餃子の皮を手作りにすると

May 05 [Sun], 2019, 18:04
都心に住んでいるけど、

近所の店にいつも食材がそろっているわけではなく、

なんというか、まるでフランスで暮らしていたときとあまり変わらない
食材供給環境なんです。



なので、
とうとう、
元の材料はあるけど、、、のような生活になってきて、
なんでもこの際、作ってしまえ!、、
片道30分かけてわざわざ買いに行くのもめんどくさい!、、、、
その時間があれば作れるじゃないの???


みたいなことで、

餃子の皮を最近は手作りし始めた。。。。。


料理教室での方法に忠実に、なんてことをすると
とても疲労感がつのるので、

手抜きのお手軽なマイウェイで。。。



こねた生地はねかす、なんていうことも特にしない。。。


なんでかというと、
こねたあと、あれ??餃子のなかみ、作ってなかった、、、、、(;'∀')なんてことになりがちで、


餃子の中身の材料の野菜を切っているうちに、
餃子の生地はねかした、ことになる、ってことです。


皮の形がいびつでも、
皮がかなり伸縮性がよいので、きれいに形もまとまり、自由自在だし、
楽々にあんを包めます。(^.^)






って、作ると、
作りたての皮だと、
火の通りが早いので、ほぼ半分の時間で焼き上がります。!(^^)!









そして、水餃子(ちょっと欲張ってワンタンスープ風)も作りました。(^.^)







思うんだけど、

昨年、出張のフライトでみた、
クレージーリッチエイジアン、っていう映画、

シンガポールの華僑の大金持ちの人々のけた外れた生活ぶりを描いたものなんですが、

世界的に成功した人たち一族が、
おばあさんを中心に集まり、
そのおばあさんは、子供たちや、孫たちが幼いときから、
家族みんなで集め、餃子の作り方を教え、みんなで餃子をつくるんです。



毎日、毎日、忙しいけど、
食事の準備するのは、
子供や家族を巻き込んで、忙しい毎日なかなか、日頃できないコミュニケーションをはかるっていうのはいい方法ですよね?


わざわざ、話がある、、、なんてシーンを用意するのではなくて、
小麦粉を練って、皮を作りながら、ちょっとした会話からおたがいを知ることができるわけで、


それが、
ごはん用意するの大変だから、といって、いつもいつもお惣菜を買ってきたり、あるいは、前もってキッチンにこもって一人黙々と料理をして、
家族がそろったところで、さっと魔法のように出してしまうと、
お料理をする手間ってどんなに大変かとか、食材を買ってくることもかなりの手間だったりするとかを
実感できないまま、みんな毎日を過ごしてしまいがちで、、、、


けたはずれの大金持ちの華僑は、
料理人や掃除担当、さまざまな人たちが毎日のことをしてくれるんでしょうけど、
それでも
餃子づくりは家族でする、っていうの、


おそらく、お金で手に入れることができない貴重なものがある、っていうことを知っているからこその習慣なのかもしれない、、、、

なんて、自分勝手にその映画を深読みしたりしちゃいました。。。
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