フツーの明朝体とかゴシック体とか

December 03 [Tue], 2013, 8:40
「欣喜堂ではフツーの明朝体とか、フツーのゴシック体は作らないんですか?」
と言われたことがある。この人の言うフツーの明朝体、フツーのゴシック体というのは、近代明朝体と近代ゴシック体を指しているようだ。
 近代明朝体と近代ゴシック体については、大手フォント・メーカーが「基本書体」と位置づけて、バージョンアップや字種拡張している。ヒラギノ明朝/ゴシック、小塚明朝/ゴシック、筑紫明朝/ゴシック、游明朝/ゴシックなど、新しく開発された書体も多い。また、秀英明朝/ゴシック、凸版文久明朝/ゴシックといったような大手印刷会社が保有している書体の改刻も相ついでいる。
 そんななかで、欣喜堂で新しく近代明朝体/近代ゴシック体を開発するメリットはない。むしろ、技術的なことや字種・字数の点でのリスクは大きい。販売ということからも、零細企業で太刀打ちできることではない。たとえ書風や品質に自信があったとしても、経営的にはどうにもならないだろう。
 欣喜堂が本文用を志向していることに違いはない。ただし現状の近代明朝体中心から脱して、本文書体の可能性を拡大させることが社会的な役割だと考えている。それが「日本語書体八策」の意図しているところなのだ。
 しかしながら、「漢字書体二十四史」と銘打っている以上は、近代明朝体/近代ゴシック体もラインナップに入れておきたかった。それが近代明朝体「美華」と近代ゴシック体「端午」である。「漢字書体二十四史」は中国で印刷、出版された印刷物などを原資料としている。「美華」は、『旧約全書』(美華書館、1865年)、「端午」は『瞿秋白文集』(人民文学出版社、1953年)をベースにしている。

19世紀の書体

ウィリアム・ギャンブル(William Gamble 姜別利、1830−1886)は、中国語の印刷技術に大きな功績を残しているが、最大の功績が木製種字と電鋳母型という活字製造法を考案したことにある。それまでの方法では複雑な構成をもっている漢字の小型活字で行なうには困難があった。木製種字への転換は、中国における木活字の彫刻技術にもつうじていた。この方法で製造された五号活字は朴訥とした書風だ。その活字をもちいて印刷された書物が『旧約全書』(上海・美華書館、1865年)である。


●『旧約全書』(美華書館)

ついでながら『座右之友』(東京築地活版製造所、1895年)所載の「五號明朝」は、美華書館の明朝体を継承し、改良したものと考えられる。


『座右之友』(東京築地活版製造所)

関連項目:古いゴシック体とかアンチック体とか


20世紀の書体

私の手元にある中国語の書物の、本文の近代明朝体と、見出しのゴシック体を紹介したい。1冊目は上海・商務印書館の『中国古音学』、2冊目は北京・人民文学出版社の『瞿秋白文集』である。どちらも、日本国内の古書店でたまたま見つけたものだ。

『中国古音学』(張世禄著、上海・商務印書館、1930年)
商務印書館は当時の美華書館の責任者ジョージ・F・フィッチ(費啓鴻)の援助で設立した出版社である。1900年には日本人経営の修文書館の設備と技術を吸収した。日中合資となり、多くの書物が出版された。
 1932年1月29日、日本軍が上海を空爆し、上海事変が勃発した。商務印書館にも爆弾が投下され、印刷工場、紙倉庫が爆破された。さらに商務印書館附属の東方図書館、編集翻訳所なども灰燼に帰した。東方図書館は当時中国最大の図書館だった。
『中国古音学』は張世禄の著作で、1930年(民国19年)に 商務印書館から『国学小叢書』の一冊として刊行された。『国学小叢書』の編集主幹が王雲五(1888−1979)である。1912年に孫文の秘書となり、1920年には商務印書館編集翻訳所所長となっている。四角号碼検字法・中国図書統一分類法を発案したことでも知られている。



本文は近代明朝体である。『旧約全書』に比べると、より洗練されて味わい豊かな近代明朝体となっている。(漢字書体「上巳」を試作中)
 


1930年代には「呉竹体」は見出し用として少しずつ定着していったようだ。『中国古音学』の本文は近代明朝体であるが、その表紙にはゴシック体が用いられている。

『瞿秋白文集』(瞿秋白著、北京・人民文学出版社、1953年)
太平洋戦争後に出版された『瞿秋白文集』は縦組み繁体字の書物である。瞿秋白(1899−1935)は中国の政治家・文学者である。江蘇省常州市の生まれで、現在その旧居が瞿秋白記念館になっている。1919年の五・四運動に参加した。モスクワに新聞記者として滞在し、帰国後、中国共産党中央委員などを歴任した。ロシア文学の翻訳や文芸評論で活躍したが、国民党軍に逮捕され銃殺された。
 人民文学出版社は1951年3月に創業されて以来、8,000種あまりの書物を出版している。当代の文学作品のみならず、中国古典文学、世界の重要作家の作品を出版して、中国の読者に豊富で多彩な文学を紹介し、新しい文学の発展に寄与している。



本文は近代明朝体である。



見出しに呉竹体が用いられている。字数は多くはないが、それでも全部をまとめれば、百文字以上の字種が抽出できる。『座右之友』の「五號ゴシック形」に比べ、ゴシック体としての味わいを増しているようだ。(漢字書体「端午」を試作中)



いずれも、いまのところ試作レベルである。商品化する予定はないが、研究・分析のために、あるいは和字書体との混植のために、もう少し丁寧に取り組んでおきたいと思っている。


(2014年10月2日改訂、2015年9月7日改訂)
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