。もうその肖像が文献に頼る以外に方法のない時には、こうしたその人物の出た地方の典型的な顔などは非常に参考になるものである」というのである。
 とすれば、井原西鶴の銅像も、近松門左衛門の銅像も、大坂の典型的な人物をモデルにしたのだろうか。もう一度見なおしてみると、なにか上方の落語家のようにも見えてくるのである。

 さて、書体はどうだろうか。井原西鶴の代表作 『世間胸算用』をベースに和字書体「げんろく」(和字書体三十六景)を、近松門左衛門の代表作『曽根崎心中』(和字書体三十六景)をベースに和字書体「なにわ」を制作した。
 大晦日の短編集である『世間胸算用』は美濃判五巻構成で、各巻4話ずつ全20話からなっている。一年間の総決算日である大晦日の賃借支払いの諸相を描いたもので、多くは下流階級のやりくり算段だ。ほとんどが京都・大坂を舞台としており、上方中心の題材に限定されている。
 『曽根崎心中』は、もともとは浄瑠璃〔じようるり〕の世話物1段3巻である。「世話」とは「世間の話」という意味だ。近松門左衛門による世話物の第一作で、曽根崎天神で起きた堂島新地の遊女・お初と醤油屋の手代・徳兵衛の心中事件を扱ったもので、大坂が舞台だ。
 これをもって「大坂の書体」というのは、ちょっと強引ではあるが……。


●原資料:『世間胸算用』
□和字書体「げんろく」(和字書体三十六景)のこと


●原資料:『曽根崎心中』
□和字書体「なにわ」(和字書体三十六景)のこと

……


●井原西鶴の墓(大阪市中央区・誓願寺) 法名仙皓西鶴、享年52歳。
 井原西鶴〔いはらさいかく〕(1642―1693)は大坂に生まれた。本名は平山藤五だと伝えられている。彼の祖父は京都の伏見の商人だったといわれ、衰退した伏見を退散して大坂に移り住んだようだ。
 1682年(天和2年)の秋に『好色一代男』を出版している。この浮世草子は発売当初より売れに売れた。西鶴を浮世草子作者にしたといってもよいと思われる。以後、西鶴は小説の流行作家としてつぎつぎに傑作を世に問うことになった。西鶴の作品のいずれもが、元禄の町人や武士の実生活の様相を見すえた作品である。



●近松門左衛門の墓(尼崎市・広済寺) ※近松門左衛門の墓は、大阪市中央区の法妙寺跡にもある。
 近松門左衛門〔ちかまつもんざえもん〕(1653−1724)は越前の人で、本名は杉森信盛である。坂田藤十郎(1647―1709)のために脚本を書き、上方歌舞伎の全盛を招いた。また、竹本義太夫(1651−1714)のために時代物・世話物の浄瑠璃を書き、義太夫節の確立に協力した。
 代表作に『国性爺合戦〔こくせんやかつせん〕』、『曽根崎心中』、『心中天網島〔しんじゅうてんのあみじま〕』、『女殺油地獄〔おんなごろしあぶらのじごく〕』などがある。



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