どう読むかは自由(3)

2005年01月26日(水) 13時46分
1 読み手がどう感じるかは、他から押しつけてどうこうできるものではない。
 ある文章を読んで、人がどう感じるかは、その人の、感性、理性、知性など、人間性のすべてに由来するものであって、これに、他の者が正誤をつけることは、おこがましいことである。たとえ教師であっても、これに正誤の判定を与えることはできない。読みには正誤があるけれど、感じることそのものには、正も誤もないからである。文学作品をどう感じるかについては、教師がその正誤・優劣の判定者になってはならない。感じ方の正誤・優劣を子ども同士で論争させることもしてはならない。
読み手それぞれが、対等の立場で自分の感じ方を語り、人の感じ方にも耳を傾けて交流し合うことは、互いの世界観や人生観を交流しあうことにも通じて、楽しいことである。ただしそれが楽しいのは、語らない自由や聞かない自由、作品に対する否定的な感想を語る自由などの自由が認められている場で、語りたい者だけが語り、聞きたい者だけが聞くという場合においてだけである。教師は、そういう自由な雰囲気のあふれた場を作り、教師も読者の一人として自分を語ればよい。
 文学教材は教科書の中だけにあるのではない。子どもたちの顔を思い浮かべながら、書店や図書館で、魅力ある作品を探してきて、それと子どもとの幸せな出会いの場を設けることも、教師の大事な仕事である。(千葉大学教授・首藤久義著「文学作品を楽しんで読む――主題よさようなら」日本国語教育学会編集発行『月刊国語教育研究』12月号掲載より)
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