書体名の由来(漢字書体)

November 24 [Fri], 2017, 19:48
書体の名称は、原資料にちなんだものにしています。「金陵」は地名、「蛍雪」は故事からです。「龍爪」と「銘石」は竜爪体、銘石体というスタイルの名前によっています。


「金陵」
金を埋めた陵(おか)——「金陵」という地名のいわれである。


陳舜臣『太平天国』(講談社文庫、1988年)より。


「蛍雪」
苦心して勉強することを、「蛍の光窓の雪」、あるいは「蛍雪の功」というようになります。
(「晋書」車胤伝・孫康伝の故事から。中国では「囊螢映雪」という。)


井波律子『故事成句でたどる楽しい中国史』(岩波ジュニア新書、2004年)より。


「龍爪」
字様は竜爪体といわれる力強い筆体である。


『静嘉堂文庫の古典籍 第一回 中国宋・元時代の版本』(静嘉堂文庫、1994年)より


「銘石」
楷書的隷書で、当時のもっとも典型的な銘石体。


『季刊墨スペシャル 第九号 図説中国書道史』(芸術新聞社、1991年)より



「陳起」と「志安」は人名です。陳起はフルネームですが、志安はファーストネームです。ふたりとも出版社の代表者です。筆耕をしたわけでも彫刻をしたわけでもないと思われます。筆耕・彫刻の職人の名前にしたかったのですが、名前が残されていません。筆耕・彫刻の職人を代表するという気持ちを込めて、「陳起」と「志安」という名称にしています。


陳起
臨安(杭州)の陳起の「書籍舗」もたいへん有名であった。


『中国の書物と印刷』(張紹著、高津孝訳、日本エディタースクール出版部、1999年)より


志安
建陽崇化の余志安勤有書堂では(中略)等、二十種近くが出版されている。


『図説中国印刷史』(米山寅太郎著、汲古書院、2005年)より


「武英」
北京の紫禁城内の南西隅に建てられている「武英殿」からとりました。清朝において皇帝の勅命によって武英殿修書処で刊刻されたものを武英殿刊本つまり殿版といいます。殿版の代表的なものとしては、康煕帝のときに銅活字を用いて印刷した『古今図書集成』と、乾隆帝のときに木活字によって印刷された『武英殿聚珍版叢書』があります。前者を原資料にして制作した書体を「武英」、後者を原資料として制作した書体を「聚珍」と名付けています。
写真の樹木に隠れている建物が武英殿です。現在は故宮博物院・書画館として一般公開されていますが、私が訪れたときは展示替えとのことで、この案内板のところまでしか入れませんでした。




「方広」
原資料としている中国・北宋の時代に竜興寺で刊刻された『大方広仏華厳経』(台湾・国立故宮博物院所蔵)の経名からとりました。写真はその複製(手作り)です。
まったく関係ないのですが、京都にある方広寺は『大方広仏華厳経』の経名から寺号にしたといわれています。方広寺といえば、豊臣秀頼が方広寺大仏を再建した際、鐘の銘文のなかの「国家安康」の字句が徳川家康の名を分割しているとイチャモンを付け、大坂冬の陣を引き起こすことになったことで知られています。




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欣喜堂は活字書体設計をおこなっている会社です。日本・中国・欧米の書写と印刷の歴史にはぐくまれた活字書体の開発をめざしています。
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