小浜への旅

December 09 [Sun], 2018, 14:37
伴信友(1773年−1864年)の生誕の地、福井県小浜市を訪ねたのは2004年8月、私が50歳になったばかりのときだ。



小浜駅前の観光案内所で地図をもらった。レンタサイクルを勧められたが、そう遠くでもなかったので徒歩で巡ってみることにした。



墓は発心寺にあった。



また、伴信友顕彰碑は、発心寺から佛国寺へ向かう参道の山裾にあった。




伴信友は、江戸後期の国学者である。若狭小浜藩士で、通称を州五郎、号を事負〔ことひ〕という。信友は山岸維智〔これとも〕の子として生まれた。幼くして伴信冨〔のぶまさ〕の養子となり、江戸に出て小浜藩校・講正館に学んだ。本居宣長の著書を読んで感激して入門を決意したのだが、入門の願いがとどいたのは宣長が亡くなったあとのことだった。
歴史の研究、古典の考証にすぐれた業績を残しているが、代表作としてあげられるのが『仮字本末』だ。信友の遺稿をその子信近が校訂し、長沢伴雄(1806—1859)の序を添えて、江戸・大坂・京都の書肆から刊行された。刊本は上巻之上、上巻之下、下巻、付録の合計四冊からなっており、朝鮮綴で薄紺色無地の表紙がつけられている。
『仮字本末』にあらわれたひらがなの書体は、連綿もみられるものの、カタカナに対応して一字一字が独立したスタイルになっている。もともとの版下は書写されたものと思われるが、彫刻する過程において少しアウトラインの単純化が顕著にみられ、それがやや硬めの印象を受ける。


●『仮字本末』(伴信友著、1850年)


『仮字本末』から和字書体「さきがけ」(和字書体三十六景)を制作した。四川宋朝体「龍爪」との組み合わせを想定している。
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欣喜堂は活字書体設計をおこなっている会社です。日本・中国・欧米の書写と印刷の歴史にはぐくまれた活字書体の開発をめざしています。
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