「KOさくらぎ蛍雪M」のものがたり(2006年)

January 15 [Tue], 2019, 19:40
和字テキストブック

和字ドーンスタイル・和字オールドスタイル・和字ニュースタイル・和字モダンスタイルとは、いわば彫刻系統の書体だといえる。これとは別に、教科書に登場した書写系統の書体もある。これらを総称して「和字テキストブック」と呼ぶことにする。

「サンシャインシティ大古本まつり」の片隅で

漢字でいえば「教科書体」ということになるのだろうが、現状では和字書体としてではなく漢字も含めた日本語書体と認識されるに違いない。和語で「ひのもとのかなめ」という名称も考えたが、これは浸透し
なかった。
「和字テキストブック」のカテゴリーでは、小学校教科の書方手本から復刻した「ふみて」、前述の木版印刷による国語や修身の教科書から復刻した「まなぶ」と「さくらぎ」、教科書用活字書体(教科書体)として展開された「しおり」を欣喜堂として制作している。


「さくらぎ」の原資料、『尋常小学修身書巻三』(東京書籍、1919年)

「ふみて」「まなぶ」「さくらぎ」「しおり」のなかから、私が選び出したのは「さくらぎ」である。


「清朝体」に教科書体の源流をみる

「さくらぎ」は、和字書体三十六景第2集(2003年)のなかの1書体として発売された。組み合わせる漢字書体は、使う人が自由に選べるということにしていたが、漢字書体の選択肢が少ないうえに、合成フォントで使う面倒さも問題になった。そこであらかじめ組み合わせて使用できる漢字書体を制作することにした。
その候補は中国・清代の代表的な刊本字様(武英殿本・揚州詩局刊本)および中華民国時代の金属活字のうちからひとつを選び出すことにした。清代の官刻本の字様を「清朝体」ということにする。したがって明朝以前の楷書は該当しない。清・康熙年間の「熱河」、清・嘉慶年間の「蛍雪」を試作した。揚州詩局の刊本こそ、まさに清代の刊本字様であり、「清朝体」というべきだと考える。
清朝体の代表的なものは武英殿本で、略して殿本ともいう。武英殿本はゆったりとした字様で知られている。そのなかには皇帝自身による著作などがあり、刊行時には「御製」「欽定」などの文字が冠せられた。1711年に刊行された康煕帝の著作は『聖祖御製文集』と称せられた。『聖祖御製文集』の字様をデジタルタイプとして復刻しようとするのが「熱河」である。
官刻本には、武英殿本のほかに地方官庁の刊行したものがある。地方官庁には曹寅が主管した揚州詩局があった。曹寅は清朝を代表する小説『紅楼夢』の作者・曹雪芹の祖父にあたる。
康煕年間には、康煕帝の命により編纂された唐詩全集である『欽定全唐詩』(揚州詩局、1707年)があげられる。その字様は、『聖祖御製文集』のそれをさらに洗練したものであった。武英殿刊本をしのぐ品質とされている。
康煕年間に揚州詩局で刊行された『全唐詩』と、嘉慶年間に同じく揚州詩局で刊行された『全唐文』は、同じような制作システムをとったと考えられる。すなわち書写の担当者を選抜して、同じ書風で書けるように訓練するという手順をふんで刊刻されたものだろう。ところが刊刻された年代が大きく違うということから、その書体はすこし変化しているように感じられる。
嘉慶帝の敕命により董誥らが編纂した『欽定全唐文』は、唐・五代散文の総集である。この『全唐文』の字様は、運筆が形式化されて活気がないと批評されたが、むしろ均一に統一された表情は、活字書体としての機能をもっている。収められた作家の数は3千人、作品数は2万篇にのぼる。皇帝から僧侶、諸外国人に至るまで、あらゆる階層のあらゆる作品を網羅している。
『全唐文』(揚州詩局、1818年)の字様をデジタルタイプとして復刻したのが「蛍雪」である。


「蛍雪」の原資料、楊州詩局『欽定全唐文』

楊州詩局のふたつの書体

「熱河」「蛍雪」のうち、「蛍雪」を清朝体の代表として制作することにした。

あえて「清朝体」とする


英語の教科書といえば「センチュリー(Century)」

リン・ボイド・ベントン(1844—1932)といえば、機械式活字父型(母型)彫刻機(略称ベントン彫刻機)の発明で知られているが、活字書体開発にも携わっている。その代表的な活字書体がテオドール・ロゥ・デ・ヴィネ(1828—1914)と共同で作った「センチュリー(Century)」である。
デ・ヴィネはアメリカ活字版印刷業組合の初代会頭をつとめた人で、彼の経営するデ・ヴィネ・プレスは技術と品質のたかさで知られていた。センチュリーは、デ・ヴィネ・プレスが印刷していた雑誌『センチュリー・マガジン』のための専用書体としてデ・ヴィネが設計し、リン・ベントンがみずからの彫刻機をもちいて1895年に作られた。センチュリーは、のちに膨大な数のセンチュリー・ファミリーへと展開された。日本でも太平洋戦争前から英語教科書に使われ続けてきた書体であり、いまなお多様な媒体で綿々と使われ続けている。


「K.E. Virgo-Medium」の原資料、『アメリカ活字鋳造会社活字書体見本帳』(1906年)より

そこで『アメリカ活字鋳造会社活字書体見本帳』(1906年)所収の組み見本から抽出したキャラクターをベースに、日本語組み版に調和するように制作したのが「K.E. Virgo-Medium」である。


日本語書体「さくらぎ蛍雪」 誕生

「KOさくらぎ蛍雪M」は、「KOまどか蛍雪M」「KOはなぶさ蛍雪M」とともに、2006年3月に発売した。欧字書体は K.E. Virgo-Medium ではなく、 K.E.Taurus Medium と組み合わせた。



使用例として
農林水産省の新聞広告


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欣喜堂は活字書体設計をおこなっている会社です。日本・中国・欧米の書写と印刷の歴史にはぐくまれた活字書体の開発をめざしています。
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